季節は夏だか晩夏だか初秋だか良く分からない時節な訳で、そろそろ過ごしやすくなりつつあるので幻想郷の皆さんは割とのんびりとしたものでした。ええ、基本的には大体そんな感じです。
で、基本的じゃないのはとゆーと。
「ギギギ……くやしいのうくやしいのう、夏の次は秋なんじゃ。秋は春とは違うんじゃ。くやしいのうくやしいのう」
生命感溢れる緑の山々が、そろそろ紅に衣替えでもすっかねと準備をそろそろ始めようかという所で、そんな奇態な言葉が怨嗟のように響いていた。
季節の流れ、自然の変化に沿って移り行くのが植物として至極真っ当であり、ようやく生物としても扱われだしたというのにこんな声を聞かされたら鬱になりそうだ。
「くやしいのうくやしいのう。しかも秋の次は冬なんじゃ。冬は春と似ても似つかんのじゃ。くやしいのうくやしいのう」
山の中、適当に見繕った名も知らぬ木にへばりついて、夏の小喧しい蝉か何かのようにリリーホワイトは駄目になっていた。
春の妖精なんだから大人しくしているべきだ何て事は当人がそれこそ重々承知しているのだが、それでもただ座して春を待つには夏秋冬という三季節は長すぎる。
当然今までは毎年毎年我慢できていたのだが、ふと考えついた所一季節だけ謳歌できても他三つがてんで駄目じゃ酷くつまらないんじゃないかという結論に至ったのでリリーは戯けになったのだった。
だったら春の妖精なんか辞めちまえと言いたい所だが、人間がはいそうですかと人間を辞めれないのと同様、春の妖精もそう簡単に夏の妖精になったり秋の妖精になったり冬の妖精になったりはできないのである。出来たとしたらもう春の妖精じゃなくて季節の妖精か何か別物になっている訳で、そういう進化みたいな事はやっぱりはいそうですかとは出来る訳がない。
従って、アホになったリリーは手の施しようも無ければ付ける薬も無かった。
「ギギギ……早く春を謳歌したいのう、春爛漫に過ごしたいのう、春が恋しくて恋しくて頭がどうにかなってしまいそうじゃ」
とっくに手遅れだがそういう事は通常当人は気付かない物である。
へばりつかれている木もいい迷惑だろう。その周りの木も当然迷惑だろう。陰湿な嫌がらせにも程があるが、勿論当人にそんな自覚はある訳ないので苛々が募る一方だから困る。
そうこうする内に、歯軋りは止み零れ続ける戯言は止み、ただしくしくしくしくとこれもまた陰鬱極まりない大迷惑なすすり泣きが始まった。
木としてはもう勘弁して下さいといったところか。
しくしくしくしく。
しくしくしくしくしくしくと、それはもう鬱陶しい事限り無くリリーはすすり泣きを続け、白いはずの格好から何故か黒々とした暗澹で不吉な何かがでろでろと滲み出しているかのようだ。
こういうのは負のオーラとか言うとカッコいいんだろうか。
ともあれ、このリリーが発散し続けるはた迷惑な退廃領域によって、ざっと彼女を中心とした半径8メートルくらいは精神的に鬱になってきていた。もちろん、この場合の鬱になってきているのは対象を問わぬ全て。草も木も土も石も動物も空気も全部鬱になりかけていた。
妖精の影響力を舐めちゃいけないと言うべきか、範囲が微妙すぎてどう評価したものか。
「ウッウッ……春が恋しいんじゃ、わしゃ春が恋しいんじゃ……」
何にせよしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくな訳なので、範囲内にある動ける物はみんな範囲外へ移動していた。本来自力では動けない木や石や土も、このままでは自力で進化してまで移動してしまい気持ちである。勿論無理だが。
自然ってのはこういう余計なところは本当に巧く出来てるよね!
さて、そんな感じで程よくリリーホワイトがすっとこどっこいになっているのを、可能な限り他人の振りをしつつ格好その他色以外全部一緒なのでもう何もかも無駄ですよお嬢さんなリリーブラックが見ていた。
春を告げる程度の能力で、且つ春になるとどっかから湧いてくるのが仕様だというのに、白いのが突然ふらふらとどっか行っちまったもんだからあの阿呆めと黒いのも出てきたという訳だ。
然るに、黒いのが白いのを見つけた以上、可及的速やかに回収してとっとと棲家に戻るのが筋な訳なのだ、が。
「春はまだかのう、春はまだかのう……ギギギ……くやしいのうくやしいのう……ウググ……」
この有様は実に想定外なので黒いのとしてはもう帰ってしまいたかった。
ただここで見て見ぬ振りという一見穏便且つ自分だけは大丈夫っぽい手段を行使すると、白いのがこのまま何しでかすか分かったものじゃないので後々厄介極まりない。
従って、嫌でもやらなければならない事が世の中にあるという事を切々と感じながら、鬱陶しい白いのにおもむろに接近した黒いのは白いの後頭部に超電磁石波天驚ゴッドハンドバークーラーイーチョップを準備。
つ、と掲げた右掌に雷光が迸り、ゆらめく闘気は超常となって、光と大音を伴って大気を揺るがす。
「なんじゃ……黒いの、おんし、ワシの後ろで何やっとんのじゃ」
当然、そんな真似をすれば気付かれる。
「黙っとれポンコツ」
だが黒いのは気にしなかった。
一瞬の閃光。炸裂する爆音と共に周囲半径40メートル程度に多大なる影響を与え、この時ならぬ変動は来期この辺りでの豊作が約束される事となる。
で、結果的に白いのは黒焦げになりつつもしっかり生きていたので、黒いのは黒こげな白いのの片足を掴んでそのまま棲家へ持って帰っていった。
その際、当然足を持たれているので黒焦げの白いのはひっくり返っている状態であり、スカートな訳だからそれはそれは見る者に春をばら撒き続けていく。
何故か途中からいつの間にか鴉天狗が付いてきたが黒いのは敢えて無視して黒焦げの白いのをそのままにし続けたのだった。
>移動してしまい気持ちである。
びみょんに変です。
以前と変わらず、ノリとテンポとカオスさが織り成す微妙なバランスがようございますな。
少々乗り遅れましたが、続けて読んでまいります。
レティもビタミン剤で夏をしのいでるからガマンしろ。
それでもリリーかわいいよと言いたい。