おかしいなと思ったのは、幻想郷に来てから「しばらく」経っての事です。
しばらくと言っても、何ヶ月とか何年とか、それほどではありません。
では「すぐ」ではないのかと問われれば、まさしくすぐ気付けても良さそうな「妙」なのに、
気付くまで数日を要してしまったが故、「しばらく」の後とするものであります。
その「しばらく」期間に、私、東風谷早苗はあちこちへ出向いておりました。
私が奉る神への信仰心を得ようと、人里へ妖怪里へ歩き回っていたのです。
なんでそのとき気が付かなかったのか。
なんで誰も気にしなかったのか。
おかしいでしょう。おかしいでしょう? おかしいですよね?
それとも幻想郷ではこれが普通なの?
気付いたのは……いや最初にそれを指摘したのは、博麗神社にちょっかいを出した後、
急に守矢の神社へ飛び込んできて暴れまわった、白黒の魔法使い……霧雨魔理沙を止める為に
対峙したときの事でした。
「あんた、誰?」
その言葉の後、彼女は私の「腋」をまじまじと凝視して――
「その腋……まさか、巫女?」
――なんで私の巫女服、腋が開いてるの。
外の世界に居たときは、今着ているこの服の腋だって、きちっと閉まっていました。
嫁入り前のこの体、出来れば露出は避けていきたいと思うのが、私の価値観です。
だのにこの腋、この腋は、これでもかとばかりにセックスアピール。
ああ、よく見たらブラまで丸見えじゃないですか! や、やだもう、私気付かぬ間に
大きく手を上げなかったかしら……。
つか何であのだぜ白黒はこの腋を見て巫女だと判断したの。そういや博麗神社の巫女服も
豪快に腋を開けておりましたが……やっぱりアレか、これが幻想郷の普通なのか。
幻想郷……いやらしいところ!
……まぁ……過ぎてしまった事を悔やんでも仕方ありません。
この腋のせいで付いてしまった(かもしれない)第一印象は、これからの私が払拭すれば
良いだけです。今までだって清く正しく生きてきた自信があります。私本来の姿で生きれば
この誤解だってすぐに解けて行くでしょう。
そうであれば、問題はこのぱっくり腋の割れた巫女衣装です。いつこうなったのかさっぱり
解りませんけれど、こういう事も有り得る世界なのだと納得しちゃう方が、精神衛生上良いと
思いますので思います。
開いた腋はまた閉めれば良い……それだけです。
昔の人は良い事を言う。ありがとうコーチ。誰だ。
そんな訳で私は、裁縫道具を持って縁側に座っております。
手持ちの巫女服は全部腋が開いてしまっていたので、全部繕うことになりました。
地味な嫌がらせですね。
だけどこんな事じゃ負けませんよ、わたしは。
これでも外に居た頃は「針使いの早苗ちゃん」なんて異名で恐れられていたのですから。
偶然手元にあった待ち針で適当に友人(女)の背中突付いたら、偶然なんかスゴイツボ
だったので、一瞬で筋骨隆々な健康体になっちゃった時に付いた異名です。
奇跡を起こす程度の能力ってすごい。
あ、「もうお嫁に行けない」って泣いてた友人はちゃんと元に戻しておきましたよ。
縫い針で同じトコ突いたら元に戻りました。
ちょろいモンです。
……おおう、昔取った杵柄を自慢している間に、これ、これ、こうして……はいな、修繕が
終わりました。
うむうむ、我ながら見事な針さばき。新品同様ぴったりくっついてます。
これ一つ仕上げるのに三十分くらいでしょうか。これならゆっくりやっても今日中に全部
繕い終えられそうです。まいったか幻想郷。
さてそうなれば、まったりのんびりやっていきましょうって思えば、お茶でも啜りながら
なんて素敵じゃないですか。天気も良いし。
針を山に戻し、繕い終えた服を畳んで、炊事場へと向かいます。
常時お湯を保持しておけないのが若干不便かなーとも思いますけれど、まぁやかんで
のんびり沸くのを待つのだって、こんな世界でなら悪くないなー……なんて思ったり。
さてさて、お茶の準備が整ったところで、ぱぱっと残りも片付けてしまいましょうか!
と、縁側に戻ってみたら、
……。
新品同様にくっつけたはずの腋が、
新品同様に開いていました。
なんで。
どうして。
いやがらせもここまで来ると悪質ですよ。セクハラです。
繕った糸を千切ったとかならまだしも、私が何もしなかったの如く開いてるってところが
何かもう「無駄なことするなよ」とか言われてるみたいで腹立たしい!
おーけー解った。お茶を飲みながらのんびりやろうって姿勢がいけなかったのね?
これは、そう、乙女の肌を賭けた、私とこの世界との戦争なのだわ。
湯のみにあったお茶を飲み干し、少々下品ながら手の甲で口元を拭いました。
これでも現人神と呼ばれたような気がする、由緒正しき巫女ですよ。その巫女の腋をこんなに
イヤラシクぱっくり開けちゃう世界の法則なんて、我が奇跡をもって粉砕してやる!
勝負だ、幻想郷!!
――なんて事を言っていたのが昨日だったりします。
そして今の私は、情けないかな半泣きで、博麗神社が畳みの上に座っております。
ええ、もう結論から言わせて頂ければ、全敗惨敗さんざんパイパイーで御座いますよッ!
繕う端から、糸も針の跡もきれいさっぱり消えていきましたよ!
ついには適当な私服を持って来て「これも巫女服ー」とか言った瞬間に腋が開きました!
どうなってるのこの世界! 最近やっとコンビニの無い生活に慣れてきたというのに、
この仕打ちは酷すぎるでしょうー! ああもうこんな本気で泣いたのは久しぶりだわ!
下に長袖のシャツを着ても無駄無駄WRYYYです。仕方ないから巫女服の上にバスタオル巻いて
ここまで飛んできましたよ……。
霊夢さんは私の顔を見た瞬間に血相変えて飛んできました。泣きながらフラフラしてて、しかも
バスタオルなんて巻いてるから「誰に襲われたの!?」って聞かれましたよ? 私まだ清いです!!
熱いお茶をご馳走になり、ようやっと私の泣きしゃっくりも収まってまいりました。
はい、ごめんなさい、私さっき嘘をつきました。
半泣きじゃなかったです。
ガン泣きでした。
その間、ずっと黙って側に居てくれた霊夢さんの優しさが染み入ります。
私が話せる状態になってから、初めて「どうしたの」と聞いてくれました。
まだ震える声ながら、一生懸命、伝えたい事を口にしました。
先日の、激しい、私と世界が腋を賭けた死闘を。
そしてその――残酷な結末を。
霊夢さんは私の話が終わるまで、ずっと静かに耳を傾けてくれていました。
ああ……もしかしてこの人も、腋の事で苦悩したんだろうか。
先日はいやらし巫女とか思ってごめんなさい。
この気持ちを解ってくれるだろう人が、目の前に居てくれる事に、感謝と感動が酷く胸で
渦巻きます。これを上手く出力できないもどかしさに、私は思わず両手を大きく動かしました。
ジェスチャーにもなりはしない、ただの乱暴な動きですけれど、それでも言葉だけよりは
きっと少しでも多く、気持ちが届くと思って――
どれくらいの時間、喋っていたのか……喉も腕も疲れて、私は止まりました。
床に置いた湯飲み、飲みかけのお茶からは、もう湯気も出ていません。
いつの間にか、外から射し込む光は、とてもとても紅くなっていました。
少し冷えた秋の風が流れ、火照った私の顔を優しく撫でていきます。
霊夢さんは何も言いませんでした。
ただ黙り、俯いて、小さく震えています。
きっといま、彼女は、私と同じ痛みを感じているのでしょ……
「――ぷっ」
……ぷ?
「あ……あは、あはははは!!」
……え?
なにごと?
「あはは、も、もうだめごめん! あははははは!!」
なんで?
なんでわらうの?
なみだまでうかべて、なんでわらうの?
「あは、あは、だって腋……巫女服の腋を閉じようだなんて! あははは!
しかもそれで丸一日頑張ってたなんてぇ! あっはははははは!」
…………。
「それはあれよぅ、チルノの頭を良くしようと眼鏡かけさせて『何で良くならない!』って
角度とかレンズとか一生懸命調節するようなものよ?」
…………(その例え解るような解らないような微妙さです)
「腋閉じちゃったら巫女服にならないじゃない……あー、あはは、笑った笑った……」
…………。
……えいや。
「きゃあっ!?」
苦しそうにお腹を抱える霊夢さんの無防備な腋に、思いっきり手を突っ込みました。
「や、な、いきなりなに……ひゃん!」
あ、ごめんなさい、勢い余って胸まで手が届いちゃいましたねウフフフ。
「や、やだぁ……あっ!?」
解りましたか!? 女の子が無闇に肌など露出させたら、こういう事が起こるんですよ!
いやまぁ滅多には起こんないだろうけど起こるんですよ!
解ったら私と一緒に頑張って腋を閉じましょうね!
解りましたか!?
「…………わかんない」
んなっ!
「わかんない……わたし……あ、あなたに、こうされるの……嫌じゃない……」
……ふぇ?
「ねぇ……もっとおしえて……なにがいけないの……?」
……ドキン。
――腋から始まる、恋もある――
~終~
~蛇足~
その日は、とても良い天気であった。
あまり陽光の差し込まない魔法の森で、僅かな朝の恵みを授かろうと、普通の黒白魔法使いこと
霧雨魔理沙は、寝巻きのまま外に出る。うんーと背を伸ばす……このままちょこっとだけでも、
伸びたままになってくれないかなー、なんて思いながら。
雀とか何かよくわからない鳥っぽいのとかの声に耳を傾けながら、普段はブン屋の新聞くらいしか
入っていないポストを覗き込む――と、珍しい事に一通の手紙を見つけた。
差出人は……霊夢である。珍しいのレベルが上がった。
ここ数日、読書に研究に忙しかった魔理沙は、その間に何かあったのだろうかと首を傾げる。
はてさて、わざわざ手紙で何を伝えて来たのか……
『結婚しました。霊夢&早苗』
――写真が貼ってある。
霊夢と早苗の間に、なんでか射命丸文が、赤ん坊を抱いて写ってる。
魔理沙の思考は止まった。
妖怪は不明だが、人間は与えられた情報があまりにショックだと、理解する事を脳が拒否する。
だけどこのまま凍りついてしまう訳にはいかず、止まった思考は少しずつ、少しずつ、
この圧倒的な衝撃を飲み込み始める。
その後に魔理沙がとった行動は、着替える事も忘れて箒を手に取り、全速力で博麗神社に
向かう事であった。
道中何度も「文……お前コウノトリじゃなくてカラスだろう……」と呟きながら。
神社を破壊する勢いで到着した魔理沙が霊夢に詰め寄ると、彼女は笑いながら
違う違うと手を振った。
全身から一気に力が抜けて、ぺたりと尻餅を付く魔理沙に向かって、霊夢は
「あの赤ん坊は私達のじゃないわよー
あれ文の子供よ」
と、言った。
~え?~
さすがは『香』霖堂、その名のごとく神様のご意思の通りってか
早苗様可愛いよ早苗様
つまり、コーチ=神主だったんだよ
霊夢と早苗、結婚しちゃいましたかー。
本当にお似合いです。
良いカップリングです。
そして文。
おや?相手は誰かな?
とりあえず、にとり希望(笑
風神録やったときからずっとこれは来る!と
そして父親はだれだーーー!!??
月と夜 からだと液ですよ