小悪魔は激怒した。
何に激怒したかと言えば、この文章が行き成り性質の悪い改変で始まろうとした事に激怒した。
必ず、この暴虐の筆者を除かねばならぬと決意したわけだが、開始三行で話が終わってしまうのも些か味気ないのでご容赦戴きたい。
取りあえず小悪魔は激怒していた。必ず、あの邪知暴虐の魔女を除かねばならぬと決意した。
暴虐の魔女というと、例の如く真っ先に浮かぶのは白黒っぽい彼女であるが、今回は違うのだ。
いや、いずれあの本泥棒にも目に物見せてくれる。と小悪魔は常々考えているのだが。
具体的にどうするかと言えば隙を見て彼女の符の「恋」の字を「濃い」とか「変」とか色々と書き換えてやろうと思っている。
実にみみっちぃ。
しかしながら、『濃い心 ダブルスパーク』など食らったら別世界が見えてしまいそうで嫌なのだが、それはさておき。
小悪魔は激怒…いい加減話がループしているので本題に入ろう。今回、小悪魔の気勢が向いているのは己の主人である。
小悪魔には魔術の実験が解らぬ。小悪魔は此の図書館の司書(のようなもの)である。基本的に悪戯と本の整理しかしていないのだから当然だ。
けれども、珍しく外に出ていた己の主人が、段ボール箱に入った仔猫を抱えて戻ってくるなり、
「やっぱり猫を使った実験と言えば箱と青酸ガスかしら」
などと宣った暁には「Youちょっと待てよ!」と叫びながら本を引き裂いてしまっても可笑しくはない。
ちなみに台詞は済んでの処で心の中に押し留めたが、気づいた時には読んでいた書籍が両手持ちから二刀流になっていたので慌てて隠した。
まぁ、幾ら激怒したとはいえ、相手が己より上位の存在である以上「呆れた魔女だ、生かしては置けぬ」と言う訳にも行かず。
また小悪魔本人も、そのような思考に至る程に苛烈な性情ではない。紅魔の小悪魔は気が優しくて力持ち、渾名はこぁー、ねこだいすき。である。
有事の際には書架を独力にて担ぎ上げる事も吝かでない。
だがしかし、その際に誤って書架の下敷きになった場合、収納された書籍の隙間の形にアジャストされて出て来ざるを得ない。
それは本当に悪魔の能力ですか?
いいえ、それはトムです。
話がそれた。小悪魔は現在大人しくテーブルに着いて本を読んでいる己の主人が、彼女の目の前に置かれた箱に入った仔猫に対し不穏当な動きを見せた場合、暴行に及ぶのも辞さない構えである。
もちろん、せいてk
まぁ、前述したような膂力でぶん殴られたとしたら、己の不義を諌める行為と気づく前にお隠れあそばしてしまうような気もするのだが、悲しい事に義憤に燃える小悪魔はそんな事には気づいていない。
そんな訳で、小悪魔は書架の陰から主人のお株を奪わん限りの日陰の女スタイルで、監視を絶賛続行中である。
そんな静粛に修羅場寸前の図書館内に、トントンという規則正しいノック音が響く。
「お邪魔しまーす」
と、典型的な挨拶の文句がそれに続いた。対して内からの返答はまったくなかったのだが、その何者かは沈黙を肯定と取ったらしく「入るわよ」とだけ言い、扉を開く。
そこから現れたのは、森に棲む人形遣い、アリス・マーガトロイドだった。
アリスは入室して直ぐの場所にあるテーブルに着いて本を読んでいるパチュリーを確認し、そこでいきなり表情を歪める。間近に居たにも関わらず返答すらしなかった館主に不満を抱いたわけではなく、その更に後ろでパチュリーをガン睨みしている小悪魔に驚いただけである。
「まったく、何でウチの猫はこんなにザルなのかしらね」
そんな視線に気づいているのかいないのか、パチュリーは本から目を離す事も無く、適当な書架を物色し始めたアリスに向って言い放った。
「そりゃぁ、私はちゃんと門番やらメイド長に許可貰って入ってるもの、立派に客人よ」
片やアリスも、書架に並ぶ本を物色しながら返す。パチュリーはそれを聞いて、
「私が許可した覚えが無いからザルなのよ」
と言い、ため息を一つ。
「小悪魔。紅茶持ってきて。二つ」
何だかんだといっても、害がなければ気にはしない。そうしないと無駄に疲れるから。パチュリーはそういう性格である。
命令とあれば仕方もないらしく、渋々と言った感じで本棚の陰から離れていく小悪魔を見て、アリスは内心でほっとしていた。もしあのまま小悪魔のヤル気溢れる視線を正面から受けていたら、読書に集中できる気がしなかった。それならパチュリーの斜向かいか隣に座ればいいじゃないかとも思うが、それだとあまりに不自然すぎるとか、そういう事を気にしてしまうのは性分の差なのだろう。
二人共に読書中に喋ると言う事も無いので、しばし静寂。少し間が空いて小悪魔が茶器一式を乗せたトレーを持って戻ってきた。
「今日は、ミルクティーです」
ごく簡単に持ってきた物の概要を告げると、小悪魔は手馴れた様子で本が散乱する卓上に茶器を並べ、紅茶をカップに注ぐ。ある種の卓越した技術ではあるのだが、普通の場所では役に立たない辺りが小悪魔らしいのかもしれない。他の候補地があるとすれば、某白黒魔法使いの家くらいだろうか。
「ん。ありがと」
綺麗に八分目まで注がれたミルクティーを受け取り、アリスが軽い礼を返す。パチュリーは無言だが、普段からそうなので気にもしない。
紅茶が渡されて読書が中断したのを契機に、アリスが疑問を投げかける。
「ねぇ…パチュリー。この仔猫どうしたの?」
卓上の面積のほぼ三分の一を占拠する箱が気にならない訳がなく。到着時からずっと気にしていたのだが、小悪魔の視線やら何やらと、聞くに聞けなかったのだ。
「ん…。拾ってきたんだけど」
「いや、それは見れば解るわよ」
箱にはでっかく『拾ってください』と書かれているため、嫌でも捨て猫だと言う事くらいは解る。
「私が聞きたいのは、何のために拾ってきたのかって事よ」
「猫度の足りないウチの駄メイドに混ぜてみようかと思ったのよ」
パチュリーの返答とほぼ同時に唐突に、メキャ、と拉げる様な音がした。
「あれ?トレーが脆くなってたのかな…」
哀れ、つい数分前まで普段どおり茶器の重さに耐えていたトレーは、パチュリーの不用意な一言に因って三分割という非業の最期を向えた。
「そういえば、それも気になってたんだけど、猫度って何なの?」
明らかに光源を無視した陰が入った顔で、「気に入ってたのになぁ…これ」等とのたまう小悪魔は見なかった事にし、アリスはパチュリーに質問を投げる。
「こっそり忍び込む輩をがっちり退治する度合い。当人の名前とか性格とかによるやんごとなき計算によって決まるものよ」
「例えば?」
「そうねぇ…例えば、ウチの咲夜なら、名前を数字に置き換えて398。それを後ろから掛けて割ると24点になるわ」(8×9÷3)
「じゃぁ私の場合は?」
「貴女の場合、名前を分割すると『あ、リス』になるからげっ歯類。いつもこっそり忍び込む側なんだし、魔理沙と一緒で猫度0点よ」
前者と打って変わって理論の欠片も見当たらない返答に、
「それ、絶対今考えたでしょ」
とアリスが言うと。
「だって、判断するのは私なんだから何でもいいのよ」
にべもない。
「それに、使うのもパチュリー様だけですしね」
いつの間にか普通の表情に戻った小悪魔がそう言うと、パチュリーは少し肩を窄めるような仕草を見せた。どうやら、本当の事のようである。
「まぁ、猫度に限らず、名前という物が存在を表す符号の中でも特別なのは間違ってないわ。咲夜みたいに悪魔に付けられた名前なんてなると尚更ね」
興が乗ったのか、それとも切りの好い所まで読み終えたのか。パチュリーはテーブルの脇の本の山を一段増やしてから話を始めた。
「へぇ…じゃぁ、あのメイドがいつもレミリアの傍に居るのは、契約か何かなの?」
アリスも、そう言って本を読むのを中断してテーブルの脇に寄せる。呪術的な話の流れに興味を示したのもあるが、それ以上に他人の秘密を聞けるというのは魅力的なものなのだ。
「ん…あれは、本人の嗜好とでも言うべきなのかしら」
「…え?」
「私もよくは知らないけど、隷属せよといった類の契約はしてないみたいなのよ。だからあれは咲夜が望んでやってるってことになるわけ」
「じゃぁ、悪魔のつけた名前の特殊性って何?」
想像していたのとは少々違う話の方向に、アリスは少し憮然とした表情をしながら言う。
「人の話は最期まで聞くものよ。えー…っと、この説明書によると…」
唐突に懐から小冊子を取り出して捲り始めたパチュリーに、残りの二人は『説明書って何の…?』と思ったが、聞いても無駄そうな気がしたので黙っている。
「パッドで398+Aと入力すると、咲夜を召還できるとあるわ。※右向きの場合」
突っ込みどころが増えた。というか突っ込みどころしかなくなった。
「パッドって…?」
さっきまでの興味は何処へやら、アリスは既に半眼でやぶにらみである。パチュリーは冊子を見ていて気づいていないが。
「外の世界の端末のような物らしいんだけど…。前に咲夜に聞いてみたら、知らないって言ってたわね。何か苦虫を噛み潰したような表情だったけれど」
あのメイド長をしてトラウマタイズされる様な物なのかとアリスは内心驚いたが、実際のところはキャッチボールの捕球方法に顔面ブロックを選択してしまう程の勢いで、パチュリーと咲夜の意思疎通が失敗しているだけである。
「右向きの場合。って左向きの場合はどうなるんですか?」
余程暇だったのか、割れたトレーの断面を押し込んで形だけ元通りにして遊んでいた小悪魔が問うと。
「さぁ…?これにはそこまでは書いてないけど…名前部分を反対にしたら893だからそれじゃないかしら?」
「それだと、咲夜さんの裏の顔がヤクザって言ってるみたいですねぇ」
「まぁ、この館のメイド長なんて、ヤクザな商売だとも言えなくもないんじゃない?」
と、それぞれ好き勝手にのたまったところで。
「きさんら人の名前使うて遊びくさよりよってからに、ウチの二つ名、言うてみいやァ!」
最早どこの地方の言語かも怪しい恫喝と共に、瀟洒なヤクザ登場。
普段どおりの優雅な仕草と、ドスの効いた台詞のギャップに、たまたま廊下を歩いていたメイドが吹いた後に血を噴いて倒れた。彼女に何が起きたかは言うまでもない。
だがしかし、図書館内に居るのは十把一絡げのメイドなどではなくいくつもの修羅場を潜り抜けてきた魔女と悪魔であり、その程度では動揺を誘われる事もないのだ。
「パッド長」
「DI○もどき」
「完全に瀟洒な犬。もしくは完全に犬」
ちなみに上から順に、小悪魔、アリス、パチュリーである。あんまりと言えばあんまりな回答に、
「三回回ってURYYYYYYYYYYYYYYY!!」
メイド長が雄たけびと共にナイフを展開したので、
「日符『ロイヤルフレア』」
さよなら平穏。
拡大する爆炎と飛び交うナイフによって、小悪魔吹っ飛びアリス逃げ回り、猫は段ボールの中で丸くなる。閑散としていた館内は蜂の巣を突いたかの如き様相を呈した。
ともすればこのまま舞台崩壊オチか爆破オチを迎えるかという場面だったが、復活した小悪魔の激しいツッコミによって双方スペルブレイク。
それによりトレーが修復不能な程に砕け散るという、尊い無駄な犠牲によって図書館は平和を取り戻したのだった。
ありがとうトレー。君は好い道具だったが、小悪魔の所有物である事が死亡フラグだと気づけなかった君が悪いのだよ。
は、謀ったなこぁー!
「取りあえず、名前が本人を現す特殊な符号って事は理解してもらえたかしら」
「行き成りヤクザ扱いされれば、誰だって文句の一つくらい付けたくなりますわ」
あれだけ暴れた割には、何故か僅かも乱れていないテーブルに着いて会話が再開する。
よく観察すれば、周囲の調度品や書架は愚か、カーペットや壁面にすら傷一つ付いていない。それが室内で弾幕ごっこを行う際の彼女らの矜持なのかもしれないが、なら最初から暴れるな。
しかし、炎とナイフの複合弾幕を気合避けした直後のアリスには、それを恨み言として吐き出すほどの気力もなく今は机に突っ伏している。
「パッドとかはともかくとして、実際に咲夜さんが召喚されましたしねー」
こちらも何故かまったくの無事だった仔猫をあやしながら、小悪魔が言った。
「まぁ、偶々用があって来たら、私の名前を揶揄する内容が聞こえただけですわ」
台詞は平静を保っているものの、パッドの部分に過剰反応したのか咲夜が微妙な視線を浴びせている。猫まっしぐらな小悪魔はまったく気づいていないが。
「ところで…」
ギギギ、という効果音でも聞こえそうな動きでアリスが身を起こし、
「貴女がメイド長の警備はザルだって言いたいのは分かったけど、そこで猫と戯れてる小悪魔の猫度はどうなのよ」
容赦のない台詞に、ウギギとでも聞こえそうな表情で咲夜がアリスを睨むが、アリスは意図的に見なかったことにした。
「この子は…猫度は高くなる要素はあるんだけど…」
パチュリーはそこで台詞を切ると、小悪魔の方を見遣る。その視線に気づいた小悪魔は、
「私は名前とか、二つ名とか、スペルカードとかないですからねー。どうしても侵入者の排除とかは厳しいんですよ」
事も無げに言い、また猫と戯れ始める。
「それに、トム度が高い」
「侵入者と仲良くケンカしてしまう度合いですわね」
またもや意味不明な用語が飛んだが、咲夜がすぐさまフォローした。アリスとしては問いただすのも面倒になってきていたので調度よかったのだが。
小悪魔も散々な言われようなのだが、「荒事は私の役目じゃないですしねー」などと仔猫に語り掛けながらにくきゅうの魔力にやられている所を見ると、まったく気にしていないようだ。
「さっき、咲夜も二つ名がどうのって言ってたけど、それも関係あるの?」
「ええ、二つ名は本人の特性や、能力を現すわ。例えば…魔理沙なら、『普通の魔法使い』とか、『そこの白黒』とか」
何処が普通なのか。とか、二番目のそれは二つ名じゃないだろ。とか思うところはあるかもしれないが、それで通じてしまう辺りがどうしようもない。
「アリスさんなら、七色の人形遣いですね」
「七色魔法莫迦とか」
「ごっすんごっすん五寸釘、なんてのもありますわ」
「なにそれ!?」
二つ名と言う物は本人が知らない部分で増えていくものである。二番目以降のそれらは二つ名じゃないだろと以下略。
「つまり貴女はツンデレがお似合いという事よ」
「何で!?」
既に理論立てる気すらないようだ。というよりも、単にパチュリーの希望を述べただけなのだろうが、悲しいかな、それに突っ込める者はその場に誰も居なかった。
「まぁ、ついでに言えば私の二つ名は…」
「一週間もやし、ね」
「知識と日陰のもやし、では」
「動かない大もやし、ですよ」
「ええ!?」
あまりのもやし尽くしにパチュリー絶句。しかしながら二つ名と言う物は略。
「今は~♪」「もう~♪」
「「「動かない~、大も~や~し~♪」」」
追い打ちを掛ける様に小悪魔、合唱。※協力:一般メイド二名
「とまぁ、この通り紅魔館では一般的な呼び名になりつつ…」
「紅茶『ロイヤルミルクティー』」
さよならマイセン。
パチュリーが投擲したティーカップが小悪魔の額に直撃し昏倒。しかる後に熱くて白っぽい液体(注:ミルクティー)に塗れてメイド二名も地に伏した。
ちなみに、マイセンとは有名な磁器のあれではなく、小悪魔が勝手にカップにつけた名前である。
付け加えるのなら、ソーサの名前はサミーであり最近六百号に達した。
簡単に打ち分けると、三百枚弱が小悪魔の悪戯による投擲。二百枚弱がパチュリーが喘息で失神した際の頭突き。百枚弱がメイドのセクハラに驚いた小悪魔が握撃。端数が小悪魔の過失による破損である。
更にそれぞれが追加効果として、メイド長の堪忍袋の緒、パチュリーの額とテーブル、狼藉者の未来を粉砕する。
一割にも満たない過失を目撃した者は、どじっこぁー。ということで即座に狼藉者と化すのだが、その後彼女らの行方を知るものは誰も居ない。らしい。
「ところで、咲夜は何の用があって来たのかしら」
話が一段落着いた…というよりも強引に話が打ち切られたところで、パチュリーは咲夜に訪問の意図を問う。
「あ、そうですね。ちょっとそこの仔猫の事についてご報告がありまして」
全員の視線が、再び段ボール箱の中に戻って寛いでいる仔猫に集中する。
「この子がいる事が何か問題でもあるの?」
というアリスの問いに対して、
「それは問題ないのだけど…」
「紅魔館の中に捨てられていた事が問題だと、そういう事かしらね」
咲夜の台詞にパチュリーが割って入ったが、咲夜が首肯する事でその見当に誤りがないのを証明した。
「それで…」
その台詞が終わるか否かというタイミングで、咲夜が能力を使用したのだろう。唐突に一つの人影が彼女の隣に出現した。
「なっ、何事!?新手の弾幕使いか!!何やら妙な術を使うようだけど、いざとなったら一人背水の陣でパチュリー様、咲夜さんおはようございます!」
文字通り降って湧いたその人物、門番の紅美鈴は突然の場面転換に動転しているように見えるが、上役への挨拶をきちんとこなしている辺り意外と余裕があるのかもしれない。
おはようございます。の部分から何かを察したらしく、咲夜は盛大に溜息を吐いてから、美鈴を指差してこう言った。
「彼女が、張本人ですわ」
「ジャン・ウェンレンね」
「ついに中国ですらなくなった!?というか何の事ですか?」
「まず、彼女が配達の帰りに通ったらしい里の豆腐屋の主人と、猫の話で盛り上がって「いいですねぇ猫。飼ってみたいですけど」と言ってた。との報告を受けています」
張本人指定された人物が未だに話の流れから遭難しっぱなしだが、咲夜はそのまま進める。救助する気ゼロである。
「次に、その日の晩に豆腐屋の息子が白黒の台車で本館に高速接近。門扉ギリギリを抜ける華麗なドリフトと共に、その段ボール箱を敷地内に放り込むのがそこで寝ているメイド二名によって目撃されていますわ」
あまりにも人智を超えた状況説明に、アリスは仔猫が無事だったのに感心した辺りで理解する事を放棄して本を読み始めた。明確に情景を思い浮かべたら何かに負けるような気がしたからである。
「ふむ…つまり、門番の貴女はそんな差し迫った状況にも関わらず、暢気にしていたと…そういう事ね」
報告を受けたパチュリーは、元々半眼の目を更に細めて美鈴を威圧する。
「え、あ、いや、確かに何もしなかったですけど彼からは危険な気を感じなかったというか気配を感じたときには遅かったというか寝てたわけではないんですよあははは…」
美鈴は身の危険を感じたらしく、息継ぎなしで言い訳を捲くし立てたものの、それは咲夜により二乗に増大した威圧感によって尻すぼみに渇いた笑いに変わっていく。
「まぁ、毎度の事に加えて、大した被害があるわけでもないし。貴女にチャンスを上げるわ」
そのままお約束の咲夜によるお仕置きに入るかと思われたが、珍しくパチュリーが助け舟を出した。
「え?はい!何でしょうか!?」
普段とは違う展開に驚きを隠せないものの、またとないチャンスに気色ばむ美鈴に対してパチュリーは、
「私の二つ名を言ってみろッ!」
と何処かの三男のような台詞を放った。どうやらさっきの事を気にしているようである。
「え!?えっと、えー…と…」
必死で考える美鈴。真っ先に浮かんだのが『パッチュンプリン』だったりしたが、奇跡的に口に出さずに踏みとどまった。
目の前のパチュリーは、迂闊な事を宣うのであれば賢者の石を使わざるを得ない。という雰囲気を醸し出している。
「さぁ…どうなの?」
と追い詰めるパチュリー。
「えー…っとー…」
追い詰められる美鈴。いつの間にか目と鼻の先までパチュリーが接近してきている。もう時間がないと悟った美鈴は、半ばヤケクソとなり、
「パチェ萌え!!」
と叫んだのを聞いてパチュリーは、
「ロイヤルダイヤモンドリングは永遠の輝き」
と言って美鈴の左手の薬指に、何処から取り出したのかダイヤの指輪を嵌めたのを確認したので、
「皆の者!婚礼の儀の準備ぞ!馬曳けぇーい!」
メイド長が吼えた。
メイドたちの士気が上がった。
それにしてもこのメイド長、ノリノリである。
小悪魔はふと自分の下半身が妙に熱を帯びているのに気づく。朦朧とした意識が少しづつ正常に戻っていく過程で、自分が引き摺り回されているが故の摩擦熱が原因だと理解した瞬間に、彼女は自分でもよく分からない叫び声と共に飛び起きた。
「汝、病める時も健やかなる時も、紅美鈴を妻として愛する事を神に誓いますか?」
「否!断じて否であるッ!ここは悪魔の館ぞ、神など居らぬ!誓うのなら私を愛していると言ってみろーッ!!」
あまりにも斬新な結婚の誓いだ。小悪魔には状況がよく理解できなかったが、取り合えず宴は既に酣である。
その後、ウェディングケーキがハヴェられたり、花束を持ったチルノがショットガン風味の通常弾幕で乱入したりと色々あったが問題なく式は進行。いざライスシャワーという段になった時、洋風を地で行く紅魔館には撒き散らせるほどの米など存在しない事に気づいてしまった。
いや、本来であればライスシャワーは悪魔祓いの行為であり、紅魔館で行うには場違いも甚だしいが、そんな儀式的な意味などどうでもいいのだ。
要は、弾幕の如く米を撒き散らして退場する二人を埋めてやりたいと、その場の全員の思いが一致しているだけである。
どこぞの巫女が聞いたら激怒しそうな理由だが。
しかし、このまま米が無ければ平々凡々に式が終りを迎えてしまう。皆が絶望しかけた、そのとき、
「米が無ければパンを撒けばいいじゃない!!」
メイド長の余りにも瀟洒すぎる台詞によって、何故か食料庫から運び出されて来たのは大量の小麦粉だった。どうやらパンも無かったらしい。
だが、先ほども述べたように最早何でもいいのである。撒く物が顆粒だろうと粉末だろうと、その場のノリが満たされれば彼女らは満足するのだ。
そして、盛大に数袋の小麦粉が空に放たれ。
周囲を真白な霧の如く覆い尽くし。
キャンドルに引火して中庭が爆砕。そのまま式自体が無かった事にされた。
どうしようもないほどに爆破オチだったが、咲夜が前もって空間閉鎖を行っていた為、本館への被害はゼロであった。瀟洒である。
色々と燃えていた中庭は、パチュリーが魔法による散水で消火を行ったのだが、
『後になって水溜りから稲が生えた。これが所謂、成田離婚という奴である』
という筆者の用意していた箸にも棒にも掛からぬオチが使用されるのも、咲夜が小麦粉を撒く事を提案したことにより未然に防がれていた。瀟洒である。
さて、結局仔猫がどうなったかと云うと。
パチュリー曰く。
「面倒になってきたから、小悪魔、貴女にあげるわ。後は宜しく」
とまる投げして。
咲夜曰く。
「パチュリー様がそれで良いと言うのであれば、私にはそれに異を唱える権利はありませんわ」
と、主の親友の治外法権を認め。
アリス曰く。
「飼ってみたいとは思うけど、私は人形と魔理沙の世話で精一杯だし」
と何気なく爆弾発言をしたため、パチュリーのアルゼンチンバックブリーカーが見事なメガリスを建造したのだが、それはさて置き。
要するに、小悪魔が仔猫の世話をする事になったのだ。
そして今、仔猫を抱きかかえた小悪魔の目の前に一軒の小屋がある。
と言っても犬小屋である。どう見ても犬小屋である。
段ボール箱が寝床では些か貧相にすぎるだろう思った小悪魔が、暇そうにしていた門番に塒を作ってくれと依頼したところ、彼女は「日曜大工なら任せて!」というマイホームパパのような台詞と共に快諾し、結果できあがったのがこれなのだ。
なぜ犬小屋か。そう思いもしたが、用途は満たしているから良いか。と判断した小悪魔は満面の笑顔で、
「ありがとう。ジャンさん」
と言った所マジ泣きされたのだが、それを心から嬉し涙だと思っている辺りが、彼女も悪魔族である所以かもしれない。ただの天然ボケとも取れるが。
小屋の中には既にタオルケットがしかれており、あとは仔猫を入れれば猫小屋の完成なのだが、小悪魔は入り口の上で存在を主張する、真っ更なネームプレートに気づいた。
我輩は小悪魔である。名前はまだ無い。
自身に名前が無いというのに、それよりも先にペットに名前を与えるというのも何となく癪だ。
しかし白地のままというのも味気ないので、小悪魔はそこに『398』と書いてみたところ。
何故か、犬耳を付けた咲夜が小屋から出てきた。
※右向きの場合。
小悪魔は思い出し激怒した。
散々書き散らしておきながら、碌にオチすら付けられぬ筆者に激怒した。
「呆れた筆者だ。生かしては置けぬ」
ということで、かの暴虐の筆者は除かれてしまったので、この話はここまでとさせて戴きます。
何に激怒したかと言えば、この文章が行き成り性質の悪い改変で始まろうとした事に激怒した。
必ず、この暴虐の筆者を除かねばならぬと決意したわけだが、開始三行で話が終わってしまうのも些か味気ないのでご容赦戴きたい。
取りあえず小悪魔は激怒していた。必ず、あの邪知暴虐の魔女を除かねばならぬと決意した。
暴虐の魔女というと、例の如く真っ先に浮かぶのは白黒っぽい彼女であるが、今回は違うのだ。
いや、いずれあの本泥棒にも目に物見せてくれる。と小悪魔は常々考えているのだが。
具体的にどうするかと言えば隙を見て彼女の符の「恋」の字を「濃い」とか「変」とか色々と書き換えてやろうと思っている。
実にみみっちぃ。
しかしながら、『濃い心 ダブルスパーク』など食らったら別世界が見えてしまいそうで嫌なのだが、それはさておき。
小悪魔は激怒…いい加減話がループしているので本題に入ろう。今回、小悪魔の気勢が向いているのは己の主人である。
小悪魔には魔術の実験が解らぬ。小悪魔は此の図書館の司書(のようなもの)である。基本的に悪戯と本の整理しかしていないのだから当然だ。
けれども、珍しく外に出ていた己の主人が、段ボール箱に入った仔猫を抱えて戻ってくるなり、
「やっぱり猫を使った実験と言えば箱と青酸ガスかしら」
などと宣った暁には「Youちょっと待てよ!」と叫びながら本を引き裂いてしまっても可笑しくはない。
ちなみに台詞は済んでの処で心の中に押し留めたが、気づいた時には読んでいた書籍が両手持ちから二刀流になっていたので慌てて隠した。
まぁ、幾ら激怒したとはいえ、相手が己より上位の存在である以上「呆れた魔女だ、生かしては置けぬ」と言う訳にも行かず。
また小悪魔本人も、そのような思考に至る程に苛烈な性情ではない。紅魔の小悪魔は気が優しくて力持ち、渾名はこぁー、ねこだいすき。である。
有事の際には書架を独力にて担ぎ上げる事も吝かでない。
だがしかし、その際に誤って書架の下敷きになった場合、収納された書籍の隙間の形にアジャストされて出て来ざるを得ない。
それは本当に悪魔の能力ですか?
いいえ、それはトムです。
話がそれた。小悪魔は現在大人しくテーブルに着いて本を読んでいる己の主人が、彼女の目の前に置かれた箱に入った仔猫に対し不穏当な動きを見せた場合、暴行に及ぶのも辞さない構えである。
もちろん、せいてk
まぁ、前述したような膂力でぶん殴られたとしたら、己の不義を諌める行為と気づく前にお隠れあそばしてしまうような気もするのだが、悲しい事に義憤に燃える小悪魔はそんな事には気づいていない。
そんな訳で、小悪魔は書架の陰から主人のお株を奪わん限りの日陰の女スタイルで、監視を絶賛続行中である。
そんな静粛に修羅場寸前の図書館内に、トントンという規則正しいノック音が響く。
「お邪魔しまーす」
と、典型的な挨拶の文句がそれに続いた。対して内からの返答はまったくなかったのだが、その何者かは沈黙を肯定と取ったらしく「入るわよ」とだけ言い、扉を開く。
そこから現れたのは、森に棲む人形遣い、アリス・マーガトロイドだった。
アリスは入室して直ぐの場所にあるテーブルに着いて本を読んでいるパチュリーを確認し、そこでいきなり表情を歪める。間近に居たにも関わらず返答すらしなかった館主に不満を抱いたわけではなく、その更に後ろでパチュリーをガン睨みしている小悪魔に驚いただけである。
「まったく、何でウチの猫はこんなにザルなのかしらね」
そんな視線に気づいているのかいないのか、パチュリーは本から目を離す事も無く、適当な書架を物色し始めたアリスに向って言い放った。
「そりゃぁ、私はちゃんと門番やらメイド長に許可貰って入ってるもの、立派に客人よ」
片やアリスも、書架に並ぶ本を物色しながら返す。パチュリーはそれを聞いて、
「私が許可した覚えが無いからザルなのよ」
と言い、ため息を一つ。
「小悪魔。紅茶持ってきて。二つ」
何だかんだといっても、害がなければ気にはしない。そうしないと無駄に疲れるから。パチュリーはそういう性格である。
命令とあれば仕方もないらしく、渋々と言った感じで本棚の陰から離れていく小悪魔を見て、アリスは内心でほっとしていた。もしあのまま小悪魔のヤル気溢れる視線を正面から受けていたら、読書に集中できる気がしなかった。それならパチュリーの斜向かいか隣に座ればいいじゃないかとも思うが、それだとあまりに不自然すぎるとか、そういう事を気にしてしまうのは性分の差なのだろう。
二人共に読書中に喋ると言う事も無いので、しばし静寂。少し間が空いて小悪魔が茶器一式を乗せたトレーを持って戻ってきた。
「今日は、ミルクティーです」
ごく簡単に持ってきた物の概要を告げると、小悪魔は手馴れた様子で本が散乱する卓上に茶器を並べ、紅茶をカップに注ぐ。ある種の卓越した技術ではあるのだが、普通の場所では役に立たない辺りが小悪魔らしいのかもしれない。他の候補地があるとすれば、某白黒魔法使いの家くらいだろうか。
「ん。ありがと」
綺麗に八分目まで注がれたミルクティーを受け取り、アリスが軽い礼を返す。パチュリーは無言だが、普段からそうなので気にもしない。
紅茶が渡されて読書が中断したのを契機に、アリスが疑問を投げかける。
「ねぇ…パチュリー。この仔猫どうしたの?」
卓上の面積のほぼ三分の一を占拠する箱が気にならない訳がなく。到着時からずっと気にしていたのだが、小悪魔の視線やら何やらと、聞くに聞けなかったのだ。
「ん…。拾ってきたんだけど」
「いや、それは見れば解るわよ」
箱にはでっかく『拾ってください』と書かれているため、嫌でも捨て猫だと言う事くらいは解る。
「私が聞きたいのは、何のために拾ってきたのかって事よ」
「猫度の足りないウチの駄メイドに混ぜてみようかと思ったのよ」
パチュリーの返答とほぼ同時に唐突に、メキャ、と拉げる様な音がした。
「あれ?トレーが脆くなってたのかな…」
哀れ、つい数分前まで普段どおり茶器の重さに耐えていたトレーは、パチュリーの不用意な一言に因って三分割という非業の最期を向えた。
「そういえば、それも気になってたんだけど、猫度って何なの?」
明らかに光源を無視した陰が入った顔で、「気に入ってたのになぁ…これ」等とのたまう小悪魔は見なかった事にし、アリスはパチュリーに質問を投げる。
「こっそり忍び込む輩をがっちり退治する度合い。当人の名前とか性格とかによるやんごとなき計算によって決まるものよ」
「例えば?」
「そうねぇ…例えば、ウチの咲夜なら、名前を数字に置き換えて398。それを後ろから掛けて割ると24点になるわ」(8×9÷3)
「じゃぁ私の場合は?」
「貴女の場合、名前を分割すると『あ、リス』になるからげっ歯類。いつもこっそり忍び込む側なんだし、魔理沙と一緒で猫度0点よ」
前者と打って変わって理論の欠片も見当たらない返答に、
「それ、絶対今考えたでしょ」
とアリスが言うと。
「だって、判断するのは私なんだから何でもいいのよ」
にべもない。
「それに、使うのもパチュリー様だけですしね」
いつの間にか普通の表情に戻った小悪魔がそう言うと、パチュリーは少し肩を窄めるような仕草を見せた。どうやら、本当の事のようである。
「まぁ、猫度に限らず、名前という物が存在を表す符号の中でも特別なのは間違ってないわ。咲夜みたいに悪魔に付けられた名前なんてなると尚更ね」
興が乗ったのか、それとも切りの好い所まで読み終えたのか。パチュリーはテーブルの脇の本の山を一段増やしてから話を始めた。
「へぇ…じゃぁ、あのメイドがいつもレミリアの傍に居るのは、契約か何かなの?」
アリスも、そう言って本を読むのを中断してテーブルの脇に寄せる。呪術的な話の流れに興味を示したのもあるが、それ以上に他人の秘密を聞けるというのは魅力的なものなのだ。
「ん…あれは、本人の嗜好とでも言うべきなのかしら」
「…え?」
「私もよくは知らないけど、隷属せよといった類の契約はしてないみたいなのよ。だからあれは咲夜が望んでやってるってことになるわけ」
「じゃぁ、悪魔のつけた名前の特殊性って何?」
想像していたのとは少々違う話の方向に、アリスは少し憮然とした表情をしながら言う。
「人の話は最期まで聞くものよ。えー…っと、この説明書によると…」
唐突に懐から小冊子を取り出して捲り始めたパチュリーに、残りの二人は『説明書って何の…?』と思ったが、聞いても無駄そうな気がしたので黙っている。
「パッドで398+Aと入力すると、咲夜を召還できるとあるわ。※右向きの場合」
突っ込みどころが増えた。というか突っ込みどころしかなくなった。
「パッドって…?」
さっきまでの興味は何処へやら、アリスは既に半眼でやぶにらみである。パチュリーは冊子を見ていて気づいていないが。
「外の世界の端末のような物らしいんだけど…。前に咲夜に聞いてみたら、知らないって言ってたわね。何か苦虫を噛み潰したような表情だったけれど」
あのメイド長をしてトラウマタイズされる様な物なのかとアリスは内心驚いたが、実際のところはキャッチボールの捕球方法に顔面ブロックを選択してしまう程の勢いで、パチュリーと咲夜の意思疎通が失敗しているだけである。
「右向きの場合。って左向きの場合はどうなるんですか?」
余程暇だったのか、割れたトレーの断面を押し込んで形だけ元通りにして遊んでいた小悪魔が問うと。
「さぁ…?これにはそこまでは書いてないけど…名前部分を反対にしたら893だからそれじゃないかしら?」
「それだと、咲夜さんの裏の顔がヤクザって言ってるみたいですねぇ」
「まぁ、この館のメイド長なんて、ヤクザな商売だとも言えなくもないんじゃない?」
と、それぞれ好き勝手にのたまったところで。
「きさんら人の名前使うて遊びくさよりよってからに、ウチの二つ名、言うてみいやァ!」
最早どこの地方の言語かも怪しい恫喝と共に、瀟洒なヤクザ登場。
普段どおりの優雅な仕草と、ドスの効いた台詞のギャップに、たまたま廊下を歩いていたメイドが吹いた後に血を噴いて倒れた。彼女に何が起きたかは言うまでもない。
だがしかし、図書館内に居るのは十把一絡げのメイドなどではなくいくつもの修羅場を潜り抜けてきた魔女と悪魔であり、その程度では動揺を誘われる事もないのだ。
「パッド長」
「DI○もどき」
「完全に瀟洒な犬。もしくは完全に犬」
ちなみに上から順に、小悪魔、アリス、パチュリーである。あんまりと言えばあんまりな回答に、
「三回回ってURYYYYYYYYYYYYYYY!!」
メイド長が雄たけびと共にナイフを展開したので、
「日符『ロイヤルフレア』」
さよなら平穏。
拡大する爆炎と飛び交うナイフによって、小悪魔吹っ飛びアリス逃げ回り、猫は段ボールの中で丸くなる。閑散としていた館内は蜂の巣を突いたかの如き様相を呈した。
ともすればこのまま舞台崩壊オチか爆破オチを迎えるかという場面だったが、復活した小悪魔の激しいツッコミによって双方スペルブレイク。
それによりトレーが修復不能な程に砕け散るという、尊い無駄な犠牲によって図書館は平和を取り戻したのだった。
ありがとうトレー。君は好い道具だったが、小悪魔の所有物である事が死亡フラグだと気づけなかった君が悪いのだよ。
は、謀ったなこぁー!
「取りあえず、名前が本人を現す特殊な符号って事は理解してもらえたかしら」
「行き成りヤクザ扱いされれば、誰だって文句の一つくらい付けたくなりますわ」
あれだけ暴れた割には、何故か僅かも乱れていないテーブルに着いて会話が再開する。
よく観察すれば、周囲の調度品や書架は愚か、カーペットや壁面にすら傷一つ付いていない。それが室内で弾幕ごっこを行う際の彼女らの矜持なのかもしれないが、なら最初から暴れるな。
しかし、炎とナイフの複合弾幕を気合避けした直後のアリスには、それを恨み言として吐き出すほどの気力もなく今は机に突っ伏している。
「パッドとかはともかくとして、実際に咲夜さんが召喚されましたしねー」
こちらも何故かまったくの無事だった仔猫をあやしながら、小悪魔が言った。
「まぁ、偶々用があって来たら、私の名前を揶揄する内容が聞こえただけですわ」
台詞は平静を保っているものの、パッドの部分に過剰反応したのか咲夜が微妙な視線を浴びせている。猫まっしぐらな小悪魔はまったく気づいていないが。
「ところで…」
ギギギ、という効果音でも聞こえそうな動きでアリスが身を起こし、
「貴女がメイド長の警備はザルだって言いたいのは分かったけど、そこで猫と戯れてる小悪魔の猫度はどうなのよ」
容赦のない台詞に、ウギギとでも聞こえそうな表情で咲夜がアリスを睨むが、アリスは意図的に見なかったことにした。
「この子は…猫度は高くなる要素はあるんだけど…」
パチュリーはそこで台詞を切ると、小悪魔の方を見遣る。その視線に気づいた小悪魔は、
「私は名前とか、二つ名とか、スペルカードとかないですからねー。どうしても侵入者の排除とかは厳しいんですよ」
事も無げに言い、また猫と戯れ始める。
「それに、トム度が高い」
「侵入者と仲良くケンカしてしまう度合いですわね」
またもや意味不明な用語が飛んだが、咲夜がすぐさまフォローした。アリスとしては問いただすのも面倒になってきていたので調度よかったのだが。
小悪魔も散々な言われようなのだが、「荒事は私の役目じゃないですしねー」などと仔猫に語り掛けながらにくきゅうの魔力にやられている所を見ると、まったく気にしていないようだ。
「さっき、咲夜も二つ名がどうのって言ってたけど、それも関係あるの?」
「ええ、二つ名は本人の特性や、能力を現すわ。例えば…魔理沙なら、『普通の魔法使い』とか、『そこの白黒』とか」
何処が普通なのか。とか、二番目のそれは二つ名じゃないだろ。とか思うところはあるかもしれないが、それで通じてしまう辺りがどうしようもない。
「アリスさんなら、七色の人形遣いですね」
「七色魔法莫迦とか」
「ごっすんごっすん五寸釘、なんてのもありますわ」
「なにそれ!?」
二つ名と言う物は本人が知らない部分で増えていくものである。二番目以降のそれらは二つ名じゃないだろと以下略。
「つまり貴女はツンデレがお似合いという事よ」
「何で!?」
既に理論立てる気すらないようだ。というよりも、単にパチュリーの希望を述べただけなのだろうが、悲しいかな、それに突っ込める者はその場に誰も居なかった。
「まぁ、ついでに言えば私の二つ名は…」
「一週間もやし、ね」
「知識と日陰のもやし、では」
「動かない大もやし、ですよ」
「ええ!?」
あまりのもやし尽くしにパチュリー絶句。しかしながら二つ名と言う物は略。
「今は~♪」「もう~♪」
「「「動かない~、大も~や~し~♪」」」
追い打ちを掛ける様に小悪魔、合唱。※協力:一般メイド二名
「とまぁ、この通り紅魔館では一般的な呼び名になりつつ…」
「紅茶『ロイヤルミルクティー』」
さよならマイセン。
パチュリーが投擲したティーカップが小悪魔の額に直撃し昏倒。しかる後に熱くて白っぽい液体(注:ミルクティー)に塗れてメイド二名も地に伏した。
ちなみに、マイセンとは有名な磁器のあれではなく、小悪魔が勝手にカップにつけた名前である。
付け加えるのなら、ソーサの名前はサミーであり最近六百号に達した。
簡単に打ち分けると、三百枚弱が小悪魔の悪戯による投擲。二百枚弱がパチュリーが喘息で失神した際の頭突き。百枚弱がメイドのセクハラに驚いた小悪魔が握撃。端数が小悪魔の過失による破損である。
更にそれぞれが追加効果として、メイド長の堪忍袋の緒、パチュリーの額とテーブル、狼藉者の未来を粉砕する。
一割にも満たない過失を目撃した者は、どじっこぁー。ということで即座に狼藉者と化すのだが、その後彼女らの行方を知るものは誰も居ない。らしい。
「ところで、咲夜は何の用があって来たのかしら」
話が一段落着いた…というよりも強引に話が打ち切られたところで、パチュリーは咲夜に訪問の意図を問う。
「あ、そうですね。ちょっとそこの仔猫の事についてご報告がありまして」
全員の視線が、再び段ボール箱の中に戻って寛いでいる仔猫に集中する。
「この子がいる事が何か問題でもあるの?」
というアリスの問いに対して、
「それは問題ないのだけど…」
「紅魔館の中に捨てられていた事が問題だと、そういう事かしらね」
咲夜の台詞にパチュリーが割って入ったが、咲夜が首肯する事でその見当に誤りがないのを証明した。
「それで…」
その台詞が終わるか否かというタイミングで、咲夜が能力を使用したのだろう。唐突に一つの人影が彼女の隣に出現した。
「なっ、何事!?新手の弾幕使いか!!何やら妙な術を使うようだけど、いざとなったら一人背水の陣でパチュリー様、咲夜さんおはようございます!」
文字通り降って湧いたその人物、門番の紅美鈴は突然の場面転換に動転しているように見えるが、上役への挨拶をきちんとこなしている辺り意外と余裕があるのかもしれない。
おはようございます。の部分から何かを察したらしく、咲夜は盛大に溜息を吐いてから、美鈴を指差してこう言った。
「彼女が、張本人ですわ」
「ジャン・ウェンレンね」
「ついに中国ですらなくなった!?というか何の事ですか?」
「まず、彼女が配達の帰りに通ったらしい里の豆腐屋の主人と、猫の話で盛り上がって「いいですねぇ猫。飼ってみたいですけど」と言ってた。との報告を受けています」
張本人指定された人物が未だに話の流れから遭難しっぱなしだが、咲夜はそのまま進める。救助する気ゼロである。
「次に、その日の晩に豆腐屋の息子が白黒の台車で本館に高速接近。門扉ギリギリを抜ける華麗なドリフトと共に、その段ボール箱を敷地内に放り込むのがそこで寝ているメイド二名によって目撃されていますわ」
あまりにも人智を超えた状況説明に、アリスは仔猫が無事だったのに感心した辺りで理解する事を放棄して本を読み始めた。明確に情景を思い浮かべたら何かに負けるような気がしたからである。
「ふむ…つまり、門番の貴女はそんな差し迫った状況にも関わらず、暢気にしていたと…そういう事ね」
報告を受けたパチュリーは、元々半眼の目を更に細めて美鈴を威圧する。
「え、あ、いや、確かに何もしなかったですけど彼からは危険な気を感じなかったというか気配を感じたときには遅かったというか寝てたわけではないんですよあははは…」
美鈴は身の危険を感じたらしく、息継ぎなしで言い訳を捲くし立てたものの、それは咲夜により二乗に増大した威圧感によって尻すぼみに渇いた笑いに変わっていく。
「まぁ、毎度の事に加えて、大した被害があるわけでもないし。貴女にチャンスを上げるわ」
そのままお約束の咲夜によるお仕置きに入るかと思われたが、珍しくパチュリーが助け舟を出した。
「え?はい!何でしょうか!?」
普段とは違う展開に驚きを隠せないものの、またとないチャンスに気色ばむ美鈴に対してパチュリーは、
「私の二つ名を言ってみろッ!」
と何処かの三男のような台詞を放った。どうやらさっきの事を気にしているようである。
「え!?えっと、えー…と…」
必死で考える美鈴。真っ先に浮かんだのが『パッチュンプリン』だったりしたが、奇跡的に口に出さずに踏みとどまった。
目の前のパチュリーは、迂闊な事を宣うのであれば賢者の石を使わざるを得ない。という雰囲気を醸し出している。
「さぁ…どうなの?」
と追い詰めるパチュリー。
「えー…っとー…」
追い詰められる美鈴。いつの間にか目と鼻の先までパチュリーが接近してきている。もう時間がないと悟った美鈴は、半ばヤケクソとなり、
「パチェ萌え!!」
と叫んだのを聞いてパチュリーは、
「ロイヤルダイヤモンドリングは永遠の輝き」
と言って美鈴の左手の薬指に、何処から取り出したのかダイヤの指輪を嵌めたのを確認したので、
「皆の者!婚礼の儀の準備ぞ!馬曳けぇーい!」
メイド長が吼えた。
メイドたちの士気が上がった。
それにしてもこのメイド長、ノリノリである。
小悪魔はふと自分の下半身が妙に熱を帯びているのに気づく。朦朧とした意識が少しづつ正常に戻っていく過程で、自分が引き摺り回されているが故の摩擦熱が原因だと理解した瞬間に、彼女は自分でもよく分からない叫び声と共に飛び起きた。
「汝、病める時も健やかなる時も、紅美鈴を妻として愛する事を神に誓いますか?」
「否!断じて否であるッ!ここは悪魔の館ぞ、神など居らぬ!誓うのなら私を愛していると言ってみろーッ!!」
あまりにも斬新な結婚の誓いだ。小悪魔には状況がよく理解できなかったが、取り合えず宴は既に酣である。
その後、ウェディングケーキがハヴェられたり、花束を持ったチルノがショットガン風味の通常弾幕で乱入したりと色々あったが問題なく式は進行。いざライスシャワーという段になった時、洋風を地で行く紅魔館には撒き散らせるほどの米など存在しない事に気づいてしまった。
いや、本来であればライスシャワーは悪魔祓いの行為であり、紅魔館で行うには場違いも甚だしいが、そんな儀式的な意味などどうでもいいのだ。
要は、弾幕の如く米を撒き散らして退場する二人を埋めてやりたいと、その場の全員の思いが一致しているだけである。
どこぞの巫女が聞いたら激怒しそうな理由だが。
しかし、このまま米が無ければ平々凡々に式が終りを迎えてしまう。皆が絶望しかけた、そのとき、
「米が無ければパンを撒けばいいじゃない!!」
メイド長の余りにも瀟洒すぎる台詞によって、何故か食料庫から運び出されて来たのは大量の小麦粉だった。どうやらパンも無かったらしい。
だが、先ほども述べたように最早何でもいいのである。撒く物が顆粒だろうと粉末だろうと、その場のノリが満たされれば彼女らは満足するのだ。
そして、盛大に数袋の小麦粉が空に放たれ。
周囲を真白な霧の如く覆い尽くし。
キャンドルに引火して中庭が爆砕。そのまま式自体が無かった事にされた。
どうしようもないほどに爆破オチだったが、咲夜が前もって空間閉鎖を行っていた為、本館への被害はゼロであった。瀟洒である。
色々と燃えていた中庭は、パチュリーが魔法による散水で消火を行ったのだが、
『後になって水溜りから稲が生えた。これが所謂、成田離婚という奴である』
という筆者の用意していた箸にも棒にも掛からぬオチが使用されるのも、咲夜が小麦粉を撒く事を提案したことにより未然に防がれていた。瀟洒である。
さて、結局仔猫がどうなったかと云うと。
パチュリー曰く。
「面倒になってきたから、小悪魔、貴女にあげるわ。後は宜しく」
とまる投げして。
咲夜曰く。
「パチュリー様がそれで良いと言うのであれば、私にはそれに異を唱える権利はありませんわ」
と、主の親友の治外法権を認め。
アリス曰く。
「飼ってみたいとは思うけど、私は人形と魔理沙の世話で精一杯だし」
と何気なく爆弾発言をしたため、パチュリーのアルゼンチンバックブリーカーが見事なメガリスを建造したのだが、それはさて置き。
要するに、小悪魔が仔猫の世話をする事になったのだ。
そして今、仔猫を抱きかかえた小悪魔の目の前に一軒の小屋がある。
と言っても犬小屋である。どう見ても犬小屋である。
段ボール箱が寝床では些か貧相にすぎるだろう思った小悪魔が、暇そうにしていた門番に塒を作ってくれと依頼したところ、彼女は「日曜大工なら任せて!」というマイホームパパのような台詞と共に快諾し、結果できあがったのがこれなのだ。
なぜ犬小屋か。そう思いもしたが、用途は満たしているから良いか。と判断した小悪魔は満面の笑顔で、
「ありがとう。ジャンさん」
と言った所マジ泣きされたのだが、それを心から嬉し涙だと思っている辺りが、彼女も悪魔族である所以かもしれない。ただの天然ボケとも取れるが。
小屋の中には既にタオルケットがしかれており、あとは仔猫を入れれば猫小屋の完成なのだが、小悪魔は入り口の上で存在を主張する、真っ更なネームプレートに気づいた。
我輩は小悪魔である。名前はまだ無い。
自身に名前が無いというのに、それよりも先にペットに名前を与えるというのも何となく癪だ。
しかし白地のままというのも味気ないので、小悪魔はそこに『398』と書いてみたところ。
何故か、犬耳を付けた咲夜が小屋から出てきた。
※右向きの場合。
小悪魔は思い出し激怒した。
散々書き散らしておきながら、碌にオチすら付けられぬ筆者に激怒した。
「呆れた筆者だ。生かしては置けぬ」
ということで、かの暴虐の筆者は除かれてしまったので、この話はここまでとさせて戴きます。
ネタだらけでワラタ
死ぬほど吹いた
お主こそ万夫不当の豪腕よ!
いやまじでw
隠せてねーよw
そして形だけトレーを戻して遊んでいた小悪魔に大変共感する。
笑いをこらえて奥歯を噛み砕くところだった………。
なんというカオス
タイトルどこにいったんだろうな?w
おもしろかったですw
>さよならマイセン。
吹いたwww
カオスだけど面白かったです