小悪魔はちょっとみんなよりできない悪魔です。
生まれ故郷の魔界でも、みんなから馬鹿にされていました。
「おまえ、そんなんで魂をとってこれるのかよ」
「一生かかってもむりなんじゃない」
「あいつにとってこれるのは、馬鹿な妖精の魂ぐらいなんじゃねえの」
随分意地悪なことを毎日言われていました。
みんなが人間に呼び出されて、願いを聞いて魂をもらってくる仕事をちゃんとこなしているのに、
小悪魔だけはいつも魔界でお留守番です。
そんな小悪魔にも、ついにお呼びがかかる日がやってきました。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求めうったえり」
「あれ!?」
悪魔を呼び出すための魔方陣の真ん中で、小悪魔は周りをきょろきょろと見回します。
何事かわかりません。
顔をあげると、目の前には紫色の寝巻きをはおった少女がいました。
その周りには紅い霧がうずまいています。
「またずいぶん貧相なのを呼び出してしまったわねえ」
「まあ、仕方ないわ」
紫色の少女は霧と話し合っているようです。
霧に見えたものは、小悪魔よりもずっと強い力を持つ吸血鬼でした。
「さあ、良く見なさい。悪魔よ」
そう言って、紫色のおそらく魔女だと思われる少女が、自分の左腕を小悪魔に見せつけました。
「この左腕の証があなたをしばるでしょう。今日からあなたは私のしもべよ」
それは小悪魔の首筋に刻まれたものと同じ形でした。
それは悪魔と契約者とを結びつける証拠のしるしなのです。
「は、はい! ご主人さま! 何なりとお申し付けください!」
小悪魔はあわてて返事をしました。
ようやく自分がこの魔女によって呼び出されたのだということがわかってきました。
「はあ、つまんないの。私はもう寝るわ」
紅い霧は退屈そうにそう言って、自分の部屋に戻っていきました。
「あの、あの人は?」
「ああ、彼女は紅い霧。スカーレットよ。この館の主」
ご主人様はパチュリーと名乗りました。
彼女は紅い霧の悪魔の館で、ずっと本を読んでいる魔女でした。
やった、やった!
召喚してもらった!
今までお呼びがかかることなどなかった小悪魔は大喜びしました。
はじめてもらう肉の体も、動かしてみると新鮮な気分がしました。
くるくると回ってみました。ご主人さまに着せてもらった、可愛いブラウスもお気に入りで、ご機嫌です。
小悪魔はさっそく、ご主人様の身の回りの世話や、魔法の研究の助手をするように命令されました。
でも小悪魔は、魔法も中途半端にしか使えませんし、不慣れな体なので家事もまともにできません。
おまけに小悪魔は生まれつきどじな子だったのです。
「おまえは本当に使えない悪魔だねえ」
ご主人様のパチュリーはため息をついてそう言います。
小悪魔はお茶もろくに注ぐことができません。
図書館にお客さまが訪れたときにも、まちがってお客さまにお茶をかけてしまいました。
「もう、おまえは本当にどじねえ。少しは落ち着きを持ちなさい。奥に引っ込んでいて」
いつもご主人さまにたしなめられます。
でもご主人さまのお役にたとうと必死で頑張りました。
お掃除も、お洗濯も必死で頑張りました。
それでも失敗して、館にいる他の妖精メイドにもなめられる始末です。
「あの子って、本当にどじよねえ」
「パチュリー様はどうしてあんなのをお側に仕えさせているのかしら。
早く魔界に追い返してしまえばいいのに」
本の整理だって、頭が回らなくて余計にちらかしてしまいました。
みんなが小悪魔にあきれています。
でも、パチュリーが本を読みながら寝てしまった時。
そんな時にはそっと毛布をかけてあげる。
それぐらいのことだったら、小悪魔にもできるのです。
パチュリーは小悪魔のそんな心遣いがとても嬉しかったのですが、あまり表には出しませんでした。
暇なときは小悪魔は、窓辺で日向ぼっこをしながら考え事をします。
どうすればみんなが幸せになれるのでしょう。
どうすればご主人様やみんなの役に立てるのだろう。
小悪魔はいっしょうけんめい考えました。
でもあんまり頭が良くなかったので、いい案は見つかりませんでした。
もともと悪魔がそんなことを考えるのは、間違っているのに。
小悪魔は、何とかしてご主人さまのお役に立ちたかったのです。
呼び出してくれたのがうれしかったから。
自分が必要だと言われた気がしたから。
小悪魔には不思議なことが一つありました。
悪魔は魂を取っていってどうするのでしょう。
まだ小悪魔は契約者の魂を取っていったことがなかったので、わかりませんでした。
できれば、ずっとこのままがいいな。
パチュリーさまとずっと一緒にいられたらいいな。
小悪魔はそう考えました。
何に使うかわからない魂をもらったってしょうがありません。
それより大好きなパチュリーとずっと一緒に暮らしていけたら。
それだけで小悪魔は幸せだったのです。
それから何年も何年も小悪魔はパチュリーと一緒にいました。
いつからかパチュリーの具合が悪くなり、しまいには寝たきりになってしまいました。
パチュリーはもともと、喘息を持病として持っていました。
彼女の病気はだんだん悪化してしまったのです。
パチュリーの病気を治すためには薬が必要です。
吸血鬼はどんな病気でもたちどころに治すことができる、不死の雫というものを蓄えている。
小悪魔は図書館の本にそう書かれているのを見つけました。
小悪魔は館の主人のスカーレットにお願いに行きました。
「いやよ。どうして私がそんなことをしなくちゃいけないの。不死の雫は貴重なのよ」
「でも、パチュリーさまはスカーレットさまのお友達ではないんですか?」
「私に都合のよい魔法を作り出してくれるから、この屋敷で飼ってあげているだけよ。友達なんかじゃないわ」
魔女はふつう悪魔にとっては誘惑にのって堕落した、みくだすべき存在なのです。
吸血鬼のスカーレットもそう考えているのでした。
「何を悩んでいるの。パチュリーが死ねば、お前はあいつの魂を取っていくことができるじゃない。
それが悪魔の本来の仕事でしょ」
確かにその通りなのですが、そうはしたくなかったのです。
小悪魔はパチュリーとずっといっしょにいたかったのです。
枕元に座って、小悪魔はパチュリーの看病を続けます。
パチュリーはうわごとのように自分の昔の話を小悪魔に聞かせました。
「私も昔は人間だった。その時に、妹が一人いたの。胸の病気で死んでしまったけどね。
あなたはどことなく妹に似ている。あの子もどじだけど可愛かったわ。
私は死にたくなくて、もっと生きて本を読んでいたくて魔女になったのだけれど。
どうやら妹を殺した病気からは逃れられないみたい。
でも、あなたが魂を持っていってくれるんだったら、別にそれでもいいわ」
そう言って、パチュリーは小悪魔の頬を優しくなでるのでした。
ご主人様のために何かしなければ。
ご主人様の命を助けるために、自分にできること。できること。
小悪魔は必至で考えた末に、ある行動をとるのでした。
ある朝パチュリーが起きると、昨日までは焼けるように熱かった胸の奥がすっきりとしています。
喉の通りも爽やかで、とても晴々とした気分です。
病気はいつの間にか完全に治っていました。
ふと枕もとの棚を見ると、一通の便せんが置いてありました。
手紙を開けてみると、そこにはへたくそな字でこう書かれていました。
パチュリーさま、いつもお役に立てずもうしわけありません
わたしの命をあげます 使ってください
最後にお役に立ててよかった
「なんて馬鹿な手紙、なんて馬鹿な子!」
小悪魔はパチュリーの病気を治すために、自分の命を使ってしまったのでしょうか。
この世界でもらった命を使ってしまったとしても、悪魔は死ぬわけではありません。
ただ、ご主人様との契約が切れて魔界に戻るだけです。
それでも、もう小悪魔とは会えないのです。
「わたしはお前が優秀じゃなくたって良かったのに。
そばにいてくれるだけでうれしかったのに」
パチュリーは魔方陣を作って小悪魔を呼び出そうとして愕然とします。
「昔はどうやってたんだっけ。もうこの身は年老いすぎて悪魔との契約の仕方まで忘れてしまった――」
パチュリーは本をあさって悪魔との契約の仕方を探します。
本棚を引っかきまわして探します。
「知識、知識。知識ばかりいくらあってもあの子の代わりにはならないわ―」
契約の方法が書いた本を見つけて悪魔を呼び出そうにも、小悪魔の本当の名前がわかりません。
名前がわからないと、呼びだしてもどんな悪魔が出てくるかわかりません。
魔界にはいったい悪魔が何人いるのでしょうか。
でたらめに呼び出して小悪魔を呼び出せるのは、何回に一回のことなのでしょうか。
とても無理だ――
パチュリーにはわかっていました。
「わたしは結局なにも知らなかった。あの子の本当の名前も。あの子の優しさの意味も」
魂を取れずに魔界に帰った役立たずの悪魔はどうなるのだろう。
きっと上の悪魔に怒られて厳しい罰を受けるか、下手をしたら存在を消されてしまうかもしれない。
魔女は半分狂ったままで本棚の森を駆け巡りました。
「知ろうともしなかった――」
自分はどうしてあの子の本当の名前を取っておかなかったのだろう。
パチュリーはそう考えました。
本当の名前を取ってしまうと、悪魔は服従をせまられるのです。
自由な意思がなくなってしまいます。
パチュリーはそうはしたくなかったのでしたが。
優しい悪魔というのがどれほど貴重な存在であるかを、パチュリーはやっと悟りました。
パチュリーは散らかした本に埋もれ、床に手をついてうなだれます。
一緒に本を片付けてくれる、あの優しい悪魔はもういません。
むらさき色のなみだがぽつぽつと床の上にこぼれます。
どれくらいそうしていたのでしょうか。
パチュリーが気がつくと、いつの間にかうずまく紅い霧が辺りを覆っていました。
「うろたえるのはおよしなさい」
紅い霧が声をかけました。
「まったく知識の魔女が聞いてあきれるわ。少しは頭を使いなさい。
あなたの左腕には契約の証が刻まれているんでしょう? それは消えていないでしょうに」
「え?」
そう言われてパチュリーが自分の左腕を見てみると、確かに契約の証はまだ元のまま残っていました。
紅い霧は小悪魔の体を包み込んでいました。
霧が固まって手の形となり、小悪魔の体がパチュリーの前に差し出されました。
「いったい、どうして―」
「あなたの病は私が治してあげたのよ。この子は命を使っていないわ。
この子はあなたに命を注ぐ術に失敗して倒れていたのよ。本当に馬鹿な子。そんな術もまともにこなせないなんて」
スカーレットは自分の不死の雫を使って、パチュリーの胸の病を癒してあげたのでした。
「完璧に治ったわけじゃないわよ。一時的なものだからね」
パチュリーは小悪魔の体を抱きしめて泣きました。
「小悪魔、小悪魔、本当によかった」
「なんてお馬鹿さんな子たちなんでしょう。なに魔女と悪魔が二人して、おままごとみたいなことやっているのかしら」
「赤い霧、あなたはいったいどうして―」
「この館にあるものは、みんな私のもの。だから勝手にいなくなってもらっては困るのよ。ちょうどそのことを思い出したの」
それだけを言い残して、霧は姿を消しました。
パチュリーと小悪魔にまたいつもの生活が戻ってきました。
小悪魔は、やっぱりどじでした。
でも、教えたかいもあって小悪魔はすこしずつ上達していきました。
本の整理も家事も、少しずつまともにできるようになっていきました。
今日も小悪魔はご主人様に召し上がってもらうために紅茶を運びます。
がちゃん。
転んで本に紅茶をこぼしてしまいました。
どうやら先は長いようです。
「小悪魔!」
「ごめんなさい、またやっちゃいました」
パチュリーは小悪魔の方に手を伸ばします。
小悪魔は怒られるのかと思って目をつぶりました。
「……本はまた注文すればいいわ。それより、火傷はしてない?」
そういってパチュリーは小悪魔の手を取ってところどころさすってみました。
「パチュリー様……」
パチュリーはちょっとだけ小悪魔に優しくなりました。
そしてレミリア……ツンデレかw
ツ ン デ レ ミ ィ
普通の悪魔、 本物の悪魔は・・・周りの人もだましきれる人間なのかもしれないな・・・久しぶりに心が暖まったわ
これはツボに剛速球投げ込まれたでござる……。
でもレミリア、もし成功してたらどうしたのよ
小悪魔が第二話を読むことができる日はいつくるやら
でも、両思いになった後でも、これを読まれるのは恥ずかしいと思う
泣いたでござる。
このお話の、優しさと素晴らしさに。
・・そして、オチを期待しながら読み進んだ、己の捻くれた心に。
ちなみに私は紅い霧の悪魔をレミリアの先祖だと思っている。
だってスカーレットとは言ったけど、レミリアなんて一言も言ってないし。
レミリアもなんだかんだで友人思いですね。
雰囲気に合ってるなぁ…