「ち、近寄らないで下さい!人間は嫌いなんです!」
「め、美鈴……?」
「これ以上近付いたら、私は舌を噛みます!」
メイド長を追って外に出た私達が見たのは、何故かメイド長を睨みつけたまま後ずさりする。紅い髪の幼女。というか門番決定がいた。
「……は?」
一瞬呆気にとられる。
予想通りの門番の姿と、予想外の門番の行動に、思考が停止している。
唸りながらメイド長を睨みあげる門番と、睨まれて、それは凍りついた無表情で伸ばした腕を固まらせているメイド長。
……あれは、相当のショックを受けているとみた。
「師匠?これって……」
「……そうね。まだ何とも言えないのだけど、もしかしたら、記憶まで退行したのかもしれないわ」
同じく呆然としている鈴仙と、その腕に抱かれて難しい顔をしている永琳様。
「……どうやら完全な妖怪が飲むと、こうなるらしいわね」
「ど、どうするんですか?」
「いえ、解毒剤を飲ませれば大丈夫よ。あれには患者の状態がどんなものでも対応できる様に、いろいろ工夫を凝らしておいたから」
「なるほど!さすが師匠です」
解毒剤を取り出す永琳様と、そんな薬を作れるなんてと感激の鈴仙。それを私は冷静に見つめて。
「……でさ。どうやってあの状態の門番に飲ませるの?」
「え?」
鈴仙が「何を言ってるのよてゐ?」と不思議そうに、視線を門番幼女化に向ける。
「め、美鈴。お菓子をあげるわ。だから……」
「人間から貰ったものなんていりません!」
「……美鈴。服がそれだと動きづらいでしょう?新しい服を」
「いりません!」
「ま、待って美鈴!」
「うきゃっ?!な、何なんですか貴方は!離してください!」
ぼかぼかとメイド長の胸やら顔やらを叩いて、その腕から逃げ出そうと必死の幼女門番。だがメイド長は離さない。当然だろう、ここで離したら幼女門番は躊躇いもせずに、ここから離れて二度と戻ってこなさそうなのだから……
「……貴方達」
ゆらり、とメイド長の視線がやばめな色を含ませる。
「これは、どういう事か説明してくれないかしら?」
「は、離して下さい!人間ー!私は妖怪なんですよ!怖いんですよ!」
ジタバタ暴れる幼女門番を必死で拘束したままのメイド長のそれに、私達が答えないわけにはいかなかった。
そして。
いつの間にやら私がナイフで狙われていたりする。
「あ、ははは。こ、ここは、もっと穏便に」
「そう。全てはそこの兎が原因で……」
「はい、原因で元凶と言われればその通りです」
「鈴仙ー!」
「まあまあ、今はそれより、どうやってあの子に解毒剤を飲ませるか、それを考えないといけないわ」
だぼだぼなワイシャツ姿の永琳様。
威厳も何もないのだが、その落ち着いた態度と悟ったような瞳は、それだけで場を落ち着かせる効果がある。
いまだにメイド長の視線が怖くて尻尾が縮むような感じがするけど、逃げたら更にやばいので、とりあえず自身を落ち着ける。
「ふーん。貴方が八意永琳で、あれが門番とはね……」
「……ねぇパチェ。こんな時間に吸血鬼を叩き起こしておいて、謝罪は何もないのかしら?」
「わー!お姉さまめーりん可愛いね」
……自身を落ち着ける為に、部屋を見直したのは失敗だった。
そういやいたよこいつら。
うぅ。逃げたい……
ちらりと、今だけ私と同じ気持ちだろう幼女門番を見ると、彼女は縄でぐるぐる巻きにされながらむっすーとした顔で頬を膨らませていた。
「飲ませるって、力づくでいいでしょう?」
「気絶させて飲ませたら?」
「はーい!私が飲ませてあげる!」
私は思った。
やっぱここ悪魔の館だ。
「駄目です」
永琳様もちょっと思ったのか、少し苦笑しながらそんな三人をやんわりと止める。
「無理やり飲ませても意味がないのよ。あくまで自分の意志で飲んで治ると思って貰わないと。あの薬に関しては効力を失くしてしまうわ」
どういった効能の薬かはわからないけど、どうやら思い込みや無意識だとあんまり効果のない。感情に左右される薬らしい。
つまり効かないと思っていたら本当に効かない。
治ると思えば治る。
……なるほど。先程永琳様の言ってた。どんな状態でも対応って、そういう事か。
「この薬は思い込みであらゆる万病に効くけど、その分作るのに時間がかかりすぎるのよ……あんまり無駄遣いはできないわ」
永琳様の言葉に、悪魔の館の住民達はふむ、と頷く。
「そう……今の門番は私の命令も聞きそうにないわね」
「みたいね。それに催眠術で飲ませて効果があるかわからないし……その薬の手持ちがもう少しあるなら試したいけど、そんな貴重な薬、あんまり無駄には使いたくないわね」
「小さいめーりんは可愛いけど笑ってくれないよー……」
このままだと埒があかないので、一応は元凶とか言われて今だ怖い目で睨まれている私が説得しようと彼女に近寄る。
「ねえ」
「何ですか?」
……あれ?普通に返してくれた。
「え、えっと。どうして人間が嫌いなの?」
呆気にとられておかしな事を聞いてしまった。だけど幼女門番は私に訝しげな目をむける事なく、ああ、と頷いた。
「人間という種族全体が嫌いな訳ではないんですが、目の前に人間がいるとつい反射で言っちゃうんです。本当に嫌いなわけじゃないですよ?嫌いなのは一部ですから」
「あ。そうなんだー……ははは」
目の端に、そうだったんだ。とほっとした顔のメイド長と、いつの間にかコンタクトに成功している私を見る複数の目が向けられていた。
うわっ。し、失敗できないかも。
「そ、そういえば、さっきから不機嫌そうだね。やっぱり縄に縛られてるから?」
「違いますよ」
幼女門番はぶんぶんと首を振って、本気で嫌そうに顔をしかめる。
「そこにいるメイドさんとか、小さい吸血鬼とか、魔女とか、どう考えても私より強い人と妖怪が、どうにも気に入りません」
「……………そ、そーなんだ」
ショックを受けて固まる紅魔館メンバー。永琳様と鈴仙はうわーって顔してる。
「ねえ、そういえば貴方は何て名前なの?」
「え?私は因幡てゐだけど…」
「そっか。私は紅美鈴なの、よろしくね」
にぱっと、花がほころぶ様に笑う彼女の顔は、初めて見る笑顔で、一瞬目を奪われる。
ついでに、嫉妬の篭った視線複数が背中に突き刺さる。す、素直に喜べない……
「……八意永琳」
「何かしら?」
「……解毒剤はいらないわ」
「……それはどういう意味かしら?」
吸血鬼の言葉に、永琳様も鈴仙もちょっと驚いている。
そしてあの図書館が、どこかむすっとした顔で『子供に好かれる為の100の方法』とかいう本を開いていた。
メイド長も何事かを必死で考えていて「……お菓子も駄目。洋服も駄目。……なら夕食をお子様ランチにすれば…」とかぶつぶつ呟いている。
「めーりんと仲良くなる!」
そして吸血鬼の妹もやる気を出している。………あ。何か流れが分かった。
「一週間後。また来なさい」
紅魔館の主は、何故か額に青筋を浮かべながら言う。
「その時には、美鈴は解毒剤を素直に服用する様になっているわ。私のカリスマのおかげでね!」
「……違うわ。私の知識でよ」
「いいえ、愛情です」
「ゆーじょうだよ!」
……。
私は、縄に縛られて人懐っこい笑顔を見せる幼女門番を、抱きしめるしかできなかった。
今、私の不安は的中した。
願わくば、こいつらに子育てがきちんと出来ますように。
>工夫を凝らしてたおいた
>吸血鬼を叩き起ことかしておいて
…なんと言いますか、「しておく」って表現との相性が悪くていらっしゃる?
紅魔館子育て編楽しみにしてます!
でも縄に巻かれている状態だとシュールwww