暗闇は考えるのに向いている、と人は言う。
けれど生憎、彼女は考え事をするのに向いていなかった。
それはきっと、彼女が人間ではないからだ。
「夜の境内はローマンチック、だったっけ?」
「……台無しよ。あんたのせいで」
呼び止められた少女は、不機嫌そうに虚空を睨みつけた。
夜空には月も無ければ星も無く、深い闇に覆われている。
その中心に、彼女は浮かんでいた。
地面に立つ少女とは裏腹の、満面の笑みで視線を返す。
「こんばんわ、人間」
「あんたと会う時はいつでも『こんばんわ』ね、妖怪」
「ちゃんと名前覚えてよー」
「人に名前を覚えてもらうならまず自分から、って聞いた事ない?
あ、別に私の名前は覚えてもらわなくて結構ですから」
笑顔も、挨拶も、全てがすれ違う。
見上げるの少女の瞳には、形を成さない夜闇だけが映っている。
聳える木々が風にざわめいて、彼女を包む闇はわずかに揺らいだ。
「つれないなぁ。ここ最近じゃ付き合い長い仲じゃない、私達?」
「確かに長い。薄ーく伸ばされて千切れそうだわ」
宇宙よりも深く遠い、二人の距離。
手を伸ばせば届くのか。この深淵の先に心があるのか。
その心に映るのは、やはりただの暗闇なのか。
錯覚を振り払い、綻びそうになる笑顔を必死に保つ。彼女はゆっくりと高度を上げた。
「やっぱりつれないなぁ」
「ボーズかい?」
「いいえ、巫女を」
「あんたに釣られる間抜けはいない!」
砂利を蹴る雑音と共に、少女は宙へと舞い上がった。
紅白の衣装が、暗闇の中で一層栄える。その優雅な姿に、彼女は素直に見惚れていた。
美味しそう、と想う。
人間からすれば、それは醜く卑しい感情だろう。あるいは、この空を翔る少女からすれば。
けれど、彼女にとってそれは紛れも無く、恋心だった。
他人を欲するが故の、胸を焦がすほどの想いだった。
「巫女なんて食べたって、ただ苦いだけで毒にも薬にもならないわよ!」
「そーなのかー!」
放ち合う弾幕。
彼女の拙いスペルカードなど、歴戦を誇る少女に通用する筈も無い。
ばら撒かれた退魔の針が、夜空を覆う黒い靄に次々と風穴を開けていく。
それでも、秘めた心を隠す闇だけは破られぬよう、彼女は笑った。無垢な仮面を象った。
切り裂かれた暗闇の奥には無数の煌めき。
やがて宵闇は掻き消され、博麗神社の上空は一面の星空を取り戻した。
「いい加減懲りなさいよー?」
勝ち誇る少女に見下ろされながら、地上めがけて加速を増していく。
幾度目かの敗北、十から先は数えていないし、これからも数えない。
彼女は両腕を広げ、眼前の景色を抱きとめた。
少女には理解出来ないだろう。それはきっと、少女が妖怪ではないからだ。
瞬く星々を従えて浮かぶのは、とても美味しそうな三日月だった。
暗闇に浮かぶ紅白の蝶は余りにも美しく綺麗です
ルーミアが霊夢に一目惚れするのも仕方ありませんねー