Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

或るハレの日

2007/08/06 12:07:03
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拝啓
 蝉時雨やそーなのかー、といった季節を感じさせる音で目を覚ます頃には、すっかり汗ばんでいる様
 な暑い日が続いておりますが、御体に障りなどありませんでしょうか。

 本日は奇怪な事がありまして。床を離れて身支度を整え、朝餉の準備などをしておりました所、里の
 童が幾人か訪れて来まして、「妖が出た」と云うのであります。
 此の様な早朝から何を。と訝しく思いはしましたが、私とて半ば妖の身でありながら、日頃より里の
 人々に懇意にして戴いている故、其の頼みを無碍にする訳には往かぬのでありまして。急かす童に手
 を引かれ、里外れの牧地に向った所―――。










 ルーミアが担いだ。


 別にあれは宵闇様必勝の構えであるとか、ルーミアが虚言にて人心を惑わしたとかいう事ではない。
 では何かというのであれば、一人が見たら三十人がルーミアだと応えるべきである黒塊の上面から、仔牛の頭と尾が生えているのである。
 見守る里の人々の矢面に立ち、それと対峙している上白沢慧音が、思わず現実逃避に脳内で文を認めてしまう程に意味不明な光景であった。
「あ…あの、先生?」
 妖と対峙したまま一向に語らず、動かぬの慧音に不安を感じたのか、牧地の管理を任されている者が話しかける。
「ん?ああ、すまない」
 その声に気づいた慧音はそう言いながら振り返り、
「どう考えても、そーなのかーは季語じゃないな。私とした事が迂闊だった」
「は?」
 まだ混乱していた。

「ねー、もう帰っていいのかー?」
 そんな人々を余所に、黒塊の中から暢気な声が響く。
「ああっ、待ってくれ!そらっ」
 それを聞いた管理主が、慌てて懐から何かを取り出して投げた。その何かは、弧を描きながらルーミアの少し横に飛んで行き…。
 ひょいぱく
 黒塊が素早く横に動いて、投射物を正面から受け止めた。
「…今何をした?」
 慧音が管理主に尋ねる。
「ええ、ああやってお菓子を投げてやると食べるのに夢中で逃げないし、見えてない筈なのにちゃんと受け止めるから、皆で面白がって投」
「この馬鹿者ッッ!!」
「ぶべら!?」
 平手一閃。管理主はもんどり打って地に伏した。
「この手の妖は図に乗って人里まで下りて来るから、如何に愛嬌があろうとエサを与えないで下さいとあれ程言っていたのに、お前は…!」
 先生憤慨。しかし、かなり危険な角度で軟着陸した彼に、その説教は届いていないだろう。むしろ息があるか不安だ。
「もう食べ物投げないのー?なら帰るよー」
 残念ながら、ルーミアには雰囲気を察する能力が著しく欠如しているようである。その場に居る全員から、豪く遠まわしに馬鹿にされている事にも気づいていない。
 草葉の陰から「これが…ゆとり世代…!」という何処ぞの烏天狗の声が聞こえた気がするが、恐らくは全く関係無いだろう。
「大体お前もだ!」
「ほへ?」
 慧音は振り返ると、あくまでペースを崩さないルーミアを指差して凄む。
「こんな朝ッぱらからなんだ!しかも何で牛を狙うか!」
「人間ならよかったの?」
「いや、それはないが…」
「ならいいじゃないー」
「良い訳あるかッ!」
 暖簾に腕押しもいいところだ。ルーミアには話を抉らせようとする意図がないので余計性質が悪い。
「例え家畜とて、里の者が丹精こめて育てた結晶だ。妖にくれてやるほど安くはない。大人しく去るのならば善し、そうでないのなら…無理にでも退いて貰う」
 ちなみに、その丹精込めた本人は慧音の足元で痙攣している。生きているのが分かっただけでもマシだろうか。
「えー、牛が欲しいって言うからここまで来たのに、手ぶらで帰るなんてできないよー」

 慧音に衝撃走る。

 あれか、今こいつは欲しいと言われて来たと言ったか。自分で喰うんじゃないのかよ。という事は誰かに上げるのか?この食いしん坊万歳が?もしかして何か、求愛行動とかか。いやいや落ち着け私、いくら妖怪とは言えども野生動物じゃあるまいし。じゃぁあれだ、子育てか。誰の子だよ。むしろこんな見た目幼女と子作りするような真性ペドフィリアがいるか。
 …普通に居そうなのがアレだな。

「一つ聞くが、その相手は男なのか?」
「…?たぶんそうだと思うけど」
 さっきから黙ったり突っ込んだり凄んだり黙ったりと、今一キャラの安定しない上、唐突に意味不明な質問をする慧音に、ルーミアの声色も幾分怪訝そうだ。
「いや…女手一つで子を育てるのは大変だと思うが、だからこそ人様の物を奪うのを看過する訳にはいかない。諦めてその辺の夜雀で妥協してくれ」
「…??」
 先生想像の翼が逞しすぎて還って来られない所まで飛んで往った。恐らく慧音の脳内では、甲斐性の無い夫から逃げ、働きながら子育てをするルーミアという構図が出来上がっているだろう。もう少し放っておけば火サス的展開になるかもしれない。
 が、ルーミアにしてみればそれこそどうでもいい話だ。

「何だかよく分かんないけど、妖怪が妖怪捕まえたってどうしようも無いじゃない」
「諦めて去るつもりはない、と?」
「だって、牛持ってくって約束しちゃったし」
「ならば私もこれ以上無駄な問答に終始する事も無い。さっきも言ったが、家畜は里の貴重な財産だ。全力で護らせてもらうぞ!」
「そーなのかー」

 その言葉と共に、ルーミアの周囲を覆う闇がより深くなり、慧音の全身から攻撃的な霊力が放たれる。
 妖怪は人を襲い、人は妖怪を退治する。その関係を維持するための決闘という契約によって、如何な大妖でも介入する事の適わぬ界が二者を覆うように結ばれる。
 急激に発露した人ならぬ者の戦いの空気に、力の無い里の人々は撒き込まれぬように退避を始め、

「それじゃぁ、アルプス一万尺で勝負ね」

 全員その場で勢い良く転けた。
 ついでに慧音も若手芸人の見本の如く頭から転けた。

「あんだけ弾幕っぽい雰囲気作っといて、何でお遊戯で決闘なんだ!」
 慧音吼える。
「えーと、ほら、何でも力で解決するのはよくない。ってけーねが言ってた」
「言ってない!」
「ってブンヤが言ってたってみすちーが言ってたってチルノが言ってた」
「どう考えても私言ってないじゃないか!」
 それはそうだろう、鳥→鳥→⑨という経路で伝達が行われた時点でその情報はもう死んでいる。

「んー、まぁそれはいいけど、弾幕ごっこだと仔牛に当たっちゃうかもよ?」
 散々引っ掻き回して置きながら(重ねて言うが当人にその積もりは無い)、ここにきて正論。
「ぐ…それもそうだな…」
 そう言われては、慧音としても迂闊に弾幕に走るわけも往かず。
 画して、史上類を見ない程にみみっちい人妖の決闘が始まった。






 念のため注釈を付けておくと、アルプス一万尺で勝負するというのは、幼少期に聴いた者の大半が、仔山羊を踏みつけて踊る虐待ソングだと勘違いしたであろう、あの童謡を唄って歌唱力を競うというのではなくて。その歌に乗せて二人で行う手遊びで雌雄を決しようと言う事である。
 それ故に。
「闇に覆われたままじゃ、手が何処にあるか分からないじゃないか」
「あ、そーだね」
 ルーミアが発言するや否や、真球を保っていた黒塊の前面が、突き出した両腕が見える程度にまで削れた。
 ちなみに仔牛は未だその頂上に君臨している。どうやって手を使わずに固定しているのか謎が深まるばかりだが、気にしたら負けだ。

 長期戦になるだろう。と慧音は踏んでいる。
 ルーミアの提示した条件はどちらかが三回失敗した時点で終了。体力面では純粋な妖怪であるルーミアが有利だが、元々が幼子の為の遊戯なのだから、それほど体力を消耗する要素はない。それよりも、短い間隔で同じ行動を繰り返すので、他所事に気をとられた拍子に崩れる可能性がある。それは長期戦になればなるほど言える事だ。要は、集中力を如何に保てるかであり、その面では慧音はルーミアに劣っていると言う事はないだろう。
 つまり、慧音は自分の有利を確信していた。

「分かった、何時でも始めていいぞ」
「それじゃ、始めるよー、せーのっ!」



――― 一回戦 ―――

「或るーブース一万弱ー♪」
「多いな!と言うか失礼だな!!」

 ブブー

「はい、一回失敗ねー」
「いや、今お前ちゃんとした歌詞で唄ってなかっただろ!」
「気のせいだよ?失敗したのを人のせいにするのは善くないって、けーねが」
「言ってない!言った事はあるかも知れんがお前には言ってない!もういい、次は私が唄う!」
「そーなのかー」
「行くぞ!せーのッ!」



――― 二回戦 ―――

「アーループース一万じゃーく♪」

普通に唄えば普通に失敗する要素はない。詳しく描写しても何の面白みもないので中略。

「―――らーんららんらーらららら らららららー♪」「ワンモアセッ!」
「!?」

 ブブー

「はい、二回目ー」
「今の声誰!?」
「え?私には何も聞こえなかったよ?」
 そんな馬鹿な、と慧音は里の人々に確認を取ろうと振り返るが、視界に飛び込んできたのはこっちみんなという貌の列だった。どうやら彼らにも聞こえていなかったらしい。
「嘘だッ!!」
 先生またも憤慨。しかし彼女を援護するために聞こえたと言ったら、恐らく嘘を吐くなと憤慨するので里の人々の立場は針の蓆である。
「どーでもいいけど、あと一回で終りだし、本気で決めさせてもらうよ?」
「ああもう!後で不正してないか歴史を視て確認する!」
「好きにすればいいよー。せーのっ!」



――― 三回戦 ―――

「アールッ!プースッ!一万ヂャッ!くー、こーやりーのう~☆えーで♪」
「いや、ちょ、まッ」

 台詞のみだと全く訳が解らないので解説を。
 ルーミアの言う本気とは、遊戯中に裂帛の気合を混めた突きや抜手、某吸血鬼の立ちポーズを交える事だったらしい。
 開始前に高らかに非暴力を謳っていた様な気もするが、恐らく本人がそれを語った事を覚えていないだろう。だってルーミアだし。
 まぁ明らかに反則なのだが、下手に止めたらまた負けにされかねないので、慧音はそれらを何とか捌き切ってみせていたのだが、
「アルペン踊りをさぁ踊りまショォ―――ォ!」
 と、てめぇの血は何色だと尋ねて来そうな指剣が、左右から慧音を切り刻まんと迫ってきたので、
「っつ!ふんッ!」
 先生勢い余って得意の頭突きで応戦してしまい、
「ほ、ほぎー」
 カウンター気味に入ったそれにより、ルーミアはピンポン玉の如く吹き飛び、少し離れた位置にあった納屋の壁を粉砕してその向こうへ消えた。

「勝ったッ!三回戦完!!」
「落ち着きなってば」

 スパーン、と爽快な音を立てて慧音の後頭部に突っ込みが入った。
 慧音が何事かと振り向くと、そこには顔馴染みの不死鳥が、スリッパを携えて呆れ顔を見せている。
「おお妹紅、たった今悪は滅びた。手助けは必要ないぞ」
「いや、手助けも何も、朝飯食べに里まできたらこの騒ぎだし…。処で、あんなに思いきり良くぶっ飛ばしちゃっていいの?あの妖怪、仔牛を捕まえてたんじゃない?」
 先生硬直。
 よく見ると里の面々も微妙な視線を慧音に送っている。
「…えーと、なかったことに?」
 滝のように汗を垂らしながら、行き成り事実の隠蔽に掛かろうとする慧音だが、
「歴史を刻む者として一番駄目なパターンに振らないの。ほら、さっさと確認に行くよ」
「あれは正当防衛だー。私は悪くないんだー…」
「はいはい」
 またも正論を持ち出され、妹紅にずるずると納屋の方に引き摺られていく。平素の守護者兼先生としての威厳が台無しである。

「しかしまた…派手に突っ込んだわね」
「うむ…反射的に出たとは言え、少しは手加減するべきだったかな…」
 慧音がそう呟くが、幼子の遊戯による平和な決闘が、童謡に乗せて必殺を期した拳を打ち合う死亡遊戯に発展した時点で、手加減する意味があったか甚だ謎である。納屋の壁には、人一人が少し屈めば通れる程の大穴が開いていた。
 先に中に入った妹紅が、灯りの代わりとして握りこぶし大の火球を生み出して内部を確認すると、どういった都合のいい奇跡か解らないが、仔牛は全くの無傷で、壁が吹き飛んだ衝撃のせいか床に撒き散らされた飼料を舐め取っていた。

「えーっとあとはあの妖怪そーなのかは…っと、え…?」
 ルーミアは、壁を突き破っただけでは止まらず、反対側の壁に激突して漸く止まったのだろう、納屋の奥の方で完全にノビている。
「これは…」
 それだけなら良かったのだが、問題は、そのルーミアに折り重なるようにして倒れている者がいるのだ。






 それは、どの角度から検分しても立派なリトルグレイだったので、良く解らないモノは永遠亭に押し付けよう!という妹紅の外道極まる発想の下、歴史と伝統に則り捕縛された宇宙人スタイルで永遠亭を襲撃したところ、余りの気味悪さにイナバの八割が泣き出すという未曾有の大惨事が発生し、てゐと鈴仙の手腕が問わる事となるが、実際用を成したのはてゐだけであり、鈴仙の立場が一層微妙なモノになったのはどうでも良い話だろう。そんな事で、あっさりと永遠亭の主達の下にたどり着き、これでも食らえという勢いで慧音と妹紅の間で項垂れる灰色小人を差し出した処。


「あら、行方不明になってたと思ったら里の方に居たのね。わざわざ連れてきてくれて感謝するわ」


 と、えーりんの知り合いであるという言質が取れてしまった以上、地を這い蹲って生きる者達は納得せざるを得ない。

 そんな日もある。



次回予告
「え?四暗刻って揃ったら牌が全部消えるんじゃないの?
「何を言ってるんだお前は」

輝夜から麻雀のコンビ打ち対決を申し込まれた妹紅は、慧音と特訓をしようとするが、妹紅の持っている麻雀の知識は著しく間違っていた。
しかし、永遠亭でも永琳がコンビ打ちと称した二人羽織りで輝夜へのセクハラに励んで居たため、どちらも大差はない。

一方、終盤に完膚なき迄に放置を食らった上、リトルグレイと約束した宇宙人の食べ物をも入手し損ねたルーミアは、ならば宇宙人を食べれば良いと言う短絡的な考えの下、暗躍を始める…。

次回、或るハレの日後編は「どうでもいいよ、この与太郎が」

無かった事にされました。
諦めてください。
コメント



1.名無し妖怪削除
まさかリトルグレイが出るとは思わなかった。
そもそも性別があると思っていなかった。
今は腹筋を押さえている。

>にはいかかない
かが一個多いかと。
2.うみうし削除
平和だなー、この幻想郷
3.名無し妖怪削除
平和すぎるなこの幻想郷

>それはそうだろう、鳥→鳥→⑨という経路で伝達が行われた時点でその情報はもう死んでいる。
事実過ぎて吹いた