幻想郷でもそれなりに名の知れた湖。
どちらかというとその中に建つ洋館の方有名だったりするが。まぁ、そんな湖。
ここで暮らす幾多の妖精たち。
その中にいる、ある意味お屋敷の主人より有名な幼い氷精。
いつでも騒がしい、バカだけど憎めなくて……と何だかんだで可愛がられている。
名前はチルノ。
そんな評価を受ける彼女。
でも今は――
「チルノちゃんって夏、苦手だね」
とけるんじゃないかと思うぐらい、ぐったりした姿を見ながらしみじみと呟いた。
大妖精自身は湖の辺に立つ大木に背を預けて、自然の涼やかさに満足している。
が、一方のチルノの方はそうもいかないらしい。
おねだり、強奪、その他色々な手段で用意した『冷たいもの』もすでに尽き、暑さ対策が大
妖精の起こす風ひとつになった今、戦力的不利は否めないようだ。
「か、風…もっと…強く……」
「はいはい」
空気をかき混ぜるように、腕を回す。どういう原理かは使っている本人も知らないが、こう
すれば冷たい風が発生するのだ。不思議なことに。
暇な時には、そのことを考えてみたりもする。
――妖精だから。
いつも、その結論を出して他の楽しい事を探してしまうのだけど。
「あつい……」
「そうだね」
何か寒さに恨みでもあるのかと問い詰めたいぐらい照りつける日差し。
水もすっかり温くなり、湖上にいると湿気が加わり不快感倍増なこと請け合いである。
氷精には実につらい季節だった。
「……アイス」
「もう食べちゃったでしょ」
「……なんでもいいから冷たいもの~」
「冷風強くしてあげるから、ガマンしてよー」
「うぅ」
腕の回転を上げる。自分の方が熱くなりそうなものだが、あんまり熱さを感じないタイプで
ある彼女には大して負担ではない。
「夏なんて嫌いよ~」
「そう?」
「だいっきらいっ!」
「そっか……」
憎々しげに空を――照りつける太陽を睨みつけている。
心の底から憎んでいる、というのが見ているだけで理解できるような態度。
その姿を見ていると、自然と口が言葉をつむいだ。
「私は、好きだよ」
「……なんでよ」
「ふふふ。どうしてかなぁ~」
「……へんなやつ」
「そうかなぁ?」
首をかしげながらチルノを抱えあげ、地面と仲良くしていた頭を太ももに乗っける。
「あ」
「どう?」
「……冷たくてきもちいいわね」
チルノほどではないけど、大妖精も体温は低い。
少なくとも、今の気温よりは。
「涼しくなるまで、寝ちゃうといいよ」
「でも、リグルと遊ぶ約束してる」
「……リグルちゃんが来たら起こしてあげるから」
「そうねぇ……じゃあ、そうする」
「うん」
「寝心地良いね……」
「ゆっくり、お昼寝していいよ」
「うん……」
暑さに疲れきった目が閉じられる。すぐさま寝息が聞こえきた。
「おやすみ……ゆっくり……うん。ゆっくり寝ててね」
腕の回転は緩めない。この子がぐっすり眠れるように。
風がほおをなで、柔らかな髪を揺らす。
また自然と、言葉が口をついて出る。
「私が夏を好きなのは……」
聞こえないように小さな声で。起こさないように小さな声で。
大妖精は、そっとささやく。
「……あなたが、遊びに行かないからだよ」
いつも思いつくままに出かけてしまう。
行った先ではいつの間にか友達が出来ていて、それはどんどん増えていて……
ふと、気づけば近くにいない遠い子になっている。
「夏の今だけは、チルノちゃんを――独り占めできるもの」
だから。
大妖精は、夏が好き。
可愛いこの子がいてくれる。
夏が。
「大好き」
でもかわいかったんだから仕方が無い