※ダークです。苦手な方はご注意を
くすくすくすくす
観測者は笑う
これから起こることを思い
くすくすくすくす
笑い続ける
なんだか月がおかしい
書斎を照らす月の光を見てそう思った
何事も起きなければ良いのに
だけどパチュリーは解っている
これから何かが起こってしまう
だから
「何も起きないことを願うわ」
しかしそれから1週間後。それは起きることとなる
始まりはレミリアが起きてこないことだった
「お嬢様、大丈夫ですか?」
咲夜が心配して声をかけるが返事は返ってこない
「お嬢様入りますよ」
扉に手をかけたところでやっと返事が返ってきた
「入るなあっ!!」
驚いた
咲夜がレミリアの怒鳴り声を、それも拒絶の言葉を聞くのは久しくなかったことだ
ここで冷静に対処できなくば何が瀟洒で完全か。だから踏みとどまった
それでも思考は危険だと告げる
入ってはまずい、と
入ったらどうなるか分からない、と
「お嬢様・・・」
微かな微かな声。それが精一杯だった
「向こうに・・・何処かに行きなさい」
完全なる拒絶の言葉。だが苦しそうだったのは決して聞き間違いなどではない
だからすぐに紅魔館の知者パチュリーを尋ねた
「咲夜、貴女は月がおかしいことに気づいているかしら?」
「月、ですか?」
パチュリーの第一声がそれだ
いきなり月といわれても解ることではない
「月がどうかされましたか?」
そう聞くと貴女何を言っているの?という目で見られて、ちょっとだけ憤慨した
だけど咲夜も気づいている。気づかない振りをしていただけ
「最近何かおかしいとは思いますが」
パチュリーが読んでいる本に目を落とす
人の話を聞け、この紫もやし
「月人たちの仕業でしょうか?」
・・・
「それとも隙間妖怪の?」
・・・
「パチュリー様?」
・・・
「お留守ですか?」
「聞いてるわよ」
目当てのページを見つけたのか本を開いたまま立ち上がる
「1週間くらい前から気づいてはいたけど、最近の月は異状よ」
ふいと図書館の窓から月を見る
真円を描く月。見た目は何も異常ない
けれども何処が如何とうまくはいえないけれど、なにかがおかしい
びぃっと音がした。それは紙を破く音に似ていて・・・
「!?」
飛び上がるほど驚いたのは久しぶりだった
あのパチュリーが本-正確にはその中の1ページだが-を破いている
「なっ何をしているんですか?」
咲夜が見る前にページを握りつぶして
「何も。要らないページを破っただけよ」
燃やした
「レミィの部屋まで行きましょう。私も何か出来るかもしれないわ」
咲夜はただただこくりとうなづいた
「レミィ、入ってもいいかしら?」
中から答える声はない
再び扉をたたいて、再び声をかけてみるが
・・・
中からの返事はない
「入らせてもらうわよ」
その一言に中の空気が微かに変わった
ぎぃと言う古めかしい音を立てて扉が開いてく
中には誰もいない。ように見えた
「・・・・・・・・・あ」
擦れた声が聞こえた
パチュリーの背中から異様なオブジェが生えている
それは血に濡れて真紅に染まった腕
「あら、もう死んだのかしら」
そういってにこりと微笑んだのは
「お嬢様・・・?」
友人の血を浴びて深紅に染まったレミリア・スカーレットその人だった
「咲夜」
名を呼ばれて身震いを感じた
普段ならばそんなことはない。咲夜という名を呼ばれるだけで彼女は至福を感じる
何故?そんなことを考える間もなく結論はすぐに出た
声に暖かみがない。今発せられた声は凍り付いている
絶対零度に凍りついた言の葉は、まるで心を削るかのように届く
どさりとパチュリーの身体が落ちる
「咲夜ー」
一歩一歩、紅い悪魔が歩み寄ってくる
逃げろ逃げろ逃げろ
意識はそう訴えかけてくる
身体が動かない
がちゃん
偶然、花瓶が落ちた
その音で身体が自由を取り戻した
時符『パーフェクトスクウェア』
時間が止まり、世界が凍りつく
その凍りついた世界の中で咲夜は走った
怖かった。愛しくて、敬意すべきお嬢様を怖いと本気で思った
だけどあれは本当に偶然なのだろうか
--------い
凍りついた世界で
------ない
凍りついたはずの世界で
逃がさない
その声ははっきりと聞こえた
世界は凍ってなんか、止まってなんかいなかった
スペルカードの効力が発揮していない
花瓶が落ちたのも偶然なんかじゃあなかった
頭の中は真っ白になっている。何も考えられない。頭が働かない
解るのは、いまここでレミリアに殺されるということだけ
「咲夜、大好」
ごおっ
炎がレミリアを飲み込んだ
炎を放ったのは・・・
「パチュリー様」
荒い息をつきながら、貫かれた腹部を押さえながら、それでも毅然と立つパチュリーがいる
「逃げなさい咲夜」
精一杯の声でそう言った
逃げてと、レミィが好きなら逃げてと。今ここにいるレミィは違うから、霊夢ならきっと助けてくれる
其処まで口にしたとき
ひゅん
紅い何かが咲夜の目の前を通り過ぎた
それは4本の紅い槍。神槍『スピアザグングニル』
四肢を磔にされて、それでも目は逃げてと訴えかける
「パチェってば酷いじゃない。この服お気に入りなのよ」
燃え盛る炎を割ってレミリア・スカーレットが立ち上がった
「咲夜、鬼ごっこはタイムね」
ゆっくりゆっくりレミリアがパチュリーに近づく
「ねえ、パチェ。あなたの血は美味しいかしら?」
妖艶なまでの表情を浮かべてレミリアがパチュリーに触れた
身体が重い。まるで自分のものじゃないみたいだ
自分という存在をかけてまで助けてくれたパチュリー様には申し訳ないけれど
「咲夜」
時も止められない。既に飛ぶことも出来ない。ナイフを投げることさえ出来ない
そんな私が助かる術なんて
「だーいすき」
あるはずなかった
紅魔館がゆがんだ
広げられていた空間が元の大きさに戻ろうとする
その反動はヴワル図書館に大きく出た
本棚が一瞬にして紙ほどの薄さになる。強い魔力を秘めた本すらも空間はあっけなく潰していく
そんな中心に小悪魔はいた
契約紙であった灰を胸に抱き最後の瞬間を迎えた
「パチュリー様。私は貴女に何時までも何処へでもついていきます」
ものすごい轟音に美鈴は驚き紅魔館を振り返った
何一つ変わっていない様に見える。だけどそれが外見だけとすぐに見当がついた
此処にあるのは既に紅魔館ではない
永遠に紅い幼き月の統べる館では無きことを知った
あまりにも館を纏う気が異なりすぎていた
それでも彼女は館へと飛び込んでいった
踊れ踊れ
絶望の底で
裏切りの渦にのまれ
罪という観客の前
その名は暴食
その名は色欲
その名は強欲
その名は憂鬱
その名は憤怒
その名は怠惰
その名は虚飾
その名は傲慢
その名は嫉妬
滅びという名のステージで
踊れ踊れ死のロンド
踊れ踊れ踊り狂え
くすくすくすくす
観測者は笑う
彼女は欲しかったものを手に入れた
私だけをずっとずっと見ていてくれるお姉さま
それを手に入れることが彼女のただひとつの望み
くすくすくすくす
笑い続ける
壊したものは、壊れたものは