Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

アロイ

2007/07/17 03:16:34
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トン、トン、トンと何かが規則的に打ち付けられる音で、夢の世界から蹴りだされた。
如何な内容だったかも判然としないのだから大して象徴的な夢でもなかったのだろうが、今際の際が文字通り何者かの蹴り飛ばしだった事だけが明確に記憶されていて無性に腹立たしい。
結構派手に飛んだ気がするのだが、現実に同調して自身がベッドから落下していないのは奇跡だ、と思った。
中途半端な目覚めだったためか、脳は二度寝を主張しているのだが、半端にでも機能し始めた五感は寝室の違和感を察してしまった。
室内が妙に明るい。
確か昨日寝る前に戸締りをして、遮光カーテンを掛けたはずなのだけど、何故か現在はその両方が開け広げられて、朝日というには上りすぎた陽光と、初夏の生温い風を迎え入れている。
ああ、またか。今日は午後まで寝てようかと思ってたのに。
キッチンからは、じゅぅ。という分かり易い炒め物の音が聞こえている。
私が、此方も遠慮なく開け放たれた仕切り戸越しにキッチンを見遣ると。
「おはようメリー!待ちきれなかったから勝手に色々借りてるわよー」
勝手知ったる某というか、家主の許可も得ないでおさんどんをする宇佐見蓮子は、今日も無駄に快活だった。

「それにしても、相変らず朝弱いよね。低血圧?」
台所でフライパンをあおりつつ、蓮子が話しかけてくる。
「まぁ、そうなんだけど」
少し前に買い物に出かけたときに、偶々見つけた水銀柱の血圧計。こんな所でも過去の物を掘り返す必要があるのかと思いつつも、お試しの魅力に負けて測定した私の血圧は、目標値に達する遥か手前で気圧に屈する程度だった。
それは別にいいのだけど、測定結果のシートに『お勧めの料理はレバニラ炒め』とか書かれていたのは余計なお世話だと思う。
「それにしても、寝室に入ってカーテンと窓まで開けたのに気づかないのは問題なんじゃない?」
部屋に入ったのが私じゃなかったらどうするのー?と蓮子は言うけど。
「部屋の合鍵を渡してあるのは、両親と貴女だけなんだからいいじゃない」
そういうことである。
「あら、私が誰かにここの合鍵を盗られちゃったらどうするの?」
もしそうなったら、私も、蓮子も無事では済まないんだろうけど。
「もしそうなったら、鍵を盗られた蓮子と、違和感がなくなるほど私の就寝中に忍び込んでる蓮子を恨むわ」
「ひと粒で二度恨まれたんじゃ割に合わないわね。前向きに善処するとしましょ」
そう言って蓮子は肩をすくめる様な仕草をする。台詞と動作が一致していないのに、何となく見る者を安心させてしまうのがこの娘のずるいところだと思う。
「ところで、もうすぐご飯できるから、さっさとベッドから下りて顔洗ってくる」
「はいはい」
ベッドの魔力を振り切って、洗面所に向う私の後ろから蓮子の呟きが聞こえる。
「そんなに低血圧なら、炒め物、レバニラ炒めにすればよかったかな?」

この場合、血圧計のお節介が人間的だと思えばいいのか、蓮子の発想が機械的だと思えばいいのか、どっちなんだろう。






私がお節介だと感じたその一文だって、元を辿れば人間が作った物じゃないか。と誰かが言ったような気がする。
でも不思議な物で、機械が出力した物だと思うと、途端に味気ないように感じてしまう。
せめて、音声で出力されるとか、測定結果にイラストが描いてあるとかすればまた違うのかなぁ…。
そんな事を考えながら寝ぼけ眼を冷水でこじ開け、寝癖が酷かったので簡単に櫛を通すだけして元に戻す。
まぁ、丁寧にやるのは出かける前でいいや…と居間に戻った頃には既に、然程幅の無いテーブルの上を二人分の朝食が占拠していた。
そして、中央には無骨な金属の人形が居座っていた。

いやちょっと待て。
一応私も女の子の端くれなので部屋にぬいぐるみや人形が在ったりはするけど、幾らなんでも食卓上に鉄の城を配置した覚えは無い。
というか、これは…。
「…蓮子、これって」
「いただきまーすって、ああ、それ超合金って言うらしいわよ」
おもしろいでしょー、などと言いながら蓮子はトーストにバターを塗っている。
「こんな古そうなおもちゃ、何処から持ってきたのよ」
「んー、前に実家に帰ったら、物置を取り壊したときに地面の下からタイムカプセルに入って出てきた物らしいの」
そこで一旦台詞を切ると、並んでいた二つの瓶から、迷うことなくイチゴジャムを取って塗る。なら私はマーマレードにしよう。
「一応ウチの係累の人が埋めたらしいんだけど、埋めた日付をみたら昭和の終わり頃だから本人が生きてるはずもないし、その家はもう絶えちゃってるのね。処分するのも困るから、昔のおもちゃの資料みたいな感じでそれなりの場所に寄贈するつもりだったらしいんだけど、それじゃもったいないから貰ってきてみたの」
「なんでそんな曰くありげな物を持ってくるのよ…」
「らっへ」
「口の中に物を入れたまま喋ろうとしない」
十分すぎる程にジャムに占拠されたトーストを加えたまま喋ろうとした蓮子をけん制。普段から行儀よくしてないと、いざという時に地が出てしまうものよ、蓮子。
そんな事を考えながら私も控えめにマーマレードを塗ったトーストを齧る。
そしていつの間にかトーストを嚥下し終えた蓮子は、満面の笑みを浮かべて、
「だって、この人形に結界の裂け目とかありそうな気がしたから」

むせた。噴出すのはこらえた。でもなんか自分に負けた気がした。






サラダに入ってたプチトマトが妙に青臭くて食べれた物じゃなかったり、それは私が興味本位で育ててみたものだったりしたんだけれど、それはさて置き。

「凄いむせ方だったけど、本当に大丈夫?」
「ええまぁ、でもいきなり蓮子が変な事言うから悪いのよ」
「えー、せっかくの私の心配を無碍にするのね、酷いわメリー」
よよよ、とあからさまに嘘泣きをする蓮子。でも本当の事なんだからどうしようもないわ。
「そんな友達甲斐の無いメリーにはお仕置きよ、そーれロケットパーンチ」
びょーん、かちん、カラカラ…。
唐突に調子を戻した蓮子が超合金人形の背中の辺りを弄ると、前に突き出すようなポーズを取っていた腕が飛び出して、私の前の取り皿に落ちて硬い音を立てた。
「ちょっと、お皿が欠けたらどうするのよ」
「あっれ、ロケットパンチはスルー?」
いやまぁ、それも気になるには気になるけど。
「このロボットは、この腕を武器にして敵を倒すらしいわ、しかも何故かちゃんと飛んだら戻ってくるとか」
これはおもちゃだから戻らないけどねー。と付け加えてから、蓮子はいそいそと取り皿から腕を拾い上げて元に戻した。
「何で、わざわざ腕を飛ばして武器にするのかしらね」
武器になりそうな物なら他にもありそうなのに。
「ほら、そこはメリーの役目よ。貴女の心理学は何のために学んだの?」
「少なくとも、超合金ロボットが腕を飛ばしたくなる心情を察するためじゃないわ」
あと、多分それは心理学の範疇じゃない。
「ほら、例えば、独立独歩を志した肘から先は、己が二の腕の付属物でない事を証明する為に飛び出していった。とか」
「だけど自分は愚直に目標に突進するしか能が無い事に気づいて、自分を支えてくれる二の腕の戻ってるのね」
何だこのショートストーリー。自分で言っておいてなんだけど。
「あはは、それいいわメリー。でも、うっかり胸に飛び込んだりしたら赤いプレートが発する三万度の熱線で跡形も残らないから注意が必要ね」
「物騒な抱擁ね」
「物騒なのはこのロボットが戦うために作られてるんだから仕方ないわ。他にも口から酸性の液体を噴いたり、炎をも凍らせる冷凍光線を耳から出したりとか」
「何でそんなに詳しいのよ…」
実は蓮子は昔のアニメのマニアだったりするのだろうか。
「ん、いや、これがどんなのか気になって調べてみたら、今では考え付かない様な発想があって面白くてさ」
なるほど。でも、そういえば、
「最近、こういうおもちゃって見かけないけど、どうしてなんだろ?」
「んー、今は何でも本物に近い物を作り出せるようになっちゃったから、こういう自前で空想を補完する物が必要とされなくなったんじゃないかな」
そう言って、蓮子はサラダボールに取り残されたプチトマトを弄ぶ。
確かに、高度に発展した科学は、人間が抱く理想を容易く現実に変え、過去に失った物までも再現するまでに至った。
私が育てた青臭いプチトマトも、私が興味を引かれた水銀柱の血圧計も、過去の情報から再構成された物に過ぎない。
それに、物だけでなく風景などといった空間でさえ、ヴァーチャルでの再現が可能なのだ。ヒロシゲの様に。

まだ見ぬもの、夢や幻想が無くなってしまったら、人間の世界はあっさりと折れてしまうのだろう。
でも、高速で夢が現実になってしまえば、人間の幻想が住める範囲はどんどん狭くなっていく。
人類が失った物を再現しようとするのは、誰もが忘れ去った物に触れることで、擬似的にでも夢が枯れるのを防ぐ為なんじゃないかと思う。

「あ゛ー」
唐突に蓮子が妙な声を上げながらプチトマトを摘みあげると、
「ぱいるだーおーん」
と言いながらロボットの頭上の開いた空間にプチトマトを置いた。
私は無言で自分の額と蓮子の額に手を当てて、
「熱は無いみたいね…」
と言ったら、
「今日は何かと失礼ねメリー、今のはこのロボットに操縦席がドッキングするときの常套句よ」
そうですか。
「でもプチトマトが操縦席じゃ締まらない気がするわ」
「いいのよ、似てるから」
そう言うと、蓮子は立ち上がって軽く伸びをしてから、
「最近、研究でちょっと詰まってたんだけど、このロボットみたいに、常識に囚われない荒唐無稽さが必要なんじゃないかって気がしてきたわ。あとはメリーの眼みたいな理不尽さも」
「今日の蓮子も何かと失礼よ。貴女の眼だって同じようなモンじゃないの」
「結構違うと思うわよー。ヨーグルト貰うわね」
そう言うと、蓮子は台所に消えた。





実は、蓮子の勘は当たっていた。
黙っていただけで、ついさっきまで目の前の超合金人形の周囲には、『境界』がうっすらと見えていた。
過去形なのは、つい今しがたそれが消えたから。

恐らく、それは存在の揺らぎみたいなモノだったんだと思う。
未来で再会した持ち主に、過去が在った事を約束するために埋められたのに、それも適わず。掘り返されてみれば自分を知っているものはもう亡い。
そこに在る意味がない。
きっとおもちゃだって、そういう物が存在した事を示すだけの資料になるのなど望んでいないだろう。
触れた人に夢や希望を抱かせたり、空想を広げたりさせる事が彼らの役目なのだから。
で、この超合金で目の前にそれをやってのけた人物がいるわけで。
「ん?どしたのメリー?」
「いやぁ、やっぱり蓮子は常識はずれなのかなぁと思っただけよ」
「重ね重ね失礼ね」
蓮子は、過去になってしまった超合金人形から感じた物を、自分の未来に繋げようとする事が出来た。
過去の物に触れて、そこから得た物を新しい物と錯覚してるだけでは、懐古主義に浸るのとなんら変わりが無いんだろう。
何となく、そんな風に思った。

もう一度、超合金人形を見る。
境界はもう、見当たらない。
頭の上にプチトマトを搭載した、ちょっぴり滑稽な姿になってしまった鉄の城。
でも何故か、私にはその姿が、役目を果たした者のような、少し誇らしげなモノに見えたのだった。


「ところで、出かける約束は午後からだったのに、何で早朝から来たのよ」

「いやほら、朝起きて冷蔵庫見たら何も入って無くてさ。メリーの家なら何かあるかなと思って」




そろそろ実家の物置の中で、歴代の頑駄○大将軍辺りが付喪神と化してそうな気がします。
帰省したら掘り出して眺めてみようかと、そう思う日もあったりなかったり。
コメント



1.ライス削除
描写がお上手です。

それと、なんというか、いい感じです。
序盤は少し飽きそうになりましたが、
最後の最後の文の雰囲気が、何かを感じさせてくれました。
2.名無し妖怪削除
なんか凄くいい雰囲気でした
いうなれば「らしい」です

この二人のやり取りは心地いい
3.名無し妖怪削除
実に秘封らしい!
4.名無し妖怪削除
ごちそうさまでした。
5.翔菜削除
これはいい秘封倶楽部
6.名前ガの兎削除
マZUNガー!マZUNガーじゃないか!
7.名無し妖怪削除
BBはともかく元祖は絶対に幻想郷に行ってると思うんだ。
8.つくし削除
これは素晴らしい秘封倶楽部
プチトマトとパイルダーオンする鉄の城、という構図に感動を覚えました。すごい。これはすごい。