Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

Sweets Time

2007/07/29 08:06:11
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  目が覚めて、最初に感じたのは渇きだった。
 ベッドの上に身体を起こしたフランドールが小さく欠伸をすると、空気を吸い込んだ口の中が、さらに渇いた。
「のど、かわいた」
 呟きが口唇に張り付いて不快だった。
「のどがかわいた」
 それでも、もう一度、フランドールは呟く。
 隣で寝ていた人形を手に取り、膝の上に座らせると、フランドールはその両手を自分のてのひらの上に乗せる。
「のどがかわいた。ね」
 細い指を閉じて、人形と手をつないだフランドールは、人形の大きな青い瞳を見つめた。青いガラス玉に映る自分を見つめている。
 しばらく見つめ合い、それからゆっくりと人形の手を持ったままその身体を持ち上げる。
 その時、部屋の扉がノックされた。
「失礼します」
 背筋を伸ばし、入ってきたのは咲夜だった。左手に、ティーセットの乗ったトレイを持っている。揃いのティーポットとカップの白さが、部屋の灯りよりも明るく見えた。
「まだお休みだったのですか」
 寝間着のままベッドの上にいるフランドールを見て、咲夜は言う。片手でしっかりと扉を閉めてから、部屋の中央に置かれた丸テーブルへ、音をたてずにトレイを置く。
「のどがかわいた」
 人形を持ち上げたまま、フランドールは顔だけ咲夜に向けて言った。口唇の両端を持ち上げ、咲夜はティーポットを取り上げながら答えた。
「お茶を用意します。着替えをなさってください」
 フランドールがてのひらをひろげ、人形はベッドの上に落ちた。
 着替えをするフランドールの横で、咲夜はカップに紅茶を注ぎ、ベッドを整えると放り出された人形を枕元に座らせる。それから、脱いだまま床にまるまっているフランドールの寝間着を手に取ると、一礼をして部屋を出て行った。
「咲夜は……」
 椅子に座りながら、ひとりに戻った部屋でフランドールは喋り始める。
「ていねいなのに、どうして、咲夜がドアを閉める音って大きいのかしら」
 紅茶に口をつけると、渇いていたところがあたたかく濡れる。一口飲んでから、フランドールは口唇を舐めた。
「アプリコットジャムね。この前のロシアンティーはブルーベリーだったわ。わたしは、アプリコットのほうがすきよ」
 時計の無い部屋に、フランドールの声は響く。この部屋の中では、いつも、フランドールの声ばかりが響く。
「でも、もっと甘いほうがすき」
 シュガーポットの中には、砂糖のかわりに蜂蜜が入っている。とろりとしたその液体をフランドールはカップに注ぎ、スプーンで何度かかき混ぜた。
 カップに当たる、スプーンの音。
「甘いものはおいしいの。ケーキもおいしいでしょ。だから、ビスコッティよりはクッキーがすき。だけど昨日はビスコッティだったわ」
 小さく、ため息を吐くと、フランドールは手にしていたスプーンを放り投げた。壁に当たる音。床に落ちる音。
 そして響くのは、フランドールの声ばかり。
「ビスコッティもきらいじゃないけど、やっぱりクッキーのほうがすき。でもケーキがいちばんすき」
 フランドールはゆっくりと紅茶を飲む。飲み終わると、カップも壁に投げつけた。カップが割れる音。欠片が落ちる音。
 その音を聞き、フランドールはくすくすと笑う。笑いながら、ソーサーも投げる。
 ぶつかり、砕ける。
 シュガーポットも投げようと手に取り、ふと、何か思いついたようにフランドールは手を止めた。シュガーポットを持ったままベッドサイドまで行き、咲夜が枕元に座らせた人形を手に、またテーブルへと戻る。
 テーブルの上に座らされた人形の青い瞳に、また、自分の姿を映す。
「青い目がきれいね。青い色はきれいよ」
 頬杖をついて、フランドールはえくぼを浮かべた。
「チルチルとミチルの青い鳥がね、いたのよ。かわいかったの。お歌をうたったの。青い鳥のね、羽根が、ばらばらになったのを見たのよ。とてもきれいだったわ」
 うっとりとした表情で、フランドールは続ける。
「きれいだったの。でも、あなたの目はもっときれいよ」
 呟きながら、フランドールはシュガーポットを持った手を傾ける。人形の着ている赤いドレスの上に、蜂蜜が金色の糸になって落ちる。
「青い目がきれい。赤いお洋服がきれい。はちみつもきれい」
 シュガーポットが空になると、フランドールはそれを壁に投げた。今度は、声を出して笑う。
「とってもきれい」
 人形の手を取ると、フランドールは壁際へ歩く。手を伸ばし、壁に触れる。
「お空も青いってご本に書いてあったけど、そんなのはうそね。でも、青いお空って、きれいだと思うわ」
 ふと、フランドールの靴の下で、ぢゃり、と、音がした。床に落ちていたカップの欠片を踏んだのだ。
 フランドールは驚いたように足元を見る。
 そっと、欠片を踏んだ左足に体重をかける。
 また、ぢゃり、と音がする。
「お歌をうたいましょう。青い鳥がうたっていたお歌よ」
 壁に手を当てたまま、何度も、フランドールは欠片を砕き、鳴らした。
 一定のリズムをもって、そしてそれに合わせて、何か口ずさみ始める。
 陶磁器の砕ける音が、幼い声のつむぐ旋律と混ざり、歌になる。
 歌い終わると、フランドールは壁から手を離した。
「このお歌しか、わからないの」
 壁を見つめたフランドールの手から、人形が落ちる。粉々になった白い欠片の上に。ドレスの裾が乱れる。
「今日のおやつは何かしら。ケーキがいいな。でも、アップルパイも食べたいわ」
 フランドールは踵を返して、部屋の中を踊るように歩き回った。人形は、床の上だ。
「ケーキ、ケーキ、ケーキ」
 靴の底に張り付いていた欠片が、はがれて落ちる。
「アップルパイ、アップルパイ、アップルパイ」
 自分の呟きが歌のようになっていることに、フランドールは気付かない。
 気付かずに、テーブルの周りをまわり続ける。
「ケーキ、ケーキ、ケーキ」
 繰り返しながら、フランドールの舌は渇いていく。口唇も、渇いていく。
「おやつ、おやつ、おやつ……早くおやつの時間にならないかなあ」
 足音をたてず、フランドールは歌い続けた。
 渇いていく歌声だけが、部屋に響いていた。

 
 
起承転結の無い、散文詩のようなSSが書きたかったのですが、自分の技量ではこれが限界でした。
読んでいただいて、ありがとうございました。


感想欄でご指摘いただいた通り、同タイトルのアレンジソングがありまして、そちらの作詞もわたしです。
そのことを記載しなかったため、誤解を生んでしまったようで、申し訳ありませんでした。
作詞とSSと形態は違いますが、わたしの中のフランドールのイメージは一貫してこんな感じです。
やまざきさやか
コメント



1.名無し妖怪削除
あぁー、自分の中のフラン像とピッタシ一致しました。
ただ単に狂っているのか。それとも純粋な子供なのか。
2.名無し妖怪削除
某アレンジソングが元でしょうか?
それを置いても、狂っているのか純粋なのか解らないフランの一日
ホラーではないのだけれど、ゾクッと背筋が寒くなりますね
こう、後ろから…
3.乳脂固形分削除
うーん、すごいです……いたたまれない感じ
見ている咲夜の気分になって読んでいました
4.名無し妖怪削除
うん?こんな歌を聴いた事があるような・・・
っていうか、まんまやん。タイトルまで?!
ちょっとうたをSSに変えただけのような
5.名無し妖怪削除
こわい・・・文を追うだけでにじみ出る狂気を想像したくなる内容です。

ただ、ベースにした歌や唄がある場合、元ネタは書かれるべきかと。
6.名無し妖怪削除
パクリいくない

悪くないSSへの変換(アレンジ)でした

コメントをどちらにしたらよいのか

7.名無し妖怪削除
というか、詐称がなければご本人なんでは?
8.名無し妖怪削除
おお、ご本人でしたか。
では、こちらのコメントを。

悪くないSSへの変換(アレンジ)でした
9.名無し妖怪削除
いやー、作品もよかったけど、この一言をいわせて下さい
すっきりしたー
あとがきの追加があるまでもんもんとしてましたよ
あのアレンジソングの歌詞はとても好きです
あの印象を残したまま、よくSSをに作られたものです。
こんな空気をもった作品を、またお待ちしております
10.削除
自分内フランとぴったり一致しました。この出来は素晴らしい。
11.つくし削除
これは良い狂気。音楽のような文章が快感です。
12.名無し妖怪削除
脳内で音楽が流されながら読みました。
フランの狂気というのは背筋が凍るような感じですね。
素晴らしかったです。
13.名無し妖怪削除
あの歌詞もそうだったが、「何を考えているか分からない」から怖いという狂人の描写が実に上手いと思いました。 フム、歌詞を知らなくても楽しめるのはポイント高いと思います。