なぜ彼女なのかわからない。どこへ彼女がいったのかわからない。
ただ、東風谷早苗は僕の前から消えてしまった。
二度と、手を取り合えないところに。
早苗――東風谷早苗は巫女だ。
そんなことは皆知っているし、僕だって知っている。諏訪大社が当代一の風祝……けど、それが何だって言うのだろう。いまどき神様を信じている人はいない。山の中腹に荘厳と構える社はたしかに清廉な気配がするけど、それよりも信じるものは沢山あるし、なにより僕はただの高校生だった。教室の、東風谷早苗の隣に在る僕は、けれども彼女の憂鬱そうな横顔を盗み見るたび、鼓動の高鳴りを抑えられなかった。彼女はうつくしい。比喩的に言うならば女神のごとく、そこにいるだけですべての生命が注目するような存在感が在り、ぼくはそれを毎日受けていた。春にはじめて同じクラスになり、夏が過ぎて、秋がようやくその足を踏み入れる頃には、僕の中で東風谷早苗が大半を占めるようになり、毎日がそのことだけに費やされていた。ある日彼女が消しゴムを無くしたとき、ぼくのものを二つに割ってあげたことがある。そのお礼にもらった諏訪大社の鉛筆はいまも大切に取ってある。
神はいない。
だが、東風谷早苗はいる。
意味を考える必要など無いだろう。そのとき僕は高校生で、胸のうちから膨れ上がる感情を深く考える事など不可能だった。毎日彼女に挨拶し、隣に座り、同じ空気の中で授業を受け、そして別れの挨拶をする。それだけがなんと素晴らしいことか。
だが彼女はいなくなった。
その日は朝から違和感を感じていた。なにか昨日とは違う予感が在り、それは教室に入ってから決定的になった。東風谷早苗がいない。いつもは誰より早く教室の自分のいすに座っている彼女がいない。
ただ単に、今日は休みなだけだ……そんな思いはおきなかった。そこに東風谷早苗が居ないと言う事がぼくにはすべてで、つまりぼくの世界から彼女は居なくなったのだ。
なぜだろうか。
答えは簡単だ。
東風谷早苗の世界にぼくはいなかったからだ。
ぼくだけじゃない。この教室のなかのだれもが、学校が、この世界が、東風谷早苗の中には無かったからだった。諏訪神社と諏訪湖が突然消えたのはその日のうちに学校中に知れ渡っていたが、ぼくにはどうでもよかった。
結局のところ、彼女は神だったのだ。
その日、久しぶりに諏訪神社に足を運んだ。参道は封鎖されていたので山道を登り、そこでみたものは、見事な空き地だった。何も無い。そこにはあの立派な建物たちは無く、空間だけが在る。
もはやそれを見てもなんの感慨も沸かなかった。ただ、ああ、彼女は自分の世界に帰ったのだと、そう感じた。
ぼくは任務の達成をマザー・システムに報告する。
通信機能起動。アクセス開始。プロトコルキー認証、中継衛星を経由して仮想電子ネットワークにダイヴ。マザー・システム、報告受理体勢。非現実的存在認証番号NJ19866番の既知空間での消滅を確認。連動して当端末任務の最終目標であるパワーソース、現地名タケミナカタノカミおよびミシャクジの消滅を確認。諏訪における我々の不可知存在は一掃されたと認識する。マザー・システム、報告受理。任務完了。当端末はこのまま次の任務を受理する。
東風谷早苗が座っていた座席の隣に居た者の記録は無い。その学校のだれもが東風谷早苗の失踪を話す中、それ以外のことについて、だれひとりとして話題に上げる事は無かった。
なんといっても、東風谷早苗以外、失踪した者など居ないのだ。
調査員の一人が一本の鉛筆を諏訪大社のあった場所でみつけた程度で、それ以上の手がかりは見つからずじまいであった。
なぜ彼女なのかわからない。どこへ彼女がいったのかわからない。
ただ、東風谷早苗は僕の前から消えてしまった。
二度と、手を取り合えないところに。
ぼくがそう操作した。
ぼくは東風谷早苗が好きだった。それは間違いない。ぼくたちは誰も彼もを好きになる。
ぼくは常識保護システム。現在の常識的世界観を保護するために設計された。
私は常識保護システム。私に認識できない存在は世界を否定する。だからわたしはそれを消去する。
私は常識保護システム。私は世界を愛している。私の世界を侵略するものは、敵だ。
私は常識保護システム。あなたたちは安心して日常を過ごしてほしい。私の世界の平穏は、もう少しだから。
なんて思いつつ読んでいたら奇襲に吹いた
茶番と思う気持ちが三割、思わない気持ちが七割。
>ミシャクジ
正確にはどっちが良いとは決まっていませんが、東方ではミシャ「グ」ジってことになっているようです。