北の国の大地では、毎年強い吹雪が吹きこんできて作物が育ちません。
ツンドラの向こうに、氷の女王の治める国があるからです。
北の国の民たちは、精霊にお供えものをして、氷の女王の力を弱めてもらうようお願いしました。
それを聞いた精霊たちは相談し合って、氷の女王に使いを出しました。
「人間たちが寒さでまいっている。このままでは、他の自然の力も弱まってしまう。どうか魔力を抑えてくれないか」
「お前たちが私の元にいけにえを一人よこすなら、氷の魔力を抑えてやろう」
女王はそう答えました。
そこで精霊たちは一人の妖精の少女を、氷の女王の元へやることにしました。
北の大地にある氷の女王の城に、一人の少女がやってきました。
城の中に入ると、あちこちに氷漬けになった人の像がいくつか転がっていました。
そういうものを横目で見て不気味に思いながらも、少女は恐る恐る王の間に入って女王に会います。
女王はとても美しい女性でした。
女王はしばらく少女をしげしげと観察した後、声をかけました。
「お前の名前はなんて言うんだい?」
「私には名前がないんです。お父様がつけてくださらなかったから」
「アハハハ、おかしな子だね。まあ、ここに来たんだからとにかく私の暇つぶしに付き合ってもらうよ」
「あの、ご家来さんたちはどうしてしまったんですか?」
「ああ、昔はちゃんと動いていたんだけどね。私の力が年々強くなるものだから、凍ってしまったんだよ」
女王は氷の精霊なので、いつも周りに冷気を振りまいています。
体から出る力だから、ある程度は調整できるけど、それでもいくらかは自然に漏れて行ってしまいます。
その寒さで、家来の人たちはいつのまにか皆凍ってしまっていたのでした。
力の弱い幼いころは、ちゃんと家来も動いていて彼女に仕えてくれていたのだけれど。
女王はそう寂しそうに語りました。
ふと少女は王の間を見渡してみました。
壁に一枚の絵が飾られていて、そこには何人もの人々の笑顔に囲まれた、とても溌剌とした少女が描かれていました。
髪の色や顔の形を比べてみて、それが女王の子供のころを描いた絵だと気づいて少女は何とも言えない気持ちになりました。
一人の妖精の少女が氷の女王の城で暮らすことになりました。
女王は最初、少女をからかうようなことばかり言って遊んでいました。
「名前が無い妖精は私生児だからだよ。お前のお父さんはお前がいらなかったんだ」
女王はつい口が滑ってとても意地悪なことを言ってしまいました。
妖精の少女はそんなことを言われて、悲しくてめそめそ泣いてしまいました。
テラスの吹きさらしの中で、故郷の方角を眺めて泣いていると、女王が声をかけてきました。
「氷の城のそんな場所に突っ立っていたら、すぐに凍ってしまうよ」
そう言って、氷の女王は少女に上着を差し出しました。
少女が振り向いてみると、マフラーと三角帽子に覆われた真ん中に、ばつの悪そうな顔がありました。
女王はもの凄い厚着をしていました。手には手袋を何枚か重ね着していました。
寒さを防ぐためではなくて、じぶんの冷気が少女に伝わらないように厚着していてくれたのでした。
少女はそのぶくっと太った格好がおかしくて、くすくすと笑ってしまいました。
「笑うでないよ。さあ、早くあったかい格好をしなさい。おまえも氷の彫像の一つになるつもりかい?」
そう言って、少女を部屋へ入れた後、自分で少女のために熱いスープを作ってあげました。
氷の女王は熱さが苦手なのに。
少女は女王が実は優しい心の持ち主だとわかって嬉しくなりました。
氷の女王はとても頭が良かったので、妖精の少女に自分の知っている色々なお話を聞かせてあげました。
龍を倒しに行った不死身の男の話。
溶岩の中に捕らわれていた神様の娘の話。
聖なる剣を与えられた王様の話。
妖精の少女はとても楽しんでそんなお話を聞きました。
女王も、お話をすることが楽しかったようです。
二人はだんだんとお互いのことを知り、仲良くなっていきました。
そうやって、女王と少女は何年間か一緒に暮らしました。
ある時、少女の体に異変が起こりました。
朝起きると、手の先に氷がはりついて感覚がありません。
そのままだんだんと、全身が凍っていってしまいました。
女王はその様子に気づいてこう言いました。
「ああ、やっぱりお前も駄目だったか」
「どうしてですか?」
「私の力はすべてを凍らせてしまうんだ。たとえ体を暖めたとしても、魂が凍ってしまう。
魂が凍ってしまえば、それは体が凍ってしまうのと同じこと。私に近い妖精だったら大丈夫かと思っていたのだけど」
女王の力は除々に、内側から少女を凍らせていたのです。
もし同じ氷の精霊がいたなら、女王は友達を作ることができたのでしょうけど、女王は生まれつき一人でした。
この北の大地には、氷の精霊は彼女しかいなかったのです。
今、女王はせっかくできた、たった一人の友達を失おうとしていました。
「私は幸せでした。女王様が好きだったから」
少女は全身が凍ってしまう前にそう言い残しました。
「すべての生き物が私の寒さを忌み嫌うのに、お前はこんな私のことを好きだと言ってくれた。
私はお前だけは助けたい」
体の底まで凍てついているはずの女王の目から、暖かい雫がぽたぽたとこぼれました。
女王は、凍った妖精の少女の亡骸を抱えて南へ向かいました。
ものすごい全力の速さで空を飛んで、暖かい土地の方角へと急ぎました。
途中、空にいなづまが走り、雲が激しく動きました。
渦を巻いて大きな力を持った精霊の雲がたくさん現れました。
氷の女王が攻め込んできたと思い精霊の王たちが集まってきたのです。
「止まれ、氷の女王よ! これ以上先へ進むことは許されない!」
「この子を助けたい。凍ってしまったこの子の魂を溶かすためには、もっと暖かい場所へ行かないといけないんだ」
「お前が進む先全てが凍てつく大地へと変わってしまう。お前が望むような暖かい大地などどこにもない」
「では、誰か私の代わりにこの子を暖かいところへと連れて行ってあげて」
「お前は勘違いしている。お前の魔力が続く限り、一度その魔力で凍ってしまった魂が元に戻ることはない」
「それでは私はどうやってこの子を助ければいいの?」
氷の女王は今までにないくらい落ち込みました。途方に暮れてしまいました。
「方法がないでもない」
しばらくして、厳かな声で精霊の王の一人が答えました。
「要するにお前が強い氷の魔力を持っているのがいけないのだ。
魔力が途絶えれば、凍っていた魂も自然に解けるだろう。
お前が懐を開いてくれれば、われわれはお前の魔力を吸い取って処分することができる」
「そうするがいい。もうこんな力、いらないわ」
「お前の魔力を奪うためには、われわれはお前の知性を奪わなくてはならない。
高い知性がお前の魔力の源なのだから」
「奪うがいいわ」
「お前の知性を奪うためには、お前の美しい姿を奪わなくてはならない。
その美しい外見も、お前のあふれでる知性の一部なのだから」
「奪うがいいわ」
精霊の王たちは力を尽くして、氷の女王の持っている力のほとんどを奪って封印を施しました。
力を奪われた氷の女王は、幼い小さな妖精の姿になってしまいました。
「これで大分なくなった。どうだ、身軽になった気分は」
「へんなきがするわ」
「じきに慣れるだろう。これからはお前は成長してもすぐに縮んでしまう。知性を蓄えてもすぐに失ってしまう。
われわれはお前の望みをかなえたのだから」
「それでずっとこの子とお友達でいられるの?」
「それはお前次第だ」
雲の姿をした精霊の王が声を震わせました。
「ところで、その子は私の娘だよ。私の娘の友達となるお前に、私が新しい名前を授けてやろう」
精霊の王の雲が大きく蠢いて、空に光が射しました。
もう力を失って何事にもびくつくようになってしまった氷の女王は、そのまぶしさに思わず目をそむけました。
「『チルノ』 かつて海の底に沈んだ都市で使われていた言葉だ。お前は今からそう名乗るがいい」
「もうほとんど忘れてしまった、自分のことも、昔のことも。でも私には友達がいる……」
氷の女王は、誰に聞かせるでもなくそう呟きました。
「それから、お前たちには別の国に行ってもらう。この北の大地にはもうお前の国はないのだから。
この土地にはもう凍てつく吹雪は必要ない」
氷の女王は体よく追放されただけだったのかもしれません。
精霊の王は狡猾でした。
でも、それでも彼女はかまわなかったのです。
凍っていた妖精の少女の魂は、だんだんと解けていきました。
春風の精霊の祝福があって、新しい息吹きが生まれました。
元は氷の女王だった少女は、立ったまま、ずっと彼女の顔を見つめていました。
そうしているうちに、頭がぼやけて行きかつての自分のことは全部忘れてしまいました。
ただ元気だった子供の頃の思い出だけが残って、彼女の新しい性格になりました。
湖のほとりに二人の少女が立っていました。
いつごろから立っていたのか、誰も知りません。
二人はやがてお互いのことに気づきました。
「あなたはだあれ?」
「あたいはチルノ! あんたは?」
「私には名前が無いの……たしか…お父様がつけてくださらなかったから」
「ふーん。じゃああたいがつけてあげるよ。うーんとねー、そうねー、大妖精! っていうのはどう?
あたいの友達の妖精だから、強くておっきな妖精!」
「それは名前って言わないんじゃ……」
「細かい事は気にしない! 大妖精だから、縮めて『大ちゃん』ね! よろしく、大ちゃん!」
「なんか強引な子だなあ」
二人はすぐに仲良くなり、お互いに友達になりました。
「それじゃあ、何してあそぼっか? そうだ! 氷のぶつけ合いとかどう?」
「ええー、危ないよー。もっと安心なのにしようよ」
「そう? じゃあかき氷でも食べる? 氷ならいくらでも出せるよ。
森に入ってハチミツを取ってこようよ!」
すこし霧がかかった森に向かって、二人の妖精の少女が駆けていきました。
しみる
氷の中のあたたかなぬくもり
泣いた
小悪魔の涙を返せー
ありでござる、いいでござる!
プチはギャグの良作が多いので、こういうのはちょっと毛色が違うかと思って不安でした。
しばらくこういうのを何本か続けてみようと思います。
>名無し妖怪様
こあくまが泣いてくれたら僕も泣きますw
>じょにーず
ううう、うれしいです。
>名無し妖怪様
激強ですよw パーフェクトフリーズで世界が凍ります。
>ルドルフとトラ猫様
これ書いてる途中自分で涙ぐんでてアホかと思いました。自分が。
>卯月由羽様
相応しい意味を考えてあげてください。
>ルエ様
眼鏡をかけたパチェ様に鞭で叩かれ、早く書けと責め立てられました。
>名無し妖怪様
良くいますよね、夢ぶち壊しのネタばらししてくる人。
>はむすた様
そう言っていただけたらば、もう何も思い残すことはございませぬ…
ごちそうさまでした。