Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

さんしょううお

2007/08/30 23:28:54
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あらすじ

 最終鬼畜妹~全部声~










 ――山椒魚は悲しんだ。
    彼は彼の棲家である岩屋から外へ出てみようとしたのであるが
    頭が出口につかえて外に出ることができなかったのである。 ――

                   ~井伏鱒二 著『山椒魚』本文より~





 それがいささかの昔か、ごく最近のことであったのか。
 彼の小さな脳みそでは判然とはしなかったが……そもそも彼自身、脳みそが在るのかどうかもあやふやであったが。

 ともあれ。
 たまさかにきらきらと光るギヤマンの向こうで誰かが口ずさんでいた文章の一説を思い出した彼は
 その短い文章に綴られた深い深い意味合いを想い、感嘆のため息をついた。

 口から漏れたため息はぽこぽこと小さなうたかたとなって、彼が身を寄せるせせらぎの流れの中へと消えていく。
 見上げれば川面が陽光に照らされ、きらきらと輝いていて、その様が昔見たギヤマンの輝きを思い起こさせた。
 
 ゆらゆらと緩やかに流れ行く清流の中、彼は
 ちっぽけな彼などすぐにでも下流に押し流してしまいそうな強壮な激流に流されまいと
 必死に短い手足で苔むした川底の岩にしがみつきながら。

 大自然の内ではちっぽけなせせらぎ、そのせせらぎに棲まうものの中でも一等にちっぽけな自分の身を思い
 あの短い文章を幾度も幾度も思い返しては、そっと人知れずため息をついて、悲しんだ。
 

 そう。
 山椒魚は悲しんだ。


 それがいささかの昔か、ごく最近のことであったのか。
 彼の小さな脳みそでは判然とはしなかったが……そもそも彼自身の記憶であったのかどうかもあやふやであったが。

 ともあれ。
 彼は二本足の大きな生き物にずいぶんともてはやされていたのである。
 
 灰色の紙に黒の印字でごちゃごちゃと小難しい文章を並べたてた日刊の紙には、色つきで彼の写真が載った。
 小さな活動写真を映す箱では、のたくたと動く彼の姿が映るたび茶の間の家族を和ませ、団欒に一役買った。

 ギヤマンの箱の中では数多くの彼の仲間が飼われ
 入れ代わり立ち代りやってくる二本足の生き物に引き取られていった。

 時代の脚光を浴びることに辟易もしたこともあったが
 いざなくなってみると、過ぎた栄華も惜しくなるものである。

 時が流れるにつれ、世間からひっそりと忘れさられた彼は、いつのまにか、このせせらぎにいた。
 不可思議なこともあったものである。

 彼のいたギヤマンの檻に満たされたどんな水よりも清く涼しげな水をたたえたこのせせらぎは
 けれど、美しさとは裏腹に彼の忘れていた、懐かしい自然の厳しさを教え込んだ。

 
 滔々と流れ行く川の下、苔むした岩以外に寄る辺もなく、見知った友もない。
 孤独に晒される彼の心は、せめてものよすがにと在りし日の夢を繰り返す。

 つまるところ彼は独りであり、その寂しさゆえに、悲しんだ。


 と、そんな彼の耳に、届く音がある。
 ぱしゃぱしゃと川面をかきわけ、何かの進んでくる音だ。

 大きい。彼よりもずっと大きな何かが近づいてくる。
 外敵であろうか? 生き物としての本能が「逃げろ」と彼にささやいた。


 馬鹿を言う。
 彼は自身の生き物としての部分を嘲弄し、岩にへばりついたまま頑として動かなかった。
 
 長くせせらぎの流れに独りで晒され続け、依怙地になっていたのかもしれない。
 拗ねた幼子のように、彼は頑としてそこを動かなかった。

 逃げてどうなると言うのだ。

 孤独に疲れた彼の心は、とうの昔に、生きることを諦めていた。
 こうして岩にはりついて、時折口に入るちいさな生き物で命永らえているだけの生。

 きらびやかな時から忘れ去られ、いつかは下流へと流されて
 誰にも看取られぬままに死んでいくちっぽけな生。
 
 今更どうして、惜しむことがあろうか。
 そうひとりごちて、彼は音の近づいてくる方向の川面をつい、と見上げた。

 翳る日の光で影となり、漠然としか掴めなかったが
 それはかつて、彼の傍によく居た、二本足の大きな生き物に見えた。




    ――たまには川遊びもよいものね、妖夢。――
    ――はい。足に川の水が当たって気持ちいいです。――

    ――あ、幽々子様。岩に何か張りついてるみたいですよ。――
    ――あら、珍しいものが。今晩の夕食にしましょう。――




 瀬の流るる音に遮られてよくは聞こえなかったが
 大きな生き物はそんな会話を交わし、そのうちの緑色の方が彼へと手を伸ばした。

 見上げるような大きな体から伸びてくる太い腕。
 それに捕まれば、彼の命はそこで潰える。

 こうして、川底に潜みながら、悲しみに暮れることもないのだ。
 そこから先、彼は懊悩を抱えることも、哲学めいた物思いに耽ることもなくなる。


 彼は突然に、生き物としては至極まっとうに、それが怖くなった。


 逃げようとしたときには時既に遅く、ばしゃり、と不吉なほど大きな水音を立てて
 彼の体は緑色の大きな生き物に掴み上げられ、川面の上へと引き上げられる。

 今まで水底から仰ぎ見るだけだった日の光に、あるかなしかの小さな黒い瞳を細めながら
 彼は緑色の大きな生き物よりもさらに大きな(とくに一部がたいへんに大きな)生き物の目の前に差し出される。

 がむしゃらに短い手足を振り回しても、悲しいかな。
 ろくに餌もとらぬ彼の如きちっぽけなものの抵抗など、必死に至っても緑色の生き物には何の痛痒も与えはしなかった。

 水色の頭巾から桜色のふうわりとした毛を垂らした生き物は
 彼の姿を見て、嬉しそうに微笑んだ。

 笑うという行為は本来攻撃的なものであり
 この場合、彼に逃れえぬ死をもたらすものである筈であるのに

 その笑みに在りし日の栄華の面影を見た彼は
 たちまちに、その笑みの放つ某かの力の虜となった。



「まあ、元気がいいわね」
「これはなんなんですか、幽々子様?」






「ウーパールーパーという生き物だそうよ?」






 その日、白玉楼の夕食には
 世にも珍しいアホロートルの天麩羅が出たそうである。


 今際の彼はやはり、悲しんだ。
 そう。



 山椒魚は、悲しんだ。


コメント



1.名無し妖怪削除
確かに、ヤツも幻想送りになってるかもしれませんのう。
どこかの水族館で見た覚えはありますが、今どうなってるやら。
2.名無し妖怪削除
学校の美術室で飼われていたあいつは元気かなぁ……
3.イスピン削除
そのころのマヨヒガでの会話
「どう、元気がいいでしょう?」
「この生物は何なのですか?紫様。」

「エリマキトカゲよ。かわいいと思わない?」

お後がよろしいようで
4.はむすた削除
綺麗な文章に酔っていたら酷いオチにふいたw
一時期流行ったなぁ……。
5.卯月由羽削除
ああ、あいつかw
自分は奴がいつごろにブームになったのか分からない世代でございますw

あとらっちゃっちゃっちゃらーらちゃららっちゃ吹いた
6.名無し妖怪削除
悪食にも程があるわw
7.固形分削除
きゅんとくる文章。うーぱーるーぱーはさんしょううおのなかまなのか。初めて知りました
末路が悲しい……
8.蝦蟇口咬平削除
食べ物ネタだと白玉か霊夢だね
魔理沙はアリスと
「なに、これ?」
「ツチノコだぜ」
なんてことやってるかな
9.名無し妖怪削除
>>悪食
うちの親父は喰った事があるそうですが、非常にうまかったそうです。
特に蒲焼が美味とか。

…幻想郷にはたくさんいそうだなぁ
10.思想の狼削除
「…ちなみに主食はヤキソバでした」 by妖夢