「花を見に来たのよ」
「花を」
いつの間にかそこにいた人間の少女に、小野塚小町は鸚鵡返しに返していた。
「これが彼岸花? 死者の魂が宿るという?」
「まあそうね」
「ずいぶんたくさん咲いているのね」
「ま、まあそうね」
「仕事はしっかりしなくちゃ駄目よ」
「これでもそれなりにやってるわよ」
「それならいいけれど。なんだか赤い変な服をきた巫女さんが三途の川の死神がさぼりまくってるって言いふらしてたから」
「あの餓鬼……」
「あと天狗の人も号外で出してた」
「あの天狗……鼻っ柱を叩き折ってやろうかしら」
「彼女はマスコミだっていうから、暴力は余計にあなたの首を絞めるだけだと思う」
「うぐっ、正論を……」
唸る小町を置き去りに、少女はとことこと三途の川原を歩いて回った。
あちこちに咲き乱れる彼岸花、赤い花。
彼岸に誘う、毒の花。
それらの一輪一輪に軽く触れ、毒に身を浸しながら彼岸を惑う。
「ここが幻想郷という場所だということは迷い込んで初めて会った妖怪に聞いたの」
「外の人間か?」
「幻想郷は花だらけで、でもそれは危険なものじゃないということは、魔法使いの女の子から聞いたわ」
「ああ、あの言葉遣いの悪い嘘つきの」
「咲き乱れる花々に人の魂が宿っているという話は、刀を持った女の子に聞いたの」
「あいつ、閻魔さまに怒られたのにまた冥界から出てきてるのか」
「私はいろんな人や妖怪に話を聞いてここまでやってきたわ。でも、今までの道のりで私が探していた花は見つけられなかった」
「どうやってここを?」
「道すがらにあったメイドさんが教えてくれたの、だったら三途の川まで行ってご覧って。道は小賢しいウサギの子が案内してくれたわ。散々回り道させられた挙句お金取られたけど」
「思い当たりのある連中ばかりだ……」
「でも――」
それまで無表情だった少女が初めて悲しげに顔を伏せる。
「ここに来ても、私が探していた花は見つからないみたい」
「どんな花を探してたんだ」
「――お母さんを探していたの」
うすうす感づいてはいたが、改めてなるほどな、と小町は思った。
「今まで見つけられなくて、ここにもないというのなら、その花はもう彼岸に送ってしまったかもしれない」
「そうなるとやっぱり、私も彼岸に渡らなければその花は見られないのかしら」
「だからといって自殺は認めないよ。あたいは三途の川の船頭だから」
「しないわよ、自殺なんて」
肩をすくめて、少女は身を翻す。
「帰るのか」
「また来るわ」
「自殺は認めない」
「しないわよ。でも、すぐ来る」
「どういうこと?」
「幻想郷に入って初めて会った妖怪は、私を食べようとしたの」
「ほう」
「だから私は言ったの、お花を見つけるまでは待ってちょうだい。そしたら頭から丸かじりしてくれたって文句は言わないわ、ってね」
「むむむ……」
小町は唸り、
「他殺じゃあしょうがないか」
結論を出した。
少女はくすりと笑う。
「また来るわね」
「三途の川の渡し舟に予約席はないんだけどな」
「商売繁盛の秘訣は常に新しいサービスを提供することよ」
「それじゃあお前が次の輪廻をくぐる頃にはグリーン席を用意しておくよ」
「アイデアの提供者には渡し賃の割引サービスも必要かもしれないわよ」
「映姫さまに上申しておこう」
「楽しみにしてる。それじゃ、また明日」
「ああ、また明日」
最後に少しだけ笑いあって、少女と小町は別れた。
翌朝も小町は変わらずマイペースに仕事をする。
ひとつの魂のために予約席をあけることは出来たけど、渡し賃の割引サービスまでは小町の権限では出来やしない。
死後の持ち金は故人のことを心から慕っていた人たちの財産で決まるのだが、その日送った魂の一つにとんでもなく貧乏な魂がいた。
貧乏だろうと金持ちだろうと、手持ちの全額を渡し賃として要求するのだから、その貧富はあまり関係ないかもしれない。
小町は常と変わらぬ仕事ぶりでその魂を彼岸に渡した。
その晩、一日の仕事が終わってお茶で一息つきながら、ああ、さびしい少女だったんだなと小町は思った。
久しぶりに自分が送った死者に対して感傷的になった夜だった。
こまっちゃんもまあ、そこんとこはよく解ってんじゃないかな。
生命を惜しまなかった彼女を憐れむべきか
生命が惜しくない程、大切なものを持っていた彼女を羨むべきか
こんな感傷すらも少女にとっては無為
結局、生命の価値を決めるのは自分でしかない……のかなぁ……
色々考えさせられました。ありがとうございました。