咲夜が2度死んだ日

　少し寝坊して。

　起きたらおうちが狭かった。

――お姉様お姉様、どうして狭くなっちゃったの？

――咲夜がね。

　そう言ってお姉様は背を向けた。

　ああ、そうか。

　咲夜がきっと、居なくなってしまったんだ。

　お姉様がよく言ってた。人間なんて、私たちが寝て目覚めれば、居なくなってしまうものなのって。

――お姉様お姉様、泣かないで。私がそばに居るのだから

――ああフラン。でもさみしいの。私は咲夜の作るパイが大好きなのよ

――お姉様お姉様。私にだって作れるよ。クランベリィがたっぷりの、素敵で綺麗でおいしいパイ

　伊達に500年生きているわけではないの。

――ああフラン。それでもさみしいの。私は咲夜に髪を整えてもらうのが大好きなのよ

――お姉様お姉様。私にだって出来るのよ。世界中の誰よりも、素敵で綺麗にしてみせる

　お姉様の髪は、とても美しいから。

――ああフラン。やっぱりさみしいの。私は寝る前に、咲夜とおやすみのキスをするのよ

――お姉様お姉様。私にだって出来るのよ。お姉様が眠るまで、子守唄だって歌えるわ

　唄はとっても上手なの。

――ああフラン。私はとてもさみしいの。咲夜は私の手を握って、ベッドで一緒に眠ってくれた

――お姉様お姉様。私にだって出来るのよ。小さな小さな手だけれど、両手を使えば大丈夫

　壊すだけじゃあないんだから。

――ああフラン。「さみしい」の。さみしい夜は、咲夜と一緒になぐさめあうの

――…わ、私にだって出来るのよ。その、えーと

　そ、そんな事をしてたのね。

――ああフラン。それならば。今すぐ証明して見せて

――え！ いやその、心の準備が

　お姉様の手が、妖しく伸びてくる…


　こんこん、と控えめなノックの音に続いて、部屋に響いた声は、
「お嬢様」
　咲夜の声だった。
「入りなさい」
「失礼します」
　固まったフランドールは、声も出ない。
「あら、フランドール様もこちらでしたか」
「なんだかよく分からないけど熱烈な告白をされちゃったわ」
「あらあら、お邪魔でしたか」
　ここでフリーズから回復したフランドールは、咲夜に詰め寄った。
「な！ いや、え！？ はぁ！？」
「ど、どうかしましたか？」
　不可解なフランドールの剣幕に、咲夜も戸惑う。
「館が！？ 咲夜が、あれ！？」
　咲夜の足をぺたぺたと触りながら叫ぶ。幻想郷では亡霊も足があるので、その確かめ方は通用しないのであるが。
「館ですか？ 今日は空間の伸縮を解除して掃除をしていたのですが」
「……」

　必死になって館を掃除する咲夜が、忍び込んできた魔理沙に「空間弄るの止めればラクなんじゃないか？」と言われたのが発端だ。
　魔理沙に言われるまで気付かなかった咲夜も、相当に抜けている。

「あの…フランドール様はどうなさったんでしょうか」
　再び固まってしまったフランドールの姿に、咲夜は戸惑いを隠せない。
「さぁ？ 寝坊したみたいだし、寝ぼけてたんじゃないかしら」
　ニヤニヤしながらレミリアは嘯く。
「それより、掃除は楽になったのかしら」
「ええ、今までとは作業面積が段違いですから」
「じゃあ、浮いた時間は私のために使いなさい」
「言われなくても、そのつもりですよ」
　頬を染めて見詰め合う2人。

「うがあああああああああ！！！！！！！！！」
　フランドールが吼えた。


　幻想郷最強の姉妹喧嘩に巻き込まれて、咲夜は小町と久しぶりに対面するのでした。
　（駆けつけた門番と魔女の懸命の救命活動により、数分後に蘇生）

本当は掃除の時は解除しているのかしらん