「……幼女門番、大丈夫かな」
「……大丈夫よ。ええ、きっと、たぶん、確実に」
「不安ね」
紅魔館を後にした私達は、胸に無視できない痛みを抱えて、博麗神社へと向かっていた。
今度の患者さんは、マヨイガの八雲藍。
だが、マヨイガに直接行って迷うよりも、八雲藍の主がしょっちゅう顔を出す博麗神社へ行った方が早いと判断し、私達は博麗神社へと向かっていた。
……それと。
私は、ちらりと永琳様を盗み見る。
「……」
感じていた違和感が、どんどん膨らんでいたから。
違和感。
どうして永琳様は、妖怪が飲んだら身体どころか、記憶まで失くすような薬だったと分かっても、あんなに落ち着いて微笑んでいられるのだろう?
いや、普通に考えればこれがいつもの八意永琳だ。
落ち着いて現状を把握し、最小限の動きで解決する。
うん。普通に見れば、永琳様はいつもと変わらない。
だけど、
今は、今だけは普通じゃない。だって
……あの薬を飲んだ被害者欄に、上白沢慧音の名前がある。
「それにしても師匠。やっぱり藍さんも?」
「ええ、あの子と同じ状況でしょうね。身体と記憶。いえ、むしろ力と経験、と置き換えてもいいわ」
「うーん。心配だなぁ」
「あら大丈夫よ。あの人達はそこまで非常識ではないでしょうしね」
「……そうでしょうか?」
……。
やっぱりおかしい。不自然だ。
上白沢慧音が絡んだ永琳様は、それはもう面白い、じゃなくて愉快、でもなくて……そう、落ち着きにかけてしまうというのに、この落ち着きよう……
……。
薬が原因でも…って、あ。
そうだ、そういえば結局。この現状を作り出した薬とは、一体何の薬だったんだ?
最初は小さくなる薬かと思ったけど、永琳様の様子を見ている限りじゃ違う。むしろ小さくなった自分に本気で驚いていた。
……?
永琳様は、一体どんな薬を、何の為に作っていたんだ?
「……」
駄目だ。疑問がつきない。
だけど、これだけは確信をもって言える。永琳様は、私達に何か隠してる。
「あの、永琳さ―――」
意を決して、永琳様に尋ねようと口を開いた瞬間。
視界が壊れた。
「は?」
いや、何これ?
ぐにゃり、と視界が歪んで、方向感覚が一瞬で消えて、混乱するまもなく、
べちゃっ!
「はい。ご到着~」
「……………」
私達は、隙間妖怪の手によって、一瞬で博麗神社に付いていた。
三人仲良く転がって……
「紫、どうでもいいけど、もう少し静かにできなかったの?」
「ふふ。出来るけど、私だって怒ってるのよ?」
一番下に鈴仙。その上に折り重なる様に私、そして私の上で正座してるのが永琳様。
……この状況で正座して綺麗に微笑んでいることは素直に凄いと思うけど、背中が痛いです。
そんな私達を座ったまま見つめる。隙間妖怪にして八雲藍の主。八雲紫。
そして博麗神社の巫女。博麗霊夢。
この二人が並ぶと、ちょっと嫌な記憶が蘇るので、できればやめてほしかった。
「あら、隙間を通るって、ああいう感覚なのね」
「ええ、そうよ八意永琳。貴方のその状態を見れば、藍がああなったのは事故だと理解できるけど、納得はできないわ」
ぞくりと、背筋に嫌な感覚を生む、嫌な笑顔。
「……患者の状態を教えて貰っていいかしら?私達はその治療をしに来たの」
「…………ええ、隙間から僅かに覗かせて貰ったけど、嘘はないようね。いいわ」
隙間妖怪は、一瞬だけ値踏みするように永琳様を見て、隣に座る巫女に、微妙な、いや、本気で少し嫌そうな顔をむける。
「?」
「えっと、じゃあ、呼ぶわ」
「ええ」
「……呼んじゃうわ」
「え?は、はい」
「………さて、呼ばないと」
はよ呼べや。と突っこみそうになるその隙間妖怪の態度に、私達は顔を見合わせる。巫女も、何故かつまらなそうな、面倒そうな顔でお茶を飲んでいる。
「えっと、ら、らーん!こっちに来なさーい」
そして、やっと隙間妖怪が狐を呼ぶと、突然、ぱたたたたたっ!と足音が聞こえてきた。
「紫さまー!」
「はい、早かったわね。偉いわよ」
「はい!」
ぱたたたたっ、と、わざわざ手と足の全てを使って、全力で部屋に入ってきた途端に、隙間妖怪に抱きついてごろごろする、ちっこい狐。
勿論。八雲藍である。
「………………」
分かってはいたけど、私達は思わず絶句。
小さい。それは分かる。小さい身体に九つのふかふか尻尾が少し不釣合いで、それがまた可愛らしい。
だけど、なに?あのデレデレ具合。
もう、主が好きで好きで大好きです。というオーラ全開のあれは……
「さあ、早く直しなさい!藍がこうなってから橙に凄い目で睨まれるのよ!何故か霊夢にも!」
「え、ええ、勿論よ」
流石の永琳様も、その様子に呆然としている。
「紫さま紫さま。ゆーかーりーさーまー」
ぐりぐりと全身で抱きついて、まるで匂いをつけるようにごろごろふにふにする子狐。
その顔はすっごく幸せそうに蕩けている。
「……いけない。勿体ないと思ってしまうわ」
「は、はい師匠!なんか凄い分かります!」
「こ、これはもうちょっと見ていたい!」
思わず拳を握り締めて見つめてしまう。うわこれ可愛い!
普段の落ち着きぶりとか、常識人ぶりとか、苦労性とか、そこら辺を良く知っているからこそ、そのギャップがまたいい!
「ってちょっと!話が違うわよ!」
「………尻尾を触りたいわ」
「いくらでも触っていいから直しなさいよ!」
「うわ、あ、頭撫でていいですか?あ。柔らかい、耳が可愛い」
「くすぐったいぃ」
「うわうわ。帽子の下にこんな可愛い耳があるなんて!」
「紫さま?この方達は、紫さまのお友達ですか?」
「そ、そんなつぶらな目で見上げないで藍!ええ、友達、というか親しくしている人達よ」
なんだかんだいって、この隙間妖怪もこの子狐には弱いらしい。凄い動揺している。
だけど………
「紫の馬鹿、紫のアホ、紫のロリコン……」
ぶつぶつ呟く、ちょっと目が怖い巫女。
「紫様ずるい。藍様可愛い。紫様酷い。藍様素敵……」
同じくぶつぶつ呟く、後から部屋に入ってきた黒猫。
「……」
なでなでと、心地いい頭を撫でながら、私は思う。
確かに、こんな二人に囲まれるのは嫌だわ。と、
とりあえず。今度は安心して解毒剤を飲ませられそうだと、私は内心ホッとした。
……この会話を聞くまでは。
「えっ?!それ液体タイプなの?」
「ええ、そうよ。それがどうかしたのかしら?」
「だ、駄目よ!藍は液体は飲めないの!……吐くし泣くし逃げるから」
………。
結局。今回も一筋縄ではいかないらしい。
ロリコン上等、この藍ちゃんを愛でられるのなら、その汚名なんぞ怖くない!
まさに夢のお薬ですよ。めっちゃ欲しいよ!