博麗神社から人里へ降りて、私達はそのまま寺子屋へと向かっていた。
この時間。上白沢慧音は寺子達に授業をしている時間だと、慧音に詳しい永琳様が日の高さを見ながら言ったからだ。
博麗神社からここまで、隙間妖怪に隙間で送ってもらえたので移動時間はかなり短縮できた。
「とにかく、一週間後に薬、忘れるんじゃないわよ?」
「勿論よ。貴方こそ忘れないように」
交換条件の事、と永琳様は付け加えて、隙間から半身だけだした隙間妖怪に流し目を送る。
……交換条件って、あの慧音に「好き」って言わせるあれかぁ。
「……ねえ鈴仙。あそこで怪しく微笑みあう永琳様と隙間のそれ。慧音に教えた方がいいのかな?」
「……教えても教えなくても、慧音さんには意味がない気がするわ」
まあ、それはそうだけどさ。
私は小さく溜息をはいて、消えた隙間妖怪と、くるりとこちらに向き直る永琳様を見つめる。
「さて、それじゃあ、少しお話をしましょうか」
「……」
ここから寺子屋までは、少し時間がある。歩きながらゆっくり話そうということだろう。私は頷いて、鈴仙はきょとんとした顔をしている。
「てゐは、もうアレの事、気付いているみたいね」
「はい」
「え?ど、どういう意味ですか?」
鈍い鈴仙は目を丸くして、私と永琳様を慌てて見比べている。流石に気付けと思いたいが、まあ仕方ないか……。
「あのね鈴仙。あの薬、私が悪戯しなかったら、本当は誰に使われていたと思う?」
「え?誰って……」
「私がずっと気になっていたのは、妖怪や幽霊や閻魔をあんなにした薬が。本来はどういった事に使われるつもりだったのか、って事なのよ」
次第にそれがどんどん気になって、そして何かを隠している永琳様の態度に疑惑が膨らんでいった。だけど、流石にここまできたら気付いた。
「永琳様」
「ええ」
鈴仙と手を繋ぎながら私を見上げてくる永琳様。その目は微笑んで、よく気付けましたと褒めてくれている気がした。
「あれって、上白沢慧音専用の薬だったんですね」
半人半獣用の、ただ一人の為の薬。
「……正解よ」
「え、えぇ?!」
「そして、多分ですが効能は、満月の夜の、ハクタク化の抑制、というよりは封印でしょうか?」
「ええ、凄いわねてゐ」
にっこりと、永琳様は私の頭を撫でてくれた。
鈴仙はぎょっとした顔をしているが、良く考えれば、ヒントはあったのだ。
半人半霊にのみみせた。永琳様の慌てた顔。
幽霊を真剣に診て、だけど妖怪のそれには特に関心を見せなかった態度。
まるで、永琳様は最初から、妖怪の力が弱まるのは当たり前で、幼児化したのも当たり前、みたいな態度だった。
つまり、最初からそういった薬を造っていた事になる。
「庭師は、半人半霊なんて、慧音に近い属性ですからね」
「ええ、あの子が薬を飲んだらどうなるのか、予想をつけてもつけなくても恐ろしかったわ」
「幽霊のお姫様は、完全な霊体ですし」
「妖怪ならともかく、幽霊だとどうなるのか不明だったのよ」
もう隠し事はしないのか、永琳様はさらさらと教えてくれる。鈴仙も流石にもう全部理解したらしくて、下唇を悔しげに噛んでいた。
「だけど、まさか幼児化するなんて誤算も誤算よ。しかも私にも効くだなんて、別の意味で驚きだったわ」
流石は私が造った薬ねと、永琳様は淡く、その年端の子供に似合わぬ笑みを浮かべる。
「……隠してたって事は、永琳様やっぱり」
「……」
「……慧音さんに、内緒で造ってたんですね」
鈴仙は、悲しげに笑って、だけど納得したように頷く。
「師匠。最近頑張ってお薬造ってたから、気になってたんですけど、それで分かりました」
満月の夜は、慧音は里から逃げるように隠れるように、姿を消す。
里の人間たちは慧音の事を知っているから、それを気に病みながらも止めはしない。
だから、永琳様はそんな薬を造ったのだろう。満月の夜も、慧音が里を出る必要がない様にと……
「永琳様」
「……慧音には、絶対に内緒にしてね」
「え?」
「よ、余計なお世話だったりしたら、迷惑でしょう」
……うわ。
僅かに頬をそめて、恥ずかしそうにそっと顔を伏せる永琳様。ちょっと強力すぎる仕草だった。
「ま、まあ、薬の効能を知ってれば、ああなっちゃうのも納得ですし!永琳様がいつもならまっさきにする慧音さんの心配をしなかったのも納得です!」
「ええ、慧音用の薬ですもの。慧音に何かがある可能性は極めて低いわ。それより、魂魄妖夢の治療の方を優先すべきだしね」
鼻を押さえて、ぷるぷると先程の永琳様のお顔にダメージを受けている鈴仙。私は無視して話をまとめにはいる。
「あは、私ったらてっきり、慧音さんの幼児化を確実に見たいが為だって思ってましたよ」
「そんな訳ないでしょう」
呆れた顔になる永琳様に、私は「ですよね~」と笑いながら、実は本気でそう思ってましたとは言わない。言ったら怖い。
「っと、あ、師匠」
ひょいっと、鈴仙が永琳様を抱き上げる。そのまま肩に乗せると、こそこそと隠れるようにそこの敷地内に入る。
「あ、もう着いたんだ」
そう、寺子屋である。
にしても鈴仙。私、当たり前みたいに永琳様を肩に乗せる鈴仙の動きに少し感動を覚えたよ……。
いや、確かに今の永琳様じゃ背が足りなくて、窓から覗くなんて無理だろうけどさ。私は飛べばいいし。だけどちょっと甘やかしすぎじゃないかと思ったり。
「何よてゐ。その目は」
「……鈴仙って過保護」
「し、師匠だからよ!」
「しっ!二人とも静かに、慧音が授業中よ」
唇に指をあてて、「しー」ってする永琳様。………ああ、くそ、いちいち仕草が可愛いなもう!ほら、鈴仙がまたぷるぷるしてるし。
「さあ!早く慧音の様子を見るのよ!」
「永琳様……わくわくしてません?」
「何を言うの!慧音の先生姿を間近で見られるのよ?!わくわくしないわけがないわ!」
開き直りやがった……
私と鈴仙は微妙に視線を合わせてから、やれやれと生徒達に見つからぬようにこっそりと中を覗き込む。
「さて、この問題が解けたら先生に報告してくれ、採点にいこう!」
黒板の前で、踏み台に乗りながらぶかぶかの青い服と奇妙な帽子を見につけた、ほっぺたふにふにの先生がいた。
上白沢慧音。実にプリティーな立ち姿である。
ガシャ――――ン!!!!
ええ、
思わず窓硝子ぶち破って三人で教室に前のめりに倒れましたよ。
「うわっ?!」
「きゃあ?!」
びっくぅとして、驚きの声をあげる生徒達。だが、当の先生はキョトンとした顔で窓硝子をぶち破った私達を見る。
「む?何だお前たちか、一番前の窓だったからいいが、此処以外だと生徒達が怪我をする恐れがある。以後窓から入ってくるのはやめてくれ」
「突っ込む所はそこかぁ!って違う、永琳様、小さくなってますよこの人?!さっきまでの話と違いますよ?!」
「な、何故っ?!」
「待って、てゐに師匠!私はそれより、こんな姿になっても普通に授業をしているというか受け入れている慧音さんに突っ込みたい!」
私、師匠、鈴仙を、幼くなった慧音さんは順番に見つめて、それから、教室の後方で待機している生徒達を見る。
「……そうか。やっぱり今日の先生はおかしかったのか。服が大きいから変だなとは思ってたんだ」
服だけかよおい。内心で突っ込む。
「って、気付いてなかったのけーね先生?!」
「気付こうよ先生?!」
「私、今日は先生の姿に全然集中来ませんでした!私達より小さいです!というか凄くずっと突っ込みたかったです!」
「先生普通すぎて、皆内心混乱してたよ!もっと慌てて下さい!」
「お願いだから自愛してください!」
「もっと自分を見つめなおして!」
たくさんの生徒からの、慧音先生への愛の突っ込みだった。というか、実は私達が来るまでこの密室空間でそんな嫌な空気を醸し出していたのか……。どうりで、生徒達がむしろありがとうな目で私達を見るわけである。
「……むぅ、そうか。分かった。……明日はきちんとサイズにあった服を着よう」
「そこじゃない!そこじゃないです先生!」
「まずは服じゃなくて、小さくなった自分を心配しましょうよ!お願いですから!」
「?特に支障はないが」
「こっちにあるんですってば――――――!!」
実に愛のある生徒達である。
この天然な先生に教えられ、いい子に育っているようだ。
私と鈴仙はそっと涙を拭う。永琳様はいまだ呆然と慧音を見ていた。
「け、慧音!」
「?どうした永琳殿、少し顔色が悪いが」
慧音先生は、流石というか何というか、小さくなった永琳様を間違うことなく心配そうな顔になる。
おお、小さい永琳さんと慧音って、けっこう絵になるな。
「あ、あの!」
なんて、私がふざけた事を考えているうちに、永琳様は戸惑うような顔で慧音に近づいていく。
そして、永琳様はぐっと覚悟を決めた顔で慧音のその小さな手を、自分の小さな手で包み込むように握る。
「わ、私、慧音だったら小さくても大丈夫だったわ!」
「って、違うだろうがぁ――――!!」
「師匠――――!!」
慧音の前のこの人は駄目だったと、今きちんと思い出した。
とりあえず。寺子屋で永琳様に全力で突っ込んで、慧音の首根っこを掴んで、私達は空を飛び、永遠亭へと向かう。
その際。生徒達が「慧音先生をお願いしますー」と手を振ってくれていた。本当にいい子達である。
あの薬の被害者は、実に甚大だった。
まず、永琳様、そして閻魔様に白玉楼のお姫様。八雲家の八雲藍に、人里の守護者、上白沢慧音。
いずれも実力者で幻想郷でも屈指の人材ばかりが被害にあっている。
……いや、私が悪いんだけどね。
だけど、何だか元々失敗作だったっぽいので、仕方ないよね。うん。
私は慧音を引きずりながら、ちょっと遠い目でそんな事を考えた。
本当にありがとうございました。
よーじょ!よーじょ!つるぺたよーじょ!!けーね!けーね!つるぺたけーね!!
とかちつくちて♪とかちつくちて~♪
けど、永琳はもうダメだと思うんだ。 続きも激しく期待。
よーじょなけーねを妄想してモニタの前でしばらく悶えてしまった!
あー…このえーりんはもうだめだー