とくとくとく。
ごくごくごく。
っぷはー。
人気の無い、暗い暗い森の中。
人どころか妖怪も動物もいないそこで、影が動き、声が音が響いていた。
少女というのも少し遠慮したくなる小躯と、それに反比例したかのような頭に生える立派な角。
身体に巻かれた鎖は彼女が身動きするたびにしゃらしゃらと鳴り、存在を証明させているかのようだった。
伊吹萃香、鬼。
好きなものは決闘と宴会と酒。
嫌いなものは……まぁいろいろ。鬼には伝承に残る弱点が多過ぎる。
・・・
さて。彼女はいつでも酒を飲んでいるが、その肴は時々によって様々である。
甘いもの、辛いもの。
美しい風景、そこはかとない情緒。
ああそうそう、馬鹿騒ぎをしている奴らを眺めながら飲む酒は格別だ。勿論自分も参加しながらだが。
そんな選り好みをしない彼女が、今日の肴に選んだのは、月だった。
それも、三日月半月満月などではない。歪な、そう、ほんの僅かに欠けた、見せ掛けの満月だ。
この暗い森の中に、ぽっかりと開いた場所。ほんの少しクレーターっぽくなっているところから、どこかの魔砲使いが作ったのだろう。
そこは、格好の月見の場所になっていた。
「しかし……どうしてこんな月になったのかねぇ……」
こくこく、と徳利を傾けながら、彼女は呟く。
その異変には、わりと早く気付いたほうだと思う。だが別になんということもなかった。
彼女は特に興味も無かったからだ。今呟いたのも、せっかく酒の肴にしたから、というものでしかない。
まぁ、知り合いの妖怪たち――特にあの大妖怪である八雲紫が月を見て焦燥にかられた顔をしたのは見ものだったが。
「あぁ、そうだ。どうせなら奴らんとこでも行けばよかったかな」
馬鹿騒ぎが好きな彼女が今、一人でしんみりと酒を飲んでいるのは、大した理由ではない。
紫の所持していた「幻の大吟醸」を強奪してきたからだ。
まぁ、紫やその式――藍、とか言ったか?とじゃれあうのもいいかもしれなかったが、今日は酒を味わいたい、と思ったのだ。
だがまぁあっという間にその言をひっくり返すところに、彼女の宴会好きが見え隠れしている。むしろ駄々漏れ。
「ん……?」
そんなことを考えていると、向こうの空に、何かが飛んでいるのが見て取れた。
体の一部分を疎として確認する。
その見覚えのある姿形。間違いなく、彼女の良く知る彼女たちだった。
前しか見ていない彼女たちは、萃香の気配に気付くことなく飛んでいく。まぁもともと気配を悟らせるほどもうろくしてないが。
元に戻った彼女は、再び徳利に大吟醸を継ぎ足す。
そして月を見上げた。そこには相変わらず満月のようで満月でない、歪な月が浮かんでいる。
先ほどまでのどこか気抜けした想いはもう無い。むしろこの月が美しく、風靡に思えてきた。
それも当然だろう。
「花は散るから花なのさー、っと。んくっ」
花は散り、夏の太陽もいつまでも盛らず、紅葉は積り落ち、雪は溶ける。
春も夏も秋も冬も、終わるからこそ美しく、美しいからこそ愛される。
どんなものにも終わりがある。終わりを嘆くのではなく迎えるからこそ、散りゆく瞬間は輝く。
つまり。あの少女たち――つまりは紅白の巫女やら黒い魔法使いやらが動き出したということは。
今この歪な月を眺められるのも最後ということだ。
満月のようで満月でない月を眺めて飲む酒も、今夜が最初で最後になるのだ。楽しまなきゃ損である。
料理の味も、景色の美しさも、そして勿論酒の旨さも、すべては心の中にある。
楽しくない酒なんて酒じゃない。綺麗な風景だったとしても、飲む本人が楽しまなければ酒は不味い。
逆も然り。故に、今の萃香は上機嫌でさらに酒飲みとしても絶好調であった。
「歪な月も、たまにゃいいもんだよなぁん♪ あーうまうま」
もう訪れない瞬間を味わいながら、呑む酒は格別。
紅白さんたちがどっかの兎を相手にしている間、彼女は夜通し酒を飲んでいたのだった。
・・・
「まぁでも、満月の酒もいいよなぁ」
戻った月を見ながら、萃香は呟く。
結局は、美味い酒は美味い、美しい風景は美しい。
馬鹿騒ぎをしている彼女を見て、どこぞのスキマは、やれやれ風流が似合わないのも考えものねぇ、と月を飲んだ。
ごくごくごく。
っぷはー。
人気の無い、暗い暗い森の中。
人どころか妖怪も動物もいないそこで、影が動き、声が音が響いていた。
少女というのも少し遠慮したくなる小躯と、それに反比例したかのような頭に生える立派な角。
身体に巻かれた鎖は彼女が身動きするたびにしゃらしゃらと鳴り、存在を証明させているかのようだった。
伊吹萃香、鬼。
好きなものは決闘と宴会と酒。
嫌いなものは……まぁいろいろ。鬼には伝承に残る弱点が多過ぎる。
・・・
さて。彼女はいつでも酒を飲んでいるが、その肴は時々によって様々である。
甘いもの、辛いもの。
美しい風景、そこはかとない情緒。
ああそうそう、馬鹿騒ぎをしている奴らを眺めながら飲む酒は格別だ。勿論自分も参加しながらだが。
そんな選り好みをしない彼女が、今日の肴に選んだのは、月だった。
それも、三日月半月満月などではない。歪な、そう、ほんの僅かに欠けた、見せ掛けの満月だ。
この暗い森の中に、ぽっかりと開いた場所。ほんの少しクレーターっぽくなっているところから、どこかの魔砲使いが作ったのだろう。
そこは、格好の月見の場所になっていた。
「しかし……どうしてこんな月になったのかねぇ……」
こくこく、と徳利を傾けながら、彼女は呟く。
その異変には、わりと早く気付いたほうだと思う。だが別になんということもなかった。
彼女は特に興味も無かったからだ。今呟いたのも、せっかく酒の肴にしたから、というものでしかない。
まぁ、知り合いの妖怪たち――特にあの大妖怪である八雲紫が月を見て焦燥にかられた顔をしたのは見ものだったが。
「あぁ、そうだ。どうせなら奴らんとこでも行けばよかったかな」
馬鹿騒ぎが好きな彼女が今、一人でしんみりと酒を飲んでいるのは、大した理由ではない。
紫の所持していた「幻の大吟醸」を強奪してきたからだ。
まぁ、紫やその式――藍、とか言ったか?とじゃれあうのもいいかもしれなかったが、今日は酒を味わいたい、と思ったのだ。
だがまぁあっという間にその言をひっくり返すところに、彼女の宴会好きが見え隠れしている。むしろ駄々漏れ。
「ん……?」
そんなことを考えていると、向こうの空に、何かが飛んでいるのが見て取れた。
体の一部分を疎として確認する。
その見覚えのある姿形。間違いなく、彼女の良く知る彼女たちだった。
前しか見ていない彼女たちは、萃香の気配に気付くことなく飛んでいく。まぁもともと気配を悟らせるほどもうろくしてないが。
元に戻った彼女は、再び徳利に大吟醸を継ぎ足す。
そして月を見上げた。そこには相変わらず満月のようで満月でない、歪な月が浮かんでいる。
先ほどまでのどこか気抜けした想いはもう無い。むしろこの月が美しく、風靡に思えてきた。
それも当然だろう。
「花は散るから花なのさー、っと。んくっ」
花は散り、夏の太陽もいつまでも盛らず、紅葉は積り落ち、雪は溶ける。
春も夏も秋も冬も、終わるからこそ美しく、美しいからこそ愛される。
どんなものにも終わりがある。終わりを嘆くのではなく迎えるからこそ、散りゆく瞬間は輝く。
つまり。あの少女たち――つまりは紅白の巫女やら黒い魔法使いやらが動き出したということは。
今この歪な月を眺められるのも最後ということだ。
満月のようで満月でない月を眺めて飲む酒も、今夜が最初で最後になるのだ。楽しまなきゃ損である。
料理の味も、景色の美しさも、そして勿論酒の旨さも、すべては心の中にある。
楽しくない酒なんて酒じゃない。綺麗な風景だったとしても、飲む本人が楽しまなければ酒は不味い。
逆も然り。故に、今の萃香は上機嫌でさらに酒飲みとしても絶好調であった。
「歪な月も、たまにゃいいもんだよなぁん♪ あーうまうま」
もう訪れない瞬間を味わいながら、呑む酒は格別。
紅白さんたちがどっかの兎を相手にしている間、彼女は夜通し酒を飲んでいたのだった。
・・・
「まぁでも、満月の酒もいいよなぁ」
戻った月を見ながら、萃香は呟く。
結局は、美味い酒は美味い、美しい風景は美しい。
馬鹿騒ぎをしている彼女を見て、どこぞのスキマは、やれやれ風流が似合わないのも考えものねぇ、と月を飲んだ。