今日も私は空を飛ぶ。
お目当ては勿論、毎度毎度のあの場所へ。
私には聊か大きすぎな感のあるウィッチハットには、本日の手土産、魔法の森特産の魔法のキノコがぎっしりと詰まっている。
ちょっと頭がふらふらするが、この位はどうって事ない。
このまま曲飛びだってやれと言われればやって見せよう。普通の魔法使いを舐めてもらっちゃ困る。
六月の風はほんの少しの湿り気を乗せて私を包む。空は生憎の曇り模様。
だがこの程度の事では到底、私のお出かけの妨げになりはしない。
雨が降ったら濡れながらあいつの家に飛び込んでこう言えばいいだけだ。
『悪いな、何か拭くもの貸してくれ』
そうすればあいつは苦笑しながらタオルを投げて寄越すだろう。
あいつの家の匂いが染み込んだタオルで、私はまず顔を拭く。
うっすらと朱に染まる頬を悟られないように。
あいつは鈍い。まったく、本当に、どうしようもなく、致命的なまでに、鈍い。
でもまあ、そこも私が惹かれている一因ではあるのだけれど。
こんなに足繁く通ってやっているというのに、どうして気付かないんだろう?
私の脳裏に、あののほほんとした昼行灯の顔が浮かぶ。
押せども押せども届かぬ想いに、ちょっと機嫌が悪くなる。
私にとっては、あいつの顔を思い出す事なんて造作も無い。寝ても醒めても、勿論飛んでいても、だ。
――あいつの事なら、誰よりも分かる。だって、私が一番あいつの近くにいるのだから。
それが私の誰にも言えない小さな矜持。
あいつは、私の事をどう思っているのだろう。
家族? 恋人? 友人?
どれでもありそうで、その実どれでもなさそう。
あいつは誰にでも分け隔てない。人だろうと妖怪だろうと幽霊だろうと、いつもの調子で変わらなく迎えてしまう。
ふと私の瞼に浮かぶのは、あいつの隣に私じゃない誰かのいる光景。
私と同じ様に、いや、もしかしたら私に対するよりも、ほんのちょっと親しげに話す様に見える、あいつの姿。
私の口から、らしくもない溜息が漏れる。
息が詰まる。不安に胸が締め付けられる。
余人には絶対に見せない、見せたくない表情。
私がこんな顔をするなんて、アリス辺りが知ったら何て言うだろうか。
きっと未知の生物でも見るような奇異の視線を向けてくれるのだろう。或いは腹を抱えて笑うかもしれない。
うるさい。私だって普通の魔法使いで、普通の人間で、普通の女の子だ。
ならば――恋だって、普通にしたりする。
叶わぬ恋に、胸を痛めたりもする。
不安に揺れる恋心に中てられたのか、空がぽつりと一滴。
ぽつり。ぽつり。ぽつ、ぽつ、ぽつ。
私に代わって涙を零す。
代わりに泣かれてしまっては立つ瀬も無い。
私はふるふると軽く頭を振って迷いを払う。
そうだ、弱気になっても良い事なんて無いのだ。
当たって砕けこそ私の信条。
届かないなら、届かせる。
押してもだめなら――強く押す!
私は駆ける。曇天を貫き、その場所目掛けて一直線。
私が本気で疾ったならば、目指す屋根はあっという間に見えてくる。
キノコの詰まった帽子を押さえ、顔にはいつもの不敵な笑みを。
恋に煩う乙女の時間はもうお終い。
さあ、いつもの私であいつにぶつかろう!
◆◇◆
――――カランカランッ
「よう! いきなりで悪いけど何か拭くもの貸してくれ!」
(了)
お目当ては勿論、毎度毎度のあの場所へ。
私には聊か大きすぎな感のあるウィッチハットには、本日の手土産、魔法の森特産の魔法のキノコがぎっしりと詰まっている。
ちょっと頭がふらふらするが、この位はどうって事ない。
このまま曲飛びだってやれと言われればやって見せよう。普通の魔法使いを舐めてもらっちゃ困る。
六月の風はほんの少しの湿り気を乗せて私を包む。空は生憎の曇り模様。
だがこの程度の事では到底、私のお出かけの妨げになりはしない。
雨が降ったら濡れながらあいつの家に飛び込んでこう言えばいいだけだ。
『悪いな、何か拭くもの貸してくれ』
そうすればあいつは苦笑しながらタオルを投げて寄越すだろう。
あいつの家の匂いが染み込んだタオルで、私はまず顔を拭く。
うっすらと朱に染まる頬を悟られないように。
あいつは鈍い。まったく、本当に、どうしようもなく、致命的なまでに、鈍い。
でもまあ、そこも私が惹かれている一因ではあるのだけれど。
こんなに足繁く通ってやっているというのに、どうして気付かないんだろう?
私の脳裏に、あののほほんとした昼行灯の顔が浮かぶ。
押せども押せども届かぬ想いに、ちょっと機嫌が悪くなる。
私にとっては、あいつの顔を思い出す事なんて造作も無い。寝ても醒めても、勿論飛んでいても、だ。
――あいつの事なら、誰よりも分かる。だって、私が一番あいつの近くにいるのだから。
それが私の誰にも言えない小さな矜持。
あいつは、私の事をどう思っているのだろう。
家族? 恋人? 友人?
どれでもありそうで、その実どれでもなさそう。
あいつは誰にでも分け隔てない。人だろうと妖怪だろうと幽霊だろうと、いつもの調子で変わらなく迎えてしまう。
ふと私の瞼に浮かぶのは、あいつの隣に私じゃない誰かのいる光景。
私と同じ様に、いや、もしかしたら私に対するよりも、ほんのちょっと親しげに話す様に見える、あいつの姿。
私の口から、らしくもない溜息が漏れる。
息が詰まる。不安に胸が締め付けられる。
余人には絶対に見せない、見せたくない表情。
私がこんな顔をするなんて、アリス辺りが知ったら何て言うだろうか。
きっと未知の生物でも見るような奇異の視線を向けてくれるのだろう。或いは腹を抱えて笑うかもしれない。
うるさい。私だって普通の魔法使いで、普通の人間で、普通の女の子だ。
ならば――恋だって、普通にしたりする。
叶わぬ恋に、胸を痛めたりもする。
不安に揺れる恋心に中てられたのか、空がぽつりと一滴。
ぽつり。ぽつり。ぽつ、ぽつ、ぽつ。
私に代わって涙を零す。
代わりに泣かれてしまっては立つ瀬も無い。
私はふるふると軽く頭を振って迷いを払う。
そうだ、弱気になっても良い事なんて無いのだ。
当たって砕けこそ私の信条。
届かないなら、届かせる。
押してもだめなら――強く押す!
私は駆ける。曇天を貫き、その場所目掛けて一直線。
私が本気で疾ったならば、目指す屋根はあっという間に見えてくる。
キノコの詰まった帽子を押さえ、顔にはいつもの不敵な笑みを。
恋に煩う乙女の時間はもうお終い。
さあ、いつもの私であいつにぶつかろう!
◆◇◆
――――カランカランッ
「よう! いきなりで悪いけど何か拭くもの貸してくれ!」
(了)
だがしかし僕も一人の男としてそこのメガネに手袋をなげなきゃならんのだ!!
まあ、それでもらしくてよかった!