――未熟なる事、これ肝要なり。
熟すれば、後は落ちて腐るのみ。
未だ熟さぬと思えばこそ、その身朽ちることなく陽に向かいて輝けり――。
「面白い教えね。でも、未熟のままもがれた実はどうなるか知ってる?」
あらかた買い物を済ませたバスケットを足元に置く。軽く手を振れば、掌中に現れる銀の棘。
「哀れ吊るされる運命にあるのよ――――軒下にね」
「試してみるか? 吊るせるか、どうか」
少女はゆるりと黒鞘を払う。そのまま鞘を鳥居に、刀を脇に。半身に構えた腰が沈む。
「気をつけろ。未熟の実に当たって死んだ話もある」
「私はそれほど正直者じゃないわ」
瞬の後、銀と銀が交錯した。
「――で、当たったの?」
「当たってたら今ここにはいませんわ」
「嘘吐きだものね。それでこそメイド長」
「光栄です」
「褒めたつもりはないんだけど」
「あら」
「で、何時ごろ食べられるのかしら」
「あいにく吊るしてはありませんよ。逃げられましたから」
「甘いのね」
「甘くないですよ」
――代わりに甘いお茶を淹れますわ、いいジャムが手に入りましたので。
そう云って彼女は去った。
私は再び本に目を落とす。
――魔女以外にも、真理を目指す者はいるものだ。
少し感心する。
そう、未だしと覚えるは重要なこと。
真理とは、容易く辿りつけぬものだから。
それでも、いつか辿りつけると信じればこそ。
剣士が、日々剣を振り続けるように。
私は、今日も頁を繰る。
「お茶をどうぞ」
「ありがとう」
お茶からは、陽に当たった果実の香りがした。
私は陽に向かうつもりはないが。紙が焼ける。
「でも、たまには虫干しした方がいい気もしますけど」
「かもね――本を食べる黒い虫もいるようだし」
「人を虫呼ばわりするな」
「ほら、また侵入《はい》ってきた」
「干します?」
「面倒ね。吊るしておいて」
「甘くなりそうにはありませんわね」
「魔除けにはなるわ」
「魔女が魔除けしてどうするんだ――って、おいこら待てもしかして本気かっ!」
部屋は少しして静かになった。紅茶を啜る。
――未熟の甘さと真理の渋さ、ね。
そんな戯言も、一行読み進める頃には忘れ。
――その剣士に会ってみるのも一興。
そんな思いも、頁をめくる音と共に消えた。
ただひたすらに文字を追い、頁を繰る。
これこそ、肝要なり。