××××年 皐月
五月雨の頃となりぬれば、明けぬうちより雨止まず降れり。庭の柳のしな垂れるに露の玉と落ちたる、をかし。昼餉の後に里長との懇談の旨ありけれど、道
日暮、室にゐて書を讀めり。夕餉の後は、縁起の筆を執る。此日頃、妖怪の動き
宵になりて、行燈に火をくべて、筆を執れり。雨は未だ降る。紙六枚を
「汝が御阿礼なるべし」と云へば、「
八雲、妾の前に立ちて、「幻想郷は如何」と云ふ。八雲の問うところ解せず。「いかなる由にや」と問へば、八雲、
「しかと刮目せよ、幻想郷の記憶。筆を執れ。記録せよ。近く、幻想郷に
柳の根元裂けて、八雲、その中に消ゆ。雨の音戻れり。
明けぬれば、八雲のことも夢の如し。朝なれど邸騒がしく、「何かある」と下女に問へり。對へて曰く、
「邸の下女三人、消ち失せぬ」とぞ。
◆
「……なるほどね」
霖之助は冊子を閉じた。魔理沙は必要以上に顔を近づけて、「な、面白いだろ」と言った。
「面白いだろ、って魔理沙、これが読めたのかい?」
「なんとなくな」
魔理沙は店の真ん中に椅子を持って行って、どっかと腰掛けた。「紫が怪しいことしてたってことだけはわかったぜ」
「ふむ」霖之助は眼鏡の位置を直した。「それで、多分僕が思っている通りだと思うのだけれど、この本はどうしたんだい?」
「借りてきたぜ」
「……そうかい」
霖之助は微笑すると、「今回の泥棒は失敗だったね」と言った。
「失敗? 私はちゃんと正当な手続きで本を借りてきたぜ? ほれ、現物を今香霖が読んでるじゃないか」
「泥棒というところは否定しないのかい?」
魔理沙はあさっての方向を向いて口笛を吹いた。霖之助はため息を吐いた。
「これは偽物だよ。この書に書かれている内容は嘘だ」
「なんだなんだ、嘘を見抜く程度の能力でも身につけたのか」
「魔理沙、稗田阿求が幻想郷に大結界ができて初めての御阿礼子だってことは知っているかい?」
「そういえば幻想郷縁起にそんな記事がはさんであったな」
「博麗大結界が出来たのが外の世界の元号にして明治十七年。じゃあ先代稗田阿弥が生きていた時代というのは恐らく江戸時代くらいだと思われるけれど……この文章を見てごらん。これは明らかに江戸時代の文章じゃない。語彙も、文法も、違いすぎる。そうだな……明治中期から後期くらいの文章を想定されてるんだろうね」
「想定?」
霖之助は少し感心した。魔理沙にも、ちゃんと引っかかるべき言葉に引っかかるくらいの注意力はあるらしい。
「これは擬古文だよ。しかもかなりわざとらしい。わざと粗を残しているとしか思えない」
「じゃあ、これを書いたのは」
「稗田阿求、かな」
「まじかよ」
「担がれたね、魔理沙」
霖之助は水煙草をくわえた。魔理沙は霖之助の手元にあった冊子をひったくると、ドアの音もけたたましく、どこかへ飛び去った。稗田に文句をつけに行くとするなら、どう言うつもりなのだろう、と思って、わずかに笑みを漏らした。そうして、いつぞや稗田の家に行ったときの、阿求の顔を思い出した。
――稗田は常に好奇心を歓迎します。
「……意外といい性格をしてるのかもしれないな」
彼女には嘘と言っておいたが、もしかするとあの冊子の内容にも、一抹の真実を隠しているとも知れない。いや、まったく。
霖之助は苦笑して、静かに香草の匂いのする煙を吐いた。
でも僕もあっきゅんに罵られたい。
フォントが無い字はともかく、彌・變・傳あたりが新字で書かれてるのもやっぱりあっきゅんの思惑あってのことなんですかね?江戸と明治の文体の違いとか、難しすぎて判りません……_| ̄|○
>翔菜さん
もうあっきゅんがSにしかみえない。
>名無し妖怪様
告白しますと、単純に私の見落としでした。仰るとおり阿求の意図として残し、それも含めてこれはこれで完成としてもよかったのですが、擬古文は雰囲気をこそ大事にすべきだと思い、修正しました。ご指摘ありがとうございます。
江戸と明治の文体の違いですが、厳密には私もわかってはいません。ただ、阿求の嘘を見抜く手がかりとして、一部やまとことばではない言葉がまぎれていたり、突然現代語文法になっていたりします。極めつけは、阿弥の性別って実は確定してないのに一人称が……