「 いのち だいじに 」
その張り紙を見て、私は「ガンガンいこうぜ」の方が好きだなぁ、と輝夜は呟いた。そんな彼女のパーティはいまや全員がレベル99。スライムやドラキー相手にも「かぐや(勇者)」がギガデインを放ち、「えいりん(戦士)」が「はかいのてっきゅう」で蹂躙し、「てい(賢者)」がイオナズンを連発する外道集団である。ちなみに「うどんげ(遊び人)」はぱふぱふばかりしている。
「この張り紙は永遠亭の『月目標』です。月の初めになるとその月の目標が玄関先や廊下にいくつか貼られて、永遠亭にすむウサギたちの生活の指針となります。目標の文言は永琳様が鈴仙様やてゐ様と会議を開いて毎月決めているそうです」
名も知らぬイナバがそんな説明台詞を吐いて、そのまま廊下の向こうに歩き去った。輝夜はその背中を見送って、さて、今日もゾーマを光の玉なしでシバき倒そうか、と思い、歩き出し、長いスカートのすそに脚を引っ掛けて転倒し、偶然落ちていたガビョウが眉間に刺さって死んだ。五秒後に起き上がり、眉間からガビョウを抜いた。よく見たらガビョウではなく五寸釘だった。眉間から血と脳みそが間欠泉のように吹き出て輝夜は死んだ。むっくりと起き上がり、五寸釘を忌々しげに投げ捨てた。壁に当たって跳ね返り、尻に刺さった。死んだ。
部屋に帰り着き、スーファミを取り出そうと戸棚の奥に頭を突っ込むと、後ろから声がした。思わず立ち上がろうとして戸棚の天井に脳天をぶつけて輝夜は死んだ。ブラックアウトした世界が色を取り戻すと、永琳が目の前に立っていて、「おお かく゛や よ しんて゛しまうとは なさけない」と言った。次のレベルまでの経験値を聞くと「あと三億くらい」という答えが返ってきた。
「ファミコンばかりしているとバカになるわよ」
永琳はスーパーファミコンもプレステもセガサターンも、あまつさえPCエンジンや3DO、バーチャルボーイでさえも十把一絡げに『ファミコン』と言う。永琳のゲーム脳談義を避けたかった輝夜は、あの張り紙は何、と水を向けた。
「あれは輝夜の為よ」と永琳は言う。「貴方は命を粗末にしすぎる。永遠亭の亭主がそんなでは困るわ」
別に死んでも死なないからいいじゃない、と言うと、それがダメなの、と永琳は言った。
「主人が生きることにも頭を使わないアホンダラじゃあ、イナバたちにも示しがつかないでしょう。もっと姫らしくなさい、姫様」
輝夜は従者にアホンダラ呼ばわりされた悲しみのあまりショック死した。二秒くらいで生き返った。
「それに妹紅とケンカしては死に、ケンカしては死に……後始末をしている者達がいることくらい分かっているんでしょうね?」
輝夜は酸素供給を再開した脳を働かせた。永遠の魔法で活動を停止していた脳は「生きる」という単語を検索するのにも時間がかかった。生きるなんてことを、死ぬこともない自分が考える必要があるのだろうか。生きることってなんだ。生きることの目的が連綿と続く生命活動の連鎖であるとしたら帰結するのは結局無である。生命活動の輪を外れた自分はその無へと帰結する権利すらないのか。ニヒリズムやシニシズムすら蓬莱山輝夜からは取り上げられているのか、そんな中で生について考えろというのはどういうことなのか……考えるうちに脳の回転速度が安全域を離れアドレナリンとかそういう感じのものが過剰分泌され知恵熱的なものが五十度くらいになった結果輝夜は体温の急上昇によるショックで死んだ。
目を覚ますと部屋に永琳はいなかった。輝夜はあくびをしてふすま越しに外を見た。もう日が落ちているらしかった。夜風に当たりたくなり、輝夜は部屋を這い出た。立ち上がると立ちくらみがして、縁側を踏み外しひざくらいの高さから落下して死んだ。
生き返ると鈴仙が心配そうに輝夜をのぞきこんで「大丈夫ですか、姫様」と言った。生きてるわよ、と返した。差し出された手をつかんで立ち上がり、すその砂埃を払った。「大丈夫ですか、姫様」と鈴仙が言う。大丈夫、と背を向けると、鈴仙はひどく言い辛そうに言う。
「あの、お尻に五寸釘が刺さってますけど」
永琳はなぜ教えてくれなかったのだろう、と輝夜は思った。抜いて頂戴、と言うと鈴仙は困った顔をした。
「ええ……でもなんか、すごく痛そうですけど」
いいから抜いて頂戴、と急かすと、鈴仙も諦めたように手荷物を置くと、失礼します、と輝夜の背後に回る。尻に刺さった金属棒に力が込められて、ずぬ、と抜けようとする摩擦に、輝夜はアッー!と声を上げかけた。
「だ、大丈夫ですか!?」
良いから続けなさい! と少し語気を荒げて言うと、鈴仙はヤケっぱちになったように両手に力をこめて赤茶けた五寸釘を引き出そうと、
「ひ、ひひひ姫様! 大腸が! 大腸が!」
余計なことを言うな、と輝夜は思ったが、五寸釘が抜けてゆく感触を下唇をかんでこらえるのが精一杯であった。
「あああああ出てる出てる出てる!」
わめきながらも鈴仙は釘を引き出し、七割ほど抜けた、という段になって突然抵抗がなくなり、五寸釘はきゅぽんと抜けた。釘の先には大腸とか色んなものが絡まっていてまあつまり輝夜は死んだ。
腹のつかえがなくなった輝夜はさわやかな表情で立ち上がった。鈴仙は釘を握ったまま尻餅をつき、なにやら複雑な表情をしている。こんな時間にどこへ行くの、と聞くと、我に返って立ち上がった。
「あ、その、いえ、今帰ったところです。お師匠様に言われて、町で薬を売ってきて」
鈴仙は手荷物を抱えあげた。そう、ご苦労さま、と言って背を向けようとすると、鈴仙は輝夜を呼び止めた。
「姫様こそ、これからどちらへ?」
夜風に当たりに、と答えようとして、輝夜は鈴仙の赤い目を見た。風が吹いて、竹林の騒ぐ音がする。
あなた、生きていて楽しい? そんな言葉が口をついて出た。鈴仙は質問の意図をつかみかねたような、困った表情をしてから、曖昧に笑った。
「まあ、月にいた頃よりはよっぽど生きてるって感じがしますね」
竹林に出て、季節外れのタケノコにつまづいて死に、腹が立ったのでタケノコを蹴飛ばしたら思ったより硬くて足の親指が砕けてやっぱり死んだ。目を開けるとかれた笹の葉の上で大の字で地面に身体を横たえている自分を発見した。視界の外から天に向かって竹がすらりと生え、葉がいっぱいに覆っていて空はよく見えない。わずかばかりの月の光がかろうじて空と竹群の輪郭を分けている。
「こんなところで寝んねとは大層なご身分だなぁ」
輝夜は脊椎反射的に、大層なご身分だもの、と返した。妹紅は提灯を輝夜の頭上にかざした。輝夜はまぶしさに目をつぶる。
「そのやんごとなきお姫様はこんなところで何やってるのかね」
何、と言われて、それらしき答えも見つからず、シエスタ、と答えると、「今は夜だよ」と妹紅のあきれたような声がする。貴方こそ何やってるの、と聞くと、妹紅は、うん? と唸って、
「自警団の巡回だよ」
輝夜は身を起こそうとして、提灯が額にぶつかり、妹紅が提灯を落として、輝夜の髪にロウソクの火が燃え移り、焼死した。目を開けると、火は火事になる前に消し止められていた。
「いや、悪い悪い」
提灯の代わりに、妹紅の手には彼女の能力による火で明かりがされていた。輝夜が立ち上がろうとすると、「……やるのか?」と妹紅は腰を落としかけた。輝夜は手を振って、今日はそんな気分じゃないわ、と言った。
「そうかい」
妹紅のほうもあっさりと構えを解く。双方、これといって話すこともなく、数瞬見つめあい、ただ竹群のざわめきを聞いた。「……じゃあな」と妹紅が背を向けかけて、輝夜は妹紅を呼び止めた。振り向いた妹紅は季節外れのタケノコでも見つけたような顔をしていた。人生、楽しい? と聞くと、豆鉄砲を食らった鳩になった。なんだそりゃ、と言う妹紅に、別に意味はないわ、どうなのよ? と言うと、妹紅は気楽そうに答えた。
「わっかんねぇや」
妹紅が去ると、竹林は再びわずかな月光だけの闇の世界になった。輝夜は地べたに座ってかさかさ揺れる竹のてっぺん辺りをずうっと眺めた。そうして、葉擦れ以外の音に振り向くと、闇の中でも映える白い耳のイナバがいた。
「姫様もお散歩ですかぁ」
てゐはニンジンをカリカリかじりながら草むらから歩み出てきた。輝夜が、さっきの聞いてた? と聞くと、「さて何のことでしょう」とあさっての方向を眺めてニンジンを咀嚼した。輝夜は立ち上がった。そうして、貴方は、どう? と聞いた。てゐはあさっての方向を向いたまま目線だけを輝夜に投げかけた。そうして、こう言った。
「姫様、長生きの秘訣って知ってますか?」
知らない、と言うと、てゐはシシシと笑った。
「秘密です!」
言うが早いか、きびすを返して跳ねるように、永遠亭のほうへ走り去った。ニンジンの食べかすが地面にぱらぱらと落ちていた。そういえば晩御飯がまだだ、と気付いて、輝夜はどうやら自分は餓死するらしい、と思った。
薄れゆく意識の中で、今日の晩御飯なんだろう、と輝夜は考えた。
って書いて置けばよかったんだね
って言うかレベルアップするの?
個人的に妹紅のキャラが好みです
すごくよかった
「死」がテーマで重くなりそうな感じなのに
あっさりした軽快な流れで面白かったです。
っていうか、抜き始めたときにさっさと死ねてれば痛みも感じなかっただろうに
うまくいかんもんだ
ごく普通に生きて下さい・・・
いくら何でも死にすぎです、姫様・・・
最初は普通に尻だと思って笑ってたんですが…
抜くときの描写を見てるとですね
アッー、といいますか、うどんげの専門だな、といいますか…
姫様鬼気迫ってますよねwwww