天高く上り詰めた太陽が、黒い衣装を纏う霧雨魔理沙に少しも優しくしてくれない。
本人的にはこれもダイエットになるかもだぜーと割と前向きで、黒を止める気はさらさらない。
頬を伝う汗を、しかし拭おうともせずに、彼女は唖然と立ち尽くす。
博麗神社、人の気配無く静寂が支配する縁側。
そこにぽつんと置かれたかご、中には緑の茶葉が山。
それをただただ……魂の抜け殻の様に見つめ続ける。
「―――なんで……こんな事になったんだよ……」
小さく呟く。
その頬を涙が―――汗を混ぜて流れ落ちる。幾重も筋を描きながら。
なにが起こったのか。何を魔理沙は悲しんでいるのか。
それらは、彼女の前で良い香りを発する茶葉が語ってくれる―――
そんなに早くもないけれど、予定が無ければもう少し寝ていても良いんじゃない?
という朝の時。すずめがちゅんちゅん、夜雀Zzz……。
博麗霊夢が昨夜、夢の中へ旅立った後に雨が降ったらしく、あくびをかみ殺して
出てみた庭はしっとりと濡れていた。草木に残る雫たちは、朝日を反射してきらきらと
輝いている。初夏の日差しはやや強く、空を見上げる両目は知らず知らず細くなる。
それでも見上げずにはいられない……夏の青空には言い表せない魅力がある。
縁側に博麗アミュr……もとい座布団を敷いて、再び家の中へ戻る。戸棚から取り出すは
先日仕入れたばかりの茶缶。そこそこ貴重品で滅多に入手できない、良質茶葉である。
それと急須、湯のみを取り出す頃には、いろりにかけてあったやかんがぴーぴーと鳴り始めて、
「はいはい、ご苦労様」
霊夢は満足気に微笑み、火からやかんを離した。
それら一式を縁側座布団の隣に置いて、よいしょと腰を降ろす。茶缶のフタを開けると、
途端に良い香りが放出されて、霊夢の鼻腔を駆け抜ける。思わず両目を瞑り、思いっきり
吸い込んでしまった。
「はふぅ~……」
恍惚の表情で艶かしく吐息。それから茶葉を一つまみ、急須の中に入れた。
そこへお湯を注ぎ、二度三度小さく振る。注ぎ口を湯のみのふちに当てて、出来上がった
お茶を注ぎ込む。
「わぁ……」
鮮やかな緑の溶けた湯、やわらかくより味わい深い香り……緑茶にはちとうるさい霊夢も
おーけー納得の出来であった。
出来たてアツアツのそれを口元に近付け、まずその香りを堪能。そして桃色の小さな唇を
湯のみに付けて、ずずっ……小さな音を出しつつ、啜る。
「―――うまー……」
小さな呟きは雀達の鳴き声と共に、広く深い青空へと消えていった。
後に残るは、ただただ静寂と平穏の時間―――
霊夢は思う。
ああ、自分はこうして美味しいお茶にめぐり合うため、毎日頑張ってるんだなぁ……と。
頑張ってないけど。
たまに異変とか解決するくらいだけど。
それはそれで大変だからバランスとれてる。きっととれてる。
でも誰も褒めてくれない。
お賽銭も増えない。って言うか元からゼロ。
お賽銭が無いのは世界が悪いんだ。私は悪くない。
お茶は美味しい。
クスン……。
「ああ、ああお茶よ。あなただけだわ、私に優しくしてくれるのは。愛してるー」
急須にキスした。
熱かった。
火傷をしていないか指で唇を触り確認している時である。
急須の注ぎ口から立ち上る湯気が、なんかもう異常なまでにもくもく濃ゆくなってきた。
ぽかんと見つめる霊夢の前で、それは徐々に人の形を成していく。
「あなたのスウィートキッスで、私のカテキンは茶柱状態です」
「なにしてんの紫」
それを見上げて霊夢が問う。
下半身が未だ湯気としてもわもわしている紫(?)は、人差し指をぴんと突き立てて
「チッチッ」と舌を鳴らした。
「今の私は八雲紫じゃないわ。緑茶の精霊イエモン=オーイ=ソウケンビ=ナマチャよ」
「ペットボトルのお茶ってあんまり好きじゃな」
扇子でぺちりと「きゃっ」叩かれた。
「何するのよこの……」
「聞きなさい霊夢」
それまでののほほん寝ぼけ顔から一転、きりりと締まった表情になる。
霊夢も思わず黙り込み、続く言葉に耳を傾けた。
八雲 紫―――千年以上の時を生きる大妖怪。
彼女はその昔、分別無く暴れまわっていた……と、語り始める。
「あの頃の私はまだ若くてね。ずいぶんやんちゃをしたものだわぁ」
今もあんまり落ち着いてないけどね、霊夢は心の中で毒づいた。
さておく。
世の中の全てが破壊対象に見えていた紫(若)は、ある日お茶に出会う。
それまでは彼女にとって、相対する者の恐怖こそが食料だったのだが―――
初めて口にした芳しき緑茶は、まるで神の大いなる慈愛のように……紫(若)の邪悪な心を
洗い流し、一変させた。
それから彼女は、人の生活を見守る『妖怪の賢者』として、生まれ変わったのである……
「嘘でしょ」
「うん」
紫は素直に頷いた。
「あ、でも、緑茶の精霊ってのは本当よ。正確には精霊のお使いだけど」
「一番嘘くさいところじゃない。あといい加減もわもわうざったい」
「あら失礼」
自分の下半身をちらりと見て、パチンと右手の指を鳴らす。途端に湯気は霧散し、そこには
普通な紫の体が存在していた。それを霊夢の隣へ、静かに優雅に下ろす。
「ほら私って境界操れるじゃない。だからこう……茶葉の声なんかも聞こえるの!」
「なんでやねん」
右手の甲で紫の胸に突っ込みを入れた。
ぽいんっと跳ね返された。
くそぅでけぇなそれ。
「で、茶葉があなたに伝えたい事があるって言うから、わざわざ来てあげたのよ」
紫が右手の扇子を一振りで開く。そこからなんかキラキラ光るものが出てきて、それが
フタの開いた茶缶に降り注いでいく。高い茶葉なんだから余計な事はしないでほしいなぁと
思いつつ、霊夢は静かに事の成り行きを見守った。
「博麗霊夢……心より私を愛してくれるあなたに、お礼が言いたかったのです」
やがて茶缶から声が聞こえてきた。やけに響いてるのは筒の中で喋っているからだろう。
「まあ、お礼だなんて。こちらこそ、いつも美味しい緑茶になってくれて、ありがとう」
とりあえず良い機会ではあると、霊夢も素直に感謝の意を伝える。
茶筒にお辞儀する様は、傍から見るとちょっと危ない人っぽい。若いのにねぇ……て感じだ。
「うんうん、いい話ね。この八雲紫の目にも先走る汁が」
「先走る汁とか言うな」
右手の甲で紫の胸に突っ込みを入れた。
ぶるんっと跳ね返された。
何食べたらそんな風になるの。
人間か。
「つきましては、霊夢、あなたにプレゼントを差し上げたい」
茶筒をカタカタ揺らしながら、中の茶葉はそう告げる。
「ええ……そんな優しい言葉なんて……お母さんの胎内から出てきた時以来だわ」
紫は号泣した。霊夢の人生に想いを馳せ心の底から涙を流した。
「それで、いったい何を頂けるのかしら」
両手を胸の前で組み、期待に瞳を輝かせながら、霊夢は茶筒の中を覗きこむ。
「あなたを最高級の茶葉にして差し上げます」
筒の中から良い香りのする緑色の光線が出た。
ばりばりばりーっと、気の抜ける様な感電音が博麗神社境内に響く。
霊夢の体は激しくフラッシュを繰り返し、それを見ていた紫がコロンと倒れた。
きっと昼間に起きてきたから眠かったのだろう。
トンビが天高く鳴いていた、平和な午前の事である。
「……とまぁ、そんなわけよ」
魔理沙の眼前にあるかごの中で、良い香りを発する緑の茶葉がうごうごしながら言った。
魔理沙はすとんと腰を落とし項垂れてしまう。
帽子がずり落ちる。
その隣では、紫が口から泡を噴いていた。
「霊夢おまえ……茶葉になっちゃったのかよ……」
「京都、舞妓の茶本舗最高傑作玉露『屋敷の茶』よ」
愕然とした。
よりにもよって百グラム二万円以上もする玉露になるなんて。
「お茶好きとして一度は飲んでみたい最高級玉露に、まさか自分がなれるなんて」
「……れいむ……れいむぅ……う、うぅぅ……」
「魔理沙、泣かないで。私はとても幸せよ」
しかしその言葉に、少女の涙は従わなかった。
止め処なく溢れ落ちていく。
これの、これのどこが博麗霊夢だ―――魔理沙は呻き声の中に想いを込める。
確かに今の霊夢は魅力的だ。その、芳しいという言葉だけではとても伝えられない香りは、
今すぐ彼女を抱きしめて体中に擦り付けたい程に愛しい。
だけど、霊夢とはそんな少女ではなかった。
魔理沙が好きだった霊夢は違った。
境内の掃除で箒を振るうとき、チラチラ見える腋。
弾幕ごっこのスペルカード宣言で高らかに両手を上げたとき、豪快に見える腋。
お茶を飲もうと湯のみを持ち上げたとき、ほのかに見える腋。
それが霊夢の魅力だったんじゃないか。
それが霊夢の全てだったんじゃないか。
「腋しかないんかい私は」
霊夢の脳内突っ込みも意に介さず、魔理沙は歯を喰いしばり泣き続ける。
霊夢はやれやれと苦笑し(雰囲気的に)、もそもそとかごの中から這い出た。
自らの一部を急須の中へ入れて、熱湯を注ぎ込む。
自分の使っていた湯のみに注ぎ込み、それを魔理沙の前に差し出した。
「……!」
驚き、涙でくしゃくしゃの顔を上げる。
「私の一煎目……あなたにあげるわ」
彼女はまるで微笑むように―――うごうごした。
震える手をゆっくりと伸ばし、湯のみを手に取る。
長く持っていると火傷しそうなほど熱かったけれど、魔理沙はそれを長く噛み締めた。
これは今の霊夢の、肌の暖かさなんだ……そう思いながら。
たぶん違うけど。
やがて、湯のみを口元へ運ぶ。
その豊潤な香りが、安らぎと悲しみを酷く生み出す。
香りと熱さ、喉を滑り落ちる柔らかな液体。まるで魔理沙の中に霊夢が入り込み、そして
自分の虚ろな部分を埋めてくれているように錯覚する。
――悲しい。
霊夢が茶葉になっちゃった事は悲しい。
だけど今の霊夢が幸せを感じているなら、それも含めて全て愛してあげることが、彼女の
最大の友人と自称する自分に出来る、全てのことではないか。
魔理沙は涙の溢れた目を、うごうご動く霊夢に向けて、そして微笑む。
「美味しかったぜ……また飲ませてくれよ、霊夢」
「魔理沙……」
霊夢も微笑み返す。うごうごしていただけだが、魔理沙にはそう見えたのである。
明日からは新しい霊夢との生活が始まる。不安も大きいけれど、きっと二人なら
どんな困難だって乗り越えられる。魔理沙はそう、強く強く思った。
「それはどうかしら」
「!?」
突然の声に驚き、魔理沙は咄嗟にスペルカードを構えながら後ろを振り返った。
いつの間にか日は西に落ち始め、辺りを紅く染め上げている。まるでその支配者のように、
レミリア・スカーレットが胸元に両手を当てる独特のポーズで存在していた。
傍らには従者、十六夜咲夜が日傘を持ち、天敵から主を守っている。
「魔理沙、あなたに霊夢茶を飲む資格はない」
口の片端を吊り上げ、紅い吸血鬼が不敵に嗤う。
その圧倒的な威圧感で、魔理沙の頬を冷たい汗が流れていく。
「し、資格だと……そんなものなんて……! 霊夢はみんなのものだ! つまり私のものだ!」
素晴らしいジャイアニズムである。
「モノ扱いするな」
いや確実にモノです今のあなた。
「いいえ、あるわ。
霊夢茶のポテンシャルを最大に発揮出来ぬ者には、霊夢を味わう資格がないのよ」
そう言うとレミリアは右手の指をパチンと鳴らした。咲夜が一歩前に出て「御意」と
呟き、日傘を残して消える。レミリアの体から煙が吹き出て、死んじゃう死んじゃうと
騒ぎながら、慌てて日傘の影に隠れた。
そんな一人ショートコントに目を奪われていた魔理沙は、背後に現れた咲夜の気配に
素早く反応できなかった。気が付き振り向いた時には遅く、霊夢は咲夜の手の内に。
「魔理沙ぁ!」
「れ、霊夢を返せ!」
慌ててスペルを発動させようとする魔理沙。しかしそれよりも早く、咲夜が動作無く
放った刃の弾幕が襲い掛かる。出鼻を挫かれ、発動を止めて防御に専心するが――
刃は一本も魔理沙に刺さることなく、全て地面に突き立った。
「大人しくそこで見てなさい。霊夢の心がお嬢様のものになる瞬間を」
そう言って、持っていた霊夢を急須の中に入れる。次の瞬間、どこからともなくポットを
取り出し、中の湯を急須に注ぎ込む。
「あ、あぁ、そんな……!」
途端、中の霊夢から震える声が響く。
「や、やめろ! 霊夢は嫌がってるじゃないか!」
「嫌がってる? ふふ、魔理沙、お子様ですわね。この声色は嫌がってるんじゃなくて
悦んでいるのですわ……ねぇ、霊夢?」
急須の外から、妖しく優しい声で囁いた。両目細く微笑むその顔は、同性でもどきりと
心臓高鳴りそうだが、話しかけているのが急須だとそうでもない。
「こ、こんな……これは軟水……! それになんて心地良い温度……五十度ちょっとの
お湯が、私から旨み成分を余す事無く抽出していくぅ……」
その説明台詞は震えて色を含んでいた。
魔理沙は愕然として、彼女の入っている急須を見つめる。
「ふふふ……そんなに良いのかしら。ならたっぷり九十秒ほどその快楽に浸らせて
差し上げますわ」
「そ、そんなことされたら、旨みが十分に出ちゃうだけでなく、渋みがまったくない
最高のお茶ができちゃうよぉ」
「ふふふ、存分に美味しいお茶になってしまうがいいですわ」
「あ、あぁ――」
魔理沙は無力だった。
目の前で咲夜に染められていく大好きな親友を、奪い返す事も出来ない。
彼女の色声を聞き、自分の元から離れていく事を嫌でも実感してしまう。
さりとて諦められず、耳を塞ぐ事も出来ない。
魔理沙は無力だった――
やがて宣言通りの九十秒が過ぎ、咲夜はこれまたいつの間にか、湯のみを二つ用意していた。
一つに注ぎ口を近付け、鮮やかな緑を流し込む……と、ほんの少量で切り上げる。
「ま、まさか、咲夜あなた」
急須の蓋がかたりと揺れた。
「勿論……最高に美味しく仕上がったあなたを、均等に振り分けるのよ」
細く白い指先で、急須の注ぎ口をつぅっとなぞる。もう一つの湯飲みにも同量注ぎ込み、
そしてまた最初に戻って――
「や、やめて……濃度が均等になって、みんなに私の味を堪能されちゃう……!」
「最高に美味しい『最後の一滴』まで、しっかり注ぎきってあげますわ」
やがて注ぎ口から、「それ」が滴り落ちる。
「それ」はまるでエメラルドのようにも見えた。
霊夢の涙のようにも――見えた。
呆然と項垂れる魔理沙の元に、咲夜が霊夢茶の入った湯のみを置いた。
反応の無い彼女を気にかける事もなく、主の下へと献上物を運ぶ。
「飲みなさい魔理沙。それはあなたが味わう事の出来る、最後の霊夢よ」
咲夜から湯のみを受け取り、その香りを吸い込んで、レミリアは満足そうに笑う。
笑う気配を背中に感じた。
解る。
嫌でも鼻に入り、夢見心地にさせる香りで解る。
この霊夢茶は、きっとこの世のどんなものよりも美味しい。
霊夢にはこれだけの力があり、それを引き出せる技術を咲夜が持っている。
だから――私の元には、彼女はもう戻らない。
彼女の帰還は、私の望むところではない。
大好きな親友の幸せは、ここじゃなくて、向こうなのだから――
「……まりさ……」
声が聞こえる。
応えられなかった。
送り出す事も引き止めることも出来なかったし、なにより今は、誰にも顔を
見せたくなかった。
きっと、ひどい有様だろうから。
「まりさ、ごめん……」
震える声が聞こえる。
いいよ謝らなくて。解っているから。
茶葉になったお前の幸せは、最高に美味しく飲んでもらう事だろう。
解っているから謝るな。
レミリアの元で……美味しく飲まれてくれ……。
二人の気配が遠のいていく。
勝者が宝を持って帰って行く。
静寂に包まれた博麗神社で、魔理沙は帽子の影に表情を隠し立った。
段々と、辺りは闇に包まれていく。
虫たちの歌い声が聞こえる中で、ただ呆然と立ち尽くしていた。
その中にがさりと、葉の擦れる音が聞こえる。
魔理沙は動かない。
「……魔理沙」
顔を上げた。
涙の雫が月光を反射して輝き落ちる。
それが地面に滲みて無くなると同じ頃に、ゆっくりと振り向いた。
鳥居の下、夜の僅かな光を受けて露わになるその姿は、
「……れいむ……」
うごうご動く茶葉だった。
魔理沙が茶葉に向かって走り出す。
茶葉も魔理沙に向かって飛ぶ。
両手を差し出した二人の影が、一つに重なる。
思いっきり顔面に当ったので鼻だの口だのに霊夢が入った。
思わず吐き出すその姿を、丸い月と痙攣する紫だけが見守っていた――
やがて夜が明けて、
霊夢は「飽きた」と元に戻ったので幻想郷はいつもと何も変わらなかった。
~終~
終始笑いながら読んでましたw
そして最後が台無しすぎるwwww
とりあえず茶を吹けと。そういうことですね。
新しいエロスwww
>何食べたらそんな風になるの。
>人間か。
志村ー!妖怪!妖怪!
話の作り方が無駄にうめぇぞこれwww
…そして急須に嫉妬
どんな発想でこんなことにw
普通の話の斜め上でブレずに存在している美しいお話でした。
「飽きた」ってwww
このカオスに乾杯。お茶で。
飽きたからって戻れるのかよwwwwwwwww