世界のツンデレが愛を叫ぶ、そんな日が年に一度くらい有ってもいいだろう。
「賛成」
「賛成」
「賛成」
「反対」
満場一致かと思われた場の空気を乱す、こういう輩がいるから議会制は流行らない。
コネが幅を利かすようになるのだ。
「そもそもツンデレの存在自体が疑わしい。秒単位で敵意が好意に変わる、そんな情緒不安定な人、いますか?」
もっともだ。議長のスキマ妖怪が大きくうなずく。
――違う、居眠りして頭が傾いただけだ、こんな輩がいるから会議は短い方がいい。
「初見で抱く警戒心が、後の努力で振り払われるのは人間関係においてはよく有る事。これにツンデレだなんて妙な名前をつけるのは変です」
喋る、喋る。負けず嫌いの典型だ、所でアリス、君が人間関係を語るか。
「ツンデレだとか奇妙なレッテルを貼られたら、どんな気分になるか分かります?」
「――」
「属性なんて訳の分からない範囲で自分の人格を推察される、それがどれほど不愉快か、想像してみて下さい」
アリスの意見で、場の空気が変わった――
「では、ツンデレ記念日設立に反対の者、挙手」
「――」
「な、なんでいないのよ」
正しい一つの意見よりも、多数の愚論が優先される。そういうものだ。
「やってられません! 私は帰ります」
席を立つアリス。
一切の未練を見せずに、一直線に玄関を目指す。
「なによこの靴」
幻想郷中から集まった有識者による会議なのだ。
下駄箱から靴が溢れかえり、散乱する、それくらい大目に見たほうがいい。
「これじゃ帰る時、自分の靴が分からなくなるでしょ」
せっせと皆の靴を整理するアリス。霧雨と書かれた靴を見つけた。汚れが酷い、自前のハンカチで拭いて、そっと下駄箱にしまう。
「馬鹿じゃない、皆して」
ぷりぷりと怒りをふりまき、アリスは議会を後にした……。
「職人芸だぜ」
「なんていうか、ツンデレのデモンストレーションね」
いよいよツンデレ記念日の制定に拍車がかかる。否定派による後押しが決め手となった。
「待ってください」
霊夢の白い手が上がる、反対のサインだ。
「ツンデレとは反対の属性、即ち初めから好意を持たれている様な状況、具体的には妹十二人などを愛する人達との関係が悪化するのでは」
「うぅむ」
それは由々しき事態だ。
記念日如きが外交問題に発展するなど、有ってはならない。
「中立穏健派の、幼馴染み勢力との共闘は如何でしょうか」
「おぉ」
なるほど。お隣さん、とくにお節介で素直じゃない性格だと尚良しの幼馴染み。ここら辺を考慮するとツンデレとの相性は抜群である。
しかし年下であれば最後、終始デレデレ懐いてくる様は、ツンデレとは程遠い。この不確定さが、中立派の地位を不動のものとした。
「一つ問題が有るぜ」
ツンデレ容認派の重鎮、霧雨議員が疑問を投げかける。
「幻想郷のどこに幼馴染みがいるんだ? 実在しない勢力に力を借りろっていうのか?」
ざわ……ざわ……
議会が揺れる。
姉妹、主従、ライバル――様々な人間模様が繰り広げられる幻想郷。しかし言われてみれば、幼馴染みは見当たらない。
「霧雨議員は議会を混乱に陥れようとしている!」
若手議員の怒号が響く、ガラスの割れる音、悲鳴まで――
興奮のあまり、手元のコップを霧雨議員に投げつけたようだ。
「ちょっと魔理沙、大丈夫!?」
すかさず霊夢が駆け寄る。
「あーもう、アンタは昔っから人の神経逆撫でしてばっかだから、こういう目に会うのよ」
「お、おい、みんな見てるからやめろって」
なに恥ずかしがってんのよ、と呟きながら霧雨議員の顔を拭く。
投げつけられたコップに水が残っていたらしく、顔を無残にも塗らしていたのだ。涙――それも有っただろう、女の子だもの。
「ホラ、泣いてたら馬鹿にされちゃうでしょ。……あーあ、上着まで濡れてるじゃない。バンザイして、バンザイ」
「ん」
霧雨議員の上着を手馴れた様子で脱がせ、ストックと思われる服を着せた。所々ほつれている、おそらく手縫いだろう。
「アンタとは旧作以来の付き合いだもの。嫌でも世話焼くのが上手くなっちゃうわ」
幼馴染み、とても良いものだ。
一同が納得する出来事であった。
いいなぁ