「ラオコーンになってしまえ。みんなヘラクレスのようになってしまえ」
大学の図書館に行くと、彼女は物騒な本――「ネクロノミコン」と表紙にはあった――を開き、血走った眼でそれを読んでいた。
世界中の人間がセガールになって、誰が得すると言うのだ。私は得するが。
「ねぇ、メリー?」
彼女は顔を上げる事無く、私に同意を求める。
こいつの目はどこに付いているんだ。エスパーかお前は。
「知るか。一人でブートキャンプでもやってろ」
蓮子の隣に座り、そこらに在った本を開く。タイトルは「カニみそテクニック」。ただのカニ図鑑であった。
「全ての記憶、全ての存在、全ての次元を消して、そして私も消えたいくらい。永遠に」
デジョン、デジョン。と、狂ったように呟く彼女は何かに憑り付かれている様であった。
いや、様であったと言うのは正しくない。何かに憑り付かれているのだ。多分タラバガニ辺りに。
「メリー」
どこから取り出したのか、彼女はカニカマを頬張りながら、私を呼ぶ。
共食いとは何とも、業が深い。
「カニカマにはカニは入っていないのよ」
そう言われてハッとした。
何て事だ。業が深いのは私の方であったと言うのに。それを知らず、私は彼女に幾千幾万の言葉の刃を投げつけていたのだ。
「ごめんなさい蓮子。こんな私を許してくれるかしら」
「だが断る」
あぁ、よかった。流石は蓮子、心が広い。
「所で蓮子、さっきの話の続きなんだけど」
「えーと、乳首に蜂蜜をかけると、恋の味がするって事だったかな」
「違うわ。カニカマの香料にはカニエキスが使われているって話よ」
私の言葉を聞いて、彼女はハッとした表情を浮かべた。
それもそのはずだろう。別にカニカマの話など、どうでもよかったのだ。問題は世界中の人間がタカアシガニになってしまうという事なのだ。
「どうしたの、蓮子?貴女がおかしいのは、いつもの事だけど」
よくよく話を聞いてみれば。先日食べたファーストフードのアップルパイが、彼女の物より大きかったと言うのだ。
だから私は、彼女に慰めの言葉を投げ掛ける事にした。
「小学生でもハンバーガーくらいあるぞ」
彼女は泣いた。「ビッグマックに私の気持ちが判るものか」と、声を上げて泣いた。
彼女が泣いて、私も悲しくなった。今日は近所のスーパーでケガニがタイムサービスであったのだ。マエリベリー・ハーン、一生の不覚である。
「でも、貴女は小学生とは決定的に違うわ。だって生えてるんでしょう?」
その言葉を聞いて、彼女は更に泣き声を大きくした。
そう言えば、先日ベッドで確認したときは生えていなかった。
まぁ、女の子にアレ生えていないのは当然なのだが。マエリベリー・ハーン、一生の不覚である。
「ほら、これあげるから泣き止んで」
偶然にもポケットに入っていた、ナプキンを彼女の鼻に当てる。よくよく見れば使用済みであった。マエリベリー・ハーン、一生の不覚である。
「じゃあ私からはこれを」
そう言って、お返しに彼女が渡すのは、カニカマ。
「ありがとう」と、お礼を言いカニカマを一口齧る。
ゴリッと鈍い音がして、歯が欠けた。
よくよく見れば、これはズワイガニであった。マエリベリー・ハーン、一生の不覚である。
薄れ行く意識の中。
私は「図書館ではお静かに」と言う。蟹名 静様の声を聞いた――
ええ加減にせぇよww
誰がこのオチを予想できたというのだろう。いうのだろう。