私こと大妖精の凡庸な一日は、いつもチルノちゃんの一言で波乱に満ちてしまいます。
「あたい、漫画を書くことにした」
出会っていきなりの一言でした。
チルノちゃんの発想は突飛で、いつも驚いてばかりです。
この間も、「あたい、鳥人間になる」と言ってミスティアさんを捕まえに行きました。
どういう意図かはわかりません。
多分、鳥+人間=鳥人間なんだと思ったんでしょう。
人間じゃなくて、妖精なのに。
だったら、できあがるのは鳥妖精?
ああ、いけない。思考が逸れてしまいました。
「えっと、ごめん。よく聞こえなかったから、もう一度」
「あたい、漫画になることにした」
まさかのモデル発言。
自分から漫画のキャラクターになりたいといった妖精が、今までいたでしょうか。
いや、いません。
「チルノちゃん、なんか最初に言ってた事と違うような気が……」
私の指摘に、チルノちゃんは首を傾げています。
難しい顔です。
多分、人と機械の違いを考えている哲学者なら同じぐらい難しい顔をするんでしょう。
そんなに難しい質問をした覚えはないのに。
「……あっ、そっか。ちょっとだけ間違えた」
手のひらをポンとつき、納得顔のチルノちゃん。
これで私も安心できます。
「あたい、鳥人間になる」
待って、待って。
それ、この間の台詞じゃない。
どこまで遡ったの、記憶。
「漫画を書くんじゃなかったの?」
「それよ! なんだ、ちゃんと聞いてたんじゃない」
「そうなんだけど、驚いた時ってもう一度だけ言って、とか言っちゃうもんなんだよ」
「ふーん。あたいはよく使うけどね、その言葉」
「チルノちゃんの場合は、本当に聞いてないからね」
元気よく、親指を立てるチルノちゃん。
なんでだ?
「話を元に戻すけど……」
「じゃあ、それを横に逸らすけど」
完全にチルノちゃんペース。
このままだと、日が暮れても本題に辿り着けそうにありません。
仕方ない。
「漫画を書くって本気? だって書く道具も、技量もないんだよ」
だから、こういう時は無視して先に進めるに限ります。
案の定、気分を害した風もなく、チルノちゃんは話に乗っかってきてくれました。
「大丈夫、道具なら持ってそうな奴から借りればいいし」
「技量は?」
「それも持ってたら借りる」
ただ、相変わらず乗り方は凄かったです。
これが船なら、もうタイタニック。
……何を言ってるんでしょう、私。
「でも、どうして急に漫画を書きたいなんて言い出したの? 昨日まで、そんな素振りすら見せなかったよね」
チルノちゃんは胸を張って答えました。
「それが、最強としての責任よ」
格好いい顔です。
言ってることもちょっと格好いいです。
でも、質問の答えとしてはチンプンカンプンでした。
普通の人なら、ここでツッコミを入れるところですが、私はもう慣れっ子です。
これぐらいなら、平然とした顔で受け流せます。
「借りるって誰きゃら借りるの?」
噛みました。やっぱり動揺は隠せません。
「神社の巫女から。前に何か書いてるの、見たことがある」
博麗神社の霊夢さんでしょうか?
しかし、彼女が絵を描いているというのは聞いたことがありません。
家計簿ならつけているのをよく見かけますが、いつも死にそうな顔でつけています。
そんなに嫌なら、つけなきゃいいのに。
「貸してくれるかな?」
「言ってみないとわかんない。とにかく、神社まで行ってみよう」
ぐいぐいと手を引っ張られ、為す術もなく私は神社まで行くのでありました。
チルノちゃんは強引です。
「くーださーいなっ!」
「私は駄菓子屋のおばちゃんか!!」
血相をかえて、神社から霊夢さんが飛んできました。
止めたんだけれど、どうしてだかチルノちゃんは神社に来る度にこう言います。
よく見かける魔女の人は、「いいぞいいぞ、もっと言え」と煽っていますけど、霊夢さんはそう言われるのが嫌なようです。
「なによ、また何か面倒事?」
私達の顔を見て、霊夢さんは嫌な想像をしたようです。
まあ確かに、今まで来る用事といえばチルノちゃんがキツネに憑かれたり、チルノちゃんがタヌキに憑かれたり、チルノちゃんがイタチに憑かれたりと、そんな用事ばかりでしたから。
警戒するのも無理はありません。
だからこそ、最初の一言が重要です。
ここでどういう言葉を選ぶのかによって、霊夢さんの持つ印象が変わってきます。
「貸して」
考え得る、最悪の台詞でした。
直球すぎる上に、誤解を招きまくりです。
「金か? 銭か? それともドルか? あんたの目には、あの詫び寂びたっぷりの古式ゆかしい建物が無人契約機にでも見えるのか! そして、私はいつものニコニコ現金払いの窓口のお姉さんか!」
やっぱり、霊夢さんのテンションが変な方へと曲がり始めました。
金の話を神社でするのはタブーなのです。
忌み語とか、そういう意味ではなく。
益々霊夢さんはヒートアップしていくので、さすがに止めないとと思い、慌てて事情を説明しました。
「漫画? 確かに道具はあるけど、別に私の道具ってわけじゃないわよ」
「えっ、そうなんですか?」
「魔理沙やアリスの道具なんだけど、なんでか決まってウチに来て書くのよね。なんでも、自分の家だと誘惑が多いからとか」
そういうものなんでしょうか。
よくわからないけど、この神社に取り立てて人を誘惑するような娯楽がないことがわかりました。
「持ち出すのはマズイと思うけど、ちょっと使うぐらいなら魔理沙達も怒らないでしょう。大体、あれだけ余所の館から色んな物を持ち出しといて、自分は駄目っていうのは我儘すぎるし」
黒い魔法使いの手癖の悪さは、妖精達の間でも評判です。
一部の妖精からは、我々も見習わなければならないと、軽くリスペクトされているとかいないとか。
「じゃあ、勝手に使わせてもらうわよ」
了承を得たチルノちゃんは、意気揚々と本殿の中へとあがっていきました。
何に使うのかわからない道具の片隅に、ひっそりと置かれたそれらしき道具を発見。
おあつらえ向きに、小さな机まで用意されています。
本当に、ここで作業しているみたいです。
「さあ、書くわよ!」
ペンとインクを握りしめ、チルノちゃんは机に向かいます。
その意気込みたるや、瓶の中に入ったあめ玉を取り出そうとしていた時に匹敵しそうです。まあ、その時は案の定あめ玉を掴みすぎて瓶から手が抜けず、結局瓶を割ってしまったんですけど。
「頑張って、チルノちゃん!」
特に技術もない私は、とりあえず応援することしかできません。
チルノちゃんは、任しとけ、と頼もしい言葉を返して、真剣な表情で机の上に置かれた紙を睨みつけます。
久々に見る、真剣な表情です。
こうしていると、理知的な顔立ちをしているんですけどね。
「ところで、これって何をどうするの?」
いかんせん、口を開くと知的レベルを暴露してしまうので問題です。
普通、そういうことは最初に調べるものじゃないでしょうか。
「とりあえず人を描いて、台詞を付け加えればいいんじゃないかな?」
ついつい文句を言いかけた私ですが、漫画に無知なのは一緒。偉そうに説教する権利なんて、私にはありませんでした。
色々と過去を振りながらのアドバイスに、チルノちゃんはこっくりと頷きます。
心配です。
そもそも、どういう話を書きたいんでしょうか。
「決まってるじゃない、最強たるあたいが大活躍するお話よ。タイトルも決まってるわ。最強の勇者、チルノの大冒険!!」
堂々とタイトルを宣言しますが、果たして大丈夫なのでしょうか。
そんなに沢山の漢字が混じったタイトル、書けるとは思えません。
でも、そこら辺は代筆を頼めば問題ないか。
大事なのはやはり、ストーリーです。
「それも決まってるわ。まず、あるところに最強の勇者であるチルノがいました」
なんたるチート。
最初から最強で勇者だなんて、どういう話になるか想像もつきません。八雲紫さんだって、きっと空気を読んでレベル1から始めるだろうに。
「チルノは最強だったので、まず雑魚モンスターを倒してお金を稼ぎました」
論理はよくわかりませんが、最強でも世の中は金だということでしょうか。
戦闘力だけでは意味がない、経済力もないと困る。
世知辛い世界です。
「次にチルノは蛙を凍らせて遊びました。凄く楽しかったよ」
読者も、これにはビックリすることでしょう。
当然です。いきなり作者の日記が始まるんですから。
「その頃、魔王レミリアは寿命で死んでいました」
登場したかと思ったら、いきなり天寿を全うしたレミリアさん。本人が聞いたら、グングニルものです。
「なので、妹のフランドールが新しい魔王になりました」
なんということでしょう。倒す前から、魔王の凶暴さが上がっています。
普通、こういう漫画だと倒してから「くっくっくっ、本当の戦いはこれからだ!」とか言って変身して凶暴になるはずなのに。
「魔王フランドールも凄く強かったけど、自分のお城を壊してしまいました。家のなくなったフランドールは、知り合いの魔法使いの家に住まわしてもらいました」
魔王がホームレス。新しい展開ですけど、これを読みたいという人はいるんでしょうか。
ちょっと疑問です。
「そして魔王フランドールと魔法使い魔理沙は、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
「いやっ、全然めでたくないから! そもそもチルノちゃんはどこにいったの、チルノちゃんは!」
チルノちゃんは首を傾げて、
「あたいはココだよ」
もっともです。もっともですけど、違うんです。
でも、これを説明するのに想像以上の体力と精神力を使うのは目に見えています。
そういうものなのです。
なので説明は諦めて、ストーリーを変更するよう話を進めました。
「じゃあ、魔王フランドールと魔理沙は、霊夢を仲間にしました。そして、魔王を倒しに冒険の旅にでたのです。これならいいでしょ」
「魔王を倒す旅って……それって壮大な自殺なんじゃないの?」
しかも仲間までひきつれて。
自分を殺す旅ってテーマは重そうですけど、どこか滑稽です。
「わかんないなあ……大ちゃんはどんな話なら満足できるのさ?」
「満足というか、せめて破綻してない話を作ろうよ」
「はたんねえ、はたんは確かに美味しいけどさ……」
破綻を何かの食べ物と勘違いしているらしいです。
「やっぱり、こういうのはリアリティとかあった方がいいんじゃないの? ファンタジーなお話しといえども、そこそこのリアリティがないと満足してくれないと思うんだけど」
「リアリティ。つまりお茶の種類だね」
「ううん、本物みたいってこと。読んでて、まるで本当にその世界にいるような感じ」
稚拙な説明だったけど、チルノちゃんは、うんうんと納得してくれたようです。
そしていきなり、私の腕をがしっと掴みました。
「だったら、冒険の旅に出ましょう!」
「え?」
「だって、本当に冒険の旅に出なくちゃ、人を満足できる話は書けないんでしょう。だから、本当の冒険をするしかない!」
確かに本当の冒険をしたなら、リアリティのある話を書けるでしょうが、私が言いたかったのはそういうことではないんです。
「手始めにまず、魔王レミリアのところまでいくわよ!」
「ちょ、ちょっと待って! それはマズイというか、せめて冗談の通じる相手でないと命の危険が……」
私の制止も空しく、チルノちゃんはグイグイと腕を引っ張っていきます。
目指すのは紅魔館。
本当の冒険の旅が、いま幕を開けようとしていました。
「さあ、あたい達の旅はまだまだ始まったばかりよ!」
「あーっ! その台詞は言っちゃ駄目!」
チルノちゃんは今日も強引です。
感動的だ……ジーンときました……チルノ恐るべし
大ちゃんがんばって
チルノの暴走っぷりが冴える中、リアリ「ティー」が分かったのには驚きました。