これは、下のほうにある『積極的だけど不器用』の続きです。
ギリギリと歯を食いしばって、人参ジュースにアルコールを混ぜただけの液体を飲み干すへにゃりとした兎耳を持つ少女。
鈴仙・優曇華院・イナバである。
彼女は昨日の一件の真相を知り、深い心の傷を忘れんが為に、人参スティックをおつまみにお酒に溺れていた。
彼女の顔はほんわかと赤く色づき、酔いの為かその瞳は若干据わっている。
だがその赤い瞳は涙で濡れ、今にも溢れ出しそうだった。
「ししょお~……」
ついにポロポロと零れ出す涙。
「えっと、鈴仙さん。気を確かに」
「だって、だって、師匠がぁ……」
「ま、まだ失恋したと決まったわけじゃないですよ!だから元気出しましょう!」
えぐえぐと泣き出す鈴仙を宥めるのは、彼女の友人にして苦労人仲間の庭師。魂魄妖夢だ。
ちょうど永遠亭に主と共に遊びに来た所、鈴仙が真っ昼間から自室でお酒を呑んでいるのを発見。驚いて話を聞いているうちに、鈴仙の愚痴(のろけ?)を延々と聞かされるという役に落ち着いてしまった可哀想な半霊である。
「失恋に決まってるわよ!だって、師匠は美人で優しくて聡明で、ちょっと意地悪だけどそんな所も魅力にしてしまう、もうどうしようもないぐらいに素敵な人なんですよ!」
「は、はぁ……」
「そんな師匠に告白されたら、いくら姫に破滅的な鈍感よね~とか言われてる慧音さんだって、一発で好きになっちゃうわよ!」
だんっ、と机を拳で叩いて、うわーんと普段なら絶対に見られない子供っぽい動作で大泣きする鈴仙。
流石にそんな姿を見せられると、どうにも不憫に思えてきて、妖夢は必死に鈴仙を励まそうと頭を働かせる。
「で、でも、永琳さんが本当に慧音さんを好きかどうかわからないじゃないですか」
「……ほえ?」
「だって、本当に好きなら、輝夜さんに慧音さんを虜にしたらどうでしょう、なんて言いませんよ!」
妖夢は鈴仙の話から納得できなかった部位を引き合いに出し、何とか鈴仙に立ち直ってもらおうと必死で頭を巡らせる。
だが、鈴仙は妖夢の言葉にさらにしゅんっと目と耳を垂れさせてしまう。
「それは、師匠にも考えが合ったのよ」
「考え?」
きょとんと首を傾げる妖夢。
「うん。ほら、姫が慧音さんに迫ったりしたら、慧音さんのことだからすぐに師匠の所に飛んでくるって予想を付けていたらしいのよ」
「?」
「だからね。師匠は慧音さんに自分の所を訪ねてきて欲しかったのよ」
「はい?」
「もう!だから、師匠は慧音さんに、自分は貴方の役に立てるわよ、ってアピールがしたかったのよ!」
どこか怒った顔で、鈴仙は妖夢に詰め寄ると、涙で濡れた瞳をさらに潤ませる。
慌ててその赤い瞳を見ないように視線を逸らしながら、妖夢は先程の話を自分なりにまとめてみて、絶句する。
「え?つまり、輝夜さんへの助言って」
「ええ、自分にもきちんと得があるよう考えてるのよ」
鈴仙はうんうんと頷いて、そこでうっとりと目を輝かせる。
「打算に塗れたちょっと黒めの師匠が素敵。そして、予想以上に積極的な姫に慧音さんの唇を奪われちゃって、内心動揺しまくっただろう師匠が可愛い」
さらに絶句する妖夢。
鈴仙の言葉もだが、まさか慧音に自分の元に飛んで来てもらいたいが為だけに、仕えるべき主をけしかけた永琳にも眩暈がする。
というか永琳さん、それ遠まわしすぎて絶対に慧音さんに伝わりませんって……。
「うわぁ……」
「まあ、姫もそこら辺は何となく察したらしいから、いきなり寺子屋で唇を奪うなんて暴挙にでたらしいんだけどね」
さらに「うわぁ……」だった。
この従者にして主ありというか、とにかくどっちもどっちに性格が悪いと思う。
「まぁ、慧音さんにキスしたって事は昨日の夜には妹紅さんに知られちゃって、それはもうボロクソに灰にされたらしいんだけどね。姫」
久々のマジギレだったらしくて、姫もちょっと落ち込んで部屋から出てこないわ。
と、鈴仙は付け足してから、少し苦笑する。
「少し考えれば、妹紅さんに更に嫌われるだけだって予想もつくんだろうけど、どうにも姫はそこら辺の機微には疎くて……。師匠をからかったりする時は凄く頭が回るのに」
「……それはそれで凄いですね」
いつの間にか、酔いは覚めているらしい鈴仙は、先程のふやけた顔ではなく、少しスッキリした顔であははと笑う。
どうやら、アルコールを分解する能力が優秀らしい。いや、それとも薬とかそういうのだろうか?
でも、薬なんて飲んでないし、やっぱり肝臓の働きがいいのかもしれない。
妖夢はそんなちょっと如何でもいい事を考えつつも、鈴仙に少しだけ元気が戻っているのを感じてほっとする。
「……でも、うん。妖夢に話してたらすっきりしてきた」
「鈴仙さん…」
悲しげに笑う鈴仙に、妖夢の胸がきゅっと痛む。彼女の気持ちは痛いほどに理解できる。
自分も、幽々子様に、もしも好きな人がいたらと考えるだけで胸が壊れてしまいそうだ。
「…諦めるんですか?」
だからだろうか、妖夢の口からそんな言葉が自然に出てきてしまった。
鈴仙は、そんな妖夢を少しだけ驚いた顔で見つめると、すぐに困ったように笑う。
「諦めないよ」
少しだけアルコールの匂いがする彼女は、照れた様に頬を人差し指で掻いて、内緒話をする様に、妖夢の耳に唇を近づける。
「だって、慧音さんの好きな人は、まだ、師匠じゃないから」
「……」
その言葉の意味を、ゆっくりと妖夢は租借する。
「まだ、望みはあるって思って、うん。頑張ってみるよ」
「……そっか」
妖夢は、その鈴仙の言葉に少しだけ安心したように微笑んで、目を閉じてみる。
「じゃあ、私も頑張ります」
「え?」
「幽々子様に、その…………と、とにかく頑張ります!!」
「あ、ずるい!教えてよ妖夢ー!」
「だ、駄目です。もうちょっとしたら教えますけど、今は駄目です!」
途端に騒がしくなる室内。先程の雰囲気が一変して、どこかほのぼのとしている。
その空気のおかげか、部屋の中のアルコールの匂いは大分薄れていた。
そして、それを部屋の入り口から除いている二つの影。
「ふふ、妖夢ったらあんなにはしゃいじゃって~」
「……」
その人影の一人は、楽しげにのんびりとそう言うと、ここまで道案内をしてくれた小さな兎の妖怪に微笑む。
「いいの?」
その兎の妖怪、てゐは、そのお嬢様の質問に少しだけ肩を竦めて答える。
「……良くはないけど、でも、あれが鈴仙だから、仕方ない」
仕方ない。ともう一度呟いて、てゐはぺたぺたと廊下を歩いていく。
もう案内は終わりだから、と実にそっけない。
鈴仙の前では非常に可愛く笑って、酷い悪戯をするくせに、と少しだけ残念に思いつつも彼女、幽々子は苦笑する。
「あ」
だが、てゐは途中何かを思い出したように振り向いて、部屋に入ろうとする幽々子に声を掻ける
「そういえば、幽霊のお姫様はいいの?待ってるだけで?」
自分とは圧倒的に立場が違う幽々子に、てゐは尋ねる。
どうせ両思いだと分かりきっているんだから、自分からは行動しないのか?とてゐは聞いているのだ。
だが、
「勿論よ」
幽々子は微塵の動揺も躊躇もなく、そう言って、ばいばいと手を振って鈴仙の部屋へと入っていった。
「……」
途端、さらに騒がしくなる鈴仙の部屋を見て、てゐは少し悔しげに踵を返す。
「…あっそ」
きっと、あの幽霊と半霊は幸せになるんだろう。
だけど……自分は……?
「鈴仙の、馬鹿」
ほんの少しだけ聞こえるように、彼女は呟いてみた。
恋は切ないですね、切ないです。
とやらが見つからんのですが……