「・・・あだッ!?」
空間を仕切る結界の向こう側。私の幻影が繰り出す弾幕を捌ききれず、魔理沙の胸に霊力の弾が当たる。
そしてみるみるうちに速度と高度が下がって行き・・・・・・魔理沙は緩やかな放物線を描いて落ちていった。
「ふぅ・・・・・・ま、こんなところね」
結界を解き、場を埋め尽くす弾幕を全て無に返す。
結界を張るのは周囲にたった一発の流れ弾も飛ばさない為。
弾幕を張るのは結界の向こう側の相手を攻撃する為。
・・・・・そう、私と魔理沙は『ある問題』の解決を弾幕ごっこの結果に頼ろうとしていたのだ。
弾幕による問題解決は私と魔理沙の間では最もありふれていて、最も信用できて、最も穏便な方法。
私も魔理沙のレーザーでほんの少し服を焦がされてしまったけど、紙一重の所でどうにかなってくれたというわけだ。
かくして魔理沙は一面に広がる花畑へと突っ込み・・・・・・・・・・・・
あ、このままでは危ない。
別の意味で花畑に逝ってもらっては勝った意味がない。結界を解いたついでに、私は魔理沙の後を追って地に向かって行った。
「さて、と・・・・・魔理沙、まだやる?」
「あー・・・今日はもう無理だな、魔力がスッカラカンになっちまった。今日はこれくらいで勘弁してやるよ」
地面にキスをする直前だった魔理沙をどうにか引っ張り上げ、そのまま霧雨邸まで飛んで行く。
家の庭に着地するなり、魔理沙は『あーあ』という感じでへたり込んでしまった。
それでも口だけは相変わらず元気らしい。そういう所が彼女らしいけど。
「じゃあ決まり。今日は魔理沙の番ね、ご飯とか色々」
「くそ~・・・・・今日で5連勝のはずだったのに」
「私だって負けっぱなしじゃないわよ?・・・じゃあ、そういうわけでよ・ろ・し・く」
そう。
私たちは、今日の食事当番その他を決めていたのだ。
お互い独り身だから大変になる時もあるだろう、と魔理沙が言い出したのが始まりだったんだけど、
その時はただ魔理沙が楽したいだけ、という風にしか見ていなかった。
だが実際に家事を賭けて勝負をしてみると、これが意外なほどに燃えるのだ。
勝者が敗者を一日だけ好きなように使えるルールで、食事も家事も思うがまま。
私が魔理沙の家の整理をしたり、逆に魔理沙が私にご飯を作ってくれたり・・・・・・
そして今日は私の勝ち。何をしようか、させようか、それだけで迷ってしまう。
「・・・・・・で?今すぐ神社に行けばいいのか?」
「そうねぇ・・・せっかく魔理沙の家まで来たんだし、このまま上がっちゃうってのはどう?」
「寛げるほど広くはないぜ・・・・・って、言うまでもないけど」
「いいのいいの。魔力が空っぽになったあんたを引っ張って飛ぶよりは楽だから」
「へいへい、霊夢さんはお優しいことで」
重そうに体を起こし、埃を払って木製の重厚なドアを開ける魔理沙。
家の外から既に彼女の蒐集品が見えたような気がしたけど、それならいつも通りなので気にならない。
・・・・・・でも蒐集品が日増しに、しかも目に見えて分かるくらいの勢いで増えてる。どこから持ってくるのかは知らないけど・・・
それはともかく、ドアを大きく開け放つと、魔理沙は家に入ろうとする私に深々と礼をして傅いた。
「ようこそ霊夢・・・・・・・我が霧雨邸へ」
その仕草はどうにもわざとらしく、でも可愛らしいのでついつい私も笑顔を返していた。
「さっ、できたぜ~」
しばらく経って、魔理沙が大鍋からよそって持ってきたのは洋風肉じゃが。
「『ビーフシチュー』と呼べ」って魔理沙はうるさいけど、お肉とジャガイモとにんじんを主に使って
お酒で味を整える煮込み料理なら大して変わらないのに・・・・・・でもまぁ、彼女がそう言うのなら私もそれに合わせておく。
大きめにカットされた材料にはしっかり火が通っているようで、匂いだけでお腹が空いてくる。
「すごく美味しそうじゃない、これ」
「そ、そうか?特別なのを作ったつもりはないんだけどな・・・」
「私とどれくらい長く付き合ってると思ってんのよ・・・・・で、何かいい事でもあったの?」
「・・・・・別に・・何もないぜ。ただ、時間が有り余ってたからちょっと作りこんでみただけさ」
「ふぅん・・・・ま、いいか。じゃあ『いただきます』」
・・・・・・だけど私は知っている。
口では素っ気ないフリをしつつも、私にだけ料理を振舞う時の彼女は必ず腕にヨリをかけるのだ。
アリスも一緒にいた時は、手抜きとまではいかないけどここまでの物は作らなかったように思う。
その理由は何なのか・・・それは私が考えてるのよりもう少し複雑なのかも知れない。
ともあれ、スプーンでジャガイモを掬い一口。
口の中でジャガイモが蕩け、シチューの深い味わいと融け合い、見事なハーモニーとかいう何かが
私の舌から口へ、口から全身へ広がっていく感じがする。
一言で言えば、とても美味しい。
「ど、どうだ霊夢・・・・・・美味い?」
「・・・・・(*´Д`)b」
ジャガイモが熱くてとても喋れない。喋れない代わりになんとか身振り手振りでこの想いを伝えてみるが、
親指をビッと立てたのだけはどうにか魔理沙に伝わってくれたようだ。
「!・・あはは・・・・・・咲夜から色々聞いといてよかったぜ」
なるほど。彼女の料理の腕前は咲夜仕込みらしい。
魔理沙といえば、魔法から家事から全てを魅魔から教わったとばかり思ってたけど・・・・・
この洋風肉じ・・・・ビーフシチューが美味しいのでどっちでもいいという事にしておく。
「そういえば・・・・・魔理沙は食べないの?」
「へ?・・・で、でも今日は私が霊夢にご飯作ってやる日だからさ・・・・・・私は後でいいよ」
「水臭い事言わないの。冷めないうちに、ほら」
遠慮がちな魔理沙を座らせて、今度は私が魔理沙にシチューをよそってやる。
今日の魔理沙は私の使いっ走りとか、そんな事はもうどうでもいいように思えてきた。
こんな美味しい物をみんなで食べないなんて、罰当たりもいいところだ。
「ご飯はみんなで食べた方が美味しいし楽しくもなるんだから・・・・・ね?」
「あ・・・・・・あぁ・・・・・」
(エプロンドレスの上から着けてた)純白のエプロンを外し、小さなテーブルの向かいに座る魔理沙。
私が食べ始めた時よりも少し冷めてるかも知れないけど、熱すぎない程度だから丁度いいだろう。
私と同じように手を合わせ、魔理沙はシチューの方を一啜り。
口の中でじっくり味わい、自分でも納得のいく味だったのかシチューを啜った口元に笑みが浮かぶ。
「ね?美味しいでしょ?」
「・・・・・・・うん、美味い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「たっぷりあるから遠慮しないで食べてね」
「・・・おいおい、そいつは私の台詞だぜ」
美味しい物を囲うと、自然と笑みがこぼれてくる。会話が弾む。ご飯もますます美味しくなってくる。
・・・・・やっぱり魔理沙を使いっ走りにするのは私の性には合わなかった。私はこういう穏やかな空気が一番好きだ。
「魔理沙、おかわり貰える?」
「あいよ~」
こんな何気ないやり取りも心地いい。
まったりした空気を肌で感じ、料理のいい匂いを鼻から吸い込み・・・・・・
ごと。
「∑ うわっ」
「ほれ。霊夢もたくさん食べてくれよな」
目の前に差し出されたのは山盛りのシチュー。具材もいっぱい入っていて、最初によそってもらった皿の倍はある。
魔理沙め・・・・・・こんなに食べさせて私を太らせたいのだろうか?
だったら私も、後で魔理沙にたくさんシチューをよそってやろう。
・・・でも、今日の魔理沙の手料理はどれだけ出されても全部食べてしまえそうな気がした。
実は肉じゃがの方がビーフシチューを元にして作られたというワナ。
それはそれとして魔理沙さんはいい主婦になれそうですな。
(*´Д`)bGJ!
ただ最後の句にヘンな妄想を働かせた僕はモウダメな人?
きっとビーフシチューもわざわざ霊夢のために和食派なのを曲げてまで教わってきたんだろうなぁ…