薄暗い森の中にたたずむ、1軒の小さな家。
いつもと変わらない朝。
その家の主人は、目を覚ます。
ただ、いつもと違う事があった。
それは、その主の枕が涙で濡れていた事。
目を覚まして、その濡れた感触を頬で感じる。
「もう・・・なんで、今頃夢で思い出すかな・・・・・」
ゆっくりと起き上がり、頬を伝っていた涙を拭う。
寝巻きから普段着に着替え、いつも通りに支度をする。
今日も何も変わらない日常。
いつも通りの行動。
けど、心の中に夢で見たことが思い出される。
フゥとため息をついて、椅子に座る。
手には、先日鴉天狗がどうしても新聞を購読してくれとせがんでいたので、
何かおまけはないのかしら?と聞いたときに、シブシブつけてくれた物を持って。
プラスティック製の小さな容器。
半透明のその容器の中には、薄いピンク色をした乳白色の液体が入っている。
その容器のフタの役割をしているであろう、赤い銀紙の部分をつめではがして開ける。
そして、一気に中の液体を飲み込む。
「フゥッ・・・、やっぱり朝はこれよね・・・」
どうやら、これは日課になっているようだ。
簡単に朝ごはんを食べ終えて、まどろみながら今日見た夢のことを思い出す。
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「わあ、おじいちゃんおばあちゃん、ありがとう!!」
まだ幼い女の子は、今まで見たこともない様な人形を祖父母から貰い上機嫌だった。
まだ、舶来品の様な人形というのはここでは珍しいものだ。
今日は3月3日の雛祭りであり、さらにその女の子の誕生日。
女の子は、その西洋風の白いドレスを来た人形を大事に抱えてはしゃいでいる。
家の中には、大きな雛飾りもあり、近所の人も、その立派な雛飾りを見に集ってきていた。
その家にとって、女の子が物心付いての初めての雛祭りと誕生日。
祖父母も両親も、今日の為にかなり奮発したみたいだ。
その人形は、大きな里へ仕事で行く用事があった父親に頼み、その大きな里にいる人形職人に無理を言って作らせたもの。
どことなく、その人形が女の子に似ているのは、その為である。
女の子は、うれしくってはしゃぎ回っている。
その姿を祖父母と両親は笑顔で見守る。
とても平和な光景だった。
夕方近くに、近くの川辺に父親と女の子が散歩に行った。
もちろん、女の子の腕の中には、さっき貰った人形が大事に抱きしめられている。
川辺では、この里の女の子がいる家族が、折り紙で流し雛を作りそれを川に流している姿が見られた。
女の子も家で折ってきた流し雛を父親と一緒に川へ流す。
川面に静かに流れる色とりどりの流し雛。
女の子が父親に聞く。
「ねえ?なんであの折り紙のお雛様を流しちゃうの?」
「それはね、あのお雛様を流した人の悪いものを、あのお雛様が代わりに受け取ってくれるからなんだよ」
「じゃあ、私の悪いものは、あのお雛様が持って行ったの?」
「そうだよ、これで来年のこの日まで元気でいられるよ。
だから、あのお雛様にありがとうってお祈りしてあげようね」
父親と女の子は静かに流れて川に沈んでいく流し雛に向かって、「ありがとう」と手を合わせて祈った。
気が付くと、日は傾き少し冷え込んできた。
「さて、もうすぐ夕飯だね、そろそろ帰ろうか」
「うん!」
父親と女の子は手をつなぎ、家へと帰っていった。
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いつもとは違う、豪華なご馳走。
女の子が好きな食べ物がたくさんある。
人形を大事に抱えながら、美味しい料理をほおばっている。
その姿をみて、大人たちは笑顔になる。
この楽しい宴も女の子が疲れて寝てしまうまで続いた。
すやすやと寝息を立てる女の子を抱えて、布団へ運ぶ。
寝ながらも、人形を大事に抱きかかえている。
その幸せそうな寝顔を見て、祖父母と両親は「おやすみ」とやさしく言葉を掛ける。
一体、どんな夢を見ているんだろうね?きっと楽しい夢に違いない。
大人たちは、子供の寝顔を見ながら、幸せな気分に浸っていた。
そして夜も更け、家族全員が寝静まる。
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日付が変わったか変らないかの時刻に異変が起こる。
いきなり地面から「ゴーッ」という轟音が鳴り響く。
その瞬間、地面が大きく揺れた。
「地震だ!」
それもかなり大きい。
揺れながら、家の柱などがメキメキと音を立てる。
その異変にいち早く気が付いた父親が女の子のもとへと駆け寄る。
まだ女の子は夢の中なのだろうか?スヤスヤと寝息を立てていた。
部屋にある箪笥の上から落ちてくる荷物などが女の子に当たらないように自分が盾になって子供を守る。
父親の背中に容赦なく落ちてくる荷物が襲い掛かる。
しばらくして、揺れが収まった。
何かの異変に気が付いた女の子が目を覚ます。
「あ、おとうさん??どうしたの??」
しかし、父親は苦痛の表情のまま返事をしない。
暗い部屋の中を見ると、いままで整理されていた部屋とは明らかに違う影が見えていた。。
一体何が起こったのか理解できない女の子が自分に覆いかぶさっている父親をもう一度呼ぶ。
「おとうさん!おとうさん!!」
「・・・・よかった・・・怪我はないか???」
一体何が起こったのか?まだ理解できていない女の子が再度父親に問いかける。
「なんかあったの?!」
「・・・今、・・・大きな地震があってね・・・・すごい揺れたんだよ・・・・」
背中にいくつもの衝撃を受けて、呼吸が安定しない父親が途切れ途切れではあるが、女の子を安心させる為に、
無理に笑顔を作りながら、答えた。
もう揺れは収まったな・・と感じた父親は女の子の上から離れた。
突然視界は開けて、夜の闇に目が慣れてきた女の子が見た光景は・・・・
これが今まで寝ていた部屋 ?と思えるほどの変わり具合。
箪笥は倒れ、部屋の中はホコリが舞っている、豪華だった雛飾りも崩れてしまって今は見る影もない。
障子も所々へしゃげていて、女の子ですら「あれだとちゃんと開けれない」と分かるくらいに変形していた。
隣で背中に受けた衝撃以外はたいした怪我のない父親が呼吸を整えていた。
「おとうさんは怪我はないの?大丈夫??」女の子が心配して父親に聞く。
「ああ、ちょっと休めば大丈夫だよ」
隣の部屋から、祖父母と母親が崩れた荷物を乗り越えて女の子の所へ向かってくる姿が見えた。
とりあえず、家族は全員無事なようだ。
全員がそろい、ホッとしていたときだった。
「火がでたぞ!!」
遠くで叫ぶ声が聞こえる。
ただでさえ、木造の家や、わらぶき屋根の家しかない集落。
しかも集落が山間にある為に、一度火が出ると、余程の事がない限り鎮火は難しい。
その声を聞いた父親が「おい!早く荷物をまとめるんだ!」と家族に向かって叫ぶ。
3月の冬空。
空気も乾燥している。
火の勢いは早く、すでに火が上がった家は火に包まれていた。
家族は、家財道具や大事なものを、地震でグチャグチャになっている部屋からなんとか探し出し、
それを風呂敷にまとめて背負う。
山間というのは、こういう時に都合が悪い。
むやみに山道を行くと、この時間だと遭難する可能性も高いし、野獣に襲われる可能性もある。
さらに、山火事に発展した場合は逃げ道がなくなり最悪だ。
父親は、あの火の勢いでは、もうあの集落の家は全滅だろうと予測していた。
火の手から逃げるには、水のある川辺に行くしか手段がなかった。
集落で無事に逃げられた人が川辺に集まる。
小さな集落だから、ほとんど顔見知りなので安心感はある。
父親がフッと集落のあった方向を見ると、夜の闇の中で集落の家々が赤々と燃えているのが見えた。
その光景を見て、涙する人もいれば、落胆する人もいた。
とりあえず、生きているだけで大丈夫だ・・・と、自分自身を力づける。
そして、日が明けるまで生き残った人たちで、寒さをしのぐ。
これからどうしよう・・・そんな会話もあちらこちらで聞こえる。
女の子は、いきなり起こった事に頭が対応できておらず、まだ自分は夢の中にいるのではないか?と
錯覚していた。
ただ、しっかりと人形は抱きしめていた。
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山と山の隙間に見える東の空が、少しだけ色を変えたときに、村の方から数名歩いて来るのが見えた。
逃げ延びた人の中から声が上がる。
「だれか、まだ逃げ遅れた人でもいたのか??」
しかし、よく見るとその風貌はここにいる逃げ延びた人とは明らかに異なる。
一人が声をあげた。
「・・・山賊だ・・・・」
ここらへんの集落を荒らしている噂の山賊であろう。
地震と火災で好都合と思ったらしく、手には刀を持っていた。
「うわぁ!!」
「なんで、こんな時に!!」
「いやぁ!たすけてぇ!!」
こんな緊急時なので、だれも武器は持っていない。
恐怖で逃げ惑う人を、容赦なく切り捨てていく山賊。
逃げる・・といっても、後ろは川で、対岸はがけになっている。
それに川へ入ろうものなら、この寒さである。
河原を伝って逃げようとしても、火の手が迫っている方向には逃げられない。
・・・・つまり、「八方塞り」・・・・・
悲鳴を上げて逃げ惑う集落の人たち。
が、刀を持った数人の山賊に次々と切られ、家財道具などを奪われる。
父親も意を決して家族を守る為に立ち向かうが、素手では敵うはずもなく、
山賊の刀の前に倒れていった。
母親が女の子を力一杯抱きかかえ、うずくまる。
目の前の現実が理解できない女の子は、ボーッとしたまま母親の腕の中に包まれる。
が、力一杯抱きしめられた痛みから、意識を戻す。
女の子の耳には、祖父母の最後の声がかすかに聞こえてきた。
その声を聞いて、人形を思いっきり抱きしめる。
あまりの恐怖に声も出ない、涙も出ない。
子供心から、「この人形はおじいちゃんとおばあちゃんがくれた大事なものだ」という思いが突然こみ上げ、
母親が自分を抱きしめているのと同じように人形を力一杯抱きしめる。
女の子の頭の上の方で、母親が「どうかこの子だけは・・この子だけは・・・」と山賊に命乞いをしている声が聞こえる。
が、山賊は容赦なく母親の背中に刀を突き刺した。
その母親の命を奪った刀は母親の背中を貫通し、女の子の命をも奪った。
母親と女の子を貫いた刀を伝って、2人の血が流れる。
息絶えた女の子が持っていた純白の人形のドレスが、血で真っ赤に染まる。
山賊は、金目の物を持ち去り、川辺には無数の屍だけが散乱していた。
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どれくらい時間がたったのだろう。
聞こえてくるのは、野犬の息遣いと、鴉の羽音。
それ以外は静寂。
ただ、異様な雰囲気が漂う川辺。
急に、川から「パシャ」という音が聞こえた。
何の音だろう?
私はその方向へ視線を送ろうとしたが、体が動かない。
続いて、「パシャ・・・パシャ」と聞こえてくる。
その音を聞いて、野犬も鴉も何かに怯えるように立ち去っていった。
なんとか私の動きを抑えている冷たい塊を押しのけて、その方向を見る。
夜の闇にまぎれて、何か無数の小さい物が動いているのが見えた。
よく目を凝らしてみると、その小さいものは、そこかしらに転がっている塊に向かって歩いていって、
手をかざしている様に見えた。
しばらくすると、手をかざした塊から何か黒く鈍く光っているような塊が浮かび上がる。
その塊を、その小さな物が受け止める。
受け止めた瞬間、その小さなものが、細かく千切れ、消えていった。
そんな光景が川辺のあちらこちらで見かけられた。
辺りを見ると、川の中からその小さい物がたくさん出てきている様子がみえた。
東の空が少しずつ明るくなる。
すると、その小さな物がなんであるか分かった。
「流し雛」だ。
間違いない。
父親と女の子に連れられて行った川辺でみた、あの流し雛。
けど、どれも濡れているので原型を留めていないものばかり。
川から上がった瞬間にその場に崩れ落ちてしまうものも多数あった。
が、それでも立ち上がろうとして、力尽きる。
まだ原型がわずかに残っているものは、川から上がり、ゆっくりだが川辺にある、
なにかの塊に向かって、歩いていき、手をかざしてから消えてく・・・・
しばらくその光景に見とれていると、私の存在に気が付いた一体の流し雛が近寄ってきた。
その流し雛は、川には入ってはいなかった様で、濡れてもおらず、原型もキチンと留めていた。
そして、私の頭の中に、その流し雛であろう声が響く。
『あら、アナタは流し雛じゃないのね?』
「ええ、私はただの人形よ。で、アナタは?」
『見ての通りの流し雛よ』
「一体何をやっているのかしら?」
『見ての通りよ、ここで無残に散っていった者たちの無念の思いや悲痛な思いを受け止めているところよ』
私には理解できなかった。
そんなことをして何になる?
見ていると、自分達も消えていっているではないか。
『こうしないと、天に帰る魂達が、苦しい思いや辛い思いを抱えたまま逝かないといけなくなるでしょう。
流し雛は、魂達が、安らかに天に帰るために、こうやって悪い思いを受け止めているのよ。』
つまりは、魂・・・いや、人間のため・・・か・・・・・
『あなたは確かに流し雛ではないようね。けどね、人間の思いが込められているっていう点では、私達流し雛と、
同じじゃないのかしら?』
その言葉を聴いて、ハッとする。
そうだ・・・私はあの女の子に抱きしめられていた。
あの女の子は!!
自分が今さっきまでいたところを見る。
その場所には、うずくまっている女の子の母親の姿があった。
そのお腹のところに、女の子が姿が見える。
私は、急いで近寄る。
女の子の顔に私の手が触れるか触れないかの場所に来た時に、足元に何か「ヌメッ」とした感触があった。
ハッとして、足元を見てみる。
・・・・真っ赤な・・・しかも鮮やかな赤い色をした血が、女の子と母親の体から流れ落ちていて、それが私の足元に
水溜りの様に溜まっている光景が目に入った。
私の足が震える。
勇気を出して、女の子の顔に手を付けてみる。
・・・冷たい・・・・息もしていない・・・・
すでに生気もなく、顔色も蒼白。
後ろで、さっきの流し雛が『この女の子があなたのご主人様だったの?』とたずねてきた。
「ええ、昨日、この女の子の誕生日の贈り物として、私が来たのよ・・・」
『じゃあ、あなたにも出来るかもしれない・・・その女の子が安心して天に帰るための儀式が』
私が?流し雛でもない、普通の人形の私が?
『だって、あなたは、その女の子の思いによって、今こうして私と話せるし、動けるのよ。
それは、その女の子の思いがそうさせているのよ』
・・・そういえば、最期の時まで私の事をずっと力一杯抱きしめてくれていたっけ・・・・・
私がいま、こうやって、無傷でいられるのも、女の子のおかげ。
しばらく考えてから、「やってみたいわ、やり方を教えて!」と流し雛に聞いた。
『簡単よ、その女の子の思いを受け止めようと思いながら、手をかざせばいいの。
ちゃんと思っていれば、女の子から災いの気が出てくるから』
少し離れて、やってみる。
もう私も主人を失った今、生きていても仕方ない。
だったら、最期の時まで、私を守ってくれた女の子と一緒に逝きたい。
そう思いながら、女の子に向けて手をかざす。
手から、女の子の感情が私の中に入ってくるような感覚に襲われる。
「なんで、こんなことが起きているんだろう?」
「おとうさんも、おかあさんもおじいちゃんもおばあちゃんも、みんなやられちゃった・・・」
「さっきまで、あんなに楽しかったのに・・・なんでだろう?」
「怖い・・怖いよぉ・・・」
手から伝わる女の子の思いを感じる。
思わず、意味もなく「ゴメンね、ゴメンね」とつぶやいてる自分がいた。
その時、女の子の体から、黒く光る塊が浮き出た。
ああ、これを私の体に受ければ、一緒に逝ける・・・・
そう思いながら、その黒い塊を体に受ける。
これで、女の子と一緒に逝ける・・・
ギュっと目をつぶる。
黒い塊が、私の体の中に吸い込まれていく・・・
・・・・・
・・・・・
・・・・・
強く閉じた目をゆっくりと開ける。
・・まだ私は消滅していない・・・
逝けなかった?
だが、女の子からでた黒く鈍く光る塊は、純白の塊となって、天へと登っていくのが見えた。
私だけ逝けなかったのか?
『珍しいわね』後ろにいた流し雛が口を開いた。
『やっぱり、私たちとは作りが違うからかしら・・・』
人形職人の手作り品と、折り紙とでは、やはり異なっていたようだ。
女の子から出た災いの気が、私の体の周りに漂っていた。
そうだ!もっとこの災いの気を貯めれば、逝けるかもしれない。
そう思い、今度は母親の体に向かって手をかざす。
女の子の時と同じように、黒い塊が浮かび上がり、私の体に吸い込まれていく。
だが、やはり逝けない。
今度は父親・・・祖父・・・祖母・・・・
次に、雛飾りを見に来ていた近所の人・・・・
災いの気を体に受け止めているうちに、色々な人の記憶も私の中に入り込む。
そして、何人やっても、ただ私の体の周りに災いの気が溜まるだけで、一向に体が消滅する気配がない。
けど、何人もの災いの気を受けて、その無念な思いを知り、私の心は少しずつ変化をしていった。
「無念な思いで死ぬと、こんなに悲しい気持ちで逝かなければならないの?」と。
さらに、何人もの災いの気を集めたが、やはり体が消滅する気配はなく、体の周りに災いの気がドス黒く溜まっていくだけだった。
私の心の中である変化が生まれた。
「逝きたい」という気持ちが消えていた。
たくさんの無念の思いを知り、その悲しみや深さも知った。
それまで、口にはしなかったが、自分と流し雛では格が違うと思っていた。
単なる紙の人形と、職人の手作りのこだわりの人形。
だが今は、その流し雛の行動に素直に尊敬の念を送ることが出来る。
人の為に、人間の為に、魂のやすらぎの為に。
流し雛の使命である「自己犠牲」の美しい姿。
ただ、私と違う点は、消滅するかしないか。
私は消滅しない。
だったら、この体を使って、無念の思いを残したままのたくさんの魂にやすらぎを与えることが出来る。
私は、流し雛に言った。
「こんな体だけど、私も流し雛として役目を果たしてもいいのかしら?」
『いいと思うわ、それはあなただけにしか出来ない事だから。』
その日から、私とその流し雛との生活が始まった。
川辺に残されたすべての災いの気を私が吸い取る。
流し雛に色々と教えてもらい、たくさんのことを学んだ。
折り紙を使って、自分で流し雛を作る。
そして、その流し雛に災いの気を少しだけ送り込む。
すると、それに魂が宿り、私の言う通りに動いてくれる。
気の込め方にも色々あって、屍に手をかざす以外にも、手を上に上げて気を込めると、
周囲にある多数の屍からも、災いの気を集めることが出来る。
日を追うごとに、災いの気を集める事が楽しくなってきた。
純白になった魂のやすらかそうに見える姿を見て、私自身が安堵の表情になる。
そして、私は流し雛と共に、全国を渡り歩いた。
その頃、この国はまだひとつになっておらず、ちいさな領土の取り合いを戦(いくさ)という形で取り合いをしていた。
だから、戦があるたびに、戦場となった場所に多数の屍がある。
戦が終わって、夜になり人の目がない頃を見計らって、私と流し雛達で屍を探して、
災いの気を吸い取る。
私は災いの気を体に溜め込み、他の流し雛は災いの気を体に受けて消滅する。
まれに、まだ息のあるものがいて、私達の姿を見てビックリするが、
夢でも見ているのか、それとも気が触れたのか?という感じで、あまり気にも留めていなかったようだ。
こうして、戦があるところに私達は赴き、たくさんの魂にやすらぎを与えていた。
そんなことを、気が遠くなるほど繰り返していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから、何年たったのだろう?
この国がひとつにまとまった。
が、まだ戦は度々起こっている。
が、以前と比べ規模が異なってきている。
だから、私はたくさんの流し雛を作った。
なんとしても、すべての魂にやすらぎをあげたい。
私は、その一心で、流し雛を折り続ける。
それから、また月日が流れる。
この頃は、もう「戦(いくさ)」とは言わず、「戦争」と言っていた。
今まで、相手も見方も区別なく災いの気を吸い取ってきたが、
この戦争というのは、相手の災いの気がどこにもない。
災いの気を吸い取るのは、すべてこの国の人のだけだった。
私は疑問に思っていた。
一体、この国の人は何と戦っているんだろうと。
だが、魂のやすらぎの為に、毎日災いの気を吸い取る日々が続く。
そして、今までに体験したことがない大きな戦争が起きた。
たくさんの人が亡くなった。
ある町など、たった一発の爆弾ですべてが消し飛んだそうだ。
いても立ってもいられず、その町へと向かう。
が、どこを見ても屍がない。
すでに黒い塊だけが、空中をフヨフヨと浮いている姿だけが目に入った。
一体これはなんだろう?
その黒い塊に手をかざして災いの気を吸い取る。
その塊の思考が私の中に入り込んでくる。
・・・・あまりにも一瞬だったのだろう・・・・
その黒い塊の主は、まだ自分が死んでいることにすら気が付いていない。
これでは、魂にやすらぎを与えることが出来ない。
気落ちしながらも、なんとか災いの気を集め、魂を天に帰していった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その数日後。
この国の戦争が終わった。
さらに、この国は戦争を今後一切行わないと宣言した。
私は喜んだ。
これで、無念の思いや悲しい思いを背負ったまま逝ってしまう魂がなくなる。
しかし、手放しでは喜べない。
戦争がなくなるという事は、私達の存在意義がなくなること。
つまり、私達は用済みとなる。
今まで、苦楽を共にしてきた流し雛に聞いた。
「もう、私達の役目は終わったのね?」
『ええ、そうかもしれないわね。けど、これが本当はいいことなのかもしれない。』
本当は存在してはいけない存在。
それが私達。
もう、この国には私達がその力を発揮できる所はなくなった。
「そう・・・これでいいのよ・・・・」
私達は、人知れず深い森の中へ隠れる様に姿を消した。
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それから数年。
私の体もかなりくたびれてきた。
苦楽をともにしてきた流し雛も、最初にあった頃の様な形ではなく、
すでに原型を留めていないほどに所々が切れていて、崩れかかっていた。
今では、言葉を発するのも大変な様子だ。
私も体の節々の動きが鈍くなってきた。
指も、もう流し雛を作れるほどには動かない。
「ねえ、もう私達もやすんでもいい頃なのかもね?」
流し雛に問う。
『・・・・・・』
返事がない。
「ねぇ?」
『・・・ああ・・そう・・・なのかも・・・・ね・・・・・・じゃあ、先に・・・逝っている・・・ね・・・・』
今まで聞いた事がない様な、流し雛の消え入りそうな声に、私は一瞬ドキッとした。
「え?何?なんて言ったの!!」
そのとき、流し雛は光を放ち、細かく千切れていった。
急いで、流し雛に手を伸ばす。
が、動かない指の間を細かく千切れていった破片がすり抜けていく。
「待って!私を置いて逝かないで!!」
必死に差し伸べた手には何も残っていなかった。
長い間一緒にいた友を失った。
その悲しみが私の心を支配する。
私も、もうすぐそっちへ逝くんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
誰もいない薄暗い森の中で、もう動かない体を無理に動かして、
森の中でひときわ大きい木の下まで移動する。
「大きな木・・・私と同じ年くらいかしら?」
木の根の所に腰を下ろし、静かに目を閉じる。
「色々あったけど、楽しかったわ。」
人間のため、魂がやすらかに天に帰れるため。
そのためだけに、いままでずっと災いの気をその体に溜め込んできた。
「もうすぐ、私も逝くわ。」
だんだんと体の力が抜けていくのが分かる。
お迎えが来たのね・・・・
大きな大木の下で、ちいさな人形が音を立てて崩れ落ちる。
体がバラバラになり、手足も顔も細かい塵になる。
残ったのは、女の子の血で赤く染まったボロボロの服と、髪留めのリボンだけ。
それ以外のものは、突然吹いた風によって、森の中へと跡形もなく吹き飛んでいった。
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目を覚ます。
ここは天国?それとも地獄?
辺りは真っ白な光で覆われ、まぶしさでまともに目が開けられない。
『ようこそ、おいでくださいました』
荘厳な声が響く。
が、人の姿は見えない。
「どなた?」
警戒しながら私は問う。
『私は・・・名乗るほどのものではありません。が、人は皆私の事を「神様」と呼びます』
その荘厳な声は、そう語った。
「じゃあ、ここは天国なの?」
『あなたがそう思えば、ここは天国なのかもしれません』
問答を続けていても仕方ない。
そう思い、単刀直入に聞く。
「で・・・私に何か用事でもあるのかしら?」
『お察しがいいですね、ではこちらも単刀直入に言わせていただきます
あなたに、このまま今までの役目を続けていってほしいのです』
「けど、もうこの国は戦いを放棄したわ。もう無念の思いのこもった屍はないのよ」
『あなたは、今まで、「死んでしまった者」の魂を救ってきた。
今度は、「生きている人の魂」を救って欲しい』
一体どういうこと?
生きている人の魂を救う?
どうやって?
『あなたを「神」として生まれ変わらせます。
そして、生きている人に取り付く災いの気・・・・「厄」を吸い取っていただきたい』
「それが、人間の・・・魂の為にいいことなの?」
『もちろん、だからこそあなたにお願いしているのです』
しばらく、私は考えた。
そして、口を開いた。
「ならば・・・いいでしょう・・・」
こうして、私は神・・・「厄神」として生まれ変わった。
人形の体ではなく、人間と同じ体で。
そして、文明が発達して、信仰が少なくなってしまった今までいた世界ではなく、
まだ信仰心が残っている「幻想郷」に住むことになった。
生まれ変わるにあたって、数点神様にお願いをした。
服装は、生まれ変わる前の人形と同じ様な服装にしてほしいと。
女の子の血で赤く染まったあの服。
永い間、見に纏い、数多くの悲しみや苦しみを一緒に見てきた服である。
今までの思いを忘れない様に・・・と思ってお願いした。
そして、人形が朽ち果てた場所へ連れて行ってもらい、そこに残っていたボロボロの服とリボンを拾う。
これも、私の体の一部だったもの。
ボロボロの服をひも状にして、呪文を書いてこれ以上朽ちない様にして、髪に留める。
余った部分があったので、左の腕に巻きつけておく。
リボンは、長い髪の毛を留めておくのに使った。
ただ、いつでも目線を下げればリボンが視界に入るように、後ろの髪を全部前に持ってきて、
胸の所で、そのリボンを使って留める。このリボンも、女の子の血で染まったものだ。
こうすれば、いつもで視界の中に女の子との思い出が見える。
そして、自分が人形だった最後の場所に立ち、すでに塵と化して、四散して森の中へ
風で運ばれていった方向へ向かい、心の中でつぶやいた。
「今まで、ありがとう」と。
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神様にお願いしたしたことが終わる。
これで、悔いはない。
今から新しい「厄神」としての私が始まる。
『では、よろしく頼みます。
・・・「厄神」ではなにか味気ないな。私が何かいい名前をつけようか?』
神様と呼ばれる存在は、私に聞いてきた。
確かに、今の私には名前がない。
これからは、厄神として。人と同じ体として、やはり名前は必要になる。
少し考える。
「だったら・・・では、私が自分の名前を決めてもよろしいでしょうか?」
『かまわない、何かいい名前でもあるのか?』
「ええ・・・、私を命尽きるその時まで、力一杯守ってくれた人の名前を継ぎたいと思います。」
私の歴史の中での唯一の主人。
そして、今の私が存在出来るきっかけになった人。
そして・・・私に一番愛情を込めてくれた人。
その名前がまっさきに浮かんできた。
『ほう、で、その名前は?』
「その名前は・・・・「鍵山 雛」・・・・」
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「あら、いやだ!もうこんな時間じゃない!」
フッと時計をみると、すでにいつも厄を集めに散歩に出かける時間を大幅に過ぎていた。
急いで朝ご飯の食器などを片付けると、足早に散歩へ出かけていった。
「急がないと、今日も人間の為に厄を集めないと・・・」
今日も鍵山 雛は厄を集め続ける。
明日も、その次の日も。
雨の日でも、雪の日でも。
「人間の為に」その心だけで、厄を集め続ける。
幻想郷に住むすべての者が、安らかに天に帰れるように、今日も厄を集め続ける。
いやはや、いい話です
毎朝のヤクルトww射命丸なにもってんだw
すべての元凶は、私ではなく、姪っ子の父親ですので。
用事があって、家に行ったら、プレイ中でしたw。
>ヤクルト
ほら・・・「厄ルト」ですから・・・w
幾年もの悲しい歴史の中を歩み続けて
辿り着いた場所が「幻想郷」・・・
悲しい話でもあり温かい話でもあります。
しかし・・・
姪っ子さんの発想は素晴しいですな~www
本当に東方は考えれば考えるほど奥が深い。
あとがき?つっこみませんw