Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

妖夢が即売会に挑む話

2007/12/29 09:48:19
最終更新
サイズ
21.29KB
ページ数
1


※きっと参考にはならない、してはならない




「ふぁーどっこいせっと」

 決して安そうではないつや消しを施された革張りの長いすに腰掛ける。
 腰掛ける際の溜め息に年寄り臭さを感じてしまった。
 本来ならまだそんな溜め息を吐く様な歳ではないため廉恥心を感じるところなのだろうが今回ばかりは仕方がない。
 大量の人込みの中で両手に一つずつ大量の本が詰め込まれた袋をぶら下げようやく見つけたいすの空きなのだ。
 安堵と疲労で溜め息が出るのも当然と言えるだろう、多分。

「まったく、幽々子様はなぜこの様な所で平気な顔をしていられるのだろうか」

 両手の自由を奪っていた袋を床に置き、腰に下げていた巾着から手拭きを取り出して顔に纏わり付く汗をふき取る。
 季節は師走だと言うのにこの室内はすごく暑い、夏場の様に汗が滲み出てくる。
 なぜここまで暑いのか。
 原因は分かってる。人、人、妖、妖――見渡す限りに続く人妖の集団が弾幕の如く密集して流れていく。
 この集団による押しくら饅頭を思わせる状況と一人ひとりから発せられている凄まじい覇気が室内を熱しているのだ。
 幽々子様から話は聞いていたがまさかこれ程のものとは思わなかった。

「自作書物即売会……」

 赤い霧が幻想郷を包み込んだ異変を霊夢が解決した後、主犯の吸血鬼が住む館で暮らしている魔法使いが始めたお祭。
 普段は許可が無いと入れない館内を、このお祭が開催される日だけ誰でも出入り自由になる。
 そして館内のしていされた場所で大小様々な規模の同好会の人達が個人製作した本を売ったり、同じ志を持つ者と親交を深めたりする夢と欲望が渦巻く交流の場であり戦場である。
 ついでに言うと、魔法使いが即売会を開催し始めたのはもっと効率良く本を集めたいが為に起こしたもので、同好会の者たちが作った本を一つずつ見本誌として頂いているとの事。
 っと言うのが幽々子様の言葉。
 実は幽々子様は私の目を盗んでは地上に降りてこのお祭に参加して多くの同好会の本を買っていたらしい。
 しかし参加する回数が増える内に回りたい同好会の数も増えていき、ご自身だけでは買いきれなくなってしまった。
 そこで私に全てを打ち明かし、協力を要請してきて現在に至るっと。
 私も不覚だった。
 最初は閻魔様にも注意されていた為、協力はおろか地上に降りない様にと反対していた。
 けど、名だたる剣豪の武勇伝を描いた小説や剣術に関する物事を個人的な解釈を交えた参考書などもあると聞いて興味を持ってしまい、そこを付け込まれ同行するはめになってしまった。
 おかげで冬にたくさん汗を掻き、両手に袋をもって歩き回るはめになってしまった。
 正直、庭の手入れをするよりも辛い。
 だが一度首を縦に振ってしまったからには仕方が無い、これで止めるにしろ最後まで幽々子様からの指令を守り通す。
 少し偏屈な修行だと思えば少しは楽になるだろう。

「そう言えば幽々子様は反対の方向へ向かう時、ビーエルだとか薔薇とか言ってたけど……なんの暗号だろう」

 その言葉を口にする幽々子様は普段からは感じない凄まじい覇気を放っていた。
 私にとっては意味不明の言葉と花の名前にしか聞こえないのだが……
 きっと分かる者にはそれ程気合の入る言葉なのだろう、幽々子様をあそこまで燃え上がらせるのだから。
 でも、できれば剣術指南の時もそれくらいの意気込みを見せてくれると嬉しいんだけどなぁ……
 ――休憩して乱れていた息も整い汗もだいぶ引いてきた、そろそろ移動を開始しよう。
 ふかふかで座り心地抜群のいすが少し名残惜しいが、私は下ろしていた袋に手を掛けて立ち上がり、目的地へと向かう為に再び人妖の弾幕の中へと加わった。

「地図によるとここを左に……あれ、逆の流れ? 左に曲がれない!? わっ、ちょっと押さないで、私は左に曲がりたいの、押さ、あー!」


     ○ ○ ○ ○ ○


「よっ、ようやく辿り着いた……」

 私はこれまで弾幕ごっこはそれなりに経験してきた身、密集する弾をすり抜けるのには慣れっこだと思っていた。
 でもここの弾幕は完全に不規則、上手く流れを掴めずに流れに流されだいぶ遠回りしてしまった。
 幽々子様曰く、早く行かないと売り切れになっている可能性もあるから気をつける様に、との事だ。
 本ぐらいであっと言う間に売り切れなんて事態は無いとは思うけど、万が一買いそびれたら幽々子様は何を仕出かすか分からない、とりあえず言われた通りに早くしないといけない。

「ええっと、地図によると『サークル・ボーダースキマ』がこの辺だけど……」

 先程まで居た密集地帯より幾ばくか余裕のある空間で幽々子様から授かった地図を広げる。
 地図の各所には同好会とそこの新刊の名前が細かく記されていて、ご丁寧に効率的かつ最短の進路まで記されている。
 一目見てもかなりの指定箇所があって、かれこれ20箇所は回ったがやっと半分回ったと言うところだろうか。
 かなり多い、しかもここまでに結構なお金も使っている。
 お金は私の本の分以外は幽々子様から頂いたのだが、あれだけ連なった銭は初めて見た。
 それこそ一体どこからそんなお金が沸いてきたのだろうかと疑問に思うくらい。
 今度お金の出所を聞いてみよう、淫らな職に手を掛けていたなら全力で止めてやる。

「おおぅ、やっと来たのか。いらっしゃい」
「え……らっ、藍さんじゃないですか」
「大量の人込みの中ご苦労様だね」

 呼ばれる声に振り向いて見れば、そこには机越しに椅子に座っている藍さん、の姿があった。
 藍さんの姿に驚きつつも地図に書いてある番号と机に立て掛けてある台紙の番号を照らし合わせると、番号はぴったりと一致。
 どうやらここが次の目的地で、目的の同好会の主は藍さんと言う事になるらしい。

「もしかしてこの『ボーダースキマ』って藍さんの同好会だったんですか?」
「正確には紫様のサークルなのだけど、冬は紫様は冬眠してしまうからいつも私が代役をしているんだ」
「なんだか色々と大変ですね」
「いや、一応サークルには私も書いているしそこそこ楽しませてもらっているからなそれほど苦でもないさ」
「そうですか……そうだ、幽々子様から頼まれてたんだ。ここの新刊を一部ずつもらえますか」
「ああ、私も幽々子さんからも頼まれていてな、ちゃんと用意しておいたぞ」
「あ、ありがとうございます」

 藍さんはおもむろに差し出された四冊の薄い本を差し出してきたくれた。
 わざわざ用意してもらっていたのか、少し申し訳ないと思いつつもその好意に感謝しつつも本を受け取る。

「あれ? これ、同じ本が二つずつありますが?」
「その事なのだが、実は幽々子様からの頼まれ事の一つでな、妖夢の分も一冊ずつ渡して欲しいと言われてるんだ」
「幽々子様からですか。分かりました、ならその分だけのお金は払いますので」
「妖夢の分のお代は結構だよ。これは紫様からの指令でもあるんだ、受け取ってほしい」
「紫様からも? そこまで言うのならそうしますが……」

 幽々子様と紫様からの申し入れ、この二人が組み合わさっての事だから何かしら奇妙の事を企てている可能性が高い。
 この本に一体何があるというのだろうか気になるところだ。
 しかし所詮は只の本、もしかしたら私の考えすぎかもしれない。
 それに、本のお金を払わなくて済むというのは正直ありがたい。
 大体の本はどれも薄い物なのになぜこれだけ高いのだろうか、私にはまったく理解できないのだ。
 とにかくお金を払っておこう。
 懐の財布から銭を取り出して藍さんに渡す。
 そして渡す為に顔が近づいた時に気付いたのだが、藍さんが私の事をずっと困ったような顔で見ている。
 なんと言うか申し訳ないような楽しそうな、そんな気持ちが入り混じった感じの顔だ。
 私は知らない間に何かしてしまったのだろうか。

「妖夢も大変だな」
「でも仕方ないですよ幽々子様に言われた以上たとえ火の中水の中、そして人込みの中だろうと飛び込むんです」
「うーうんそう言う事じゃなくてだな……いや何でもない気にしないでくれ」
「はぁ……」
「そんな事より、早く他のサークルも回らないと時間がきてしまうぞ。買いそびれたら幽々子さんに叱られてしまうぞ」
「あ、そうでした。すみません、先を急いでいるので私はこれで失礼しますね」

 言いかけた藍さんの言葉が気になるが、今は自分の使命を果たすのが最優先だ。
 軽く礼をしてから手を振って迎えてくれる藍さんに背を向け、別の目的地へ向かう為再び人の弾幕へと飛び込んだ。


     ○ ○ ○ ○ ○


「ああぅぅ、重いー」

 元から両手に持っていた袋の中にはそれなりの量の本が詰め込まれていたのだが、さらにその量を増やしはちきれんばかりに膨れ上がっていた。
 流石にこれ以上立ち続けるのは辛い、少し行儀が悪いがそこの床で一休みするとしよう。
 袋を下ろして得られた肩の開放感を感じつつも私も腰を下ろす。
 腰を下ろした場所から丁度窓が見えていて、外から茜色の光が差し込んでくる。
 外では日がだいぶ傾いてきたらしい、つまりこの即売会もそろそろ終わりが近いと言う事だ。
 念の為に地図を広げて回るべき場所に漏れが無いかを確認する。
 指定された全ての箇所には回った事を表す赤いペケ印が書き足していて、開催された頃は黒字で一杯だったが今では赤字で地図が埋まっている。
 幽々子様曰く「東地区は目的のさーくるとやらが少ないから初心者である私を仕向ける」との事だが、私にはとてもそうには見えない。
 私の東地区がこれでは幽々子様が向かった西地区はどれだけ多いと言うのだろうか。
 あまり想像したくない。

「あとはこれで最後か」

 漏れが無いから確認する為地図をなぞっていた指が止まる。
 同好会名は「天空魂桜」、幽々子様が今一番注目している同好会だそうだ。
 幽々子様が注目する程の人物とは一体何者なのだろうか、そこは私も気になるところだ。
 それにしても「天空魂桜」か、響きからなんだか白玉楼を思い出してしまう。
 もしかしたら幽々子様もそこに引かれたのかもしれない。
 何はともあれそろそろ移動しよう、ここからそれ程遠くないがグズグズしてたら時間が来てしまう。

「退いた退いたー! 轢かれても知らないぜー!」
「えっ、うわっ!?」

 再び立ち上がり歩き出そうとした時、背後からの叫び声と悲鳴に振り向いてみると何かが猛烈な勢いで突進して来ていて咄嗟に身を逸らして紙一重にそれを避ける。
 轟音と暴風を巻き起こしながら過ぎ去ったそれは避けきれなかったその他人妖を撥ね飛ばしながら過ぎ去っていく。
 先程の男勝りの口調と白黒衣装の後姿、どうやら今の正体は魔理沙のようだ。
 魔理沙のやつ、何を考えている。
 こんな人込みの多いところで箒を使って、しかも巨大な風呂敷背負って走り回るなんて正気の沙汰ではない。
 それに周りの迷惑を気にせず人を撥ね飛ばすなんて人道に外れている、少し懲らしめてやらないと。
 魔理沙を追いかける為、疲労で少し張った足に力を籠める。

「あんた、会場内で走らない!」
「むぎゃっ!?」

 いざ力を解いて駆け出さんとした時、上空から緑の影が舞い降りて魔理沙の頭に直撃しそのまま豪快に転倒した。
 魔理沙に直撃した緑の影は良く見ると緑色の大陸風の服を着た赤髪の女性で腕には「スタッフ」と書かれた腕章を付けている。
 確かあの人はこの館の門番で名前は紅美鈴さんだったか、以前幽々子様の提案で一度だけ手合わせをした事がある。
 そうか、あの人は即売会の警備員か何かなのか。

「美鈴さん、お久しぶりです」
「ん? あぁ、妖夢ちゃんじゃない。元気してた」

 美鈴さんは倒れて痙攣している魔理沙を担ぎ上げて移動しようとする美鈴さんを呼び止めると優しそうな笑顔で返してくれた。
 どうやら向こうも私の事を覚えていてくれたらしい。

「妖夢ちゃんがこのイベントに参加してるなんて思わなかったなぁ」
「いえまあ、幽々子様の指令ですからね。美鈴さんはこの即売会の警備員をやってるんですね」
「まぁね、開催日は室内のメイドだけじゃ人数が足りないから外回りの人もスタッフとしてかり出されるんだ」
「お互い苦労しますね」
「でもその苦労で楽しいイベントになるなら私はそれで良いかな思ってるよ。参加者の皆が笑っていられるのがなによりだし」
「なるほど、その立派な考え……流石美鈴さんです」
「お世辞でも立派だなんて言われると……あはは」

 正直な感想だったのだが、美鈴さんは照れ臭そうにはにかみ頬を掻く。
 そんな動作を見ていると彼女が本当に妖怪なのか疑わしくなる。
 本当は妖怪を名乗る人間なのではないかと思ってしまう。

「うう……ほ、本……私の、本が……」
「あら、意外と気が付くのが早かったね。数時間は昏倒させるつもりで蹴ったのに」
「早く、いかないと、私の本が売切れにぃ……」
「あんたの本じゃないでしょ。それにそのどうせ一生借りてくとか言って盗んできたんでしょ」

 魔理沙を担ぐ美鈴さんのもう片方の手には大きな膨れ上がった風呂敷。
 中身は全部本らしく、結び目の隙間から覗く本からかなりの量を持っていたようだ。
 風呂敷に包まれているとはいえ、角に当たったら相当痛いだろう。
 だと言うのにあの速度で走り回ってたと思うと危険な行為だと改めて実感してしまう。

「どちらにせよそんな状態じゃ動けないでしょ、取り調べもかねて医務室まで来てもらうわよ」
「む、無念……がくっ」
「礼儀作法がなってないからそうなるんだ。たっぷり絞られてくるんだな」

 諦めたのかそれとも力尽きたのか、魔理沙はぐったりとして動かなくなった。
 こう見てると少し哀れに見えてくるが、普段の行いのツケが回ってきたのだろうと思えば仕方の無いことか。
 因果応報、これで更生すると良いんだけど。

「妖夢ちゃんはルールは守るタイプなのかな」
「規則はしっかり守らないといけない物ですからね、私は気をつけてますよ」
「う、うーん……でも今の妖夢ちゃんを見てると説得力の無い台詞だなぁ。足元見てみてよ」
「足元?」

 美鈴さんは何故か苦笑いしながら地面を指差す。
 何かと思って指差された先を見るとそこには赤い直線が引かれていて、部屋の一部を囲んでいる。
 そして位置からして私が囲まれた直線の内側に立っている形だ。

「そこはスタッフの人たちが色々作業したり、もしものトラブルの時とかに使うから赤い線の内側での座り込みとかはいけないんだよね」
「え!?」
「カタログの注意事項にも書いてある事なんだけどねぇ」

 急いで手に持っていた地図を広げて、留め金で留めてあったもう一枚の紙に目を通す。
 幽々子様が一緒に渡してくれた注意書きの写しで、来る前にしっかり頭に叩き込んだはずだがそんなのあっただろうか。
 ――あった。
 美鈴さんが言っていた通りそれに関する注意書きが書かれていた。
 迂闊だった、一番目を通していたはずなのにこんな簡単な失敗を犯してしまうとは。

「すみませんでした、私の不注意です!」
「何もそんな勢い良く頭下げなくても。次から気をつければ良い事だしそこまで気にしないで」
「はい……」

 情けをもらったと思うとますます恥ずかしくなる、あれだけ豪語しておいてこの様だ。
 ああもう、顔が熱を帯びるのを感じる。
 きっと今の私は誰が見ても分かるくらい顔を赤く染めているのだろう。

「まぁ、そこまで自分を責めないでね。それじゃぁ私は魔理沙を連れて行くからそろそろ行くね」
「はっ、はい! お仕事頑張ってください!」
「あはは、妖夢ちゃんもね。はーい、患者を運びまーす、道を開けてくださーい」

 美鈴さんは笑いながら手を振って別れを告げるとそのまま魔理沙を担いだまま人込みを裂きながら消えていった。
 私も気を取り直して次の目的地へ移動しないと。
 注意書きは帰ったらもう一回読み直しておこう。


     ○ ○ ○ ○ ○


 即売会の終了時間も近い為だろうか、あれ程密集していた人込みもだいぶ隙間ができて楽に移動が完了した。
 最後の場所は壁に配置されているのだが本は残っているのだろうか。
 なんでも有名どころは壁に置かれ、場所によってはすぐに売り切れになると言われているらしいが残っているのだろうか。
 近づいて本はあるかを確認してみる。
 あった、少数だが新刊と書かれた札が立てられていてそこに本が数冊重ねられている。
 様子からしてあれが最後の在庫のようだ、どうやらなんとか間に合ったらしい。
 それに新刊以外に何冊か本が置いてある。
 これらは既刊なのだろう新刊より多めに残っているようだ。
 どの本にも共通するのが、表紙には題名と同窓会名のみとなっている。
 今まで買ってきた本は表紙に絵が描かれてたり様々な飾りがされている中でこう簡素にまとめられると気になってしまう。
 外見が気になると言うところもあるけど、この本たちからはなんだか懐かしい雰囲気を感じる。
 既刊の方は私の私用で買ってみようかな。

「すみません、新刊を二冊、既刊をそれぞれ一冊ずつ頂けますか」
「うむ、では銭の方を」
「はい、ではどうぞ――」

 同窓会の人は背の高い男性だった。
 人間にすると六十歳前後といったところだろう、それゆえに厳格さを漂わせる深い皺の入った顔、銀に近い白いヒゲと後ろに結わいた髪。
 纏っている空気も他の人たちとはまるで格が違う、もしかしたら昔は名を馳せたつわものかもしれない。
 なにより背後に漂う巨大な魂魄がそれを物語っている。


 ――魂魄?


 おかしい、私の目はもうウサギの狂気から完治したはずなんだけどな。
 腕で目を擦ってもう一度男性の方を見る。
 やっぱり私の見間違いだったか、魂魄なんてどこにも浮いていない。
 いないのだが今度は男性の方に違和感がある。
 長く伸びているヒゲには赤いリボンで先端を結わいて頭にはなぜか麦藁帽子。
 あげくには香霖堂でも見かけた、確かあれは「さんぐらす」とか言っただろうか、それを掛けて目元を隠している。
 さっきまでこんな格好してただろうか。

「――あのー」
「――何かな」
「失礼ですが、以前どこかでお会いしませんでした?」
「いや、おれ……ごほん、私は君の事を知ら……知りません。きっと人違いでしょう」
「で……ですよね、私の剣の師に似てるものですからつい聞いてしまいましたけど、考えたらそんな事ある訳ないですよね。剣の道一筋な人で、ある日いきなり姿を消してしまったお師匠様が剣をペンに持ち替えて本を書いてるなんてあり得ないですよね!」
「そ、そうですとも。君の言う人がその通りなら天地がひっくり返ってもあり得ない事ですよ!」
「「あははははは……」」
「とりあえずお金です」
「確かに受け取りました」

 きっと他人の空似だ、お師匠様がこんなところにいるはずがないんだ。
 今でも人気の無いところで一人もくもくと剣の道を突き進んでるに違いない。
 ここで珍妙な格好してるはずがないんだ。
 だから私はこの人をお師匠様だと思わない、思ってはいけないんだ。
 そうさ、今日ここでこの人とは会っていない。
 この本だって別のところで買ったんだ、うん絶対にそうだ。

「そ、それでは……失礼しましたー!」

 兎に角その場を抜け出したいが為に現世斬ばりの速度で駆け抜ける。
 何だか何人か轢いている気がするし規則に反する行為だなと頭の隅で思ったが、今はそんな事どうでも良い。
 駆けろ私、いろんな物を振り払う為に。


     ○ ○ ○ ○ ○


「疲れた……」

 流石に限界だ。
 棒になりそうな足を曲げながら勢い任せで仰向けに倒れ込む。
 ここが慌しいし会場内ではなく我が家の私室だからこそできる思いきった行動だ。
 畳の感触を背に受けながら目蓋を閉じて今日の出来事を思い返す。
 朝から人がゴミの様に見える長蛇の列に寒い思いをしながら開催時間まで待ち続けた、あれは凍死するかと思った。
 開催と共に動き出す肉体弾幕、あれを無駄なく掻き分けて進める人はきっと只者ではないだろう。
 即売会終了後に待ち合わせていた幽々子様と合流、あの量は私の倍以上はあったと思う。
 後は数え切れないくらいに色々。
 それらを思い返して当初は本を買うだけで楽な使いだと楽観視してた私は甘かったと改めて思う。
 なぜ本程度であれ程まで苦労しなければならないのだろうか、理解に苦しむ。
 閉じていた目蓋を開けて横を見てみれば数冊の本が重なっている、私が私用で買った本だ。
 幽々子様が買った分に比べれば微々たる量だがこれぐらいが妥当だろう、薄いのに妙に値を張る本にそこまでお金を使う気にはなれない。
 だが、なんだかんだでこれらは私のお金で買った本だ、とりあえず読まないと買った意味がなくなってしまう。
 そう言えば、この本の中に藍さんから頂いたのが二つあったはずだ、まずはそれから読んでみよう。
 ――
 ――――
 ――――――
 これって、男性同士、だよね?
 なんで男性どうしでそんな絡み方なんてして、うわ、顔近すぎだよこれ。
 なんで同じ性別の人にそんな恥ずかしい台詞言っちゃうの!?
 うぁぁ見てるこっちの方が恥ずかしいって!
 なんだったんだこの本は。
 まさか男性同士で、その、異性とやるような事を平気でするなんて正気の沙汰ではない。
 だと言うのに、なんだろうこの胸の高鳴りは。
 きっ、きっと疲れが今になって押し寄せて胸を圧迫してるからだ。
 しかし一冊目がアレだったから二冊目もきっととんでもない内容である可能性が高い。
 藍さんは一体何の目的でこの二冊を私に託したと言うのだろか、全く読み取れない。
 嫌なら藍さんには悪いけど、この本は読まないで捨てるなり何なりしてしまえば済む話だ。
 だと言うのに何でだ、中身が凄く気になる。
 こんな奇天烈な本に興味を持ってしまうなんて、私はどうにかなってしまったのだろうか。
 くそ、良いだろう、この挑戦受けてやる!
 私がこんな事で屈すると思ったら大間違いだ!
 ――
 ――――
 ――――――
 意外、それは女性同士。
 今度は、その、女性同士で、その、駄目だ、考えるだけで顔から火が出てきそうだ。
 おかしい、絶対におかしい何かの間違いだ。
 私は人間、いや半分幽霊だけど、普通の女のはずだ。
 興味を持つなら絶対に異性の人とが良いと思ってる、それが当然であって普通なはずなんだ。
 今までそう思ってきた、これからもそう思う。
 私は普通なんだ。
 でも、でもただ見るだけ、仮想の世界の中だけなら……

「女性同士って言うのも、ありかもしれない」
「あらー、妖夢は百合派なのねー。ちょっと残念だわ」
「!?」

 驚いて振り返ってみればそこにはいつの間にか幽々子様がニヤニヤしながら私を覗き込んでいた。
 幽々子様だけじゃない、隣には同じくニヤケ顔をした紫様と申し訳無さそうに笑う藍さんまでいる。
 あれ、なんでこの人たちが私の前にいるんだろう。
 あれ、あれれれ?

「やっぱり私の予測通り、妖夢は百合派だったわね。これで賭けは私の勝ちよ、今度おいしいお酒をおごってもらうからそのつもりで」
「もう、妖夢だったら私と同じ趣味だと思ったのに。でも良いわ、妖夢が一ページ毎にあたふたする姿が見れて楽しかったし」
「すまない、騙す形になってしまって。この前お二人が薔薇派と百合派の話に熱くなってな、どういう訳か妖夢がどっち派なのか賭けをすると言い出したんだ。私は一般である君を巻き込みたくなかったのだがその……油揚げに釣られてしまって……はは」
「妖夢も子供ねー。二人がキスするだけの軽いものであんなになっちゃうなんて」
「でも、その初々しさがたまらなかったわよ。これで次の作品の描写に良さそうなのができそうだわ、無理して冬眠から覚めた甲斐があったってものよ」
「紫様も幽々子様も今回だけにしてくださいよ。大体ですね、純粋な妖夢にいきなりあれらを見せるなんて――」

 幽々子様たちは私を中心としたらしい会話に花を咲かせている。
 三人の会話の内容は私の知らない言葉が出てきていまいち理解できない。
 その為か、まるで両耳が穴で繋がった様に三人の言葉が片方から入ってきては逆から抜け出ていく。
 ただ、これだけはこう解釈して良いんだと思う。
 三人は私がこの二冊を見ているところを影からずっと見ていた、そして笑っていたんだ。
 その、男性同士や女性同士が接吻している本を食い入る様に見てしまっていた私の事を。

「う、うわああああああああああん!!」

 気付けば力の限りの叫びを上げて傍に置いてあった楼観剣を抜刀、迷津慈航斬で三人を空の彼方まで吹き飛ばしていた。
 無我夢中で放った一撃は今までで一番速く鋭いものだったろう。
 お師匠様、妖夢はまた一段剣士の階段を上がれた様です。
 でも何故か目から涙が溢れて止まりません。
 しばらくは部屋から出たくありません。


 その後、当分は幽々子様と紫様から同類の本を押し付けられる嫌がらせが続いたのはまた別の話です。



     ■ ■ ■ ■ ■


今回の収穫物

・十六夜に鳴る鈴:サークル「ボーダースキマ」 文:ゆっかりん 挿絵:9尾~
・店主と剣士:サークル「ボーダースキマ」 文:ゆっかりん 挿絵:9尾~
・未来永劫修羅ノ道:サークル「天空魂桜」 文:天桜 魂忌
・それが我が罪:サークル「天空魂桜」 文:天桜 魂忌
・がんばれこんぱくさん:サークル「天空魂桜」 文:天桜 魂忌

以下西行寺幽々子に納品

・仮面のメイド長~我が家の最強メイド~:サークル「パッチュン屋」 作家:むらさきもやし
・愛する妹へ:サークル「虹川」 文:虹哀 挿絵:虹躁 総合管理:虹幻
・サボタージュ浪漫航行:サークル「死神はつらいよ」 作家:タイタニック小町
・外の道具の使い方教えます:サークル「すわかなこっちー」 文:こっちー 挿絵:すわ、かな
・みっすみっすにしてやんよ:サークル「鳥目の会」 作家:ミスチ
・今の新聞は偽造で一杯だ!:サークル「お山の暴れん坊天狗」 文:あやや☆ぶんぶん

他50冊


ルールを守ってみんなで楽しい即売会

コミックマーケット73お疲れ様でした


12月31日:誤字修正、コメント返信
更待酉
コメント



1.名無し妖怪削除
これはいい初心者用マニュアルですね
何か本当にカタログの巻末とかに載ってそうだw
2.三文字削除
お爺様何やってんの!?それと、明らかにあの神様たちが・・・何やってるの!?
あ、でもぱっちゅんやの本欲しいかも・・・・・・
3.時空や空間を翔る程度の能力削除
いや~~、
面白かったです。
私も一度行った事ありますから
手に取るように感じられました。

ps
あっ、その節はお世話に成りまして。
また一ヵ月後にラジオでお会いしましょう。
4.名無し妖怪削除
行ったこと無いんですが、まるで行ったような気分になれました。功夫を積んでいる筈の妖夢がへたるのがちょっと違和感ありましたが、精神的な物も含めてのことだと考えればそうは気になりません。それよりも、最後の方で赤くなる妖夢が可愛いことの方が重要ですしw
>漬け込まれ
付け込まれ、では?
>経ち続けるのは辛い
立ち、では?
>今一番注目している同窓会
>題名と同窓会名のみ
同好会、では?
>どちらにそんな状態じゃ
どちらにせよ、では?
>終了時間も近かい
近い、では?
>これぐらいだ妥当だろう
が妥当、では?
>異性の人とが言い
人が良い、では?
5.名無し妖怪削除
すわかなこっちー!
6.更待酉削除
>名無し妖怪さん (12-29 03:40:06 )
例え載っていたとしてもマニュアルとして参考にしたら痛い目に遭いそうですのであしからず

>三文字さん
お師匠様はペンの道を極めるそうです(過去作参照)
あの神様たちは「幻想郷でもサークル活動ができる」と張り切っていました
ちなみに新刊は霖之助殺しな内容

>時空の方
一部作者の実体験分を配合

ラジオに関しては、その時はどうぞよろしく

>名無し妖怪さん (12-30 06:08:37)
今回は実体験を含め初心者の心境を表現できればと思っていたのでそう感じてもらえたなら幸いです
でもやっぱり参考にしてはならない

>名無し妖怪さん (12-30 22:54:46)
奇跡ケロちゃんオン・バシラー!


では良いお年を