妖夢のまんじゅう
西行寺幽々子はわがままなお嬢様として知られている。吸血鬼のお嬢
様とどちらがわがままなのか、と言われれば、それは分からないが。
幽々子は、饅頭がほしかった。
最近饅頭を食べていない。
「妖夢ー」
「はいはい」
幽々子と妖夢は、ちゃぶ台をはさんでそこに存在していた。
幽々子は寝転がって、天井に吊られた電光の輪を眺めている。
妖夢は、女の子座りをしていた。
「妖夢」
「はい」
「饅頭」
「ありませんよ」
「買ってきて」
「……はい」
少し嫌そうな顔を妖夢はしたが、それもすぐにしょうがないなあ、と
いう顔になり、すっくりと立ち上がった。
「では、買ってまいります」
「いってらっしゃーいー」
幽々子は、ひらひらと、手を振った。妖夢のちんまい後ろ姿が、ちょ
こちょこと向こうへ消えていった。
妖夢が、帰ってきた。
幽々子はうふふっと扇子で口元を隠してほほ笑んだ。
「おいしそうねえ」
「あんまり高くない饅頭ですよ」
開かれた箱に饅頭が五つ。
一口サイズだった。
「小さいわね」
「お金がないんですよ……。幽々子様、私はちょっと剣術の練習に行っ
て参りますので、私の分、二つ、残して置いてくださいね」
「はいはい」
妖夢はいなくなった。
幽々子は、にこにこと嬉しそうな顔をして、ついっと手を箱へ伸ばす
。
そこへ――。
「あっ」
幽々子の手の先には、饅頭が一つあったはずなのに、いつの間にか、
消えていた。
「……紫じゃないの。それは私の饅頭よ」
「いいじゃないの、一つくらい」
八雲紫は、頭だけ隙間からひょっこり出して、その口は既に、もごも
ごと膨らんでいた。
「これであとは、四つ。妖夢に二個、幽々子が二個でちょうどいいじゃ
ないの」
「しょうがないわねえ」
紫はいなくなってしまった。
改めて、幽々子は残った饅頭を見る。
ふっくらとおいしそうである。もちもちしていそうで、もちもちして
いるだろう。中にはあんこがタップリ詰まっていて、とてもおいしいだ
ろう。
「ふふ。じゃあ、今度こそ……」
「お邪魔するぜー」
霧雨魔理沙、博麗霊夢。
二人の人間が唐突に訪ねてきた。
「……なんのよう?」
幽々子は、嫌そうな表情を浮かべて二人を睨んだ。
「うえ、そんな恐い顔をするなよ」
魔理沙は、そんなことをいいながらニヤニヤを崩さない。
霊夢は、饅頭に既に釘付けになっている。
「ねえ魔理沙。おいしそうな饅頭があるわよ」
「ん?」
魔理沙の目が饅頭に、きらり、と光る。
幽々子の顔がさらに嫌そうになる。
私の饅頭なのに。おいしそうなのに。さっき紫に邪魔されたばかりな
のに。
「そんな顔するなって幽々子」
魔理沙が笑みを崩さずに言う。
「そうよ、幽々子、恐いわよ」
霊夢も真顔で言う。
「大丈夫だぜ。饅頭を食べちまおうなんて、考えていないぜ」
「おいしそうだけどね。食べないわよ、私は。魔理沙は食べそうだけど
」
と霊夢。
「おいしそうだけど、食べないぜ。おいしそうだけど」
「で、何の用なの?」
幽々子は少し尖った声で言った。
「暇つぶし」
「暇つぶし」
「帰れ」
「いいじゃないか、饅頭はいいから、お茶くらいくれよ」
どこまでもずうずうしい魔法使い。
霊夢が魔理沙の袖を引く。
「ねえ、帰るわよ魔理沙。幽々子に迷惑よ。紅魔館にでも行きましょ。
あそこならオヤツくれるわ。犬メイド長が」
「それも、そうだな。犬メイド長の出す菓子よりうまいものは、世の中
にないかもしれないしな」
やけにあっさりと魔理沙がうなずいた。
幽々子の顔が少し明るくなった。霊夢、ありがとう。というふうに。
「お茶くらいなら、出すわよ。饅頭は駄目だけど」
と幽々子は言った。
「お。じゃあ頼むぜ」
「ていうか、あんたがいれるの?」
立ち上がった幽々子を見て、霊夢は聞いた。
「妖夢は、剣の修行なのよ」
「こんな暑い中よくやるぜ」
魔理沙は、ひとんちの畳の上に容赦なく、転がった。
霊夢は足を崩して控えめに座っている。
幽々子は、台所へと、ふわふわと浮かびながら、お茶はどこにあった
っけかな、と呟いた。
霊夢と魔理沙はいなくなっていた。
幽々子がお茶を入れている間に、消えていたのだ。
しかし、消えていたのは、にんげんだけじゃなかった。
饅頭は、おいしいそうなふっくらしてもちもちなそれは、二つしか残
っていなかった。
幽々子は、しばらくそこに突っ立っていた。ただ呆然と、その場に、
ただ単純に存在していた。
幽々子の奥の奥にある魂が、犯人は魔理沙だと告げた。一つだけ食べ
たら魔理沙だけが疑われる。二つ食べたのなら、霊夢も疑われることに
なる、ということを、魔理沙は狡猾に考えていたのだろう。しかし、幽
々子は霊夢が嘘をつかない子だということを知っていた。その霊夢が、
「饅頭は食べない」と言っていたのだ。つまり、魔理沙が、二つのおい
ちい饅頭を忌々しい胃に流し込んだのだ。
幽々子は淡くため息をついた。
あと二つしかない。
幽々子に一つ、妖夢に一つ。
しかし幽々子は、妖夢に二つあげることを約束してしまった。破った
ら、妖夢は怒るだろう。
第一、幽々子のわがままに付き合って遠いところまで、妖夢は饅頭を
買うためだけに飛んでいったのだ。疲れただろう。
幽々子は、そこまで考えると、ぎゅるぎゅると鳴るおなかを押さえた
。饅頭を見ると、涎が止まらない。なので、見ないことにした。しかし
、ついつい見てしまうので、とうとう蓋をした。
と、そこまで努力したのに、今度は脳内でおいしそうな饅頭がほほ笑
みだす。
忌々しかった。食べたかった。おいしそうだった。
妖夢が帰ってきた。
幽々子は、いじけたように体を丸めて横たえていた。団子虫のように
。
妖夢が、饅頭の箱を開ける。
そこにはしっかりと、妖夢の饅頭がふたつ、残っていた。
「幽々子様、饅頭、おいしかったですか」
「ええ。とてもおいしかったわよ」
のそのそと起き上がり、妖夢の真向かいに座り込むと、おっとりと幽
々子はほほ笑んだ。
「安物とは思えないほど、おいしかったわよ。妖夢。いいものを選んだ
わねえ」
「あ、ありがとうございます」
妖夢は焦った様子で、しかし嬉しそうに、ぺこぺこした。
幽々子はその様子を見て、いっそうほほ笑みを深くした。
妖夢は、その笑みを見て、怪訝そうな顔になった。
幽々子は、どうしたの? 早く食べなさい、と言った。
「幽々子様。調子でも悪いのですか」
「なぜそう思うのかしら」
「……」
妖夢は、じーっと幽々子を観察し始めた。鋭く澄んだ目で。
「……いえ、気のせいでした」
「そう」
そうです、と妖夢は言った。
その割りに、妖夢の顔は、何かひっかかっているような表情である。
それでも饅頭に手を伸ばし、ほお張った。
もごもごする妖夢の顔は、かわいらしいのである。
幽々子は、妖夢の真面目に咀嚼する顔を見て、笑う。食べ物を食べる
ときでさえ妖夢は一生懸命なのである。その一生懸命さが、妖夢の魅力
的な顔をつくっている。
「妖夢。私は少し散歩に行ってくるわよ」
返事をしようとしたのか妖夢は、急いで飲み込もうとして、喉に詰ま
らせた。
幽々子は、霊夢と魔理沙のために用意したお茶を、妖夢のために淹れ
た。
妖夢はぺこぺこと必死にうなずき、お茶を急いで流し込んだ。
「ああ、ありがとうございます。ええっと、はい、行ってらっしゃいま
せ」
幽々子は、いってきまーす、とのんびりのんびりと、穏やかに言うと
、ふわふわと姿を消した。
人間の里に、魔理沙がいた。
和菓子の店の前に、あまり背が高くない姿で、存在していた。
好奇心旺盛な目が、きょろきょろと、並べられているお菓子たちに向
けられる。
「昨日盗んだ饅頭、旨かったんだよな」
「盗んだ? どこから」
上白沢慧音が魔理沙を怪訝な目で見つめる。
遠くで、何者かが聞き耳立てていることに、魔理沙も慧音も気づいて
いない様子だ。その証拠に魔理沙は、
「白玉楼だぜ」
自信満々に、ン! と胸を反らしたのだ。
聞き耳立てている「誰か」は、にやにやと笑う。
「おまえ、命知らずか?」
慧音が、呆れ声を出す。
「命は知っているぜ」
魔理沙は適当に言って、饅頭をまた探し出す。
「あ、あった」
「あ、あった」
「ん?」
「ん?」
魔理沙は、饅頭の箱に手を乗せていた。その手の上に、聞き耳立てて
いた半人半霊の手が乗っていた。
「魔理沙じゃないか」
妖夢は、とりすました顔で魔理沙を睨んだ。
ぎりぎり、と魔理沙の手が妖夢の手に潰されそうになる。その下にあ
る饅頭の箱が、べこっとへこんだ。
「妖夢じゃないか。はっはっはっは」
いきなり、魔理沙は乾いた笑い声を妖夢の耳に注ぎ込んだ。
「はっはっはっは。笑いが止まらないぜ、はっはっはっは……」
魔理沙の笑い声の尻が小さくなり、やがて消えた。
魔理沙のにやにやした顔は、にじみでる汗だけはさらけ出してしまっ
ていた。
「はっはっは」
なのに魔理沙は、また、笑い出した。
「はっはっは」
今度は、全然面白くなさそうな顔で妖夢が、笑う。
笑いながら、魔理沙の首を締めていた。
「おまえか。おまえかおまえか。魔理沙」
「はっはっは、はっはっはががが」
魔理沙の首を絞めながら、妖夢は「がたがた!」と魔理沙の体を激し
く振動させた。
「はごごごごご」
「はっはっはー」
薄気味悪く笑う妖夢。
慧音は、もうどこかへいなくなっていた。巻き込まれるのは御免!
とでも思ったのだろう。
「どーりで、幽々子様の表情がおかしいと思ったのよ。そういうわけだ
ったのね」
その様子を、誰かが、引き攣った笑みを浮かべて、眺めていた。隙間
から顔だけひょっこり出した八雲紫(年齢不詳)である。
紫は、今の妖夢には近づかないようにしましょう、と引き攣った笑み
のまま自分に向けて呟いた。
魔理沙は、がたがたがた! と揺れている。がたがたがた! がたが
たがたがた!
魔理沙の目は既に白目を剥いている。
魔法使いの口からぶくぶくと泡が吹き出し始めたので青ざめた紫は、
いそいそと姿を消した。
なお、幽々子は、妖夢がたっぷりつくった夕食のおかげで、いつもの
調子を取り戻した。
饅頭の事なんて忘れた顔で、幽々子はごはんを平らげて、満足げにそ
の日は眠りについたのだ。
ただ、何かが心にひっかかっていた妖夢は、その何かをひっかけたま
ま、眠り、朝になってはその引っかかっていたものも、幽々子のとろん
とした寝起きの顔を見たら忘れてしまった。
しかし、昨日の饅頭がおいしかったので、それをまた人間の里に買い
にいったら、こんなことになってしまったのであった。
それは妖夢にとっても不本意なことだった。嫌な事を思い出してしま
ったのだから。
ちょうど犯人がいたので、うさばらしに首を絞めてやったのだ。
魔理沙は、人間の里の、お菓子屋さんの軒先で死体のように眠ってい
た。
「もうお嫁にいけないぜ……」
と寝言をぼやく普通の魔法使いのほっぺたを、八雲紫は指先でつっつ
いて遊んでいた。哀れな顔で。
めでたしめでたし。
西行寺幽々子はわがままなお嬢様として知られている。吸血鬼のお嬢
様とどちらがわがままなのか、と言われれば、それは分からないが。
幽々子は、饅頭がほしかった。
最近饅頭を食べていない。
「妖夢ー」
「はいはい」
幽々子と妖夢は、ちゃぶ台をはさんでそこに存在していた。
幽々子は寝転がって、天井に吊られた電光の輪を眺めている。
妖夢は、女の子座りをしていた。
「妖夢」
「はい」
「饅頭」
「ありませんよ」
「買ってきて」
「……はい」
少し嫌そうな顔を妖夢はしたが、それもすぐにしょうがないなあ、と
いう顔になり、すっくりと立ち上がった。
「では、買ってまいります」
「いってらっしゃーいー」
幽々子は、ひらひらと、手を振った。妖夢のちんまい後ろ姿が、ちょ
こちょこと向こうへ消えていった。
妖夢が、帰ってきた。
幽々子はうふふっと扇子で口元を隠してほほ笑んだ。
「おいしそうねえ」
「あんまり高くない饅頭ですよ」
開かれた箱に饅頭が五つ。
一口サイズだった。
「小さいわね」
「お金がないんですよ……。幽々子様、私はちょっと剣術の練習に行っ
て参りますので、私の分、二つ、残して置いてくださいね」
「はいはい」
妖夢はいなくなった。
幽々子は、にこにこと嬉しそうな顔をして、ついっと手を箱へ伸ばす
。
そこへ――。
「あっ」
幽々子の手の先には、饅頭が一つあったはずなのに、いつの間にか、
消えていた。
「……紫じゃないの。それは私の饅頭よ」
「いいじゃないの、一つくらい」
八雲紫は、頭だけ隙間からひょっこり出して、その口は既に、もごも
ごと膨らんでいた。
「これであとは、四つ。妖夢に二個、幽々子が二個でちょうどいいじゃ
ないの」
「しょうがないわねえ」
紫はいなくなってしまった。
改めて、幽々子は残った饅頭を見る。
ふっくらとおいしそうである。もちもちしていそうで、もちもちして
いるだろう。中にはあんこがタップリ詰まっていて、とてもおいしいだ
ろう。
「ふふ。じゃあ、今度こそ……」
「お邪魔するぜー」
霧雨魔理沙、博麗霊夢。
二人の人間が唐突に訪ねてきた。
「……なんのよう?」
幽々子は、嫌そうな表情を浮かべて二人を睨んだ。
「うえ、そんな恐い顔をするなよ」
魔理沙は、そんなことをいいながらニヤニヤを崩さない。
霊夢は、饅頭に既に釘付けになっている。
「ねえ魔理沙。おいしそうな饅頭があるわよ」
「ん?」
魔理沙の目が饅頭に、きらり、と光る。
幽々子の顔がさらに嫌そうになる。
私の饅頭なのに。おいしそうなのに。さっき紫に邪魔されたばかりな
のに。
「そんな顔するなって幽々子」
魔理沙が笑みを崩さずに言う。
「そうよ、幽々子、恐いわよ」
霊夢も真顔で言う。
「大丈夫だぜ。饅頭を食べちまおうなんて、考えていないぜ」
「おいしそうだけどね。食べないわよ、私は。魔理沙は食べそうだけど
」
と霊夢。
「おいしそうだけど、食べないぜ。おいしそうだけど」
「で、何の用なの?」
幽々子は少し尖った声で言った。
「暇つぶし」
「暇つぶし」
「帰れ」
「いいじゃないか、饅頭はいいから、お茶くらいくれよ」
どこまでもずうずうしい魔法使い。
霊夢が魔理沙の袖を引く。
「ねえ、帰るわよ魔理沙。幽々子に迷惑よ。紅魔館にでも行きましょ。
あそこならオヤツくれるわ。犬メイド長が」
「それも、そうだな。犬メイド長の出す菓子よりうまいものは、世の中
にないかもしれないしな」
やけにあっさりと魔理沙がうなずいた。
幽々子の顔が少し明るくなった。霊夢、ありがとう。というふうに。
「お茶くらいなら、出すわよ。饅頭は駄目だけど」
と幽々子は言った。
「お。じゃあ頼むぜ」
「ていうか、あんたがいれるの?」
立ち上がった幽々子を見て、霊夢は聞いた。
「妖夢は、剣の修行なのよ」
「こんな暑い中よくやるぜ」
魔理沙は、ひとんちの畳の上に容赦なく、転がった。
霊夢は足を崩して控えめに座っている。
幽々子は、台所へと、ふわふわと浮かびながら、お茶はどこにあった
っけかな、と呟いた。
霊夢と魔理沙はいなくなっていた。
幽々子がお茶を入れている間に、消えていたのだ。
しかし、消えていたのは、にんげんだけじゃなかった。
饅頭は、おいしいそうなふっくらしてもちもちなそれは、二つしか残
っていなかった。
幽々子は、しばらくそこに突っ立っていた。ただ呆然と、その場に、
ただ単純に存在していた。
幽々子の奥の奥にある魂が、犯人は魔理沙だと告げた。一つだけ食べ
たら魔理沙だけが疑われる。二つ食べたのなら、霊夢も疑われることに
なる、ということを、魔理沙は狡猾に考えていたのだろう。しかし、幽
々子は霊夢が嘘をつかない子だということを知っていた。その霊夢が、
「饅頭は食べない」と言っていたのだ。つまり、魔理沙が、二つのおい
ちい饅頭を忌々しい胃に流し込んだのだ。
幽々子は淡くため息をついた。
あと二つしかない。
幽々子に一つ、妖夢に一つ。
しかし幽々子は、妖夢に二つあげることを約束してしまった。破った
ら、妖夢は怒るだろう。
第一、幽々子のわがままに付き合って遠いところまで、妖夢は饅頭を
買うためだけに飛んでいったのだ。疲れただろう。
幽々子は、そこまで考えると、ぎゅるぎゅると鳴るおなかを押さえた
。饅頭を見ると、涎が止まらない。なので、見ないことにした。しかし
、ついつい見てしまうので、とうとう蓋をした。
と、そこまで努力したのに、今度は脳内でおいしそうな饅頭がほほ笑
みだす。
忌々しかった。食べたかった。おいしそうだった。
妖夢が帰ってきた。
幽々子は、いじけたように体を丸めて横たえていた。団子虫のように
。
妖夢が、饅頭の箱を開ける。
そこにはしっかりと、妖夢の饅頭がふたつ、残っていた。
「幽々子様、饅頭、おいしかったですか」
「ええ。とてもおいしかったわよ」
のそのそと起き上がり、妖夢の真向かいに座り込むと、おっとりと幽
々子はほほ笑んだ。
「安物とは思えないほど、おいしかったわよ。妖夢。いいものを選んだ
わねえ」
「あ、ありがとうございます」
妖夢は焦った様子で、しかし嬉しそうに、ぺこぺこした。
幽々子はその様子を見て、いっそうほほ笑みを深くした。
妖夢は、その笑みを見て、怪訝そうな顔になった。
幽々子は、どうしたの? 早く食べなさい、と言った。
「幽々子様。調子でも悪いのですか」
「なぜそう思うのかしら」
「……」
妖夢は、じーっと幽々子を観察し始めた。鋭く澄んだ目で。
「……いえ、気のせいでした」
「そう」
そうです、と妖夢は言った。
その割りに、妖夢の顔は、何かひっかかっているような表情である。
それでも饅頭に手を伸ばし、ほお張った。
もごもごする妖夢の顔は、かわいらしいのである。
幽々子は、妖夢の真面目に咀嚼する顔を見て、笑う。食べ物を食べる
ときでさえ妖夢は一生懸命なのである。その一生懸命さが、妖夢の魅力
的な顔をつくっている。
「妖夢。私は少し散歩に行ってくるわよ」
返事をしようとしたのか妖夢は、急いで飲み込もうとして、喉に詰ま
らせた。
幽々子は、霊夢と魔理沙のために用意したお茶を、妖夢のために淹れ
た。
妖夢はぺこぺこと必死にうなずき、お茶を急いで流し込んだ。
「ああ、ありがとうございます。ええっと、はい、行ってらっしゃいま
せ」
幽々子は、いってきまーす、とのんびりのんびりと、穏やかに言うと
、ふわふわと姿を消した。
人間の里に、魔理沙がいた。
和菓子の店の前に、あまり背が高くない姿で、存在していた。
好奇心旺盛な目が、きょろきょろと、並べられているお菓子たちに向
けられる。
「昨日盗んだ饅頭、旨かったんだよな」
「盗んだ? どこから」
上白沢慧音が魔理沙を怪訝な目で見つめる。
遠くで、何者かが聞き耳立てていることに、魔理沙も慧音も気づいて
いない様子だ。その証拠に魔理沙は、
「白玉楼だぜ」
自信満々に、ン! と胸を反らしたのだ。
聞き耳立てている「誰か」は、にやにやと笑う。
「おまえ、命知らずか?」
慧音が、呆れ声を出す。
「命は知っているぜ」
魔理沙は適当に言って、饅頭をまた探し出す。
「あ、あった」
「あ、あった」
「ん?」
「ん?」
魔理沙は、饅頭の箱に手を乗せていた。その手の上に、聞き耳立てて
いた半人半霊の手が乗っていた。
「魔理沙じゃないか」
妖夢は、とりすました顔で魔理沙を睨んだ。
ぎりぎり、と魔理沙の手が妖夢の手に潰されそうになる。その下にあ
る饅頭の箱が、べこっとへこんだ。
「妖夢じゃないか。はっはっはっは」
いきなり、魔理沙は乾いた笑い声を妖夢の耳に注ぎ込んだ。
「はっはっはっは。笑いが止まらないぜ、はっはっはっは……」
魔理沙の笑い声の尻が小さくなり、やがて消えた。
魔理沙のにやにやした顔は、にじみでる汗だけはさらけ出してしまっ
ていた。
「はっはっは」
なのに魔理沙は、また、笑い出した。
「はっはっは」
今度は、全然面白くなさそうな顔で妖夢が、笑う。
笑いながら、魔理沙の首を締めていた。
「おまえか。おまえかおまえか。魔理沙」
「はっはっは、はっはっはががが」
魔理沙の首を絞めながら、妖夢は「がたがた!」と魔理沙の体を激し
く振動させた。
「はごごごごご」
「はっはっはー」
薄気味悪く笑う妖夢。
慧音は、もうどこかへいなくなっていた。巻き込まれるのは御免!
とでも思ったのだろう。
「どーりで、幽々子様の表情がおかしいと思ったのよ。そういうわけだ
ったのね」
その様子を、誰かが、引き攣った笑みを浮かべて、眺めていた。隙間
から顔だけひょっこり出した八雲紫(年齢不詳)である。
紫は、今の妖夢には近づかないようにしましょう、と引き攣った笑み
のまま自分に向けて呟いた。
魔理沙は、がたがたがた! と揺れている。がたがたがた! がたが
たがたがた!
魔理沙の目は既に白目を剥いている。
魔法使いの口からぶくぶくと泡が吹き出し始めたので青ざめた紫は、
いそいそと姿を消した。
なお、幽々子は、妖夢がたっぷりつくった夕食のおかげで、いつもの
調子を取り戻した。
饅頭の事なんて忘れた顔で、幽々子はごはんを平らげて、満足げにそ
の日は眠りについたのだ。
ただ、何かが心にひっかかっていた妖夢は、その何かをひっかけたま
ま、眠り、朝になってはその引っかかっていたものも、幽々子のとろん
とした寝起きの顔を見たら忘れてしまった。
しかし、昨日の饅頭がおいしかったので、それをまた人間の里に買い
にいったら、こんなことになってしまったのであった。
それは妖夢にとっても不本意なことだった。嫌な事を思い出してしま
ったのだから。
ちょうど犯人がいたので、うさばらしに首を絞めてやったのだ。
魔理沙は、人間の里の、お菓子屋さんの軒先で死体のように眠ってい
た。
「もうお嫁にいけないぜ……」
と寝言をぼやく普通の魔法使いのほっぺたを、八雲紫は指先でつっつ
いて遊んでいた。哀れな顔で。
めでたしめでたし。
あとは僕にとって、分量とリズムが良かったかもです。
こういう話大好きです