『我輩は門番である。名前で呼ばれない。』
「ねぇ、中ご、く……?」
『どこで拾われたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でぼこぼこに泣かされてた事だけは記憶している。』
「……あの時は爽快だったわ」
『我輩はここで始めて吸血鬼というものを見た。しかも後で聞くとそれはデーモンロードという吸血鬼の中でも一番獰悪(どうあく)な種族であったそうだ。』
「まぁ、否定はしないけどね」
『このデーモンロードというのは時々人間を捕まえて煮て食うという話である。』
「血は吸うけど食べないわよ」
『しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。』
「今はどうなのかしら……?」
『ただ彼女の拳で顎を持ち上げられてズガッとカチ上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。』
「あのアッパーカットは今でも思い出せるほど綺麗に決まったわね」
『空の上で連れ去られている時少し落ち着いて顔を見たのがいわゆる吸血鬼と言うものの見始めだろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。』
「あら、連れて帰った時意識あったんだ」
『第一私をのしたヤツの顔はつるつるしてまるで幼女だ。その後妖怪にもだいぶ逢ったがこんな幼女には一度も出会わした事がない。のみならず体中があまりに突起のない体をしている。』
「…………」
『そうしてその口から時々ぷうぷうと我儘を吹く。どれも理不尽なものばかりで実に弱った。これが吸血鬼の本質である事はようやくこの頃知った。』
……………………
トントン
「あぁもううるさいわね。私のストレス解消の邪魔しないで…えーと、『吾輩は吸血鬼と同居して彼女等を観察すればするほど、彼女等は我儘なものだと断言せざるを得ないようになった。ことに吾輩が時々同勤(どうきん)するメイド長のごときに至っては言語同断である。』」
ト ン ト ン
ト ン ト ン
「ちょっと静かにして今一番いい所なんだから…『自分の勝手な時は人を逆さにしたり、頭へナイフを刺したり、森へ抛(ほう)り出したり、地下の妹様の所へ押し込んだりする。しかも吾輩の方で少しでも手出しをしようものなら主人が追い廻して迫害を加える。』」
ごごごごごご……
「何かちょっと寒くなってきたわね……『この間もちょっと侵入者に負かされたらメイド長が非常に怒ってそれから容易に屋敷へ入れない。門のあばら家で人が顫(ふる)えていても一向平気なものである。吾輩の尊敬する白玉楼の門番などは逢う度毎に主人ほど理不尽なものはないと言っておらるる。』……っと」
ト ン ト ン
ト ン ト ン
「あー! もう邪魔しないでよ私の楽し…………み」
「こんばんは、『中国』。御免なさいね、貴女の楽しみの最中に」
「え……えーと、お嬢様、いつごろからこちらにいらっしゃったのですか……?」
「そうね、貴女がぶつぶつと何かを書き始めていた頃からずーーーーーーーーーーーーーっと居たわよ?」
「そ、それと咲夜さん……も、い、いいつ頃から」
「そうね、お嬢様が珍しく休憩中の貴女をお茶に誘おうと御自分で詰め所に向かわれてなかなか帰ってらっしゃらないので伺ったんだけど……確か、『メイド長ごとき』前後だったかしらね」
「え、えーっとですね……ち、違いますよ?」
「これ、一度パチェに日本人の文化を教わった時に出てたわねーこの小説」
「あらお嬢様ご存知でしたか……これの結末ご存知ですか?」
「えぇ、知ってるわよ……」
「あ、あのー…………な、何やら不穏な空気が流れているような気がいたしますが」
「さすが中国。気の流れを読んでいるわね」
「まぁその小説の結末の前に………」
「「お し お き が 必 要 ね」」
その日から、詰め所の門番たちで紅 美鈴の姿を見たものはいなくなった。
ただ、美鈴の自室がさながら猟奇殺人の現場のような様相を呈していたのだがその遺体を見つける事は叶わなかった。
後日、紅魔館の湖の畔(ほとり)に紅 美鈴が打ち上げられていたのが発見された。
第一発見者のチルノはその凄惨な姿にトラウマを打ち付けられたのか、暫くの間蛙を凍らせるのを止めたとか何とか。