「幽々子様~?幽々子さまぁ~っ?」
穏やかな心地の晴れやかな天気の中、少し幼さの残る凛とした声が響き渡る。
「そんなに大きな声を出さなくてもちゃあんと聞こえてるわよ~。どうしたの?藪から棒に。」
そういってのんびりと落ち着いた声が返す。その声の主は西行寺 幽々子、ちなみに縁側でだらしなく足を放り出しながら
お茶を飲んでいたりする。
「どうしたも、こうしたもありませんっ!今日という今日こそ剣術の指南を務めさせていただきます!」
銀髪の少女、魂魄 妖夢はやや力のこもった調子で話を切り出した。
「ええ~?こんなに天気もいいんだし、今日は止めにしましょうよ~。それに私お腹が空いて来ちゃったわ。」
幽々子は心底に面倒臭そうな顔をしてお茶請けをはむりと咥える。
「ダメですっ!いつも理由をつけてはサボろうとするじゃないですか!大体その格好はなんですか。もっと西行寺家の
当主としての自覚を持ってください。それにお腹が空いたって、今お茶請けを……」
ガミガミと怒る妖夢を前にして幽々子は耳を塞いで「あ~」とか言いながらまるで聞こうとしてない。
「ともかくっ!剣術の指南もお師匠様より授かった大事な仕事の一つなんです。幽々子様に受けてもらわないと困ります!」
「そうは言うけどね妖夢ぅ?アレは準備がとてもとても大変なのよ。あの”さらし”を胸にきゅうっと巻くのなんて凄く苦しいんだから。
まあ、妖夢には一生解らない苦しさでしょうけどねぇ…?」
縁側でふわふわと笑う少女の横でなにか、ピアノ線のようなものがぷっつりと切れるような不吉な音がした。
あまりの音の大きさに幽々子はビコンと体を強張らせる。
「…よっ…妖夢…?」
恐る恐る妖夢の顔を覗き込もうとする幽々子。
心なしか美しい銀髪が逆立っているように見える。
「…すか……うですか……そうですか…其処まで幽々子さまが拒否なされるのであれば致し方ありません!!
これからキチンと指南を受けていただくまで昼ごはんは抜きですっ!夜ごはんも抜きですっ!
朝ごはんだってずっと抜きですっっっっ!!!」
「え~!?妖夢、私に死ねって言うのかしら~?」
「もう、死んでいるでしょうに!」
そういって妖夢はプリプリと怒りながら剣二本を肩に抱えて大股でのしのしと歩いて行ってしまった。
「う~ん…困ったわねぇ…」
ころころと転がりながらぶつぶつと文句を垂れる幽々子。
小さく三往復したくらいでピタリと動きが止まる。
「まあ…偶には体を動かすのもいいかも知れないわね。どっちみちこのままじゃご飯にあり付けそうもないし…」
どうやら指南?を受ける気になったようである。
場所は移って白玉楼の庭。幽々子も着替えて動きやすい袴姿をしている。
「面っ!胴ゥっ!!篭手ェェ!!!」
木刀を振るたびに風を裂く鋭い音が聞こえてくる。一方…
「めん。どお。こて~!」
此方は空を切るスカスカした音しか響いてこない。
「もうっ幽々子さま、真面目にやってくださいよ。いいですか?剣の道と言うものは技でなく先ず心。心無き技に…」
「云々と御託はいいわ、妖夢。ここはすっきりさっぱり、一本勝負なんてどうかしら~?」
木刀を手の上で玩びながら幽々子はそんな提案をした。
「随分と自信満々ですね、幽々子さま。 …わかりました、いいでしょう。これで私が勝ったら、しっかりと私の言うことを
聞いて頂きます。もし負けたら…そうですね。口煩く指南させろなどと言いません。これでどうでしょうか?」
その提案に少々戸惑いながらも、これは主に言うことを聞いてもらうチャンスとばかりに目を光らせる妖夢。
「それで良いわよ。さあ、いつでもかかってらっしゃい。」
そういって正眼に構える幽々子。
「っ!?」
咄嗟に一歩引き下がる妖夢。自分の頭でも何故一歩下がったのか理解が出来なかった。
何か直感的なものを感じて体が自然に動いた、と言うのが正しい表現だろう。
(あの構え…お師匠さま!?いや、まさかっ!)
気圧されぬよう裂帛の気合を持って打ち込みに行く…が、
まるで自分の剣筋を見切られているかのようにひらりひらりと、寸前で全てかわされる。
(…そんなっ)
妖夢は焦った。渾身の一撃がまるでかすりすらしない。
(動きが読めれているのっ!?)
幾ら鋭く攻撃をしても全て上手くいなされてしまう。
妖夢は気の焦りから迂闊にも大振りで上段から木刀を振り下ろそうとする。
「ここね」
その一瞬の隙を幽々子は見逃さない。
一刀が振り下ろされる間際、彼女も一撃を繰り出す。
「…あ…」
なんと妖夢の振り上げた木刀の柄の部分を幽々子は自らの木刀の切っ先をもって受け止めていたのである。
「これで決まりね。」
そう言って幽々子は木刀を下ろす。一方妖夢はまだ自身に何が起きたのか信じられない様子で呆然としている。
そこに妖夢を諭すように話を始める幽々子。
「妖夢、あなたは二つミスを犯したわ。一つは私を相手に油断していたこと。指南する立場だから相手が自分よりも下
とは限らないわよ?もう一つは短慮から迂闊な行動に走ったこと。攻撃が当たらなくて焦ったのでしょう?」
「うう…」
返す言葉も無いのだろう、肯定も否定も出来ないまま黙って話を聞いている妖夢。
「私だってあなたが生まれるよりずっと昔は妖忌に鍛えられていたものよ?それに私はあなたの戦いぶりをずっと間近で
見続けてきたんだから。見切るなんてわけないわ。実際剣術では妖夢の足元にも及ばないけど勝負ではこの通り。
まだまだ未熟ね。」
「…お…お見逸れ致しました!!この魂魄 妖夢、自らの未熟さを心より思い恥じると同時に我が主の懐深さに
感服しました」
そういって深く頭を下げる妖夢を満足そうに眺めて幽々子は頷いた。
「うんうん、わかればいいのよ~。さあ妖夢、ご飯に…」
次の瞬間、妖夢は忽然と姿を消していた。
辺りを見回しても人っ子一人いない。
そして代わりに置手紙が一枚…
”幽々子様に相応しい従者になるために修行をしてきます”
手紙をぱさりと落とす幽々子。
生暖かい風が流れていく。
「ええ~っ!?そんなあ…、コレじゃ動き損じゃない!妖夢~ご飯~誰か~!!」
幽々子の叫び声が夕暮れに虚しく響き渡っていった。
最後にどうなるのでしょうか?続きがあるなら楽しみです