冬。レティはうれしそう、チルノは大はしゃぎ。深々と降る雪とは正反対である。
犬走椛は息を白くさせ、山の見回りをしていた。
この寒空の中、ただひとつのあたたかさに包まれながら・・・
「何を考えているのでしょうかあの二人は」
今から数ヶ月前、木々の葉は紅く染まり、山は実りに恵まる季節。
文は妖怪の山に侵入した霊夢と魔理沙を追い払うよう大天狗に命じられていた。
いつもならば片方ずつしかせめて来ないのだが、今回に限って二人同時。
一人が相手なら文だけでも楽勝だが、さすがにこうなるときつい。
大天狗は非常時と考え、哨戒天狗達にも応援に向かうよう命じた。
椛も哨戒天狗の一人である。
当然応援に向かうに値する人物であった。
椛自身をそう思っていた。
しかし彼女に命じられたのは、応援ではなく見回りの継続。
「・・・ですが、いくら文様や他の天狗達が協力しているとは言え、あの二人相手では大変だと思います。やはり私も―」
組織社会で育った椛にとって、大天狗の言うことには絶対である。
あの二人は囮であるかもしれない。
そう考えると大天狗の命令は正しい。
しぶしぶ彼女は見回りに向かった。
(文様達ががんばっているのに私には何もさせてもらえないなんて)
命令とは言え自分だけ仲間はずれにされるのは悔しかった。
大事な時に文様のそばにいられないことが情けなかった。
もしかしたらもう必要とされなくなるのでは。
そんな不安に押しつぶされそうになる椛。
「・・・くっ」
その不安が組織社会における忠実心を無にしてしまった。
次の瞬間、椛は文のもとに全速力で向かっていた。
ただ彼女に会いたい。会って自分のことを見ていてもらいたい。
そう思って。
「本当にしつこいですねー」
天狗部隊は霊夢魔理沙に対して善戦しているものの、なかなか引き下がらないため文はいらだち始めていた。
「追い払えばいいと言われていましたが。これは少々痛めつけてあげないとダメなようですね―」
「文様!」
息を切らした椛。
「椛!どうしてここにいるのですか。」
自分の気持ちを隠しておきたかった椛は正直に言えなかった。
「いつもと状況が違うので、私にも戦わせていただきたいと思って、それで・・・」
それを聞いた文は侵入者に対するいらだちも相まって、椛にきつくなってしまった。
「あなたには別の命が下っているはずです。早く戻りなさい!」
「あっ・・・ですが」
『椛!』
今にも泣き出しそうな子犬をにらみつける文。
その表情は椛が今までに見たこともないものであった。
不安に押しつぶされていた椛の心はその一喝により
孤独感、そして悲しみへと変わってしまった。
ようやくあきらめたのか霊夢と魔理沙は山を降りていった。
結局椛は離れたところで彼女達のやり取りを見つめていることしかできなかった。
何も言わず山奥に戻っていく文。
文様に見放されてしまったのではないかという想いからか
椛はその場で泣き出してしまった。
誰もいなくなったその木々の中で。
そんな椛の勝手な行動を大天狗が見逃すはずがなく
彼女は3ヶ月間、哨戒部隊から外されることとなった。
本来ならば、命令にさからうことは無期限他部署へ異動させられるほどの罪である。
しかし、大天狗の措置は寛大であった。
文のおかげである。
文は、自分の教育が不十分であった為、今回のような事態になったと説明し
自身6ヶ月間の記者活動禁止という代償と引き換えに
椛に対する処分を軽くしてもらったのだ。
文は椛が幼い頃から家事、剣術、その他一切の世話を任されていた。
文にとって彼女は妹のような存在であったのかもしれない。
そんな椛が気の毒だった。
その夜、椛は文に謝ろうと思っていた。
文様にも迷惑をかけてしまったのだからそんなことじゃ許されないかもしれない
ここで何もしなければもっと嫌われてしまうのでは
でも、今文様と面と向かったら何も言えなくなるかも・・・
結局彼女は文に会いに行くことができなかった。
それから数日後、椛は事務の職を任されていた。
あの時以来、文とは会っていない。
(じっとしているのは落ち着きませんね・・・)
普段飛び回っている椛にとって一箇所にとどまって何かをするという行為は酷であった。
(うう・・・飛び回りたい・・・空を自由に飛びたい・・・)
もじもじしている椛。
その様子を見ていた鼻高天狗の一人が
「あまり我慢しないほうがいいですよ。体に悪いですし。」
さらに別の鼻高天狗がこう付け加えた。
「たまっているんでしょ?おかずや道具ならどっさりあるわよ♪」
そう言って葛篭の中から古今東西、ありとあらゆるジャンルのえっちい本や
どうやったらこんな形を作り出せるのだろうかと考え込んでしまうほどのアレをしちゃうときの器具など取り出し
椛に見せびらかした。
それを見た椛は顔を真っ赤にし
「あ、ちっ、違います!何で・・わ、わたしそんな趣味ありませんっ!」
そのまま飛び立ってしまった。
ちょっとなみだ目な椛はなでなでしてあげたいぐらいにかわい過ぎた。
(欲求不満だったってことはちょっと当たっていたかも・・・)
そんなことを思いつつも、仕事を放り出して来てしまったのはまずい。
だが今の状況では全く仕事が手につかない。
考えたいこともある。
彼女は秋空の中当てもなく飛んでいた。
ぼーっとしていたせいか気がつけばそこは三途の川。
小町は川のほとりにある岩に腰掛けていた。
(小町さんならこんな気分の時どうするのでしょうか)
「ん?仕事が手につかない時にどうしてるかって?」
「はい、慣れていない仕事を任されてしまって・・・」
「ふ~ん、椛ちゃん確か見回り専門よね。なんかあったの?」
「えぇ、あの・・・実はおしかりを受けまして。」
「へぇ~」
椛の顔を見つめ、しばし考え込む小町。
「あたいもさ、仕事をサボっていた罰としてしばらくの間書類の整理を任されたことがあったのよ。」
「まぁ、はじめのうちは新鮮な気分だったけどさ、やっぱふらふらできないのが辛くてね。
結局四季様に土下座しまくって元の職場に戻してもらったんだけど。」
「土下座ですか・・・やはりきちんと謝るべきですよね。」
「そんなに悪いことをしたのか?」
椛から自分が文様に迷惑をかけていることを聞いた小町は
「そりゃやっぱ謝っといたほうがいいよ。でないと一生後悔するね。」
「・・・後悔はしたくないです。」
「だったらこんなとこにいないで早く行ってきなよ。」
うつむいてしまう椛。小町はそんな彼女の顔を覗き込み
「な~んか隠してるでしょ」
「えっ?それはどういう意味で」
「だって、今の椛ちゃんの顔は仕事で悩んでいるというより”恋”に悩んでる乙女って感じなのよね」
「えっ!あっ私そんな顔してっ」
「図星だ」
「うぅ」
・
・
・
「ほぉ、アイツに惚れるとわねぇ。実にうらやましい。」
「うらやましいってどういうことですか?」
「だって好きな人にだったら毎日頭をなでなでされても怒らないでしょ?いいわよねぇ。」
「なでなでですか・・・またそういうことされてみたいです。でも・・・」
心細い表情の椛。
「もう昔みたいにな関係でいることは無理なんですよ、きっと。」
「でもさ、その気持ちはっきり伝えないと、アイツ誰かに奪われちゃうよ。」
「それはわかっているんです。」
「わかっていても伝えられない想い。恋する乙女は蜜の味。はぁ、やっぱいいわねぇ。」
「・・・」
「ごめんごめん。その気持ちいいなぁって思って。」
そして、ひとつ深呼吸をすると小町は
「その想い彼女に伝えてきな。アイツならわかってくれるよ。心配しすぎだって。」
そういうと、小町は椛の背中をポンッと叩いて彼女を見送った。
「あーあ、あたいも四季様になでてもらいたいけど・・・無理だろうなぁ。」
しばらくして、椛は山の見回りをしている文を見つけた。
「・・・あの文様!」
「椛!なぜこんなところにいるのですか。」
「あっ・・・」
「どこまで私を困らせれば気がすむのしょう。」
「文様!」
「どうしたのですか?」
「私、文様に謝らないといけないと思って。」
深呼吸をする椛。
「ごめんなさい!」
「わたしのせいで文様に迷惑をかけてしまって、それであの日あやまろうとしたんですけど怖くなってしまって、わからなくなって・・・」
今にも泣き出しそうな椛の頭をそっと撫でる文。
椛にとっては懐かしくもあり不安を増幅させるものであった。
しばし黙り込む椛。そして
「昔のように、ずっと見ていて欲しい、ずっと叱っていて欲しい、そう思っていたんです。だから―」
文は言葉に詰まる彼女に囁いた。
「かわいそう」
その言葉は椛を一瞬「えっ」といった表情にさせた。
「あなたが幼い頃からずっとそばにいてあげた。一緒に感じてきてあげた。それがうれしいことであっても悲しいことであっても。そして今も」
そして文は今まで見たこともないような笑顔を浮かべ
「私はいつでもあなたのそばにいるわ」
そう言って自分のマフラーをそっと椛にかける文。
そして彼女をやさしく抱きしめ
「まるでわたしを見ているようね」
そう言うと文は椛のおでこにキスをした。温かくやわらかいその唇で。
周囲に舞い散る紅のように椛はほほを赤く染めた。
彼女の文に対する気持ちは完全な恋心へ変わり、やがて一粒の涙となって椛のほほを濡らした。
泣きじゃくる椛。
舞い落ちる紅葉だけが彼女達を包み込んでいた。
しばらくして、泣き止んだ彼女を目の前にし
「どうしようもないですね。」
ちょっといじわるそうに言う文。
きょとんとした感じの表情をする椛。
「まだ剣の扱いもできていませんし、料理もヘタクソ、おまけにこんなことで仕事を抜け出すようではまたしかられますよ。」
そう言って彼女の頭をぽんっと撫でた。師としての気持ちを込めて。
「今回のことはきちんと反省してください。」
そういって文は飛び立っていった。
「ふぅ、私もダメね」
椛が小さく見えるところまできた時
「おいこら!」
小町の叫ぶ声が聞こえた。
「どうして彼女にお前さんの気持ちを伝えてあげなかったんだ!」
「さぁ、どうしてでしょうね」
軽くうつむきながら答える文。
「椛は昔の私みたい。だから好きになれるのかもしれない。」
・
・
・
「ふぅ」
3ヶ月が経ち、再び哨戒部隊へ配属された椛。
以前と同じく山の見回りをしていた。
ただ一つを除いては
「あぁ~今日もあたたかいですね~」
「飛びづらいのですが。」
仕事中にも関わらず椛は文に抱きつかれていた。
「あの文様、そろそろ離れてもらえないでしょうか。」
「だめですよ~わがままを言っては。ずっとそばにいて欲しいと言うからこうしてあげているのに。」
「ですがこのままですと仕事にならなくて。」
「椛が飛べないのでしたら私が代わりに飛んであげますから気にしないでください。」
「はぁ」
深々と降る雪の中、彼女達のはしゃぐ声だけが響き渡った。
「なぁ結局なんだったんだ」
「さぁ」
コタツで霊夢と魔理沙。
「永琳に作ってもらった『惚れ薬』の代金を椛が支払わないもんだから、代わりに取り立てに行ったってのに。もういいだとか。」
「結局椛はそれを使わなかったらしいのよね。しかも自分で永琳のとこに返しに行ったそうよ。」
「賽銭恵んでもらうって話もチャラになっちまったし、タダ働きじゃないか。」
魔理沙は不満そうだ。
「はぁ~あ。でもさ、椛はあの薬誰に使うつもりだったんだろ。」
「さぁ」
そう言いながらうれしそうに笑みを浮かべる霊夢。
「あとさあとさ、普通に事情を話せばあんな面倒なことしなくてもすんだんじゃないか?」
「あら、魔理沙は私とタッグ組むの嫌?」
「なっ、そんなことないぜ。私はあれだ!その、おまえのことをだな。」
そんな魔理沙の想いを知ってか知らずでか
縁側で空を見つめふたりの幸せの願う霊夢であった。
霊夢と魔理沙のお話に関しては、名前だけの登場ではもったいないので後から付け足してみました。もしかしたら霊夢は『惚れ薬』を魔理沙ではない『誰か』に使うのかもしれませんね。