何時からだったろうか。
春を集めていた時から?
そんなに早くは無いはず。
だって、あの頃は幽々子様の行動を阻害する邪魔者としか考えていなかったんだから。
秋ももう終わろうかという幻想郷。
私、魂魄妖夢は所用で博麗神社を訪れていた。
この神社の主博麗の巫女こと霊夢とはまあ、そこそこ友好な関係を築いていると思う。
初めて乗り込まれたときには勢い余ってすぐに斬りかかったりもしたが。
「霊夢、いる?」
普段から皆庭から縁側へと侵入していくこの神社を私は律儀にも玄関から進入していた。
この様に真面目に訪問してくれるのは数少ないと以前霊夢が嘆いていた。
それでも、私からしてみれば親しげにも見えるわけで。
進入したところで小言を言われるもすぐにお茶を出してもらえているのだ。
羨ましい、と思う。
魔理沙なんかはあの持ち前の気安さでずけずけと入り込んで、霊夢を困らせられるのだ。
紫様も隙間で平然と侵入していくらしい。
他にも吸血鬼だって問答無用、紫様のお友達の萃香さんも何時の間にやら寛いでいるという。
霊夢はそれに何も言わないのだろうか。
そもそも、不法侵入じゃないかとも思うけれど家主が歓迎の意を示してしまう以上罪には問えぬ。
それだけ、ある意味では信頼されているんじゃないか。
それだけ、中に踏み込んでいいということなのではないか。
それだけ、親しいってことじゃないか。
もし私がいきなり縁側から部屋に侵入すればどんな反応を霊夢はしてくれるだろうか。
きっと、魔理沙たちと変わりはしない。
それは、嫌だ。
だってそれは他と変わらないこと。大差ないということ。
霊夢のような無重力、何人たろうとその前では平等に扱われる。それは、理解している。
けれど見て欲しいと思う心はどうしても鳴り止まない。
私だけを見て欲しい、私だけをその心の側において欲しい。
愛してると言って欲しい。二人だけで、買い物とかしてみたい。
私のホンの少しの我侭。一体、何時からこうなってしまったのだろうか。
「はいはーい」
そんな意味の無い思考の中でぐるぐると回っていれば奥から鈴のような可愛らしい声が聞こえてきた。
霊夢の声だ。
他に何の気配もしない。
詰りは、一人だったのだ。
自然と頬がにやけて崩れてしまうじゃないか。落ち着け、私。
「あら? 妖夢?」
ぎしりぎしり、床を踏み鳴らす音が近づいてくるたびに私はそこから般若でも飛び出してくるんじゃないか、そんな感じのわけの解らない緊張と不安に苛まれていた。
心が高鳴り動悸が激しくなる。
落ち着け、落ち着け。霊夢の前でへまは出来ない。
霊夢の声はするけれど、こうして姿の見えないことがこれほどまでに切ないものだとは昔の私にはわからなかった。
「妖夢、いらっしゃい」
「こ、こんにちは。霊夢」
どもったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
いやいや、霊夢? 今の私は私じゃなくてきっと、魂魄みょん夢だとかそんなので……。
そんなあせる私の心。恐る恐る霊夢の顔を窺い見る。
笑われてはいないだろうか、おかしな子だとは思われていないだろうか。
他の誰でも――やっぱり幽々子様以外の――誰にそう思われてもいいけれど、霊夢だけにはっ。
「あいかわらずねぇ……少しは肩の力抜いたら?」
微笑んでいた。しょうがない、と微笑み腕を組んだままこちらを見ている。
あがりなさい、と言っているのだろうか少し身体をどけてくれている。
なんだか恥ずかしくなって勢いよく俯いてしまった。
何時でも、霊夢はこうなのだ。
◆■◆
幽々子様が敗れて以来、私は鬱々とした日々を送っていた。
まず第一に幽々子様の命を完遂できなかった事。
このことに関しては起きてこられた紫様からそのほうがよかった、と言われている。
勿論よく解らない理論でだ。
とは言え、幽々子様も遊びに行く事が増えてきてそういう意味では失敗は正解だったのだろう。
けれど、それとこれは別だ。
幽々子様を本来であればお守りすべき立場。然し私は侵入者の紅白を止める事すら叶わなかった。
それはたまらなく悔しくて、後悔の種だ。
次に先程にも通じていることだけれど、私の剣が通用しなかった事。
これは後悔と興味が強い。
後悔は先程のような理由。
興味とは紅白は紫様まで弾幕ごっことは言え退けたほどの実力者。
それは勿論永久不滅の事ではない。
負ける時だってあるらしい。
とは言え、勝った事があると言うこと、これが重要なのだ。
出来ればもう一度だけ、もう一度だけ手合わせをしてみたいと思う
そんな思いは謎の宴会事件の時に思いのほか早く実現される事となる。
結果として私は格闘戦でも敗北をした。
いきなり上空に現れるのは反則じゃないか、そう思えてしまう。
そんな愚痴を言っても仕方が無い。私は負けたのだ。尤も得意分野で。
その後、私は霊夢と接触を図らなかった。
幽々子様のお供として宴会に参加した時も、なるべく避けていた。
会うと惨めになってくる。
あれだけ飄々としたつかみ所の無い、暢気な巫女。
傍目で見ていても修行をまともに行っているとは到底思えない。
だからより、悔しくなる。
勿論より一層修行には励んでいる。
しかし、また負けてしまいそうで怖い。
ふわりふわりと、のらりくらりと私の必死さを嘲り笑うかのように回避されてしまうのではないか。
その思いが心の奥にこびりついてはなれない。
気負いすぎかとも思うけれど、どうしようもないじゃないか。勝てないのだから。
そんな風に考えて一部に対して塞ぎ込んでいた時、魔理沙――黒白魔法使いの事――から宴会のお誘いがあった。
幽々子様も危惧されていた月がどうとか言う事件解決の歓迎大宴会だそうだ。
何でも月の姫がどうとか書いてあったが幽々子様にその文をお見せしたところ。
「成る程。面白そうだから参加するわ」
と、見事なまでの二つ返事で参加が決定した。理由は本当に楽しそうだから、らしい。
然し、この決断が大きな転機をくれる事になる。
博麗神社台所。幽々子様に命じられるがままにこうしてお手伝いにやってきたはいいがやる事が無い。
実に手際よく下準備は終わっていた。
聞くところによると紅魔館のメイド長がやってきて行っていったらしい。
ならば帰ればいいじゃないかと思うかもしれないが、幽々子様は紫様と来訪される予定らしく戻ってもすれ違うだけ。
となれば残っているのが懸命だ。
そのようにメイド長に諭され居ついたはいい。然しそのすぐ後にお迎えに行くとかでメイド長はお帰りになられた。詐欺だ。
こうして天敵博麗霊夢と二人きりの状況になってしまったわけである。
◆■◆
「お茶でも飲む?」
「ああ、戴こう」
短い会話。これだけですらとても緊張して労力がいる。
居間でこうして二人きり、向かい合いながらと言うのはどうにもこうにも肩がこる。
霊夢が差し出してきた湯飲みを受け取り、喉へと流し込んだ。
熱い。喉が溶けてしまいそうなほどに。
「……ねえ?」
「なんだ?」
身体が小さく震えるのが解った。恐ろしいほどに劣等感として根付いているらしい。
「いつも、そうなの?」
「いつもとは……?」
何のことを言っているのだろうか。怖い、のか上手く顔を上げる事ができない。
霊夢はそんな私を気にした様子は無く話を続けてくる。
「なんかさ、いつも堅苦しいし」
「ほっといてくれ」
言われなくても解っている。多少堅物、なのだろう。
幽々子様にも散々からかわれていることだから。
「そんなに真面目に生きててしんどくない?」
「……?」
「偶にはさ、こうして二人でお茶飲んで。ゆっくとのんびりと、ね」
「私は……」
言葉が出てこない。
「ほら、肩の力抜きなさいよ」
「そうは言っても……」
「なんだかいっつもこっち睨むように見つめてるし、気にはなってたのよね」
嘘、私そんなに解りやすかったのか?
それよりも、いつも見ていたって……。
た、確かに思い出してみればいつも神社に来たときは見てたかも……。
「す、すまない……そういうつもりじゃなかったんだけど」
「じゃあ、どういうつもり?」
「それは……」
言ってしまって良いものだろうか?
負けたのが悔しかったなどと、実力に嫉妬していたなどと。
あまりにも私自身の独り善がりな鬱屈した思い。
でも。
「実は、その……霊夢は、強いなって」
止まらなかった。
聞いて欲しい、ということとは違う。
思いの丈をぶつけて見たい。吐き出したい。
私のずっと歩いてきた道を軽々と飛び越えていった霊夢に。
この時の私の説明は実に要領を得なかったと思う。
支離滅裂。
でも、霊夢はのんびりとお茶を啜りながら話を聞いてくれたのだ。
「……つまりは、修行してたのに負けて悔しかったと」
「はい……」
「はぁ……」
呆れたような溜息。
やはり子供みたいだから呆れたのだろうか。
こうして話してみると実に自分の矮小さが際立って見えてきて情けなくなる。
恐る恐る顔をあげてみると困ったように笑う霊夢の笑顔が見えてきた。
「霊夢……?」
「別に負けても良いんじゃない? 何度でも挑戦出来るんだしさ」
「それは……」
確かにスペルカードルールは敗者の再戦を受け入れる方向で制定されている。
負けても死なない限り何度でも挑めるのだ。
でも、それは死んでない場合に限る。
私は心が死んでいたのだ。
だから挑めなかった。
「私だって負けることはあるけど、まあ悔しかったら今度勝てば良いじゃない」
「……」
霊夢は違った。
負けてもまた挑むという心が存在している。負けても負けても勝つまで挑んでいく。
それが酷く羨ましい。
「あんたは」
声をかけられると同時に私の頬を柔らかいものが包み込んでくる。
霊夢の手の平だ。
すぐ目の前には霊夢の顔。
かっ、と頬が熱くなるのを感じた。
普段から自由に生きる霊夢の顔、私が劣等感と共に見つづけてきた顔が今目の前にある。
「いろいろ考えすぎなのよ。もっと楽にしなさい」
「……そ、そうかな」
声がどもる。楽に生きることへの恐怖、目の前の霊夢の顔に緊張したんだ。
視線を少しそらすと霊夢の指が頬をつまんで左右に引っ張ってくる。
「ひっ、ひらい、ひらいっ!」
痛い痛い、と涙を浮かべながら訴えても霊夢は離してくれない。
「ほら、頬が硬直しすぎ。笑えばいいの、いつだって」
霊夢の声が私の心を癒してくれる。
でも、笑えるだろうか。
「笑えないほうが不思議なんだけど、まあ妖夢ってば真面目そうだしねぇ」
相変わらず頬は左右に引っ張られたままだ。
痛いけど、どこか触れ合うところが温かい。
「最初は堅い笑顔でも良いけれどさ、笑いなさいよ。そうしたほうが良いわよ」
霊夢の優しい言葉が私を溶けさせてくれる。
鬱屈した気持ちも、まだ消えてはくれない。すぐになんて無理だ。
「じゃないと、馬鹿騒ぎに付き合って疲れるだけなんだから」
そうは言うけれど、果たして笑えるだろうか?
「……その視線、笑えないって顔ね? だったら無理矢理笑顔を教えてあげるわ」
いたっ!
霊夢が頬を引っ張り唇の端が上に持ち上がるように動かしてくる。
流石に、痛すぎる。
私は必死になって顔を動かし手を振り払った。
「いたた……霊夢、流石に、痛いんですけど……」
上手く続けて発音できないほどにひりひりしてしまう。
そんな頬を押さえながら霊夢を見つめてみれば微笑んでいた。
「じゃあ、早速笑ってみましょうか」
うっ、急にそう言われても。
困ったように頬を押さえながらぎこちなく笑ってみせる。
きっと、見れたものではない笑顔だったに違いない。
「うん、まあ最初はそんなものよね」
だから、全く気負いの無い笑顔でそんな私の笑顔を誉めてくれた霊夢の顔がいやに印象に残ったのだ。
いつかこんな風に気負いすぎることなく笑えるだろうか、と。
ついでにこの後折角だから弾幕ごっこをしようということになった。
負けた。
次こそ勝つ。
◆■◆
ある日の白玉楼。
大きな和室で幽々子と紫が向かい合ってお茶を楽しんでいる。
「そうそう、最近妖夢が元気になったのよ」
「へえ、それは良かったわね」
「ええ、まあ。それはいいんだけど……」
「どうかしたの?」
「なんだか時折心ここに非ずって感じでボーっと笑うのよね」
「良いんじゃないの? あの子真面目すぎるみたいじゃない」
「でもでも、困った顔の妖夢も捨てがたいじゃない?」
「……困った主人ね」
「それに……」
「ああ、幽々子様、ここにおいででしたか! すみませんが少し外に出かけてきますね」
その言葉のみを残し何時の間にかいなくなる妖夢。
「……一週間に一日はこうなのよね」
「良いじゃないの」
「本当、困ったものねー。紫、原因わからない?」
「解るわよぉ」
「そうなの?」
「きっと暢気が移ったのよ。霊夢の」
「なるほど。ああ、困ったわ。不治の病にかかってしまうなんて」
困ったように笑う幽々子。
可笑しそうに扇で口元を隠し笑う紫。
白玉楼は笑顔に溢れ返っていた。
春を集めていた時から?
そんなに早くは無いはず。
だって、あの頃は幽々子様の行動を阻害する邪魔者としか考えていなかったんだから。
秋ももう終わろうかという幻想郷。
私、魂魄妖夢は所用で博麗神社を訪れていた。
この神社の主博麗の巫女こと霊夢とはまあ、そこそこ友好な関係を築いていると思う。
初めて乗り込まれたときには勢い余ってすぐに斬りかかったりもしたが。
「霊夢、いる?」
普段から皆庭から縁側へと侵入していくこの神社を私は律儀にも玄関から進入していた。
この様に真面目に訪問してくれるのは数少ないと以前霊夢が嘆いていた。
それでも、私からしてみれば親しげにも見えるわけで。
進入したところで小言を言われるもすぐにお茶を出してもらえているのだ。
羨ましい、と思う。
魔理沙なんかはあの持ち前の気安さでずけずけと入り込んで、霊夢を困らせられるのだ。
紫様も隙間で平然と侵入していくらしい。
他にも吸血鬼だって問答無用、紫様のお友達の萃香さんも何時の間にやら寛いでいるという。
霊夢はそれに何も言わないのだろうか。
そもそも、不法侵入じゃないかとも思うけれど家主が歓迎の意を示してしまう以上罪には問えぬ。
それだけ、ある意味では信頼されているんじゃないか。
それだけ、中に踏み込んでいいということなのではないか。
それだけ、親しいってことじゃないか。
もし私がいきなり縁側から部屋に侵入すればどんな反応を霊夢はしてくれるだろうか。
きっと、魔理沙たちと変わりはしない。
それは、嫌だ。
だってそれは他と変わらないこと。大差ないということ。
霊夢のような無重力、何人たろうとその前では平等に扱われる。それは、理解している。
けれど見て欲しいと思う心はどうしても鳴り止まない。
私だけを見て欲しい、私だけをその心の側において欲しい。
愛してると言って欲しい。二人だけで、買い物とかしてみたい。
私のホンの少しの我侭。一体、何時からこうなってしまったのだろうか。
「はいはーい」
そんな意味の無い思考の中でぐるぐると回っていれば奥から鈴のような可愛らしい声が聞こえてきた。
霊夢の声だ。
他に何の気配もしない。
詰りは、一人だったのだ。
自然と頬がにやけて崩れてしまうじゃないか。落ち着け、私。
「あら? 妖夢?」
ぎしりぎしり、床を踏み鳴らす音が近づいてくるたびに私はそこから般若でも飛び出してくるんじゃないか、そんな感じのわけの解らない緊張と不安に苛まれていた。
心が高鳴り動悸が激しくなる。
落ち着け、落ち着け。霊夢の前でへまは出来ない。
霊夢の声はするけれど、こうして姿の見えないことがこれほどまでに切ないものだとは昔の私にはわからなかった。
「妖夢、いらっしゃい」
「こ、こんにちは。霊夢」
どもったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
いやいや、霊夢? 今の私は私じゃなくてきっと、魂魄みょん夢だとかそんなので……。
そんなあせる私の心。恐る恐る霊夢の顔を窺い見る。
笑われてはいないだろうか、おかしな子だとは思われていないだろうか。
他の誰でも――やっぱり幽々子様以外の――誰にそう思われてもいいけれど、霊夢だけにはっ。
「あいかわらずねぇ……少しは肩の力抜いたら?」
微笑んでいた。しょうがない、と微笑み腕を組んだままこちらを見ている。
あがりなさい、と言っているのだろうか少し身体をどけてくれている。
なんだか恥ずかしくなって勢いよく俯いてしまった。
何時でも、霊夢はこうなのだ。
◆■◆
幽々子様が敗れて以来、私は鬱々とした日々を送っていた。
まず第一に幽々子様の命を完遂できなかった事。
このことに関しては起きてこられた紫様からそのほうがよかった、と言われている。
勿論よく解らない理論でだ。
とは言え、幽々子様も遊びに行く事が増えてきてそういう意味では失敗は正解だったのだろう。
けれど、それとこれは別だ。
幽々子様を本来であればお守りすべき立場。然し私は侵入者の紅白を止める事すら叶わなかった。
それはたまらなく悔しくて、後悔の種だ。
次に先程にも通じていることだけれど、私の剣が通用しなかった事。
これは後悔と興味が強い。
後悔は先程のような理由。
興味とは紅白は紫様まで弾幕ごっことは言え退けたほどの実力者。
それは勿論永久不滅の事ではない。
負ける時だってあるらしい。
とは言え、勝った事があると言うこと、これが重要なのだ。
出来ればもう一度だけ、もう一度だけ手合わせをしてみたいと思う
そんな思いは謎の宴会事件の時に思いのほか早く実現される事となる。
結果として私は格闘戦でも敗北をした。
いきなり上空に現れるのは反則じゃないか、そう思えてしまう。
そんな愚痴を言っても仕方が無い。私は負けたのだ。尤も得意分野で。
その後、私は霊夢と接触を図らなかった。
幽々子様のお供として宴会に参加した時も、なるべく避けていた。
会うと惨めになってくる。
あれだけ飄々としたつかみ所の無い、暢気な巫女。
傍目で見ていても修行をまともに行っているとは到底思えない。
だからより、悔しくなる。
勿論より一層修行には励んでいる。
しかし、また負けてしまいそうで怖い。
ふわりふわりと、のらりくらりと私の必死さを嘲り笑うかのように回避されてしまうのではないか。
その思いが心の奥にこびりついてはなれない。
気負いすぎかとも思うけれど、どうしようもないじゃないか。勝てないのだから。
そんな風に考えて一部に対して塞ぎ込んでいた時、魔理沙――黒白魔法使いの事――から宴会のお誘いがあった。
幽々子様も危惧されていた月がどうとか言う事件解決の歓迎大宴会だそうだ。
何でも月の姫がどうとか書いてあったが幽々子様にその文をお見せしたところ。
「成る程。面白そうだから参加するわ」
と、見事なまでの二つ返事で参加が決定した。理由は本当に楽しそうだから、らしい。
然し、この決断が大きな転機をくれる事になる。
博麗神社台所。幽々子様に命じられるがままにこうしてお手伝いにやってきたはいいがやる事が無い。
実に手際よく下準備は終わっていた。
聞くところによると紅魔館のメイド長がやってきて行っていったらしい。
ならば帰ればいいじゃないかと思うかもしれないが、幽々子様は紫様と来訪される予定らしく戻ってもすれ違うだけ。
となれば残っているのが懸命だ。
そのようにメイド長に諭され居ついたはいい。然しそのすぐ後にお迎えに行くとかでメイド長はお帰りになられた。詐欺だ。
こうして天敵博麗霊夢と二人きりの状況になってしまったわけである。
◆■◆
「お茶でも飲む?」
「ああ、戴こう」
短い会話。これだけですらとても緊張して労力がいる。
居間でこうして二人きり、向かい合いながらと言うのはどうにもこうにも肩がこる。
霊夢が差し出してきた湯飲みを受け取り、喉へと流し込んだ。
熱い。喉が溶けてしまいそうなほどに。
「……ねえ?」
「なんだ?」
身体が小さく震えるのが解った。恐ろしいほどに劣等感として根付いているらしい。
「いつも、そうなの?」
「いつもとは……?」
何のことを言っているのだろうか。怖い、のか上手く顔を上げる事ができない。
霊夢はそんな私を気にした様子は無く話を続けてくる。
「なんかさ、いつも堅苦しいし」
「ほっといてくれ」
言われなくても解っている。多少堅物、なのだろう。
幽々子様にも散々からかわれていることだから。
「そんなに真面目に生きててしんどくない?」
「……?」
「偶にはさ、こうして二人でお茶飲んで。ゆっくとのんびりと、ね」
「私は……」
言葉が出てこない。
「ほら、肩の力抜きなさいよ」
「そうは言っても……」
「なんだかいっつもこっち睨むように見つめてるし、気にはなってたのよね」
嘘、私そんなに解りやすかったのか?
それよりも、いつも見ていたって……。
た、確かに思い出してみればいつも神社に来たときは見てたかも……。
「す、すまない……そういうつもりじゃなかったんだけど」
「じゃあ、どういうつもり?」
「それは……」
言ってしまって良いものだろうか?
負けたのが悔しかったなどと、実力に嫉妬していたなどと。
あまりにも私自身の独り善がりな鬱屈した思い。
でも。
「実は、その……霊夢は、強いなって」
止まらなかった。
聞いて欲しい、ということとは違う。
思いの丈をぶつけて見たい。吐き出したい。
私のずっと歩いてきた道を軽々と飛び越えていった霊夢に。
この時の私の説明は実に要領を得なかったと思う。
支離滅裂。
でも、霊夢はのんびりとお茶を啜りながら話を聞いてくれたのだ。
「……つまりは、修行してたのに負けて悔しかったと」
「はい……」
「はぁ……」
呆れたような溜息。
やはり子供みたいだから呆れたのだろうか。
こうして話してみると実に自分の矮小さが際立って見えてきて情けなくなる。
恐る恐る顔をあげてみると困ったように笑う霊夢の笑顔が見えてきた。
「霊夢……?」
「別に負けても良いんじゃない? 何度でも挑戦出来るんだしさ」
「それは……」
確かにスペルカードルールは敗者の再戦を受け入れる方向で制定されている。
負けても死なない限り何度でも挑めるのだ。
でも、それは死んでない場合に限る。
私は心が死んでいたのだ。
だから挑めなかった。
「私だって負けることはあるけど、まあ悔しかったら今度勝てば良いじゃない」
「……」
霊夢は違った。
負けてもまた挑むという心が存在している。負けても負けても勝つまで挑んでいく。
それが酷く羨ましい。
「あんたは」
声をかけられると同時に私の頬を柔らかいものが包み込んでくる。
霊夢の手の平だ。
すぐ目の前には霊夢の顔。
かっ、と頬が熱くなるのを感じた。
普段から自由に生きる霊夢の顔、私が劣等感と共に見つづけてきた顔が今目の前にある。
「いろいろ考えすぎなのよ。もっと楽にしなさい」
「……そ、そうかな」
声がどもる。楽に生きることへの恐怖、目の前の霊夢の顔に緊張したんだ。
視線を少しそらすと霊夢の指が頬をつまんで左右に引っ張ってくる。
「ひっ、ひらい、ひらいっ!」
痛い痛い、と涙を浮かべながら訴えても霊夢は離してくれない。
「ほら、頬が硬直しすぎ。笑えばいいの、いつだって」
霊夢の声が私の心を癒してくれる。
でも、笑えるだろうか。
「笑えないほうが不思議なんだけど、まあ妖夢ってば真面目そうだしねぇ」
相変わらず頬は左右に引っ張られたままだ。
痛いけど、どこか触れ合うところが温かい。
「最初は堅い笑顔でも良いけれどさ、笑いなさいよ。そうしたほうが良いわよ」
霊夢の優しい言葉が私を溶けさせてくれる。
鬱屈した気持ちも、まだ消えてはくれない。すぐになんて無理だ。
「じゃないと、馬鹿騒ぎに付き合って疲れるだけなんだから」
そうは言うけれど、果たして笑えるだろうか?
「……その視線、笑えないって顔ね? だったら無理矢理笑顔を教えてあげるわ」
いたっ!
霊夢が頬を引っ張り唇の端が上に持ち上がるように動かしてくる。
流石に、痛すぎる。
私は必死になって顔を動かし手を振り払った。
「いたた……霊夢、流石に、痛いんですけど……」
上手く続けて発音できないほどにひりひりしてしまう。
そんな頬を押さえながら霊夢を見つめてみれば微笑んでいた。
「じゃあ、早速笑ってみましょうか」
うっ、急にそう言われても。
困ったように頬を押さえながらぎこちなく笑ってみせる。
きっと、見れたものではない笑顔だったに違いない。
「うん、まあ最初はそんなものよね」
だから、全く気負いの無い笑顔でそんな私の笑顔を誉めてくれた霊夢の顔がいやに印象に残ったのだ。
いつかこんな風に気負いすぎることなく笑えるだろうか、と。
ついでにこの後折角だから弾幕ごっこをしようということになった。
負けた。
次こそ勝つ。
◆■◆
ある日の白玉楼。
大きな和室で幽々子と紫が向かい合ってお茶を楽しんでいる。
「そうそう、最近妖夢が元気になったのよ」
「へえ、それは良かったわね」
「ええ、まあ。それはいいんだけど……」
「どうかしたの?」
「なんだか時折心ここに非ずって感じでボーっと笑うのよね」
「良いんじゃないの? あの子真面目すぎるみたいじゃない」
「でもでも、困った顔の妖夢も捨てがたいじゃない?」
「……困った主人ね」
「それに……」
「ああ、幽々子様、ここにおいででしたか! すみませんが少し外に出かけてきますね」
その言葉のみを残し何時の間にかいなくなる妖夢。
「……一週間に一日はこうなのよね」
「良いじゃないの」
「本当、困ったものねー。紫、原因わからない?」
「解るわよぉ」
「そうなの?」
「きっと暢気が移ったのよ。霊夢の」
「なるほど。ああ、困ったわ。不治の病にかかってしまうなんて」
困ったように笑う幽々子。
可笑しそうに扇で口元を隠し笑う紫。
白玉楼は笑顔に溢れ返っていた。
もっと読みたいです。
一人称が妖夢に変わったからか、この作品がそういうテーマだったからなのか。
心情描写がよく馴染んでいたと思いました。
>そこそこ友好な関係を気付いていると思う。
気付く→築く
>顔を動かしてを振り払った。
てを→手を
あと、変なところで改行されて一行空いてるのが気になりました。
さて、ここからどう発展して行くのかが楽しみですw
妖夢かわいいよ。霊夢かわいいよ。
妖夢×霊夢も良いですね
挑み続けるとこなんかはやっぱ妖夢だなぁと思います(イミフw
紫とゆゆ様の会話がツボった。
もっと続きが読みたかったな。
妖夢の一番かわいい立ち絵はやっぱり妖々夢に使われた笑顔の立ち絵だと思います