本作は「東方文花帖」の内容に触れている部分があります。
未読の方は「戻る」をクリックすることを推奨します。
「あれ?」
見えない。
さっきまではっきりと見えていた道が、
木が、
遠くの村の灯りが、
まるで目を失ってしまったように見えない。
そんな馬鹿な。
ちょっと目が暗闇に慣れていないだけだ。
ほら、振り返ればたった今でてきた自分の家が、
ない。
いや、見えない。
「そんな…」
恐る恐る手を前に突き出す。
ここが自分の家の前なら戸に手が当たる筈。
だが、肩まで手を伸ばしきっても手は何にも触れなかった。
「し、知らないうちに二、三歩あ歩いていたみたいだ。あ、あまりにも日常過ぎて忘れたんだな」
少しでも安心を得るため、誰も騙せない様な独り言が暗闇に響く。
「ほ、ほら。見えないのだって目にごみが入った。それだけだ。こうやって目をこすれば…」
不可視の中、見ることが叶わない手でまぶたをこする。
ごしごし。
ごしごし。
ごしごし…
「ほら、見え…な…い……」
暗闇の中、呆然と佇む。
「いったい何なんだ…」
当然答える者は居ない。
渦巻く不安。
沸き起こる恐怖。
背中をじわりといやな汗がつたう。
前を見る。
後を見る。
上を見る。
下を見る。
左を見る。
右を見る。
どれも、見えない。
いつのまにか、どれが前で、どれが右かもわからない。
一歩も動けない。
今自分が居るところから動いたらこうして立っていられる保証がないから。
どうして。
思うことはそれだけ。
どうして自分がこんな目に?
どれくらいそうしていたのか。
意識しないと目を瞑っているような錯覚に陥るような暗闇の中、『それ』ははるか前方(自分が向いている方向)に現れた。
小さな、紅。
漆黒の中、『それ』は殊更目立っていた。
ぼんやりと、どこかで聞いた噂が頭の中で再生される。
『夜道で鳥目になったとき、どこからともなく紅い提灯の屋台が現れ、そこで売っている八目鰻を食べると鳥目が治る』
瞬間足が動いていた。
あそこに行けば、目が治る。
あそこに行けば、道が見える。
あそこに行けば…
一歩、また一歩と近づくにつれ、声が聞こえてくる。先客が居るらしい。
「う~、やっとごみが取れた。いつまでも片目だと見えにくいのよね」
紅が、二つに増えた。
「あ、なんかいる」
紅が、近づいてくる。
「今は夜だし、食べてもいいのよね?」
紅がさらにひとつ、半月型の紅が。
「いただきます」
再び、視界が暗闇に包まれる。
そして、意識も暗闇に包まれた。
…end
未読の方は「戻る」をクリックすることを推奨します。
「あれ?」
見えない。
さっきまではっきりと見えていた道が、
木が、
遠くの村の灯りが、
まるで目を失ってしまったように見えない。
そんな馬鹿な。
ちょっと目が暗闇に慣れていないだけだ。
ほら、振り返ればたった今でてきた自分の家が、
ない。
いや、見えない。
「そんな…」
恐る恐る手を前に突き出す。
ここが自分の家の前なら戸に手が当たる筈。
だが、肩まで手を伸ばしきっても手は何にも触れなかった。
「し、知らないうちに二、三歩あ歩いていたみたいだ。あ、あまりにも日常過ぎて忘れたんだな」
少しでも安心を得るため、誰も騙せない様な独り言が暗闇に響く。
「ほ、ほら。見えないのだって目にごみが入った。それだけだ。こうやって目をこすれば…」
不可視の中、見ることが叶わない手でまぶたをこする。
ごしごし。
ごしごし。
ごしごし…
「ほら、見え…な…い……」
暗闇の中、呆然と佇む。
「いったい何なんだ…」
当然答える者は居ない。
渦巻く不安。
沸き起こる恐怖。
背中をじわりといやな汗がつたう。
前を見る。
後を見る。
上を見る。
下を見る。
左を見る。
右を見る。
どれも、見えない。
いつのまにか、どれが前で、どれが右かもわからない。
一歩も動けない。
今自分が居るところから動いたらこうして立っていられる保証がないから。
どうして。
思うことはそれだけ。
どうして自分がこんな目に?
どれくらいそうしていたのか。
意識しないと目を瞑っているような錯覚に陥るような暗闇の中、『それ』ははるか前方(自分が向いている方向)に現れた。
小さな、紅。
漆黒の中、『それ』は殊更目立っていた。
ぼんやりと、どこかで聞いた噂が頭の中で再生される。
『夜道で鳥目になったとき、どこからともなく紅い提灯の屋台が現れ、そこで売っている八目鰻を食べると鳥目が治る』
瞬間足が動いていた。
あそこに行けば、目が治る。
あそこに行けば、道が見える。
あそこに行けば…
一歩、また一歩と近づくにつれ、声が聞こえてくる。先客が居るらしい。
「う~、やっとごみが取れた。いつまでも片目だと見えにくいのよね」
紅が、二つに増えた。
「あ、なんかいる」
紅が、近づいてくる。
「今は夜だし、食べてもいいのよね?」
紅がさらにひとつ、半月型の紅が。
「いただきます」
再び、視界が暗闇に包まれる。
そして、意識も暗闇に包まれた。
…end
実に怖い。