Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

懐くて熱い、あの日の私

2007/07/06 10:03:16
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※ プチ12集 「スポーツの秋 食欲の秋 弾幕の秋」からの設定を引き継いだ部分があります。



 永琳が最近になって外出が増えたなぁと心配していたら、ある日突然鈴仙が顔に痣をつけて帰ってきた。
「うううううううううどんげ!?」
「あ、師匠。
 すみません、少しだけ湿布もらっていきますね」
「その顔はどうしたの!?」
「え? あはは、ご心配なく。
 どうってことありませんから」
「どうってことあるわよ!
 女の子の顔は傷がついていい場所じゃないのよ!」
「……ありがとうございます、師匠。
 失礼します」
「あ、ちょっと待ちなさい!
 ウドンゲ! ウドンゲ!!」
 妙にうれしそうに逃げる鈴仙と必死の形相で追う永琳。無駄に広い永遠亭を舞台にした師弟の鬼ごっこは弟子に軍配があがった。それも途中で洗濯物を干したりするという余裕っぷりである。それを油断と思うことなかれ。昔話にはあんまりいない真面目で勤勉な兎は仕事を探して次から次へと場所を移動するので簡単には捕まらないのだ。
 結局、永琳は一人で鈴仙を捕まえるのは無理だと判断して不真面目でぐうたらなほうの兎を巻き込むことにした。縁側でおやつを食べようとしていたてゐを捕まえてまくし立てる。
「……と、いう…こと……が、あった…のよ……」
「確かに傷がついていい場所じゃないね、鈴仙ちゃんの顔は」
 鈴仙謹製のにんじん風味の餡をつけた白玉を手に持っていたてゐは至福の時間を邪魔されてすさまじく迷惑だったのだが、鈴仙との鬼ごっこで息も絶え絶えな永琳から説明を受けて力強く頷いた。
「でもさ、弾幕を展開して足止めしちゃえばよかったんじゃないの?」
「怪我して帰ってきたウドンゲにこれ以上怪我させるような真似ができるわけないでしょう!
 げひゅっ! ごはっ! がはっ!?」
 反論だけはきっちり言い切ってから呼吸困難に陥る永琳に生暖かい視線を向けてから、てゐは首をかしげた。
「それにしても、顔に痣ってどういうことかなー。
 鈴仙ちゃん、ぼーっとしてても意外とすばやいから、
 階段を踏み外したとか、石に気づかず躓いたとかはあっても、きっちり受身は取るんだけどなー。
 永琳、どう思う?」
「さ、最近の……がい、しゅつが…かんけい、してるんじゃ、ない、かしら……」
「うーん、やっぱそれよねー。
 鈴仙ちゃん、どこ行ってるんだろ? 永琳知ってるの?」
「し…しら、ない、わ……」
 息が苦しい人間にわざわざ返事を求めて会話をさせながら、てゐは鈴仙の気の抜けた笑顔を思い出す。
 つい最近まで永遠亭は閉じられていた。
 永い永い間、閉じられていた。
 そこを霊夢と紫をはじめとする人間と妖のコンビが集団で殴りこんできてからは一気に開く方向へと動いて来たが、それでも外との関わりが多いとはいえない。特に、人間関係が永遠亭だけで完結してしまっている鈴仙はその感が強い。
 その原因の一端を担っているだろう永琳の口に白玉を放り込んでやりながら、てゐは鈴仙の顔に痣をつけた人物を思う。
「人間かなぁ……」
 ことはどうあれ、永遠亭から鈴仙が一人で外に出かけるきっかけにはなってくれたのだ。場合によっては幸運をくれてやろうじゃないか。まあ、八つ裂きのうえ竹林の肥料、という可能性もないわけじゃないが。
「んじゃ、今度鈴仙ちゃんがお出かけするときに後をつけてみよっか」
 てゐは冷たい白玉の食感に目を細める永琳に笑いかけた。


 何日か経って。
「それじゃ、出かけてきますね。
 今日も晩御飯までには帰ってきます」
「……行ってらっしゃい」
 午前中を永琳の薬学に関する講義を受けて過ごした鈴仙は、昼食を作り夕食の下ごしらえをしてからお弁当箱を入れたリュックを背に、永遠亭を後にした。自分は出かけた先でお昼にするらしい。
「私たちとご飯を食べるよりも、
 出先でご飯食べたほうが楽しいのかしら……」
「なんでそうネガティブに考えるかなぁ。
 ほら、早く結んで結んで……あちち」
 いいながら、てゐは鈴仙が昼食に作ったえんどう豆の豆ご飯をおむすびにしていく。前日の残りの水菜と薄揚げの煮物は小さな鉄製の弁当箱に詰め、豆ご飯のおむすびを竹の皮でくるむ。
「永琳、水筒用意したから、井戸でお水汲んできて。
 ……何よその顔?」
「前から思ってたんだけど、
 あなたが使うものって、随分と古臭いものが多いわねぇ」
「……自前で用意しないと分けてあげないよ」
「ああっ、ちょっとした冗談じゃないの!」
 竹筒の水筒を片手にあわてて走り去る永琳を見送って、てゐは弁当箱とおむすびの包みを風呂敷で包むと身体に巻きつけた。煮物の汁がこぼれないように包みの角度を調整しながら玄関に出ると、永琳はすでに水を満たした水筒を手に待っていた。
「それじゃ行こうか」
「ええ。急がないとウドンゲの妖気をたどれなくなってしまいそうよ。
 早く行きましょう」
 言いながら外に出て永琳が宙に浮き上がるのにあわせ、てゐも地を蹴って飛び上がる。
 二人はそのまま高度を上げ続け、竹林の上空に出た。
 てゐが視線を向けると永琳はうなずいて目を閉じる。精神を集中して鈴仙の妖気の残滓を探っているのである。てゐは邪魔にならないようにと永琳の手から水筒を奪って少し距離を開けて結果を待つ。別に妖気を探ること自体はてゐもできるのだが、永琳に任せた。鈴仙に対する永琳の愛情には勝てる気がしない。
 何かを受け入れようとするように軽く手を開いて集中していた永琳が「あら?」と声を漏らした。
「どうかした?」
「近くにいるわ。
 竹林から出ていない」
「へ?」
 人里、もしくは博麗神社だろうと考えていたてゐも思わず声を漏らす。
「でも、竹林で私たち以外に誰かいたっけ?」
「いえ、私も心当たりがないんだけど……」
 と、困惑した顔を見合わせたところで自分たち以外の竹林の住人に一人だけ思い当たった。
 とっさに思い浮かばなかったのも仕方がない。
 それは永遠亭の主を宿敵と付けねらう蓬莱人。
 竹林を舞う不死鳥。
「あの人、姫以外はワリとどうでもよさそうな感じだったけど、
 鈴仙ちゃんはどうだろう」
「わからないわね。
 私に対しても姫をかばったりしなければ積極的に攻撃はしてこないけど」
 思い当たって困惑がさらに深まる。
「とりあえず行ってみようか。
 鈴仙ちゃんが自分から行ってるわけだし、
 何か理由があるのかも」
「そうね。
 理由はどうあれウドンゲの怪我の原因が彼女なら、
 それ相応の報いは受けてもらうわ」
 うふふふ、と黒い笑みを浮かべる永琳。
 あまりにも似合いすぎて、てゐは笑えなかった。


 随分と昔の話になるが、月から落ちてきた鈴仙を見つけたのはてゐだった。
 てゐが見つけたときの鈴仙は酷い有様だった。閉じられた両目から血が流れ、意識はなく、全身煤まみれの傷だらけ。軍服だったらしい服や、今とは違い短く切りそろえられていた髪は血と煤で元の色もわからない。特に酷かったのは足だった。そのときの鈴仙はしっかりとしたズボンと長靴を履いていたが、両足とも酷いやけどを負っていた。
 てゐは鈴仙を永遠亭に連れ帰った。
 意識のない鈴仙を見た永琳の驚きようはたいしたものだったが、即座に治療を始めた。その治療が一段落したところで輝夜と随分長い間相談ごとをしていたらしいが、てゐはその内容は知らない。というよりも、それを盗み聞きするどころではなかったのだ。
「待って! 置いていかないで!
 私が戦うから! だからみんな置いていかないで!!」
 近くにいた兎に永琳を呼びに行かせ、自分は意識を取り戻すと同時に泣き叫んで暴れ始めた鈴仙を押さえつける。
「大丈夫だから! 戦う必要なんてないから!」
「戦わせて! 私に戦わせて!
 私が戦って、私が死ぬから! みんなが死ぬことないから!
 ……だから私を捨てないで!」
 叫び声が耳に痛い。
 叫ぶ言葉が心に痛い。
 目を覆う包帯を湿らせながら錯乱して暴れる鈴仙を押さえつけながら、てゐは変わった耳をしている彼女がどうしようもなく兎であることを理解したのだった。


「さあ、どこから踏み込もうかしらね」
 楽しそうな永琳の声で、懐かしい記憶に埋没していたてゐは気を取り直した。
「永琳、いきなり襲撃するつもりなわけ?
 ちゃんと状況を確認してからじゃないと、鈴仙ちゃんに嫌われるよ」
「うっ……!」
 永琳を絶句させておいて改めて辺りを見回してみると、妹紅が暮らす家はもう目の前だった。一人暮らしのはずなのに、無駄にでかい。永遠亭とは比較にならないが、それでも一般的な家族が暮らす家と比較すれば格段にでかい。
「あの人も姫と同じで贅沢好きなのかな」
「元々は貴族の姫だったのだし、そうなんじゃないかしら」
 二人は勝手なことを口にしながら裏口から妹紅の屋敷にこっそりと侵入する。大きな家で住人が少ないということは、目の届かない物陰が多いということだ。忍び込む二人にはありがたい。
 主である輝夜とは敵対する立場にある妹紅の屋敷だが、意外にも掃除が行き届いている床に足跡をつけてしまうのは気が引けた。二人は裏口で靴を脱いで台所に上がりこむ。
 あがりこんでみると竈に火が熾されていた。大きな鍋がかけられていて、何かを湯がいているようだ。まな板と包丁も用意されている。ちょうど昼餉の準備の途中だったのだろう。
 てゐは黙って永琳に目を向けた。昼を食べるにはいい時間だ。永遠亭から持ち出してきたおむすびと煮物の重さが空腹を加速させたような気もする。鈴仙の様子を見に行く前に一度引いて食事にしてはどうかという意味を含んだつもりだったのだが、永琳は視線に気づかずにずんずんと奥へと行ってしまった。
 てゐは小さくため息をついてそれを追う。
 足音を殺して走りながら、てゐは初めてみる妹紅の屋敷を見回す。台所もそうだが、掃除が行き届いていて綺麗な屋敷だった。廊下の床などはてゐの顔が映るほど磨き抜かれている。掃除の行き届き方は永遠亭なぞ足元にも及ばない。
 随分と気合いのはいった使用人がいるんだなぁ、と思ったところでてゐは首をかしげた。いまさら思い出すまでもなく妹紅は不老不死の蓬莱人だ。それが理由で人里に住まずに竹林に居を構えているのに、わざわざ使用人などをそばに置くだろうか。
「鈴仙ちゃん……かな?」
 クソがつくほど真面目な鈴仙がこの屋敷で世話になっているのなら、家の掃除くらいはお礼代わりにやるだろう。
そんなことを考えていたせいか、突然足を止めた永琳の背中に鼻をぶつけてしまった。
「むがっ……ちょっと永琳、いきなり立ち止まら……もがもが」
 抗議しようとすると振り返った永琳の手に口をふさがれる。噛み付いてやろうかと思ったが、永琳の顔を見て思いとどまった。満面の笑みに座りきった目が美し過ぎる。口をふさがれたままじっとしていると、永琳は口元に人差し指を当てて手を離してくれた。うるさくするなということらしい。
 てゐの口を解放した永琳は足音を隠しながら走り始める。その後ろに続きながら、てゐもその物音に気がついた。
 叫び声のようなものと重いものが倒れるような音。

「…ぅあ……っ!?」
「ふふん、中々やるけどね。
 ほら、ここをこうして……」
「あっ!」

 両方とも耳に馴染みのある声だが、悲鳴のような叫びを上げている声のほうが馴染み深い声だ。もはや足音をちっとも隠さず走っている永琳の目つきがますます危険なものになっていく。

「……っく!」
「お、がんばるねぇ。
 ……ほれ」
「うぅう……!」
「あんた結構我慢強いねぇ。
 でもね、ちょっと体勢を変えてこっちをこうしてやれば……」
「ああぁっ!?
 痛い、痛い痛いです……!」

 ようやく声がする部屋の前にたどり着くと、永琳は物も言わずにそのふすまを開け放った。てゐも両開きのふすまを開け放った永琳の脇からのぞきこむと、その光景が目に飛び込んできた。
 服を整えながら立ち上がろうとしている妹紅と、息も絶え絶えで仰向けに倒れたまま乱れた衣類を直そうともしない涙目の鈴仙。ほかにも人影はあったのだが、永琳の目に入ってきたのはそこまでだったのだろう。

「私のウドンゲに何をしているぅぅぅ!?」

 それなりに付き合いの長いてゐでさえ聞いたことのない怒号を響かせながら、永琳が妹紅に飛び掛る。
 まあ、相手は殺しても死なない妹紅だし、と惨劇の予感にてゐがため息をついたのと、ぐったりと倒れていたはずの鈴仙が目を丸くしている妹紅と永琳の間に割って入ったのは同時だった。
「ちょ!?」
 てゐも慌てたが、もっと慌てたのは永琳だ。
 それでも咄嗟に手を止めることができたのは、永琳の鈴仙に対する愛情の賜物であるとしか言いようがない。妹紅に掴みかかろうとしていた永琳の手は、ぎゅっと目を閉じて両手を広げた鈴仙の鼻に触れるぎりぎりのところで止まった。
「あ……危ないじゃないの!?」
 危ないのはお前だ、というてゐの心中の突っ込みはともかく、声を聞いて目を開いた鈴仙は目の前の人物の顔を見て目を丸くした。
「し、師匠?」
「貴方は蓬莱の薬を飲んだわけじゃないんだから、
 命は大切にしてちょうだい!」
 状況さえこうじゃなけりゃなあ、と考えながら視線を逸らせたてゐは、ちょうどこちらを向いていた妹紅と目が合った。
 おまえも苦労してるなぁ。
 視線と表情が語っている。
 いつも碌でもない蓬莱人に振り回されている身としては常識のある蓬莱人の気遣いに、柄にもなくぐっときた。輝夜経由で知り合ったために妹紅にはあんまりいい印象を抱いていなかったのだが、今なら友情を育めるかもしれない。
 そう考えたてゐだったが、部屋に踏み込むのは控えた。突然の展開に部屋の隅で凍り付いていた人物たちの硬直が解けだしていたからだ。その人物たちは話の流れからさりげなく鈴仙を抱きしめようとしていた永琳に向かって駆けた。
「曲者!」
「成敗!」
 永琳に向かって振るわれた木刀と蹴りは、遠慮というものはまったく感じられなかった。


 てゐが初めて鈴仙を見つけたとき、鈴仙の足は自力で歩くことのできる足ではなかった。そのときの消耗を見れば、飛ぶことも覚束なかっただろう。鈴仙が月から落ちてきたのは鈴仙以外のものの意志が働いていたに違いない。そしてそれは鈴仙の怪我の具合や状況を含めて考えれば、てゐが鈴仙を見つけたときにはもう遺志になっていただろう。
 てゐが鈴仙を連れ帰ったのはその思いを酌んでやろうと思ったからだ。
 一通り治療が終わって正気を取り戻した鈴仙にそれを伝えると、しばらく沈黙した後に包帯の取れた目でてゐを睨んで、
「どうしてそのまま死なせてくれなかったの」
 頭にきた。
 殴った。
 殴り返された。
 後はもうめちゃくちゃな殴り合いになった。
 物音に気づいて駆けつけてきた永琳に押しとどめられるまで、散々に殴りあった。
 その後、永琳に説得された鈴仙はそのまま永遠亭に住み着くことになったのだが、
「……よろしく」
 憮然とした顔で目をあわそうともしなかった鈴仙の顔を、てゐは今でも鮮明に思い出せる。


 気絶した永琳を部屋の隅に転がしておいて、てゐは持ってきた風呂敷を道場のように広いその部屋の真ん中に広げた。
「ああ、鈴仙が作った昼メシを持ってきてたのか」
 妹紅が言うのに頷きながら竹の皮をほどくと豆ご飯のおむすびが転がり出る。水菜とうす揚げの煮物も汁をこぼさず持ってこれてほっとする。一緒に広げた鈴仙のリュックの中身も入れ物は違うが内容は同じものだった。だが、量がかなり多い。
「鈴仙ちゃん、こんなに食べるの?」
「ううん。みんなの分を持ってきてたの。
 先生に味を見てもらいたくて」
「私も先生なんて言ってもらえるほど上手なわけじゃないんですけど……」
 そういいながら、湯気を立てる鍋とお椀を乗せたお盆を持って現れた妖夢が鈴仙の言葉に顔を赤らめる。妖夢の後ろでお茶の入った薬缶と湯のみを手にした美鈴が笑っていた。
「そう? 妖夢ちゃんが作るお料理はすごくおいしいと思うけどなぁ」
 永琳を襲った木刀と蹴りは手に持っていた食器を手際よく並べていく二人のものだった。
 咄嗟のこととは言え、永遠亭の実質的な主を遠慮なくぶん殴ってしまい、そろって真っ青になったのだが、
「いいんじゃない?
 どうせ死なないんだし」
「そーそー。それに、気絶してるってことは殺さない程度には手加減してたんでしょ?
 まあ、殺しておいてリザレクションさせたほうが復活は早かったかもしれないけど」
「師匠だったらちゃんと謝れば許してもらえますよ。
 私も一緒に謝りますから」
 というほかの三人の言葉を信じてとりあえず落ち着いている。
「でも、和食だったら藍さんのほうが上手ですし、洋食も咲夜さんのほうが……。
 美鈴さんだって中華料理、お上手じゃないですか」
「中華は私一人しか作らないから、比較対象がいないだけだと思うけどねー」
 たまねぎの味噌汁とお茶の湯飲みを行き渡らせて、美鈴と妖夢も腰を下ろした。
 胡坐をかいて風呂敷の前に座っていた妹紅がそれを確認すると手を合わせて、
「いつもありがとね。
 んじゃ、いただきます」
 豆ご飯のおむすびを口に放り込んだ。
 しばらくもごもごと口を動かしていたが、それを飲み込むとにっこり笑う。
「うん、おいしいおいしい」
 ほっする鈴仙だったが、その目がおむすびを齧っている妖夢を伺っていた。本人はさりげないつもりのようだが、微笑ましいほどあからさまな視線になってしまっている。
 視線を向けられていることに気づいた妖夢はにっこりと笑みを返した。
「すごくおいしいですよ」
 鈴仙はぐっとガッツポーズをしてから周りの視線に照れたように笑った。


 永遠亭で暮らすようになった鈴仙は、てゐが予想したとおり酷く浮いた。
 鈴仙は抜き身の刃物だった。
 永琳に言われて伸ばし始めた中途半端な長さのさんばら髪の奥で、ささくれ立った心を映した瞳がぎらぎらとしていた。食事はあまり手をつけず、眠るときも小さな物音で跳ね起きてしまうために、元々やせ気味だった身体はやつれてその容貌まで鋭さを増していく。誰にも気を許さず、一人になると上目遣いに月を見上げていた。永琳とはわずかに口を利くものの、ほかのものとは視線を合わそうともしない。永琳は何度も説教をしたようだが、鈴仙の態度が軟化する様子はなかった。
 そんな鈴仙を、てゐは見捨てる気になれなかった。
 単純にケンカしただけの間柄なら無視してしまえばそれでよかったかもしれないが、錯乱していたときの鈴仙の叫びを聞いてしまっていた以上、鈴仙を切り捨ててしまう気にはなれなかったのだ。
「いつまでウジウジしてんのよ。
 生きてるくせに死んだような目をしてんじゃないわよ」
「生きたくて生きてるわけじゃない」
「ハン、それならあんたを生かすために死んだヤツらは無駄死にだったわけだ」
「……なんですって?」
「あら、怒った? 無駄死にだった、って言ってんのよ。
 くっだらない死に方したもんだわ、ホントに」
「……っ!!」
 結局、てゐは鈴仙ともう一度殴りあった。
 鈴仙に対する感情をうまく言葉にできなかったのもあるが、いつまでもうじうじとして前を見ようとしない鈴仙が鬱陶しかったのだ。
 今度は一方的に殴られた。
 鈴仙は戦地帰りの兵士だ。当然白兵戦の訓練もやっていた。殴りあう技術を持っているものと、持っていないものの差は大きい。鈴仙の足がろくに動かない状態でようやく互角だったてゐには怪我をしていない鈴仙は強すぎた。
 だが、ここで引くわけにはいかなかった。鈴仙がやたらと死にたがったりしているのは、自分を逃がして死んでいった戦友たちに対する引け目からだろう。だが、鈴仙を逃がしたもの達が、負けることがわかっている戦地に鈴仙が戻ってくることを望むだろうか。鈴仙が自分たちの後を追って死ぬことを、望んでいるだろうか?
 何度殴り倒しても起き上がってくるてゐに、鈴仙の顔が引きつる。喧嘩を止めようと現れた永琳もそのほかの兎たちも、てゐの迫力に押されて止めにはこない。
「あんたを」
 てゐは鈴仙の胸倉をつかんで視線を無理やり合わせて叫んだ。
「あんたを逃がして死んだ連中は、今のままだったら無駄死になのよ!
 それを意味のあるに変えられるのは、あんただけだってのがわからないの!?」


「で、結局鈴仙ちゃんはここに何しにきてるわけ?」
「美鈴さんと妖夢ちゃんにお料理習いながら、
 妹紅さんに格闘技教えてもらってるの。
 私はお料理をするときの材料を持ってきてみんなに振舞ってお返ししてるんだ」
「この前の顔の痣はここで練習してたときについちゃったの?」
「ああ、てゐも知ってたんだ。
 投げられそうになったときに無理な抵抗の仕方しちゃったせいで、
 受身を取り損ねちゃったのよ」
 鈴仙のとがめる視線を無視して気絶したまま起きてこなかった永琳の分まできっちり平らげたてゐは、食後の茶をすすりながら稽古を始めた妖夢と美鈴を眺めていた。動きの確認をしているのか、てゐの目でも追えるゆっくりとした動きで蹴りや拳を交し合っている。二人の近くに座っている妹紅が時折それに対して指導の声を上げていた。
 視線を横にずらすと気絶している永琳を膝枕して、妖夢と美鈴の動きを目で追っている鈴仙がいる。真剣さはあっても鋭さはない瞳。引き締まっていてもやつれてはいない肢体。柔らかに伸び、しっとりとした光沢のある紫の髪が、永遠亭に来てからの時間の長さを物語る。
 平和に浸り、平和に馴染んだ姿の鈴仙がそこにいる。
「ねえ」
「うん?」
 妖夢と美鈴を追っていた鈴仙の視線が、てゐに向けられる。
「鈴仙ちゃん、今でも十分に取っ組み合い強いじゃない。
 なんで習いに来てるの?」
「私、強くなんてないよ」
「でも私と比べたらぜんぜん強いじゃない。
 もっと強くなりたいの?」
「うん、もっと強くなりたいな」
 てゐは鈴仙の返事にわずかに眉をしかめた。
 強くなりたい。それはいい。
 強くなって、何をしたいのか。
「何で?」
 さりげなさを取り繕ったてゐの言葉に、鈴仙は視線を彷徨わせた。
 わずかに宙を漂ってから、鈴仙の視線が空に向かう。
 今は見えない月に向かう。
 視線を追ったてゐは身体を硬くしてうつむいた。
 だが、鈴仙の視線はしばらくして稽古をしている二人に向かった後に、てゐに戻ってきた。
「私、やっぱり弱いんだ。
 師匠となんて比べられないし、あっちで稽古してる二人より弱いし。
 てゐにだってきっと勝てない」
 否定の声を出そうと顔を上げたてゐをさえぎって、鈴仙は言葉をつむぐ。
「私ね、誰かを守れる強さが欲しくなったんだ。
 師匠やてゐや……もう会えないあの人たちが私にそうしてくれたみたいに、
 今度何かあったときには私が誰かを守ってあげられるようになりたいの」
 鈴仙はそう口に出してから、急に赤くなってそっぽを向いた。
 理由を口に出して恥ずかしくなったらしい。永琳に声をかけられたときに逃げ出したのもそれが原因だろう。
 てゐの口元が抑えきれずに緩んでいく。
 てゐは「強くなりたい」と聞いたときに、鈴仙がいつかの夜のように月に帰ることを考えているのかと思ったのだ。
 強くなって自分や永琳を押しのけて月に帰り、そして今度こそ戦って死ぬのかと。
「れーせんちゃーん?」
 鈴仙からの返事はないし、振り向こうともしない。
 だが、そっぽを向いている鈴仙の顔は、いまさら想像するまでもなく思い浮かぶ。それだけ長い間、鈴仙とは家族のように、姉妹のように過ごしてきたのだ。そんな彼女が一人、戦場へ戻ろうとするのが悲しくないわけがない。だが、それはてゐの杞憂だったようだ。
「んもー、れーせんちゃんたらかわいーんだから!」
「きゃあ!
 ちょっと、てゐ!」
 ああ、私もやっぱり兎なんだなぁ。
 そんな風に思いながら、てゐは鈴仙に抱きつく。

 鈴仙のひざから転げ落ちた永琳の頭が、ごちん、と音を立てた。

お読みいただきありがとうございました。

永琳がへっぽこなのは仕様です。
永遠亭メンバーの話なのに輝夜の出番がまったくなかったのも仕様でs(蓬莱の大銀河)

FELE
コメント



1.名無し妖怪削除
のび太がジャイアンと殴り合いする映画を思いだした。
2.名無し妖怪削除

ほのぼのしたなぁ

と思ってたら最後の永琳の扱いに梅酒吹いた
3.名無し妖怪削除
和んだ。この面子っていいなぁ。鈴仙がますます好きになった。
ラスト一文で吹いたw
4.名無し妖怪削除
なんだか最近いろんなところで師匠がぽんこつ扱いされてる気がするなぁw
5.翔菜削除
良い話なのに永琳の扱いだけとことん酷いww
6.卯月由羽削除
基本的にはよい話だったけど、
えーりん→うどん→みょんな関係といい、最後の扱いといい、えーりんが哀れすぎるww
7.名無し妖怪削除
えーりんダメダメだwww
8.名無し妖怪削除
てゐが熱すぐる!
鈴仙の「自分は弱い」が格好良い!!
後、えーりんに幸あれwwww
9.蝦蟇口咬平削除
鈴仙が可愛い過ぎる!!
10.名無し妖怪削除
あの熱くて甘いFELEさんがついに帰ってきたって感じだった。
11.名無し妖怪削除
最後の永琳が全部もってったわwwww