Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

襲撃

2007/06/22 09:26:49
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 四時を過ぎると、白玉楼からはたりと音がなくなった。

 座っているだけでもあくびの出るような、暖かくのどかな夕まぐれ。広い庭は此処も彼処も

すっかり手入れが行き届いて、身だしなみの整った木々は、初夏の風に煽られてもがさがさと

騒がしい音は立てず、静かに身を揺らしていた。

 人気もない。耳を澄ませてみても、やはり楼内はしんと静まりかえっている。いつもは夕方

近くまでこまめに働く庭師が、はかどったからか疲れたからか、ともかく今日は早々と仕事を

終えたに違いなかった。



***



 夕明かりが庇に斜めに差し込んで、室内は蔭と赤とにくっきり区切られている。その明るい

ところに、小さな両の足がまっすぐ投げ出されていた。腿までが陽にひたされて、体は蔭の中

に隠れている。仰向けになっているようだった。タオルを折りたたんだだけの簡単な枕に頭を

乗せて、さやかに寝息を立てているのは、一人の少女だった。

 東も西も、あらゆる帷が払われている。蔭を作るわずかな屋根と壁と、四方に立つ柱とがか

ろうじて部屋のおもかげであって、あとはほとんど庭の一郭のようにも見える。体温の低い彼

女には蚊帳を吊る必要もなかった。寝姿を覆うものは暗がりの他に何もない、実に開放的な寝

処である。

 ここは彼女のお気に入りの避暑地なのだ。燈火を消して暗いところに横たわり、四方開け放

して存分に畳に風を流すと、単純ながら涼を納れるには最高だった。無防備に人目にさらされ

ることも、もとより楼内に人が少なければ、さして気にはならなかった。



 胸の下までまくれたシャツの裾が、そよ吹く風にひらひらと揺れる。露わになった小さなへ

そが、寝息に合わせてささやかに上下する。足下では夕陽を浴びてほんのり赤く染まった半身

の幽霊が、まどろむようにゆっくりと畳の上をすべっている。

 これこそ白玉楼の庭すべて、二百由旬をひと身に担う小さな庭師、魂魄妖夢その人である。

――そう言えば不意をついたようで可哀想だけれど、そのどこか頼りない寝姿も昼の疲れを思

えばこそ、見た目にはよく似合うかわいらしい様子であると言えば、そう貶めた言い草でもな

い。気を張った仕事の合間にありついた至福のひとときに、思わず心も体もゆるんでしまう不

出来さもまた彼女の愛嬌である。



 陽の当たり方が変ってきたからであろう、一度小さく寝返りを打って、あたたかくなりすぎ

た腿のあたりを蔭に逃がす。体は枕を離れてまた仰向けになる。そうしてまた、安心したよう

にくうくうと眠りの深そうな寝息を立てはじめた。少女のすこやかな眠りは、もう少し長く続

きそうな気配であった。




***




 赤い畳に、不意に影が差した。

 庇の真下に何者かが立っていた。山の向こうに沈みかけた太陽の炙るような西日を背に受け

て、その姿はか黒く定かではない。輪郭は人のものであった。西風にはためく衣が光を跳ねて、

右手に握ったナイフ大のものを微かに照らし出す。

 影は今し、限りなく静かに一歩を踏み出した。陽は遮られて、臥した少女の体はどっぷりと

闇の中に沈む。



 鞘はない。抜刀の音が響けば、或いは少女は目覚めたかもしれない。しかし得物は既に抜か

れていた。剥き出しの先端には緋が滴っている。影は少女の枕元に立ち止まり、その表情を見

定めるようにじっと真下を見下ろしている。



 寝息は途絶えない。一息一息、何かの不吉なカウントダウンのように、時を打つ如く一定の

リズムを保っている。少女は目覚めない。悪意に満ちた先端が、徐々にその肌に迫る。影は口

元に三日月を思わせる不敵な笑みを浮かべて――得物を額めがけて静かに降ろす。




***




 白玉楼にあっては、三食こそ最大の欠かさざるべき仕事である。仕事に忠実な妖夢が目を覚

ましたのは、きっちり夕食の十分前だった。

 上体を起こすと、身体の調子はすこぶるよく思われた。まるで昼寝の間に、日々の疲れが

しゃぼんできれいに洗い落とされたようだった。よく体をほぐして、食卓を整えに向かう。米

櫃に米が満ちていることを確認して、食器とともに食卓に運び込む。向かい合わせに箸を二膳

据えて、正座して待っていると、まもなく幽々子が時間通りにやって来る。腹ぺこのわかりや

すい合図に、片手でお腹を押さえている。

「ごはんごはんー」

「こんばんは。用意、できてます」

「いただきましょう。あら、今日は赤味噌なのね」

 二言三言交わして、早速御膳の前に腰掛ける。

「今日の梅干しはとくべつおいしいですよ」

「ほんと。いつものよりいいわねぇ」

 幽々子の食べ方はがつがつと慌ただしいわけでもなく、箸の扱いはどちらかといえば丁寧で

上品である。こうして時折会話も交わす。それなのに夕食のメニューは掃除機をかけたように

みるみるなくなっていく。一度に頬張る量が多いのだろうか、と妖夢は思う。けれどもそれを

真剣に考えるまもなくおかわりの声がかかって、おかずが足りなければ妖夢が自分の分を差し

出したりもして、普段通り、米櫃が空になるまでそんなやりとりが続く。

「ねえ妖夢、今日はなんだか調子がよさそうね?」

 不意に幽々子が尋ねる。妖夢はやや頬に紅を潮して、

「はい。少し、その、昼寝をさせていただきましたから。おかげさまで随分すっきりしました」

「ええ、とても元気そう――というか、幸せそう」

 幽々子はそう言って可笑しそうに笑う。

 言葉の意味を解し得なかったのだろう、妖夢はきょとんとして、はぁ、と芯のない返事を

返す。しかしそんな様子を正面から見ると、たしかに幽々子の言う通り――その額にくっき

りと赤く描かれたおひさま模様は、いかにも幸せそうに見えた。
二回目の投稿ですがまたしても妖夢です。例によって話らしい話というわけでもないのですが、なんといっても妖夢のこととなると想像が膨らむわけで……ありそうななさそうな、白玉楼のいっときを脳内キャプチャーしてみました、という以上のものではありません(笑)

前回の反省を兼ねてルビなしで頑張ってみました。一行空けは前回やってみて読みやすそうだったので、続けてみようかと思います。

それではここまでお目通しいただき、ありがとうございました。
MS***
コメント



1.名無し妖怪削除
和むわー…
犯人は紫かしら?
2.名無し妖怪削除
二転三転するような恐怖が堪りませんでした。
でも……油性ですよね!当然!
3.卯月由羽削除
なるほどなぁwwやっぱり犯人は紫様?
4.MS***削除
犯人の名を言うことは私には少し危険かも……。
でもきっと油性ですね。(笑)