ある日の八目鰻屋作者: 村の羊飼い

宵闇に浮かぶ赤い光。
賑やかな声と闇に誘う美しき歌。
深い闇の奥、暗い森の中…ミスティア・ローレライの屋台が明るく照らす。

「ラー♪ララー♪」
夜雀の歌声は人を鳥目に誘うと言われている。
しかし、実際は夜雀の鳥目にする能力を歌にして放っているだけだ。
つまり歌自体は無害であり、意識をしなければ美しい調べとなる。
大きく八目鰻と書かれた提灯は森の中の唯一の光源となる。
ミスティアの歌が終わった。
観客の拍手が疎らに飛ぶ。
ミスティアはへへーと笑って嬉しそうに頭をかこうとして帽子を落とした。

「噂にきいたがこれは中々楽しいものだな」
今日が初めての来店。上白沢慧音は顔を少し赤くして言う。
酔っているだけだ。
「そうでしょ。歌といい酒といい美味しいですしね」
と言ったのは常連の八雲藍だ。
橙を家で寝付けてこそこそやって来ているとの事。
「私の歌はー？」
と言うのは店主のミスティア。
妖怪の中では割と大人しい方…らしい。
「勿論、普通にきいても素晴らしいし、酒の肴としても最高だ」
「当たり前よ！ラー♪ラーラー♪」
再び歌い始め、活気は徐々に高まっていく。

「うー、最近ネタ不足なんですよ…」
射命丸文は日頃のネタ不足を愚痴っていた。
「巫女に変化なし、チルノさんは最近何処かへ出かけてしまったようで…ぐすん」
「ここじゃ陰気なお客さんは歓迎しないよー？」
歌い終わったミスティアが鰻を文に差し出す。
「うぅっ、どうもありがとうございます…」
「ところでウチを記事にしたらどうだい？」
「…あっ、それいい案ですね」
いい方向に解決したようだ。

「最近幽々子様の食べる量が減ったんですよ」
妖夢は最近の悩みを藍に打ち明けていた。
「それはいいことではないか？」
藍はそう言うが妖夢は悲しそうな顔をする。
「食欲が出ないような悩みでもあるのではないかと…」
「ふむ、何か悩みがあるように見えるのか？」
藍はあの幽々子様に悩みなんてものがあるのだろうか。と思っていた。
「最近…何でしたっけ？とにかくお腹につけてスイッチを押すとブルブル揺れる装置を紫様に貰ってたんですよ」
「…ふむ、私もそれを紫様が使っていたのを見ていたが…」
然しそれは何ですか？と訊いたところ体力向上装置だと言っていたのを思い出した。
「特に心配する事ではないだろう。案ずるな」
「…そうですね。分かりました」
…二人は最近、肉付きが良くなってきたのだろう。

「最近お嬢様が構ってくれないのよー」
と愚痴をこぼしつつも酒を一気に飲むのは紅魔館のメイド長。十六夜咲夜だ。
目は既にトロンとしていて大分酒が入っちゃったようだ。
さっきから『妹様がまた…』とか『魔理沙に本を…』等々の愚痴しか言ってない。
非常に迷惑な客だ。ミスティアはとても困っていた。

「話は変わるが寺子屋の調子はどうだ？」
八雲藍は数学の知識はどの妖怪にも負けないと自負していた。
「順風満帆といったところだ。変な生徒もいないし…な。ただ歴史の成績が悪いのが困りものか」
上白沢慧音は外界の歴史に興味を持たない生徒に嘆いていた。
…まだ十歳程度の子供に二千年程度の歴史を教えるのは難しいといったところだろう。
「はは、そのうち歴史の面白さが分かる日が来るでしょう」
「そうだといいな。…ところでミスティア。お前も歴史を学ばないか？」
「えー、私はいいよ。だって難しいし…それに面倒だし」
その言葉は上白沢慧音の心に深く突き刺さった。

楽しい時の時の流れは早く感じるものである。
屋台の賑わいは時と共に徐々に消えていく。
「楽しかったぞ」
勘定しつつ皆思い思いの感想を述べて帰っていく。
「また来てねー」
ミスティアも楽しそうに手を振って見送る。
一人屋台に残ったミスティアは考える。
今日も楽しかったと。
元は焼き鳥撲滅から始まったこの八目鰻の屋台。
たまに人里からも人が来て、随分賑う事になった。
焼き鳥撲滅という目的も忘れて毎日浮かれている。
「本当にそれでいいのかしら？」
と数日前に言ったのは幻想郷最強の妖怪。八雲紫だった。
「妖怪は妖怪らしく人を襲っていればいいのに貴方はそれをしていない」
人間と仲良く暮らすのは無理だと彼女は言っていた。
しかしミスティアは思う。
そんな事、簡単じゃないか…と。