絡みつくような深い霧状の雨が辺りを覆っていた。幼き吸血鬼、レミリア・スカーレットが鬱陶し気に、ただ降り注ぐ雨を見つめていた紅魔館。薄暗い自室の窓から見える景色は、白く、ただ白く覆われていた。
レミリアはどうしようもない苛立ちの衝動をその身に、静かに紅茶のカップを傾けた。フォーレッドフルーツティー。チェリー、ストロベリー、レッドラズベリー、レッドカラントの4つのフルーツから出来る真紅の紅茶。レミリアはその燃えるような赤色が気に入っていた。
しかし芳醇な香りが立ち、砂糖をいれずにしても仄かな甘味のあるその紅茶でさえ、今のレミリアの心内を沈めるには程遠い。沸き立つものを押さえ込むにしても、どうやら目の前の白く覆われた景色をどうにかしないことには対処のしようも無かった。
「忌々しいわね」
呟くように口にした言葉。複雑に入り組むような深い禍根。吸血鬼は渡り水の中を歩くことすら敵わないということ。それは彼女の中の忌むべき習性でもあった。
どこに行くにしても不便な体。確かに身体能力は規格外に突出してはいるが、それでも雨の日は出かけられないという習性は不自由極まりない。
退屈している、と言ったところだろうか。レミリアはここ一週間と降り続ける雨に辛辣な怒りを覚えていたのかも知れない。しかしレミリア自身が不思議に思うのは、たかが一週間程度の雨天だからと言ってなぜここまで自分が苛つくのかと言う大前提の部分であった。
齢、500年以上。ここまで自分が歩んだ道を言うのは決して短いものではない。その中で次第に時間という概念が薄れ、どうでも良いと思うことも増えた。思考の片隅にすら及ばず何かを犠牲にすることも多い。そんな自分が常にいたのだ。
ではなぜ自分は今このような小事に囚われているのか。反社交的にして外交的。表裏一体となった自分の身は、いったいどうした変化だと言うのか。
思えば自分はとんとくだらないことを気にするようになった。例えば目的を持って頻繁に出かけるようになって、その度に気象を気にして一喜一憂してみたり、恐怖と畏怖の対象である自分がわざわざ相手の都合を考えてみたり。別にレミリアの能力を持ってすれば気象や相手の諸事情を変える事など造作も無いことだが、そう言った能力を気安く使うことも無いのだと、最近になってそんなことまでを気にし始める始末だ。
思い当たる検討事項を脳裏に踏まえながらそこまで考えた時、ふと心に留まる人物がいた。それに関して思考を奔らせてみると、いつの間にか心持穏やかな気分になっていたことに気付き、レミリアは若干の苦笑と、そして何処かむずむずするような淡い痒みを感じる。だからと言ってどうと言うわけではないが、とりあえず紅茶のカップを手にすると口をつけ、そして香りを嗜むことなく一気に紅茶を煽ると、レミリアは最早慣れたように従者の名前を呼んだ。
「咲夜。紅茶のお替りを貰えるかしら」
「只今」
薄暗い部屋に、先ほどまでは確かに人の気配など無かった。しかしレミリアが言葉を発したその瞬間、その人間、十六夜咲夜はレミリアのすぐ背後を陣取って紅茶を煎っていた。まるで奇術の如き不可解さだが、別段、レミリアに気にしたような様子は見られない。つまりこれはそういうものなのだ。
しとしとしと。雨は次第に勢力を増し、窓硝子を叩きながら落ちていく。窓から見える景色は、この紅魔館を包む白。見つめていたからと言って何も変わりはしない。
「外は雨ですね、お嬢様」
「……そうね」
外は雨。そんなの見れば分かることだ。咲夜はそんな当たり前のことを言いながら、紅茶のカップを温め、先ほどを同じフォーレッドフルーツティーをゴールデンルールに則りながら淹れていた。そして最後の一滴となるベスト・ドロップをカップに落とすと、そのカップを優雅な仕草でレミリアの前に置く。レミリアが黙ってそれを受け取ると、咲夜は再び口を開いた。
「明日は晴れるといいですね」
そうね、と言いかけて止める。その答えの、なんと下らないことだろうかと思ったからだ。
元々レミリアの能力をもってすれば、明日の天気等先見することは容易い。きっと瀟洒で完全な従者である彼女は、レミリアが不機嫌な理由も分かっているはずだ。そしてこの雨は、向こう一週間経っても止むことは無いのだ。つまりあと一週間はこの紅魔館に篭もる必要がある。
その未来を考え、吸血鬼としてあるまじき欲求として、暖かい陽だまりの中をあの人間と一緒に戯れたいと思ってしまった。そしてレミリアには珍しく、それは分不相応なのかも知れないとほんの針程度の痛みを胸のうちに感じながら。
「いづれ止みます。この雨は」
しかしレミリアが何も言わないつもりなのを感じ取ったのか、独白のような咲夜の言葉は続く。止めようかと思ったレミリアだったが、この従者がやることだ。何かしらの意味を持つはずと好きにさせることにした。
「止んだら、どこへ行きますか? 何をしに行きますか?」
そう言われ、レミリアは考えてみた。
もしこの雨が止んだら。いったい自分はどうするのか。自分の運命なんて分からない。ただそれでも、自分にはとても会いたい奴がいる。どうしようもなく堕落していて、掴み所が無くて、唯一自分を負かした彼女。
自分は彼女の元へと行きたいのだと。そうレミリアは強く思った。
「明日は、晴れるといいですね」
最初に言った言葉を繰り返す咲夜。口元には微かな笑み。そう言うことかと、この十六夜咲夜という人物に内心ほんの少しの敬意を表しながら、それでもその笑みに負けじと、レミリアは紅い自分の分身のような紅茶を手に持ちながら優雅に微笑み。
「ええ、明日は晴れるといいわね」
翌日の雨の、なんと清々しいことだったか。
―終わり―
地味な作風ですいません。
忍耐強く読んでくださった人、貴方は凄い。
※読みにくいと言うご指摘をいただいたので若干の改訂をいたしました。
お茶忍耐強く読んでくださった人、貴方は凄い。
※読みにくいと言うご指摘をいただいたので若干の改訂をいたしました。
それだけに、文章の読みづらさが気になりました。
文章のテンポが崩れないように行間を空ける、などの読み手が心地よく感じるよう文の構成に工夫を凝らせば、もっと話が引き立つと思います。
後、派手であれば言いというものではないと思います。
地味であっても磨きこまれれば輝いて見えてくるものだと思います。
それはいらだたしい雨に降り込められながら、その先に待つものを愛しむ事にも似ている。
そう。 先を急く気だるい時も、しかしそれは楽しむためのひと時なのだ。
雨があがったら何をしよう、その楽しい期待に焦らされる自分が、不思議と嫌いではない。
文末、そこに羽のように広がる後読感。
これを味わうためならば、この倦怠感も欠かせないエッセンスのひとつ。
短いならお見事な文術、楽しませて頂きました。