Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

虚実彷徨メモリアル(阿)

2007/06/14 05:52:58
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 ××××年 皐月 ついたち   八代目御阿礼子 阿彌 記



 五月雨の頃となりぬれば、明けぬうちより雨止まず降れり。庭の柳のしな垂れるに露の玉と落ちたる、をかし。昼餉の後に里長との懇談の旨ありけれど、道しく、早急の用もなければ、「くだんの旨、三日にせむと思ふ。如何いかん」と書き、遣ひに持たす。一刻の後、遣ひかへる。里長のこたへて曰く、「是」と。
 くらきながめなれば、思ふところあり。阿一、阿梧などの記憶か知らん。
 日暮、室にゐて書を讀めり。夕餉の後は、縁起の筆を執る。此日頃、妖怪の動き活發かっぱつなり、昨日も里より五人喰はる。日頃の妖怪どもの振舞いを慮れど、五人は多し。けだし、何かのしるしにやあらむ。縁起を書き、妖怪どもに一矢報いむとぞ思ふ。
 宵になりて、行燈に火をくべて、筆を執れり。雨は未だ降る。紙六枚をえぬとぞ、室の中の風も無きに、ふつとぞ行燈の火消ち失せぬ。いぶかしければ、下女を呼ばはむとす。にはかに高き悲鳴聞こゆ。障子を開ければ、庭の柳の下に影あり。金色の髪見ゆ。ぬばたまの闇なれど、ぼうとあやしく光る髪、叢雲に浮かぶ月の如し。何時からにや、雨の音失せぬ。
「汝が御阿礼なるべし」と云へば、「しかり」と對ふ。影は女なりき。白きレエスの傘差し、西洋の貴婦人の如き装ひなり。女が寄り来るに、危く思ひ、逃げむとすれど、動くあたはず。
 わらはこの女を知る。彼は妖怪なり。名は、八雲紫。
 八雲、妾の前に立ちて、「幻想郷は如何」と云ふ。八雲の問うところ解せず。「いかなる由にや」と問へば、八雲、怪々けゝわらへり。
「しかと刮目せよ、幻想郷の記憶。筆を執れ。記録せよ。近く、幻想郷に大異變だいゝへんあるらむ。汝は其迄生きる能はざらむ。次代に今の幻想郷の姿をつたふべし。もうなる人間の目をひらかせよ。驕れる妖怪の頭を叩くべし。汝が命を全うせざれば、誰が御阿礼なるにや」
 柳の根元裂けて、八雲、その中に消ゆ。雨の音戻れり。
 明けぬれば、八雲のことも夢の如し。朝なれど邸騒がしく、「何かある」と下女に問へり。對へて曰く、
「邸の下女三人、消ち失せぬ」とぞ。


   ◆


「……なるほどね」
 霖之助は冊子を閉じた。魔理沙は必要以上に顔を近づけて、「な、面白いだろ」と言った。
「面白いだろ、って魔理沙、これが読めたのかい?」
「なんとなくな」
 魔理沙は店の真ん中に椅子を持って行って、どっかと腰掛けた。「紫が怪しいことしてたってことだけはわかったぜ」
「ふむ」霖之助は眼鏡の位置を直した。「それで、多分僕が思っている通りだと思うのだけれど、この本はどうしたんだい?」
「借りてきたぜ」
「……そうかい」
 霖之助は微笑すると、「今回の泥棒は失敗だったね」と言った。
「失敗? 私はちゃんと正当な手続きで本を借りてきたぜ? ほれ、現物を今香霖が読んでるじゃないか」
「泥棒というところは否定しないのかい?」
 魔理沙はあさっての方向を向いて口笛を吹いた。霖之助はため息を吐いた。
「これは偽物だよ。この書に書かれている内容は嘘だ」
「なんだなんだ、嘘を見抜く程度の能力でも身につけたのか」
「魔理沙、稗田阿求が幻想郷に大結界ができて初めての御阿礼子だってことは知っているかい?」
「そういえば幻想郷縁起にそんな記事がはさんであったな」
「博麗大結界が出来たのが外の世界の元号にして明治十七年。じゃあ先代稗田阿弥が生きていた時代というのは恐らく江戸時代くらいだと思われるけれど……この文章を見てごらん。これは明らかに江戸時代の文章じゃない。語彙も、文法も、違いすぎる。そうだな……明治中期から後期くらいの文章を想定されてるんだろうね」
「想定?」
 霖之助は少し感心した。魔理沙にも、ちゃんと引っかかるべき言葉に引っかかるくらいの注意力はあるらしい。
「これは擬古文だよ。しかもかなりわざとらしい。わざと粗を残しているとしか思えない」
「じゃあ、これを書いたのは」
「稗田阿求、かな」
「まじかよ」
「担がれたね、魔理沙」


 霖之助は水煙草をくわえた。魔理沙は霖之助の手元にあった冊子をひったくると、ドアの音もけたたましく、どこかへ飛び去った。稗田に文句をつけに行くとするなら、どう言うつもりなのだろう、と思って、わずかに笑みを漏らした。そうして、いつぞや稗田の家に行ったときの、阿求の顔を思い出した。

――稗田は常に好奇心を歓迎します。

「……意外といい性格をしてるのかもしれないな」
 彼女には嘘と言っておいたが、もしかするとあの冊子の内容にも、一抹の真実を隠しているとも知れない。いや、まったく。
 霖之助は苦笑して、静かに香草の匂いのする煙を吐いた。

底意地の悪い笑みを浮かべるあっきゅんに罵られたい。
つくし
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コメント



1.翔菜削除
素敵な本編とマゾなメッセージが意外と繋がっているようでいてやっぱりズレまくっているこの現実。

でも僕もあっきゅんに罵られたい。
2.名無し妖怪削除
古語で東方を讀んだのは初めてでこそないものの久しぶりで、非常に楽しめました。でも先代のあやちゃんを最初「あみ」って間違って讀んでました。
フォントが無い字はともかく、彌・變・傳あたりが新字で書かれてるのもやっぱりあっきゅんの思惑あってのことなんですかね?江戸と明治の文体の違いとか、難しすぎて判りません……_| ̄|○
3.つくし削除
ルビを追加、一部の漢字を旧字体に修正しました。

>翔菜さん
もうあっきゅんがSにしかみえない。

>名無し妖怪様
告白しますと、単純に私の見落としでした。仰るとおり阿求の意図として残し、それも含めてこれはこれで完成としてもよかったのですが、擬古文は雰囲気をこそ大事にすべきだと思い、修正しました。ご指摘ありがとうございます。

江戸と明治の文体の違いですが、厳密には私もわかってはいません。ただ、阿求の嘘を見抜く手がかりとして、一部やまとことばではない言葉がまぎれていたり、突然現代語文法になっていたりします。極めつけは、阿弥の性別って実は確定してないのに一人称が……