魔女だからなのか、日陰の少女だからなのか知らないけど、ともかく彼女は夜にやってきた。
「お邪魔だったかしら?」
と、玄関前の彼女は言う。
「邪魔ね」
ぶっきらぼうに答えながら、私は扉を閉めた。
「残念」
パチュリー・ノーレッジ。幻想郷ではそこそこ有名なヤツ。知識人らしい。
ほとんど滅多に外に出ないと言われてきた彼女が、ただ外に出るだけで明日雷雨になりかねないというのに、どうしてわざわざ私の家なんかに来るのだ。
龍神様の機嫌が悪くならなければよいが。
「へえー。噂通り人形だらけね、貴方の家。きもっ」
勝手にずかずか上がりこんだヤツが、とんでもなく失礼なことを言う。
「きもいとか言うな引きこもりオタクが。ちょっとショックじゃないのよ」
「あらそう」
「……それより何よ、邪魔って言ったのに勝手に上がりこんで、私に何の用だって言うの」
「だって、鍵をしていなかったんだもの。入っていいのかと思って」
「……」
追い返したつもりだったんですけど。
このもやし、暗そうな見た目と裏腹に、無駄にポジティヴ思考だ。
「うちには鍵がないのよ」
「あら。若いのに無用心なのね」
「用心する必要がないのよ」
危険な魔法の森のなんでもない家に、わざわざこそ泥しにくるような馬鹿なんて――。
「今夜はOKってこと?」
「なんでよ!?」
ちょっと頬を赤らめて、知識人は言う。
私は何故か壁に鼻をぶつけていた。痛かった。
「中に入れてもイイってことかと」
「……お前は多感な男子中学生か」
「違うんだ」
今さらだが、何なんだこいつは。
「で、何しに来たのよ、あんた。まさか、わざわざ私にセクハラ発言しに来たわけじゃないでしょう」
「お茶も出さないの、ここんちは!?」
「……はいはい。紅茶でいいわね」
あーいちいち文句の多いこと! お茶ぐらいウチに帰ればいくらでも呑めるでしょうに!
どっかの灰鼠程度にうっとうしい気がしてきた。
人の家に押しかけてふてぶてしいことこの上ない。人間も魔女も、そう変わらないのではないかと、私は錯覚した。
我が家にしては明るい、客間に腰かけて、パチュリーがぼそぼそと呟く。
「――なかなかね。あなたのメイド度は六十五点」
「そ、そう」
アリス、ほんとうにメイドさんなんです。
持ってるメイド服は、今でもまだ着られるかわからないけど。
あの服、なんだかんだで気に入ってるから捨てられないの……って、そんなことはどうでもいい!
「何処となく悔しそうね。思っていたより点が低かったのかしら」
うるさい。いや、それもあるけどさあ。
「それより、いい加減本題に入ってくれないかしら……」
「ちなみに百点満点ではなく、九十六点満点。それは二でも三でも割れ……」
「本題に!」
「百二十点満点だと二でも三でも四でも五でも割れるけど……」
「ほんだい!!」
いい加減怒鳴ると、ようやく静まってくれた。
いちいち疲れる。
「魔女の薀蓄を止めるか」
「止める」
「許せないいいい祝ってやるううう」
「ありがたいわね」
突っ込まない。
「ところでお菓子はないの?」
「……」
えらく冷静に、彼女は言った。
このもやし調子に乗りやがって……。
「OH、ジョークジョーク、ジョ、ここはジョークアベニューDEATH」
少し焦る知識人、今の私の形相はよほど怖いのだろうか。
しかし、それでもパチュリーはうざかった。
もう我慢できない。
「うるさいわボケもやし! 身包み剥がされて森に捨てられたくなかったら今すぐ帰れ!!」
本気で怒鳴ってしまった。
パチュリーは言い返さなかった。
嫌な空気が流れていた。
悲しそうに俯くパチュリー。それをようやく認識した私は、正直やりすぎただなんて、柄になく自省することにした。
「もう、えっち……」
「もやしがあああ!!」
前言撤回、やっぱり殺す。
はい。
なぜか、自分が操っているはずの人形に宥められたアリスがお送りしています。
「はぁ……まあいいわ。それより、そろそろいい加減――」
「いいの? 今夜はOK?」
「またか、死ね! 魔列車に撥ねられて死ね!」
「しゅん」
パチュリーは(´・ω・`)こんな顔で俯いた。あ、ちょっと可愛い。
もうずっとしょぼんとしてなさい。
「だがフェニックスの尾を投げるにょろ!」
「うわ即死じゃん! けどはいバリアー」
「バリアなしにょろ!」
「うわ、だけど俺変身するもんねー」
「魔列車変身しないにょろ!」
「……あたしらは小学生かっ!」
子供の頃はみんなバリアーが使えたのだ。
「東方project小学生篇」
「需要ありそうで困る」
「貴方にね」
「そう私に……」
あの娘やあの娘やあの娘がランドセル背負って……ブハァ
「って違う!」
「まー貴方はロリコンだから仕方がないわ」
「そんな直接的に言うな! もっと優しくこう……リトルラヴァーとか」
「なにそれ」
適当だよ。
「……」
「……」
……。
ほんっといい加減、話を進めたいな。進めたいな。
「それで」
「うん」
「結局あんた何しに来たのよ! ドラマ見ようと思ってたのに! 『黒い巨塔』見ようと思ってたのに!」
「まあ卑猥なタイトルねぇ。……AV?」
「考えすぎ!」
この魔女、前からこんな奴だったか?
そんな気もするし、そうでなかった気もするし……。
「そんな大きくて黒光りする長いものを見てどうするつもりなの! いやらしい!!」
「あんたの思考回路のほうがやらしいわ!」
なんだかこいつ、えらくテンションが高い気がするのだ。
「貴方はその、長くて黒光りして……アレよ、何だっけ、あ、大きくて黒光りするーえと長いものを見て、どうするつもりなのよ!」
「落ち着け」
「その長いドラマが、その、えと長い珍」
「落ち着けっつーの!」
「むきゅー」
熱暴走しつつ、パチュリーは倒れた。
最終話・別れは突然に。
そのままパチュリーが目を覚ますことはなかった。
思えば、彼女は病気のなか、せっかく家に来てくれたというのに、私は特に何ももてなすことができなかった。
別に鬱陶しかったからいい、と思おうとすればそうすることもできたが、未だに寂しがりやの人間らしさが抜けていないのか。私には彼女の眠るベッドの傍から離れることができなかった。
そのとき、私は初めて彼女を美しいと思った。
彼女はまるで人形のように眠っていたからだ。
いや、人の形をしているだけのモノと変わったのだから、ある意味それは当然と言えるのかもしれない。
私は彼女の頬に触れようと手を伸ばすと――
「おはよう」
パチュリーは目覚めた。
「なんだ、生きてたんだ」
期待したのに、とても残念です。
「怪我ひとつない健康体だぜ」
「あんたのアイデンティティは何処へ消えた」
「そうだったわ。げほげほ。喘息が苦しいわ」
「……」
えと、その、まあ、ここで死なれたら困ってたので、生きててよかったということにしよう。そうしよう。
「はぁー、よく寝たわ。今何時?」
「朝の七時だよっ。おはよ」
できる限りぶりっ子した笑顔で言ってやった。
昨夜は仕方ないのでソファで寝た。
ほんと何こいつ。
日差しが差していた。
「あら、可愛い表情もできるじゃない。ときめいたわ」
「は……あ、そう……」
で、何故かぶりっ子フェイスを褒められる。なんだか上からの物言いだけど、ちょっとだけ嬉しかった。
照れるなぁー
「うわ、こいつ本気にしてやがる。調子乗って、馬鹿じゃないの」
泣いていいかな。
朝から日差しが痛かった。
「で、朝ごはんは何かしら?」
「……トースト、サニーサイドアップ、スープ」
「一人暮らしのくせして、意外にそこそこ豪華ね。よいよい」
図々しさが魔理沙よりひでえ。
何でこいつを一晩家に泊め、予備の歯ブラシ(新品)を使わせ、着替えまで用意し、朝シャワーまで許し、あまつさえ朝食をもご馳走しなければならないのだろうか。
私が何かしただろうか。
で、このもやし魔女、結局何しに来たんだ。
そろそろどうでもよくなってきたけど。
むしろ二人で暮らしていけるんじゃないかと思い始めてきた。
医者に診てもらうことにしよう。
ヤゴコロ心療科にて。
「先生、家に勝手に上がりこんだ魔女が一晩家に泊まり、新品の歯ブラシを使い、着替えまで持っていき、朝シャワーまでして、あまつさえ朝食をも喰いやがったのですが、何故か追い出すことができず、むしろ馴染んでる自分がいます。これは何かの病気なのではないでしょうか」
「それは恋です」
「はい?」
「恋の病です。結婚しないと治りません」
「……」
……。
「結婚したら治るなんて! 結婚は人生の墓場か!?」
「誰が結婚して倦怠期ですって?」
家に帰ると誰もいなくなってることを期待した。
期待した私が馬鹿だった。
奴は堂々と人の家の本を読み漁っていた。
しかも読みながら私の独り言に介入してくるか。
「はぁー。あんたまだいたの?」
「何よ。いちゃ悪い?」
「悪いわ!」
魔法使いはみんなこうなのか?
あ、私は違うぞ? 違うよ? ありす、とってもフレンドリーだよ? 可愛くて親しみやすい女の子だよ?
……ごめん調子乗った。
「まぁまぁいいじゃないか。一人より二人、二人より三人のほうが面白いぜ?」
「そうよアリス。たまには外に出て人と接するべきだわ」
「お前が言うな! あのさ、私にはやらなきゃならないことがたくさん……」
……なんか多いぞ。
鼠(或いはエージェント・スミス)が入り込んでいる。
適度にぷにっとしててろりっとしてておいしそうな……じゃなくて。
「まりさ?」
ちょっと目を放した隙に魔女が増えた。ふしぎですね。
「父さんはショックだぜ、まさかアリスが魔女と同棲してたなんて……」
「誰が父さんだ灰色鼠!」
「アリス、実はお前は神様と私の間に生まれた子なんだぜ」
「冗談じゃないわ!」
そんなホラーな展開は期待しない。
「じゃあ、私がアリスとパチュリーの間に生まれた子なんだぜ」
「それも勘弁してよ、っていうか『じゃあ』って何よ」
「いや、いいんじゃないかしら」
パチュリーさん、貴方さらっと凄いことを言ったよ。
「よくないぜ! うわああああん!!」
それを聞いて、何故か魔理沙が飛んで逃げていった。
ちゃんと天井直してほしいな。ほしいな。
「ふっ。若いわね……」
パチュリーは私を一瞥し微笑する。
結局、魔理沙は何しに来たんだ。
パチュリーもだけど。
あれっ、マジックアイテム「いつでもフルーティ君」がない。
飲むと瞬く間においしくなる「いつでもフルーティ君」がない。
誰が何と言おうと昼は昼。
誰が何と言おうと、昼になれば腹が減る。
だが。
だが!
「ありすー、そろそろお腹すいたわ。お昼は?」
「おのれはいつまで居座る気だ! もやしでも喰ってろもやし!!」
怒りに任せて言ったら自分でも訳わからない文章が出来上がった。まあいいや。
「ねぇありすぅ、一緒に食べようよぉ」
うるせぇよてちえる。
あと、甘えるように擦り寄るのやめてほしい。
髪からシャンプーの香りがした。うちのシャンプーの匂いです。
「あーもう! わかったわかった。好きなだけきのこ頬張らせてあげるから離れろっ」
「まあなんていやらしい! 貴方私にそんなヒワイなことさせるつも」
「空ちゅう藻とやチョップ!!」
「ぼべふ」
外の世界の技、その威力たるや絶大。この技を極めたものが放つそれは、一撃で地球が割れ、二撃で太陽系が吹き飛び、三撃で旅人のマントが吹き飛ぶ威力だとか。
あきゅーさんが言ってた。
何故かパチュリーは倒れなかった。
「甘いわ! 聖闘士に同じ技は二度通用しない!」
「いちいち新しい技考えるのも大変だろうね」
「うん」
こいつが病気っていうの嘘だろ、と思った。
「さて。ごはんは炊きあがったから、焼いたキノコを特製ソースに絡めて、混ぜるだけっ」
いつでもフルーティ君を入れれば簡単に美味しくなるんだけど、ないので仕方ない。
「おー香ばしい。このソースは何でできているの?」
「魔界人秘伝の技。結婚したら教えてあげる」
「まあ! 技だなんてっ!」
「いちいち発火するなお前は」
役に立たない料理番組終わり。
お昼ごはんも食べ終わったころ、そろそろ半端に止まっている人形制作を再開したい、のだけど。
わたし、人がいると集中できないタイプ。
そろそろ追い返さないと、生活に支障が出るわ。
「あのさ」
「なに?」
本を読んでいた目をこちらに向けて、彼女は答える。
そんなこと、今までなかった。
「そろそろ、何しに来たか教えなさいよ……」
「んー」
まさか、本当に遊びに来ただけなのか?
「お邪魔かしら?」
「うん」
「がびーん」
がびーんて何だ。
「はぐらかさないで。なに、アレか。家出?」
「遊びに来ただけ」
「マジでか……」
こんにゃろ帰れよ。
と言いたいところだけど、正直楽しかった気がするのは否めない。
うざいけど。
「んー。邪魔だというなら仕方ないわね」
そうそう。
ようやく帰ってくれる……。
「でも、今夜まで待ってほしいの」
「はぁ?」
帰れよ!
「昼間は髪と本が傷むから嫌。この季節は肌も痛むから余計に嫌」
「……まあ、いいわ」
呆れたことは呆れたが……。今更、彼女が帰るのがあと数時間伸びるくらい、どうでもよかった。
人形は造れそうにないが。
お菓子でも作ればいいか、なんて考えていた。
クッキーが焼きあがるまで、あと五分。
程よく装飾された客間に腰かけ、パチュリーはひたすら(私の)本を読んでいた。シャーマンキング。
私の家に来て、泊まって、何をするかと思えば、本を読む。シャーマンキングを読む。いるよねこういう奴。
こういうとき、彼女の目の前に座ってクッキーが焼きあがることを待つけど、その間なんとなく暇でどうしようか迷う女こと、アリス・マーガトロイドがお送りしています。
客の前で家のことしだすのも変だし、かといって本読んでるところを話しかけるのも億劫だし。
ジレンマに悩まされる少女。青春だね! 私だって乙女だもん☆
……マジ調子乗ってごめん。
「ホロホロ×葉とかどうだろう」
唐突に、魔女は言った。
「どうだろうって……」
言われてもなあ。
私は葉×ハオ派なので葉が受けなのは新鮮です、としか。
「ホロホロかぁ、あんまり考えなかったな。 熱血よりクールのが好きだわ」
「でも葉のキャラ考えると、熱血のほうがお似合いの気がするのよ。例えば、ホロホロは葉のことが好きでそれとなくアタックするんだけど、いつも葉の暢気さで流されちゃうようなさあ」
「ああー。それもアリかもねぇ」
あー、その。
幻想郷は狭いようで狭いとおもいました。
「でも葉×ハオもいいよー。クールな子が受けなのもいいし、何より兄弟ってとこ最高に萌える」
「そっか、葉って攻めもいけるわね……夏の新刊には取り入れてみようかしら」
「夏といえばあの大手サークルの――」
意外なところで話に花が咲き、日が落ちて、クッキーが焦げましたとさ。
ほもが嫌いな女の子なんていません。
「帰る」
突然パチュリーは立ち上がり言った。
「えらく急ね……」
「約束は約束だわ。それに、そろそろレミィも帰ってくる頃だわ。それで私がいなかったら、きっと驚いて死ぬ」
んー。紅魔館に誰もいなくて暇だからうちに来たのか?
でも、何でうちなんだ。
「そう。今度来るときは一言言ってから来なさいよ」
そう言った私に、パチュリーは少し考えてから答えた。
「……わかったわ」
考えるなよ。
「それじゃ、また」
パチュリーは、特に表情もなく言って、玄関の扉を開いた。
「ええ。またね」
結局、何だったんだ。
扉を閉ざされ、私は家に独りになった。
何を思うわけでもなく、扉を二、三秒見つめてから、私は静かなアトリエへと向かった。
関係だからこそ、ですねえ
会話はとってもカオスですが全体的な雰囲気がほのぼのしてて楽しめました
ご馳走様でした
下なことばっかり言ってしまうのも刺激的なジョークなのです。w
とても楽しかったです!
魔列車逝ってきます
地味に吹いたw
あの頃は竜さんがリゼルグに萌えてる感覚が理解できなかったなあ…