Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

おしゃべりなあなた

2007/10/08 13:17:35
最終更新
サイズ
6.29KB
ページ数
1


 そしてアリスは出かけようと思い立った。思い立ったら魔理沙が来た。行き来の手間は

省けて、それなら今日はもうひと仕事と、仕舞いかけた裁縫箱をふたたび置く。

 空にしたばかりのポットに、もういちどダージリンを満たして振舞う。澄んだ水色が閑

散としたテーブルに涼しい雰囲気を漂わせ、立ちのぼる湯気と香気は部屋をほんのり暖め

た。アリスはもと居た椅子にもどると、ほんの少し自分のカップにも紅茶を注いだ。手元

には素体のままの上海人形がひとり寝かされている。傍には手のひらほどの小さな洋服が

広げてある。八分仕上がりだった。

「本、返したぜ」

 魔理沙は以前に借りた、というよりも勝手に持っていった何冊かを、それでも律儀にも

とあった山に積み終えて、向かいの席についた。そうして返した本と引きかえに、切り崩

してきた数冊をどさりとテーブルに積み上げる。「借りていいか?」はいつからか「貸し

てくれ」になり「借りてくぜ」になり、今ではただこうして積んでみせるだけで、アリス

は「どうぞ」と言うようになった。それでもこのやりとりがあるだけで、どちらにとって

も、それは盗みではなく貸し借りだった。

「悪いな。そこの一角は全部読みたいんだ。ちょくちょく借りるよ」と魔理沙は上機嫌で

表紙を叩く。薄くかかったほこりが舞って、窓からの陽の箭に粉っぽく光る。

「ちゃんと返しに来るからいいけど。たまには図書館にも返してあげなさいよ」

「あっちはいいんだ。たくさんあるんだから、ちょっとくらい無くたって変わりないさ」

「……不憫ね、あの子も」

 いくら数が多くたって持ち主パチュリーはきっと一冊ごとに愛着があるでしょうに、とアリスは

思った。思ったけれども口には出さなかった。獲られた本人も怒る気をなくしてしまうよ

うな、このあっけらかんとした伸びやかな態度が、きっと自分も彼女も好感を抱くいちば

んの魔理沙らしさだと思った。

「またぶらっと遊びに行くかな」

「いいんじゃない。手ぶらで帰るなら」



 小一時間はのんびりと談笑に過ぎた。ようやく話の落ち着いた頃、しゃべりながらも始

終せっせと人形服を縫っていたアリスに、魔理沙は大袈裟にひと呼吸ついて、

「それにしても……いっつも人形、人形、なんだな」

 感心するぜ、と呆れ顔で言い添えた。

 アリスは一度針を止めた。顔を上げてじっと正面の魔理沙を見る。やがてまた顔を伏せ

て、ふたたび針が動き出した。

「可愛いんだもの。どうしたって……服くらい、こまめに作ってあげたくなるじゃない」

「イメージチェンジか? そのわりには前と同じに見えるな」

「同じよ。ただちょっと寒くなってきたから、もう少し身の丈と袖を長くして、襟まわり

の布を厚手に、それから」

「もともとサイズも小さいのに、やることまで細かいな。頭が痛くなりそうだ」

「上海と二人で相談して決めたのよ」

「こいつが、そう言ったのか?」

「夢でね」

 昨日ね、とでも言うように淡々と、もの静かな調子でアリスは言った。

 何ということもない、ただの言葉だった。けれども魔理沙はこれをいつものようには笑

い飛ばせなかった――そこには冗談や笑い話の気配がまったくなかった。アリスの針先を

見つめる目は真剣そのもので、上海と自分と、二人で打ち合わせた洋服を仕上げることに

ただただ熱心になっているように見えた。それが言い知れない恐怖を醸していた。ふいに

幻覚から覚めたときのように、すべてのありふれたものが、あまりにも奇妙なもののよう

に魔理沙の目に映った。

 答える機を逸して、行き場を失った言葉を飲み込もうとするように、魔理沙は口元へ

カップを運ぶ。ダージリンの強い香りが、頭に上ってぐるぐると渦巻いた。そうしてただ

「夢じゃあな」とほとんど呟きのような曇った声を返した。

「上海が夢に出てくるときは、いつも朝まで話込んじゃうのよね。信じないかもしれない

けど、夢の中の上海は本当によくしゃべるわ。他の誰よりも私と喋ってくれる」

 アリスは魔理沙の様子に頓着しない。

「他の誰よりも……そう、魔理沙は意外と、夢ではね、あんまり喋らないし」

「なんで、その私は口数が少ないんだ?」

「こっちで声を聞きすぎてるからじゃないかしら」

 「こっち」という言葉の響きに、魔理沙はひどく不安を覚えた。今こうして話している

覚めた自分が、ことさらに疎外されているような気がした。そうしてあまり喋らないとい

う「こっち」ではない世界の自分は、いったい自分なのかわからなかった。

「あんまり喋らない魔理沙は、それはそれでなかなか素敵よ。ちょっと退屈だけれど……

でも上海はね、本当に可愛いの、いろんなことを喋りたくてしかたないから、あれもこれ

も夢の時間いっぱい話してくれる――」

 饒舌な上海と、寡黙な自分と、そんな存在を抱えているアリスの夢そのものに、魔理沙

はちょっとした反感を抱かずにはいられなかった。アリスの傍にぽつんと置かれた上海人

形を、わずかに敵意のこもった目で見る。この現実では人形はひとことも喋らない。それ

が何だって――くらくらと頭を冒すような嫌悪にうながされて、魔理沙は「でも」と思わ

ず語気を張る。

「でも、しょせん夢だろ」

「でも、夢だって私の人生よ」

 咎めるような調子でも、言い竦めるような口調でもなく、静かな緩やかな声でアリスは

言った。

 答えはなかった。魔理沙はカップに視線を落として動かなかった。裁縫と時計の針を残

して、部屋に動くものはなくなった。そうしてそれきり部屋は氷のような冷たさに閉ざさ

れてしまった。



 数分は沈黙に過ぎた。ふいに灯りがひとつ消えて、テーブルに暗い影が一枚落ちた。

ポットがコバルトに翳る。裁縫箱は閉じられていた。服は仕上がっていた。

 魔理沙は静かに帽子を被る。すぐに「帰る?」とやさしい声がかかると、はっと目を見

開いて、やがて小さくうなずいた。そうして「帰るぜ」と言って深めに帽子を被りなおし

た。これも穏やかな声だった。アリスの口元がふっと緩む。

 何かの魔法が解けたように、途端に打ち解けた空気がもどってきた。さっきまでの凍え

るような沈黙は、ただ沈黙自体が冷たかったに過ぎなかったと知って、魔理沙はほっとし

た。片手にずっしり本を抱えて戸口に立つと、胸に残った沈黙の空気を追い出すようにふ

うと大きく息を吐いて、ようやく安堵の表情を浮かべた。

「読み終わったらまた来る。今回はちょっと量が多いかもな」

「ゆっくりどうぞ。またね」

「ああ」

 魔理沙は扉を開ける。開けてからまた何かを思い立って、くるりと踵を返す。身のこ

なしに、訪ねて来たときのしなやかな、朗々とした雰囲気が戻っていた。視線が合うと、

二人の口から自然に笑いがこぼれた。

「たまにはうちにも来いよ。片付けとく気はないけど、珍しいお茶ならいっぱいあるぜ。

その自慢の紅茶棚にもないようなやつとかな」

「また拾ってきたビーカーで?」

「紅茶カップだよ。立派なアンティーク。西の廃墟で見つけた」

「どっちにしろ拾い物じゃない」

「笑うなよ。拾い物は便利だぜ」

 じゃあな、と小さく手を振って魔理沙は帰った。家の中はまた二人になった。

 アリスは上海をそっと抱き上げた。出来上がった洋服を着せてみると、秋の装いには

ぴったりで、お揃いをもう二三着作ったほうがよさそうに思われた。




 そうしてまた何日かは裁縫に過ぎた。珍しいお茶のことは忘れられた。夢の中の魔理沙

が少しずつおしゃべりになっていった。
 アリスってなんとなく、ある意味ではゆゆ様以上に、捉えどころのないイメージがあります。精神的な部分では、ちょっと魔理沙では太刀打ちできなそうな……いかにも超然とした魔法使いという感じの。あくまで勝手なイメージですが。
 何はともあれワンシーンだけ、ちょこっと書かせていただきました。SSらしくささっと軽めに楽しめていただければ幸いです。

 ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。

追記
 入力通りにしてみたら行ズレの問題はなくなりました。が、これはこれで一概に見やすいとは……右端ががたがたでも普通通りの表示にするか、ちょっと悩みます。
MS***
コメント



1.名無し妖怪削除
誰の夢の中にも現実と異なる他人がいるんでしょうね
2.名無し妖怪削除
超然というか・・・捉えどころがなく“儚い”、“薄幸”そうなイメージがありますね。
華奢で、ちょっとした事で簡単に壊れてしまいそうな雰囲気です。魔理沙はそれを恐怖に感じたのでしょうか。大切な存在が自分の知らない所で壊れてしまいそうな恐怖を。
勿論そういう設定(薄幸)はないのでしょうが、アリスはどこか達観した人生観を秘めているような気がしますね。
所謂ツンデレアリスも良いですが、こういう風のような無形のアリスも大好きです。
3.名無し妖怪削除
魔理沙と一緒にゾクッとしました。自分が絶対に手を出すことの知れない世界の存在を意識させられるのは怖いですね。
>何日かは裁縫に過ぎた
あまり自信がないのですが、こういう言い方ってしますか?「裁縫で過ぎた」「裁縫に没頭して過ぎた」辺りな気がするんですが……。
4.名無し妖怪削除
>珍しいお茶のことは忘れられた。夢の中の魔理沙が少しずつおしゃべりになっていった
このアリスは外殻的な自身が希薄ですね。
夢を基軸にした構成ができて、なおかつ齟齬も焦燥もない精神であるのなら…
……うらやましい限りです。魔法使いですしね。
5.sisi削除
MS***さんが紡ぐ物語は本当に心地良く、安心して
心を委ねる事が出来ます。魔理沙とアリスの持つ価値観は
もちろん違うけれど、それでも二人一緒に穏やかな時間を共有できる
不思議と喜び。何度読み返しても、良いなぁと、溜息がもれます。
6.奇声を発する程度の能力削除
これは凄い!!!!!