彼は外へ出たかった
最初は闇が心地良かった
しかし、ある時から外へ出たい衝動を抑えきれなくなった
だが外への出口は岩のように硬かった
そうして棺桶の蓋を引っ掻くこと500年
「あっ、めいり~ん」
深夜、門番詰め所の紅美鈴のもとへ、半泣きのフランドールがぱたぱたと走りよってくる。美鈴はつい先ほど、交代の部下と入れ替わって眠りについた直後だった。フランドールの頭を撫でながら、彼女は優しく尋ねた。
「どうしました、妹様、美鈴がいるからもう大丈夫ですよ」
「変な音がして眠れないの」
「変な音、じゃあ、私が見てみましょう」
美鈴は、幽閉を解かれた後も、フランドールの部屋として使われている地下室へ向かった。
階段を下りると、漆喰や絨毯で綺麗になった地下通路が続いており、なぜか電灯もついている。
それも寒々しい蛍光灯ではなく、暖かい色を放つ電球が質素なシャンデリアの中に収まっている。
フランドールが幽閉を解かれたとき、彼女が地下室と地上部分をつなぐ通路が不気味で嫌だと言ったので、レミリアの命令で改装工事が行われたのだ、美鈴自身も工事に狩り出されたのだが、改装後の地下通路をフランドールは気に入り、彼女の世話をするメイド達も、これなら地下に行くのが怖くないと好評である。 その地下で妙な物音がするという、何とかしなければ、よからぬ噂になりかねないし、フランドール様がかわいそうだ。
「う~ん、特に何も聞こえませんが……」
「本当よ、何かを引っかく音とか、うめくような声がしたの」
フランドールは本気で怯えている。嘘を言っているのではなさそうだ、明日咲夜さんに相談してみよう。
「分かりました、今日は私と一緒に寝ましょう」
「ありがとう、美鈴」
次の日、美鈴は咲夜に昨日のことを報告し、一緒に地下室を調べたが、何も聞こえなかった
「妹様の勘違いかもしれないけれど、吸血鬼の能力は高いから何かを感知したのかも。とりあえず、あなたの詰め所で寝泊まりしていただいて」
「え、私のところでいいんですか咲夜さん?」
「ええ、妹様はあなたの事をとても気に入っているから」
「わかりました、とても光栄です」
その日の夜、数人のメイドが門番詰所に駆け寄ってきた。今日の美鈴は寝ずの番のシフトだった。
「どうしたんですかみんな」
「紅美鈴さん、地下のほうから変な音がするんです」
一人の妖精メイドが羽を動かしながら興奮気味に話す。みんな地上一階で寝起きしているメイドである。
「それはひょっとして、何かをひっかいたり、うめき声のようなものですか?」
「そうです」
「私の時と同じだ」フランドールが言った。
結局、メイドたち全員は詰め所で寝た。
さらに次の日の夜、二階に住むメイドたちが詰め所に押し掛けてきた。やはり奇妙な物音がするのだという。詰め所はさらに賑やかになった。
そして三日目の夜、三階のレミリアと咲夜が詰め所に来た。
「変な音や声がするの、しばらくここに置いてくれないかしら」 レミリアは半泣きだった。
「お嬢様、そんな物音は全然聞こえません、もしかして、みんなして私を担いでいるんですか?」
以前咲夜の誕生日に、当主やメイド総出で一大ドッキリを敢行したことがあり、それで咲夜は今回もその類だろうと思っていたのだ。
「咲夜は人間だからわからないのよ、ハッキリ聴いたんだって!」
「それでは、今夜は自分ひとりで紅魔館に泊まってみます」
咲夜ひとりで館にとって返し、一時間後……。
「咲夜は大丈夫かしら……」
「あっ、メイド長だ、血相変えて走ってくる」 と妖精メイド。
門番詰め所のドアをあけ、荒く呼吸しながら言う。
「き、聞こえました、何かがあそこにいます」
「だから言ったでしょう」
その夜は紅魔館の10数人のメイド、そしてメイド長と当主とその妹が狭い詰め所で眠った。
「ちょっと、変なところ触らないでよ、咲夜」
「いえ、まだ触ってません」
「ねえさま、毛布占領しすぎ」
「むにゃむにゃ、咲夜さん寝てませんってば~」
「隊長~寝返りで裏拳はやめてくださいよ」
「いまだれかオナラしたでしょ」
次の日、これはいよいよなんとかしなければならないと思い、レミリアは一人で図書館のパチュリーに相談に行く。咲夜はとても怯えていたようで、いろいろと言い訳を作ってはまだ美鈴のところにいる。
レミリア達から一部始終を聞くと、パチュリーは読書中の本から目を離して呟いた。
「ああ、最近静かだと思ったら、みんな詰め所にいたのね」
「ずいぶん冷静ね、パチェ」
「レミィ、何かがいるですって? 馬鹿ね、私たち自身『何か』そのものじゃない」
「そうは言うがな、図書館長」
「いっそのこと、外に出てもらって新たなメンバーとして迎えれば?」
「咲夜と話し合ったの、もしかしたら紅魔館が結界となって、なにか恐ろしい魔物を封じ込めているんじゃないかって。それで最近の現象は、その封印が弱ってるせいかもしれないの」
吹き出すパチュリー。
「あはっ、恐ろしい魔物自身が何言ってるのよ」
その時、フランドールがドアを破壊して飛んできた。
「フランドール、御行儀悪いわ」
「もう、魔理沙ごっこは後にしてよ」
「私の部屋、もう一度みんなで調べに行ったら、部屋に、出たのよ、化け物が……」
何かの足音が図書館にも響いてくる。人のそれではなく、がさがさと這いまわっているような音。
「き、来た、気持ち悪い」 姉の背後に隠れ、おそるおそる足音の主を見る。
それは茶色い体をもち、人間の数倍の大きさはあるかと思われる、巨大なセミの幼虫だった。
パチュリーが紅茶のカップを落として割った。
「いったいなぜ……」
1Gの地上で、これほど大きな外骨格式の動物が動けるのだろうか、と言いたかったが、それを口にするといろいろとややこしい事になりそうなので黙っていることにした。
「こいつが怪奇現象の正体ね」 レミリアが言った。
身構える三人を見て、以外にも彼は人語を発した。
「あのう、外へ出るにはどうしたらいいでしょうか?」
「しゃべった!?」 一同が同時に叫ぶ。
「意外といいやつかも」 フランドールがつぶやいた。
特に害はないらしい。その巨大昆虫を外に導いてやる。通りがかったメイドが数人、腰を抜かす。
やがて外に出ると、彼は大喜びした。
「やった、ちょっと寒いけど、ついに念願の外の世界だー、あの、この木に登っていいですか」
「いいけど……」
木につかまると、彼は羽化をはじめ、白い成虫の体が少しずつ現れていく。
「まったく、誰だよこんなモン建てやがったのは、おかげで出るのに500年近くかかったじゃないか」
と虫がぼやいた。雲間からのぞいた陽の光が4人と一匹を照らし、レミリアはあわてて日傘をさす。
「ねぇパチェ、きっと彼は本来普通のセミで、地上に出ようとした途端、ちょうど紅魔館が外界からここに移動してきて、出口を塞がれたんじゃ……」
「たぶんレミィの言う通り、紅魔館の妖気やら何やらを吸い取って、あんなに大きくなってしまったんでしょうね」
「あいつは、ずっと外に出たかったんだ。何が何でも外に出たくて、500年間もがいていたんだ、あたしみたいに……」
二人はフランドールの言葉に息をのむ。狂気に駆られているからと、彼女を閉じ込めていた時の事を思い出す。ただ暗い地下に閉じ込めておくことが最善策だったのかという後悔が今でもある。
だがフランドールは二人を責めるわけでもなく、ひたすら巨大ゼミの羽化を見守っている、すでに不気味なものを見る目つきではない。
「がんばれ」
しかし、なかなか体が古い殻から出ていかない。焦る巨大ゼミ。
「やべえ、皮膚が固まってきた」
このままでは完全に羽化が終わらないうちに固まってしまう。そうなれば動けずに朽ち果てるしかない。
「500年幼虫やってて、こんな終わり方なんていやだー」
「待って、そのまま動かないで!」 フランドールが叫んだ。
「いやでもこのままじゃ……」
「いいから動くな!! 私を信じろ」
フランドールが目を閉じて、右手の手のひらを開き、ぎゅっと閉じた。
次の瞬間、破裂音がして、彼の体を束縛していた殻がはじけ飛んだ。
「本体には傷一つつけず、殻だけを破壊した!?」
「力を制御できるようになったのね」
フランドールは、自分の持つ破壊の力を制御しきれず、妖精メイドを殺すことさえあった。だが霊夢や魔理沙との出会いをはじめとして、さまざまな経験が、彼女の心に理性と思いやりの光をもたらしたのだ。
二人の驚きは、やがて喜びに変わった。
「ありがとう、やった、ついに成虫だ」
彼が口吻を幹に突き刺し、樹液を吸ってみる。
「木の汁うめえ」
こちらを振り返り、訪ねた。
「ついでに、鳴いてみてもいいですか?」
「うん、いいよ、500年分の鬱憤をぶちまけてやれ」
フランドールの目が輝いていた。
「ええっと、おれ何ゼミだっけ、まあ適当で」
れみれみれみれみれみれみれみれみりあうー
れみれみれみれみれみれみれみれみりゃー
季節はずれで、風変りなセミの音が紅魔館一帯に鳴り響いた。
ひぐらしに似て、どこか哀愁を感じさせる声だった。
「なんなのよあの鳴き声、私にケンカ売ってるのかしら?」
ぷりぷり怒る姉、なだめる妹。
「まあ、紅魔館のセミだからいいじゃん、お~い存分に鳴けよー」
その後、そのセミは2週間ほど幻想郷の各地を回り、姿を消した。
しかし、それから毎年夏になると、奇妙な鳴き声のセミが紅魔館周辺で見られるようになったという。
おしまい
をい
咲夜さんと美鈴、どっちの布団も危険だ!
でも好きな話であることは確かで・・・良かったです!!w
…セミの声が若本さんに脳内変換されて自爆した…(ぼそり)
どう感じればよいかわかりませんw
最初現れたときは巨大なGか何かかと思ってましたw
分からない人はハイパードールという昔の漫画を と宣伝してミンとす。
別のとこで成虫になれなかったセミ特集を見たのでちょっとホロリときました。