Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

2007/06/13 06:43:46
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 手を伸ばせば、触れられる安心が欲しかった。





 朝日が姿を見せる様を見て、これで何日連続だろうかとアリスは考える。実験を夕方から朝方にかけて行い、そこから睡眠をとって夕方からまた実験を始める。別に明るい内に実験を行うと支障があるわけではない。新しい理論を思いつき、いざ実験を始めたのがたまたま夕方だっただけだ。
 食事は実験と並行してとった。自分で作らなくても人形たちが持ってきてくれるので動く必要も無い。ただ、人形を動かすのに片手を使わなければいけなかったくらい。でも実験はある工程をするとしばらく時間がかかる場合もあるので、その時を利用した。
「はぁ……」
 窓の向こうに見える朝日を見つめたまま、ため息を吐く。肉体的な疲労は感じないのだが、精神的に少し、だるい。
 それは実験がうまくいってないという理由も、もちろんある。しかし、何より疲れさせるのが、自分自身に対する疑問だ。
 実験はもう最終段階に入っている。アリスがすることと言えば、火のかかったフラスコの変化をメモし、時々新しく溶液を足していく程度だ。気を張り詰めて集中しなければいけない、という段階はもう過ぎている。だからわざわざ朝まで起きてまで実験を行うことはない。
 しかし、アリスはこうして朝日を眺めている。
「……」
 窓を開ける。室内の篭った空気が外へと流れ出し、代わりに冷たく澄んだ森の空気が入り込んでくる。アリスは窓を開けた両手を、そのまま朝日に向けて広げた。まるで誰かを迎え入れるかのような仕草。しかし求める先にある朝日は遥か彼方でまぶしい光を放っているだけ。アリスの元には、誰も来てはくれない。
 太陽はただそこにあり、決まった時に姿を見せ、そして消え去るのみ。
「ああ……」
 なんとなく、自分が起きていた理由が分かった気がした。不安だったのだ。もしも夜に眠り、朝起きてそこに太陽がないことが。普通に考えればくだらない妄想でしかない。けれど、それでもアリスは不安に感じたのだ。
 いつも当たり前にある風景が消えてしまう。それはどれほどの恐怖だろうか。そこにある『当たり前』が無くなる。自分はアリスではなくなり、友達の人形たちもいなくなってしまう。
「ん」
 森の空気に、肌が震える。アリスは伸ばしていた両手で、窓を閉めた。ベッドへと向かい、そのまま倒れるようにうつぶせになった。体を回転させて、仰向けになる。左腕を額において、誘ってくる眠気に身をゆだねようと力を抜く。
 ちらと窓に視線を送る。先ほどと同じ高さで、太陽が見える。アリスは右手を窓へと伸ばして、太陽を掴むように手を閉じた。けれど手にするものは何も無く、アリスはその動作を数回繰り返した。
 だめ、かぁ。
 そうしてアリスは夢の世界へと落ちた。






 手を伸ばせば、触れられる安心が欲しかった。





 夢の中で、アリスは誰かと歩いていた。アリスの隣を、アリスと手をつないで、何かを喋りながら歩くその人物の顔を見ると、何も見えなかった。顔のパーツがないわけではない。不思議と、顔の部分だけが何も見えないのだ。その人物は確かにそこにいるのに。
 あなたは、だれ?
 アリスがそう訊こうとしたとき、その人物が突然手を離して走り出した。アリスは慌ててその後を追うけれど、その人物はあっという間に小さな点となってしまった。
 まって、まって……!
 手を伸ばして叫ぶけれど、その人物はとうとう点ですらなくなり、アリスの視界から消えてしまった。アリスは諦めず、走り続けた。


 まって、まって――魔理沙!





「よっ」
 アリスが目を覚ますと、魔理沙が快活な笑顔でそこにいた。何故か魔理沙はアリスの右手を掴んでいる。空いたもう片方の手は、アリスの髪の毛をすいている。
「まり、さ……?」
「他に誰がいるんだよ、私は私だ」
 そう言いながら、魔理沙は何度も何度もアリスの髪の毛をすく。寝起きで思考が働かないということもあり、されるがままになっている。気持ちがいいな、という思いが漠然と浮かんでくるだけだ。
 アリスは掴まれている手を動かして、魔理沙の頬へ触れた。やわらかく、温かな頬。
「ねぇ、魔理沙」
 魔理沙の頬を撫でながら、アリスは微笑む。
「あなたは、ここにいる?」
 届かないどこかではなく、いつでも温もりを感じてくれる隣に。求めればすぐ応えてくれる、そんな近くに。
「ねえ、魔理沙は、ここにいる?」
「……アリス」
 髪をすいていた魔理沙の手がアリスの目じりに移る。魔理沙は親指で、アリス自身気づいていない、涙のしずくをそっとぬぐった。
「私は、私だ」
「……」
「好きなときに好きなところへ行くし、いつもお前の傍にいられるわけじゃない」
「……そう」
 ふふ、とアリスは微笑を浮かべながら目を閉じた。閉じられたまぶたから、涙があふれ出てくる。
 分かっていた。魔理沙ほど自由奔放な人間も他にいないだろう。自分の隣だという一点に留めておく事ができないことは、アリスにもわかっていた。
「でもな」と、魔理沙はアリスの耳元に顔を近づけて言う。「アリスが会いたいと思ったときは、いつでも飛んできてやるぜ」
「……うん」
 ……そう、魔理沙は世界中の誰よりも馬鹿で、礼儀知らずで、一点に留まる事を知らず、でも気づいたときにはそこに居てくれる。追いかけなければ置いていかれてしまう。追いかけて追いかけて、もう駄目だと膝を着いたとき、笑いながら手を差し伸べてくれる。

 ほら、お前はまだ走れるだろう?

 そんな優しい言葉をかけて、また一人追いつけない速度で行ってしまう。魔理沙とアリスの関係は、ずっとそればかり。
 だからこそ、アリスは魔理沙を求め続けるのだろう。


 いつか、自分の足で追いつけるように。



お読みいただきありがとうございました。
炎氷刺丸
http://www.geocities.jp/enju1162/
コメント



1.名無し妖怪削除
なぜかきゅんとなった
2.ルエ削除
ええ話や・・・
3.蝦蟇口咬平削除
魔理沙・・・その漢前な台詞を何人にも言ってそうだなあ
カッコイイ台詞だと思うけど