冬。レティは大喜び、チルノはとても幸せそうだ。
幻想郷はいつもと変わらない冬になるはずだったのだが。
ガシャーン
夜の紅魔館に突如鳴り響く轟音。
ガラスやら木屑に埋もれてうごめくなぞの物体。
その場に駆けつける紅魔館メンバー一同。
咲夜はすぐに臨戦態勢に入るが、その姿は見たことがあるものだった。
「やってくれたわね」
あきれるパチュリー。
「何で突っ込んできたのよ」
そこにはサンタクロースの衣装を着た魔理沙がいた。
「メリークリスマス」
とびきりの笑顔を振りまいてはいるものの
その服はところどころ破れたりしていて呪いのサンタそのものだった。
「何言ってるの」
「いやだって今日はクリスマスだろ」
「3週間前早いわよ」
館が壊され、どうでもいい客人が現れたのでパチュリーは少々ご立腹だった。
「だからどうして突っ込んできたの」
「だってよ、サンタって煙突から入るもんだろ。で、そうしようと思ったんだけどスピードが出すぎちまって」
さすがのパチュリーも魔理沙のくだらない理由に我慢できなかったのかスペルカードを取り出した。
「まぁりぃさぁ」
「お待ちくださいパチュリー様」
咲夜はスペルカードをお見舞いしそうになるパチュリーを止めた。
「霧雨魔理沙、罰としてしばらくの間紅魔館でメイドをなさい」
「メ、メイド?私がか」
咲夜のその発言には魔理沙だけでなく、その場に居合わせた全員が驚いた。
「何言ってるの咲夜、こんな白黒馬鹿をうちで働かせるなんて危険気回りないわ」
この現状に少々いらっとするも正論を述べるレミリア。
「やったー」
大喜びのフラン。
「彼女に戦いで物事を解決するのではなく、体を張って責任を取るという方法を学んでいただくちょうどいい機会です」
咲夜はいたって冷静である。
「そういうわけで明日からビシビシ鍛えてあげますからね」
そう言って咲夜は満面の笑みを魔理沙に向けた。
「わかった。私なりに努力してみるよ」
しぶしぶ納得する魔理沙。
「これで魔理沙といつでも遊べるー、まりさぁー」
そういってフランは魔理沙に抱きついた。
レミリアは咲夜の言う事だからと納得したもののやはり不満そうであった。
次の日。
「うぉちゃー!」
紅魔館に響き渡る声。
「魔理沙なにしてるの!」
「いや、鍋持とうとしたらすごく熱くてさ」
「鍋つかみ使いなさいよ」
厨房は朝からとてもにぎやかである。
食堂でパチュリー、レミリア、フランの3名は朝食が運ばれてくるのを待っていた。
「まだかなまだかなー」
なぜかフランはうれしそうだった。
「お待たせしました」
そうして現れたのはメイド服を着た魔理沙と咲夜だった。
彼女が普段来ている服もメイド服に似たようなものなのだが、これはこれでまたすばらしいものであった。
「おぉこれは、咲夜グッジョブ!」
ビシッと親指を立て咲夜に感謝するパチュリー。
朝食の配膳を済ませ、食堂を出て行こうとする魔理沙であったが、背後から急に何かが抱きついてきた。
「魔理沙ー、一緒にご飯食べよう」
甘えた声で彼女に抱きついたのはフランであった。
「いや、しかし私は今メイドであってだな」
「いいじゃん。せっかく魔理沙がいるのに一緒にご飯が食べられないなんてつまらないよー」
「それはまずいって」
現在の自分にとっては上司である咲夜が見ているこの場でいつもの自分をさらけ出すのはまずいと思った魔理沙は
なんとかして彼女を引き離そうとする。
「魔理沙ぁー」
「だからだなぁ」
そうこうしているうちに魔理沙達に近づいていく咲夜。
これは怒られると悟った魔理沙は目を瞑った。
「魔理沙」
「はい!」
しかし咲夜は優しい声だった。
「あなたはメイドとしてこの館で働いているのです。メイドは主人達の要望には可能な限り応えなければいけません」
すると咲夜は魔理沙の頭にそっと手をのせた。
「妹様と一緒に食事をなさい」
そこには笑顔の咲夜がいた。
「わっ、わかりました!」
少々戸惑いながらも魔理沙はフランの隣に座り、楽しいひと時をともにした。
その様子を眺めていたレミリアは今すぐにでも魔理沙をこの館から追い出したいという気持ちになるが
主としてなにより姉という立場上それはしなかった。
「ねぇ咲夜」
「はいパチュリー様」
「あなたイケナイ娘ね。フランのおもりを彼女に押し付けるなんて」
「押し付けるだなんてそんな。私はただあの娘達のことを考えてこうしただけですよ」
その笑みには何か親としてのやさしさのようなものが込められていた。
魔理沙の仕事振りは、はじめのうちは手際の悪さからいろいろ迷惑をかけていたものの
しばらくすると他のメイド達と肩を並べるほどの腕前となっていた。
さすが努力家魔理沙である。
一同その様子に感心させられ、この館でずっと働いてもいいのではないかと思われるぐらいにまでなった。
しかしその様子にあまり納得できないものが1名いた。姉のレミリアである。
彼女は魔理沙の仕事振りには納得するも
咲夜が魔理沙への指導のため自分に構ってくれる時間が少なくなってしまったこと
そしてなにより妹のフランが魔理沙にとられてしまったのではないかという嫉妬から彼女のことを認めようとはしなかった。
そうして日は過ぎて行った。
その日は、深々と雪が降り積もり、とても寒かった。
クリスマス・イヴである。
紅魔館もパーティの準備に大忙しであった。
部屋という部屋に装飾が施され、館は見事にクリスマス一色となった。
「近くで見るとすごくおおきい!」
フランは食堂に置かれていたでっかいツリーを見上げはしゃいでいた。
そうこうしているうちに夜も更け、テーブルには咲夜達が手がけた七面鳥のローストや温かいシチューなどが並べられていった。
パーティには、紅魔館で働いているメイド達や門番の美鈴も加わりいつもの食事とは全く異なるにぎやかさとなった。
咲夜と魔理沙もパーティを楽しんでいた。
「メリークリスマス魔理沙」
「メリークリスマス咲夜さん」
「ふふっ、咲夜でいいわよ」
「いやでも、今は私の上司だしな」
すると咲夜は少し小悪魔的な顔をしながら
「今日でメイドの仕事は終わりよ魔理沙」
「えっ、もういいのか?」
呆気に取られた様子の魔理沙。
「えぇ、あなたは充分働いてくれたわ。少しは責任の取り方を学んでもらえたかしら」
「そうだな、いやってほど学んだぜ」
魔理沙はもうこりごりといった感じであった。
「魔理沙ぁー」
ぎゅっと抱きついてくるフラン。
「ねぇねぇ、明日は何して遊ぼっか。雪合戦とか雪だるま作りとかかまくらとか、それからそれから」
目を輝かせながら話すフランを引き離し彼女を見つめる魔理沙。
「悪いなフラン。今日でメイドの仕事は終わりだ。明日になったらまたいつもの生活に戻る」
魔理沙は楽しそうな彼女にこんなことを言いうのは辛すぎるといった様子だった。
「えっ、意味わからないよ」
きょとんとした表情をするフラン。
「彼女は充分働いてくれました。私からのクリスマスプレゼントということです」
「なにそれ…」
フランは咲夜と魔理沙の顔を交互に見つめた。
「なんで、どうして。せっかく明日はクリスマスなのに、魔理沙と一緒にすごせると思って楽しみにしてたんだよ!」
「ですがフラン様」
「いやだっ!魔理沙はずっとここにいるの!」
そう言ってフランは館の壁を破壊し、寒空へ飛び出していってしまった。
「おい!フラン!」
魔理沙は外へ向かって叫ぶも彼女の姿はもう見えなくなっていた。
「…いなければ」
ぼそりとつぶやくレミリア。
「あんたさえいなければいつものように楽しいクリスマスイヴになるはずだったのよ!あんたが邪魔しなければ私は幸せだったのよ!」
レミリアは今までたまっていた嫉妬心を魔理沙にぶつけた。
「全部あんたのせいよ!私がイライラするのも、パーティが台無しになったのも、フランが出て行ったのも!」
怒号をぶつけられた魔理沙は涙こそ見せないものの、帽子を深くかぶり唇を強くかみ締めていた。
そして魔理沙は何も言わないまま箒にまたがり、雪が降りしきる冬空に向かって飛んでいった。
その様子に誰も口出しはできず、ただ見つめていることしか出来なかった。
しばらくしてパチュリーが口を開いた。
「咲夜、あなたの能力ならすぐに見つけだせるはずでしょ」
しかも彼女ならフランがどこに行くかは大体検討がつく。それなのに咲夜は動こうとはしない。
「私が探しにいったところで妹様は納得しませんよ。それにここの仕事も残っていますから」
たんたんと話す彼女。まるでこうなることを予期していたかのような口ぶりだった。
「いざとなったら行かせていただきます」
そしてパチュリーも冷静であった。
「いいの?レミィ」
レミリアはパチュリーの横で悔しそうな表情をしていた。
「あいつが悪いのよ…」
泣き出しそうになるも、人前で涙を見せてはいけないと必死にこらえていた。
暗闇の中、魔理沙は必死に探した。
雪に顔を打たれようが、服がびちょびちょになろうが関係なかった。
自分のせいでこんなことになってしまった。
自分がいなければ彼女達はいつもと変わらない楽しい日々を過ごせたのではないか。
魔理沙は無我夢中だった。
だが視界が悪く彼女はなかなかフランを見つけることができなかった。
まもなく夜が明ける。
いつのまにか雪はやみ、雲の切れ間から朝日が顔をのぞかせていた。
「くそっ」
魔理沙はくやしかった。すると銀色に輝く世界の中に一際目立つ赤い何かを見つけた。
「あれはっ」
彼女は森の木陰に隠れるようにうずくまっていた。
「フランっ」
フランは少し日光に当たってしまったせいか衰弱していた。
魔理沙は彼女を抱きかかえると、自分の帽子をフランに深くかぶせ顔までも隠した。
とにかく彼女の皮膚が日に当たらないように努力した。
「フランっしっかりしろ!」
彼女は泣いた。
「ちくしょうちくしょうちくしょう…」
「夜が明けるわね。そろそろフランを連れてきてもいいんじゃない」
「そうですね」
大図書館で静かに本を読んでいたパチュリーはその本を閉じると咲夜に目をやった。
そうして咲夜がフランのもとへ跳ぼうとした時
バンッ
ドアを激しく開ける音が響いた。
魔理沙である。
彼女の衣装は生乾きで顔は真っ赤であった。
「お願いだっ、私に看病させてくれ」
フランを抱きかかえている咲夜に頭をさげる魔理沙。
「ふざけるなっ!」
レミリアの怒号が館中に響き渡った。
「おまえがいなければフランはこんなことにならなかった。全部おまえのせいだ!今すぐここを出て行け!」
彼女は今にも攻撃をしかけようとしている感じであった。
「出て行かないなら私が追い出してあげるわ」
そういってレミリアが構えた瞬間
「たのむっ」
土下座する魔理沙。
「私のせいだ、私がここにいなければみんな楽しくすごせた。だから私に責任がある」
彼女の声はわずかながら震えていた。
「私に看病させてくれ…」
今にも掻き消えそうな声だった。
「おまえは―」
「わかりました」
そう言ったのは咲夜さんだった。
「彼女に責任を取ってもらいましょう」
「咲夜!だいたいフランはいち―」
「お嬢様」
咲夜は声を張り上げた。その声にレミリアは驚き我に返った。
「妹様の看病はあなたに任せます。これはメイドとしてではなく魔理沙自身としての仕事です」
それを聞いた魔理沙はフランを抱きかかえ彼女の部屋へ連れて行った。
「フランは1日寝ていれば自然に回復するのに」
いたって冷静なパチュリー。
「こうでもしないと彼女はずっと土下座していたでしょう」
それを聞いたパチュリーは「しょうがないわね」といった感じの表情を浮かべた。
「咲夜、今日はレミィと一緒に寝てあげなさい」
「わかりました」
そう言ってパチュリーは大図書館へと戻っていった。
魔理沙はベッドのそばに椅子を置き彼女の看病をした。
しかし魔理沙は吸血鬼の看病などしたことがない。
咲夜は額に冷たいタオルをのせて入れば大丈夫と彼女に助言した。
魔理沙は一日中彼女のそばにいてあげた。
彼女の手を握り締めながら。
「んんっ」
フランは目を覚ました。
「魔理沙?」
そこには椅子に座った状態でベッドに伏して眠ってしまっている魔理沙がいた。
時計を見るともうクリスマスは終わっている。
「そっか、わたしがわがまま言ってたから…」
フランは自分の身勝手さを反省し、魔理沙の手をぎゅっと握り返した。
「ずっとそばにいてくれたんだ」
そう言って魔理沙を起こそうとするフラン。
「これは…」
よく見ると床に毛糸の塊が落ちていた。
それを拾い上げようとすると
「んあ、あぁ」
「魔理沙おはよう」
魔理沙も目を覚ました。
その瞬間、彼女はフランに抱きついた。
「どうしたの」
自分から抱きつくのは当たり前だったが、魔理沙から抱きつかれるのは初めてであったためフランは動揺していた。
「フラン、ごめんな。私のせいでこんなことになってしまって。本当にすまない…」
彼女が目覚めてくれたという安心感と申し訳ないという気持ちから魔理沙はフランの胸の中で泣きじゃくった。
自分の弱みを人に見せたがらない彼女の女らしい姿だった。
「もう大丈夫だよ魔理沙」
フランは魔理沙に対する感謝の気持ちでいっぱいだった。
「すっきりした?魔理沙」
「あぁ、ごめんな。こんな情けない姿みせちゃって」
魔理沙は涙を拭いながら答えた。
「いいよ。別に」
フランはその女の子らしい魔理沙を独り占めにできて、うれしそうだった。
「ところでこの毛糸の塊はなに?」
「あぁこれはお前のために編んでいたんだけど、なかなか難しくてさ」
編み目の大きさもバラバラで幅も統一されていないそれは魔理沙特製のマフラーであった。
そして魔理沙はそれをフランの首にそっとかけた。
「遅れてしまったけど、私からのクリスマスプレゼントだ」
フランは匂いを確かめるかのようにマフラーに鼻をうずめた。
「ありがとう魔理沙。それとメリークリスマス」
とびきりの笑顔で感謝するフランであった。
「でもクリスマスはもう終わっちゃったんだよね」
「まぁしょうがないな」
それでも二人はとてもうれしそうだった。
「まだクリスマスは終わっていませんよ」
そう言って現れたのは咲夜だった。
「どういうことだよ」
笑みを浮かべる咲夜。
「だってサンタがいるのにクリスマスじゃないっておかしいでしょ?」
そう言って咲夜は真新しいサンタクロースの衣装を魔理沙に手渡した。
「さぁもう一仕事よ魔理沙」
魔理沙は目を輝かせた。
「まかせとけ!」
そうして彼女達は1日遅れのクリスマスでにぎわう会場へ向かっていった。
「ねぇ魔理沙」
「なんだ」
「お姉ちゃんって呼んでもいい?」
「んーいいぜ」
「ふふっ、『お姉ちゃん』」
>そういってフランが構えた瞬間
レミリアでは。