Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

LEVEL maximum 悩める初代庭師を1枚撮影せよ

2007/04/23 05:27:26
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 天高く、雲を抜けた先に存在する現世と冥界を分かつ桜花結界。
 現世から分かつ結界なのだからさぞ強固に出来ているだろうと思われがちだが実際はそうでもない。
 確かに大層な名前が付いているだけにそれなりの耐久力はあるが有効範囲は非常に狭く、冥界全体を覆っている訳でもないので結界の上を飛び越えて冥界の中に入れてしまうという警告標識に近い結界と言うのが現実だ。
 しかし元より雲の上にある結界の為に妖怪でも人間でも近づく者は少なく、その事実を知る者はあまり居ない。

 冥界の中心には近くでは全景を把握できない程に桜の木々が広がる白玉楼の自称200由旬の庭、その桜並木の中を一人腕を組みながら歩む男が一人。
 白玉楼の主、西行寺幽々子の従者にして白玉楼の庭師を勤める男である魂魄妖忌その人だ。
 妖忌は桜並木を歩いていると突然歩みを止め、前方に広がる桜を見上げる。
 それは素人目からしたら数ある桜の中でも別に違いが無い様に思える何の変哲も無いに見えるが、それでも妖忌は繁々と見つめている組んでいた腕を解いて腰に差した刀へと手を伸ばす。
 左手で黒く鈍い光沢を発している鞘を添えるかの様に弱く掴み、右手で長めに造られた柄を万力の様に力を入れて握り締める。
 そのまま軽く腰を沈めると目蓋を閉じて深呼吸を一つ。
 ゆっくりと時間を掛けて息を吸って肺を酸素で満たしていき、十分な酸素を補った妖忌は閉じていた目蓋を一気に開く。
「ふっ!」
 搾り出す様な短い掛け声と共に妖忌の姿は立っていた位置に土埃を舞わせて消え、次の瞬間辺り一面に何かが素早く風を切る音が無数に鳴り響く。
 風を切る音が鳴り止むと妖忌が先程まで立っていた位置から前方50m程離れた位置で丁度居合い抜きで抜刀した構えで立っていた。
 やがて妖忌は低く構えていた腰を上げ直立すると白銀に輝く刃を慣れた手つきで元の鞘へと納める周辺の桜の枝が次々と幹から離れ地に落ちる。
 刀を納めた妖忌は踵を返し適度に枝を落とされた桜立ちを眺めると右手の親指と人差し指を使って髭の生えた顎を摩る。
「……少々浅かったか、まだ余分な枝が残っているな」
 これが妖忌流庭の手入れだ。
 枝伐りバサミ等の剪定道具は一切使わず刀のみで庭の手入れをする事で常に自分の剣技を鍛える事が出来るからだという妖忌の発想で行っている。
「俺の腕もまだ甘いか……」
 自分の技量不足を反省しながら妖忌は再び刀の柄へと手を伸ばそうとする。
 しかし突如妖忌の頭上に影が落ち、その為に手の動きが止まり影を落とすモノの正体を見極めようと妖忌は頭上を見上げた。
 太陽を背にするモノは頭と二本の腕と脚を備えており、そこから人間或いは妖怪の類だと妖忌は判断する事が出来た。
「流石西行寺家に仕える剣士だけはあります。素晴らしい剣の速さですね」
 空中に浮いていたモノが一言発するとゆっくりと地上へ降り立ってきた。
 降りたったモノの姿は首元にリボンをあしらった白いYシャツに黒いミニスカートを纏い、
 高下駄を意識したのか一本の歯付いた赤いスニーカーを履き、頭には多角形の帽子を乗せた黒いショートヘアの少女だった。
 妖忌は突如笑顔で現れた少女に訝しげな顔を向ける。
「――見たところ死んでいる様には見えぬがどちら様かな?」
 質問された少女は笑顔を絶やさずに答えとなる自分の正体を明かすべく口を開く。
「これはご紹介が遅れました。私は射命丸文と申しまして、幻想郷一早くて確かな真実の泉を提供している『文々。新聞』の記者をやっています」
「新聞記者、つまり貴方は現世の山に住む天狗の一族か。新聞の勧誘はお断りしているのだがな」
「それは残念です、折角遠くで起きた出来事を知って情報を蓄えるチャンスでしたのに」
 妖忌の返事に残念といった顔をしながら射命丸は軽く肩を落とす。
「元より俺は新聞を読んでいる程暇ではないのだ」
「……でも今回は勧誘の話をする為にここに来た訳ではないんですよ」
 そう言って肩を落としていた射命丸はすぐさま笑顔に直すとスカートにポケットでも在るのだろうか、何処からともなく手帳を取り出し白紙のページを開くと同時に取り出していたペンを手帳の前で構えた。
「今日は取材に来たんですよ」
「取材だと?」
 予想していなかった射命丸の言葉に妖忌は益々眉間に皺を寄せる。
「はい、西行寺家に仕える魂魄家と言ったら有名ですけど、どうして仕える様になったのかとかそこら辺は知られて無いんですよね。そこで今度出す新聞の特集で『魂魄家が西行寺家に仕える様になった訳』と言うのを出そうと思いましてね、それで初代庭師である妖忌さんに突撃インタビューする為に遥々ここまで来たんですよ。そういう訳で教えてください」
「断る」
「『断る』っと……て何でですか!?」
 話が聞けると思っていたのか第一声からの言葉の意味を意識せずに手帳に記入した所でようやく気付いた射命丸は顔を手帳から離して驚いた表情で妖忌を見上げる。
「話す理由は無いしそうやって人の事情を土足で入って聞き出そう等と言語道断だ」
「そこを何とか、お願いします!」
 射命丸は是が非でもと言わんばかりに顔の前で両手を合わせて頭を下げる。
 だが妖忌の顔は一向に変化せず、依然厳格な表情で射命丸を見下ろしていた。
「くどいぞ話すつもりは無い。それにここは冥界だ、生きている者が簡単に入って来て良い所では無いお引取り願おうか。それでも引かないと言うとなら……」
 妖忌はそこまで喋ると目を尖らせて射命丸を睨みながら左手で刀の鞘を掴み、ただでは済まさないと無言の圧力を射命丸に向けて掛ける。
 刀に手を掛けた妖忌を見た射命丸は目を閉じ眉をハの字に曲げて溜息を吐きつつ開いていた手帳を閉じてしまう。
「仕方ないですね、堅物で有名な妖忌さんがそこまで言うとなると今粘ってもお話を聞く事は出来そうにもありませんね。今はここで退く事にします、またの機会にという事で」
 あっさりと退却を宣言した射命丸は軽く地面を蹴るとまるで羽根が舞うかの様に宙に浮かび上がりそのまま上昇していく。
「一応忠告しておくが今回は初めてだから見逃すが、今度会った時は有無を言わさず切り捨てられても文句は言えんぞ」
「その言葉、とりあえず肝に免じておきますよ。それでは!」
 上昇していく射命丸を妖忌は厳しい表情をしたままの警告したが射命丸はそれをあしらうかの様に顔を合わせた時と同じ笑みを浮かべつつ返事をすると緩やかな速度から一変して疾風のごとき速度で轟音と突風を撒き散らしながら空の彼方へと飛んでいった。
「やれやれ、これで本当に手を引いてくれると嬉しいのだがな……さて、そろそろこの辺りの落としてきた枝を掃除しなくてはな」
 枝を伐っただけでは手入れとは言わない。
 落ちた枝を集める箒を取りにいく為に妖忌は歩いてきた道、白玉楼へと続く道を歩み始めた。


     ○ ○ ○


 午後を過ぎると広大な庭の手入れも済ませ庭師としての仕事を終えるが妖忌の一日はまだ終わらない、次は身内であり弟子でもある妖夢に稽古をつける時間となる。
 白玉楼の本道の離れ、そこは剣道を学ぶ為の道場として改良されていて試合で駆け回っても問題無い程度の広さを有している。
 道場の中には暖房設備は一切存在せず少々肌寒いく運動するには丁度良い室温になっていて、壁には達筆で『明鏡止水』と書かれた和紙が黒い額縁に納まって掛けられており場の空気を更に際立たせる。
 その中で妖忌は手に木刀を所持し、両手で杖の様に構え仁王立ちで一点を見据えている。
 見据える先、道場の中央には紺の剣道着を着込み銀髪のおかっぱ頭をした顔つきも体も幼さを残している妖夢が身長とはやや不釣り合いな長さの木刀を持ち居合いの姿勢で固まっている。
 妖夢の目の前には木の棒に挿された簀巻きが立てられており、それを木刀で一刀の元切り伏せろと言うものが今回の修行内容だ。
「――はぁぁっ!」
 気合の掛け声を発した刹那妖夢の体は弾けるかの様に簀巻きへと突き進み残影を残して抜刀する、が次の瞬間に妖忌の瞳に映ったのは回転しながら宙を飛び上がる木刀だった。
 修行は失敗に終わったのだ。
 簀巻きは表面が抉れて筵が飛び散っているが切れるまでには至ってなく、木刀を弾かれ振り切る事が出来ずにバランスを崩し慣性に従って仰向けになりながら吹き飛ばされた妖夢は飛ばされた木刀が乾いた音を立てながら落ちたのと同時に床に叩き付けられた。
「くぁっ……はっ……」
 あまりの衝撃と痛みに息が出来なくなったのかその場で蹲って身震いしている妖夢に対し妖忌は檄を飛ばす。
「何をしている、立て!」
「かっ、は、はい」
 妖忌の怒声に体を跳ね上がらせて反応した妖夢は今だ息もままならない状態でも鞭をいれ、弱々しく体を揺らしながら立ち上がった。
「力み過ぎだ、力だけでは斬る事は出来んぞ! 踏み込みも足りん、その程度の脚では蝿も止まるぞ! 雑念を捨てろ、濁った心では剣を極める事はできんぞ!」
「はい、申し訳御座いませんお師匠様」
「分かったのならモタモタするな、すぐに再開しろ!」
「は、はいお師匠様!」
 容赦の無い駄目出しに妖夢は何一つ文句を言わずに返事をすると駆け足で道場の隅に山積みされている簀巻きを取り、木の棒から抉れた簀巻きを抜き取り新しく差し替える。
 次に転がっていた木刀を掴むと最初に立っていた位置へと戻ると再び居合いの姿勢をとった。
 妖夢の呼吸は今だ荒く、肩で息をして苦しそうにしているがそれでも妖忌は眉一つ動かさずに見据える。
「呼吸を整えろ。乱れた呼吸では斬るどころか削る事もできんぞ」
 言われた事にはっとした妖夢は一旦構えを解き、左手を胸に当てて深呼吸をする。
 最初は強く目を瞑りながら呼吸をしていたが4度、5度と繰り替えすにつれて次第に苦しそうな表情は和らぎ荒かった呼吸も穏やかなものに整われていた。
「……よし」
 自己の判断で十分に呼吸が整ったと感じた妖夢は胸に当てていた左手を離し居合いの様に木刀を構え腰を沈め、標的である簀巻きを見据える。
 力を溜めているのか、はたまたタイミングを見計らっているのか妖夢は中々その場を動かない。
 呼吸も穏やかを通り越して呼吸しているのかも妖しい程に無音。
 そしてそれに合わせるかの様に妖忌もまるで地にしっかり根を張る巨木の様に微動だせず、動かない妖夢に声を掛ける事もしない。
 次に繰り出されるだろう抜刀を見届けるべく只々その光景を眺めている。
 そして何かを感じたのか妖夢の丸い瞳を更に見開き、木刀を握る手に一段と力が入る。
「しっ!」
 小さな口から小さな息を零したと思うと妖夢の姿は音も無くその場から消え、次の瞬間には妖夢は道場の端近くまで移動しており、
 右手には木刀を握り締めて振り切った形で硬直していた。
 すると立っていた簀巻きは中央からずれ、軽い音を立てて床へと転がった。
 鋭利な刃物で斬られたかの様に鮮やかで綺麗な切り口はとても木刀で斬ったとは思えない程に見事な斬れ方をしている事に顔一つ変えなかった妖忌が目を丸くする。
 簀巻きが落ちた音を聞いた妖夢は硬直を解き、慌てた様子で後ろを振り向き自分の手に持つ木刀と交互に眺める。
 そして何が起きたのか分からず呆然としていた顔は次第に状況を理解して喜びの顔へと変化していき、溢れ出す歓喜を抑え切れずはしゃぎながら妖忌の元へと走り寄る。
「お師匠様、見てましたか!? 私ついに出来たのですね!」
「う、うむ。今のが『現世斬』だ、今の感覚をしっかり覚えておけ」
 出来なかった事が出来るようになった達成感に目を輝かせながら見上げる妖夢に妖忌はやっと気付き丸くしていた目を元に戻すと何事も無かったかの様に淡々と結果を述べ始めた。
「だがまだ動きが甘い、この程度では極めるには程遠い慢心するでないぞ」
「す、すみませんお師匠様。すぐさま次の稽古の準備をいたします!」
「うむ――」
 妖忌の厳しい一言に妖夢の顔は微笑から急いで顔を引き締め次の稽古の準備をすべく妖忌に背を向けて駆け出すがその後ろ姿を見る妖忌の顔はどこか浮かばない顔をしていた。
 僅かに眉を顰め口元を痙攣させるかの様に小刻みに動いていて何かを喋ろうとしているのだが切り出せずにまごまごしているようだ。
 そうしている間にも妖夢の背中は遠くなっていき次第に妖忌の顔に焦り色が出始め、一度歯を食い縛ると意を決したのか中々開かなかった口を開く。
「待て妖夢」
「お師匠様?」
 呼び止められて妖夢は足を止めて振り返るとぱたぱたと足音を立てながら駆け寄り、見上げる妖夢の顔には何故呼び止められたのか分からずきょとんとした表情が浮かべている。
「どういたしました?」
「ぬぅぅ……」
 質問されても大した反応もせずに唸りながら渋い顔をして腕を組んで見下ろす妖忌に不安を感じ始めた妖夢は疑問から困惑の表情へと変わりあたふたと落ち着き無く辺りを見回し初めた。
「も、もしかして何かいけない事をしてしまったのでしょうか? 慌ててしまった事かも、いやもしかしてさっきの浮かれた事を? それとも――」
「妖夢よ」
「っはい!」
 何故渋い顔をする理由が自分に非があるのではないかと思い込んだ妖夢はあれやこれやと思い返してる時に再び妖忌に呼ばれて反射的に返事をして背筋を伸ばす。
「今日の稽古の事だが」
 そこまで口にすると妖忌は考え込むかの様に黙り込み、妖夢は知らずの内に掌を握り締めて額には一筋の汗が垂れる。
 黙った妖忌はますます渋い顔をして妖夢を睨み、威圧感を感じた妖夢は小さく息を呑む。
 そして渋い顔をしたまま妖忌は一つ息をして宣告した。
「今晩の料理は少々時間が掛かる物にしようと思う、故に今日の稽古はこれで仕舞いだ」
「へ」
 余程予測外の言葉だったのか妖夢はぽかんと口を開けて間の抜けた顔になってしまう。
「ええと、それはどう言う事でしょうか?」
「言葉の通りだ、今日の稽古はこれで仕舞いにする。食事の時間まで自由にしていいぞ」
「はぁ」
「俺はこれから厨房へ向かう。何か用事があったならばそこに来る事、以上だ」
 話し終えた妖忌は唐突の出来事に唖然とする妖夢を置き去りに逃げるかの様に早足で道場を抜けるとそのまま本堂の厨房に向けて歩を進めるのだった。


     ○ ○ ○


 その夜妖忌が作った料理は主の西行寺幽々子に今年で食べたもので一番美味しいと評され、一緒に食べようと誘ったがそれを断り一人先に自室へと戻っていた。
 部屋に戻った妖忌は丁重に襖を閉め、外からは一切中を見る事が出来ない状態にした事を確認すると今日一日溜めていたものを一気に出すかの様に深い溜息をつく。
「はぁー……またやってしまった。何故こうも素直になれぬのか」
 妖忌は夕刻での妖夢に対する姿勢を思い返して頭を抱える。
「妖夢はまだ幼い、肉親である俺にもっと甘えたい年頃だろうに……只一つ『良くやった』と言って頭を撫でてやるとかそれ位だと言うのに、俺はなんと情けない」
 普段から周囲にも自分にも厳しい妖忌は常に人前では西行寺家に仕える身として厳格でいようと意識してしまう。
 特に妖夢には将来の二代目になる者として自分は庭師の見本でなければいけないと思ってしまい厳しく当たってしまっていた。
 それは子供の妖夢には辛い事だと理解していて何度も優しく接しようと妖忌なりの努力をしてきた、が上手く気持ちの切替が出来ない為に結局は厳しい自分として接してしまいその度に後悔の念を抱いてしまう。
「だがいつまでもこのままではいかん――今日も始めるか」
 なんとか立ち直った妖忌は抱えていた頭を上げると押入れの襖を開けると迷わずに奥に隠されていたある物を取り出した。

 取り出されたのは妖夢の形をしたヌイグルミと一冊の本だった。

 妖夢のヌイグルミは3等身位で可愛くデフォルメされていて、小さくてつぶらな瞳が顔に備え付けられていてそれ以外の部品は付けられていない。
「よし」
 妖忌はヌイグルミを顔が向き合う形で床に置くと続いて同時に取り出していた本、「上白沢出版 これで貴方も人気者! 好感的になれる会話術指南書 ~家庭編~」をしおりで挟んでいたページから開くと書かれている羅列を目で追い熱心に読むと目線をヌイグルミへ移す。
 持っていた指南書のページが捲れないように表紙を上にして床に伏せると膝を付いてヌイグルミのつぶらな瞳と目を合わせた。
「おぉー、良く出来たぞ! 頑張ってきた甲斐があったではないか凄いぞ妖夢!」
 視線を移した妖忌が突如先程までの低く渋みのある声ではなく、妙に声色を高くして喋りながら置いてあったヌイグルミの頭を両手で撫で回し始めた。
 顔には口の両端を力一杯吊り上げて笑顔を作っているが、その口と眉は力み過ぎている為かピクピクとひくついていて明らかに無理をしているのが見て取れる。
「お前みたいな跡継ぎがいて俺は幸せ者だよ、ハハハ」
 散々頭を撫で回した後は両手で両脇を掴み、腕一杯に伸ばして掲げながらその場で足を使って回転。
 3回転した辺りから勢いを殺しつつヌイグルミに衝撃が掛からない様にゆっくりと床に下ろす。
「これからもその調子で頑張るんだぞー」
 そしてまた頭を撫で回す。
 ここまでした後、絶やしていなかった引き攣った笑顔を崩して軽く咳払いをする。
 人が居ないとはいえ流石に慣れない事をするのは恥ずかしいのか、少し頬を赤くしていた。
「ぬぅ『子供が上手く物事を出来た時は笑顔で褒め体で喜びを表現する』と言うのはこの様な感じで良いか」
 妖忌は軽く頷いた後、伏せてあった指南書を掴むと再び熱心にページを読み始める。
「次は『失敗してしまった時の慰め方』か。なになに、『直線的な慰めは逆に泣かせてしまう傾向にある。適度の同情の中にさり気ないアドバイスを』……なるほど」
 指導書を伏せた妖忌は先の笑顔とは打って変わって真剣な眼差しでヌイグルミを見つめながら屈んで手をその両肩に置く。
「失敗してしまったな妖夢よ。だが初めは誰もがそうだった俺だって例外ではないのだ。己が何故失敗したのかを考え、そしてそれを見つけ出し改善する事が大切なのだ」
 最後に優しく右手を頭に置いた後、ゆっくりと立ち上がり腕を組みながら顎を摩る。
「よし今のは中々良かったかもしれんぞ、この調子で次にいってみるか」
 だんだんノリ気になってきたのか口元を歪めて満足そうな顔をする妖忌は急ぐ様に指導書を掴み次のページへと捲り始めた。

 その後も妖忌の誰も観覧者が居ない一人っきりの好感的な人になる特訓が続く。
 後半になるにつれて動きのバリエーションも増えてヌイグルミ相手に特訓を続ける姿は剣を持つ時より尚熱心で普段とはまた違う意味で凄い気を纏っていた。
 一度集中した妖忌は滅多な事では集中を乱すことは無い。
 だから気付く事が出来なかった。
 厳格な姿勢をかなぐり捨ててまで訓練している部屋の襖が少しだけ開いてその奥から中を覗く一対の眼がある事に。
 弟子を想う姿を露にする部屋の天井板が一枚だけずれていてその奥からシャッター音が微かに響いていた事に。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「妖忌~、貴方にお客よ~」
 翌日の朝、幽々子が庭師の名前を気の抜けた声で呼びながら浮いた足取りで廊下を進んでいると一室の障子が開き、そこから目的の人物である妖忌が足音を立てずに現れた。
「幽々子様、訪問者の相手は私がしますといつも言っているのに貴方様が出る事は無いのですよ」
「私がそこに居たら向こうから来たから良いのよ。それよりお客が待ってるんだから早く行ってあげなさい」
「私に訪問者? 一体どちらですか」
「なんでも新聞記者らしいわよ~。新聞の勧誘かしら」
 新聞記者という言葉に心当たりがあった為、妖忌の目蓋が一度痙攣し渋い顔をする。
「分かりました、只今向かいます」
 幽々子に一礼し一旦元の部屋に戻って部屋に置いてあった刀を腰に差すと心持力の篭った歩みで進み始め、廊下を進んだ先にある玄関口まで妖忌が出向く。
 するとそこには妖忌が予測した通り、昨日訪れた射命丸が露骨な程の作り笑いを顔に貼り付けながら立っていた。
 妖忌は射命丸の姿を見るやいなや益々眉を顰め、不機嫌さを微塵も隠そうとせずに睨みつける。
「また来たのか、忠告はしてやったのに。今回は斬られても文句は言えんぞ」
「危険を恐がっていたら良い記事は書けませんからね」
 腰に差した刀の鞘に手を掛け臨戦態勢に入る妖忌にも射命丸は笑顔を絶やさずにその場を一歩も動こうとしない。
「そんな訳でもう一度お聞きしますが、お話を聞かせてくれませんか?」
「何度言っても無駄だ、話す気など毛頭無い」
 そこまできて射命丸の顔に変化が起きる。
 笑顔には笑顔だが先程までの営業スマイルと言うよりも人を鼻に掛けた、してやったりといった様子を漂わせる笑いを露にしたのだ。
「一体何がおかしい」
「いえ、何でもないですよ。こうなっては仕方ないですね、穴埋めとして別の記事を載せるしかない様ですから」
 射命丸はお手上げだと言わんばかりに肩をすくめて後に肩から提げていたポーチを開き、新聞紙サイズの紙を一枚取り出すとおもむろに妖忌の前に差し出した。
 突如差し出された紙に妖忌は訳が分からず頭に疑問符を浮かべる。
「なんだその紙は」
「替えとなる特集記事の原稿です。特別に先行で見せてあげようと思いまして、もし良かったらどうぞ」
 今になってその様な物を取り出して見せ付けるという事はその記事に何か特別な意味があると感じた妖忌はその原稿を強引に受け取ると書かれている文章に目を通す。
「こ、これは……!?」
 目を通している途中で書かれている内容に妖忌は驚愕し目を丸くした。


『   ◎ 特集:白玉楼初代庭師の素顔 ◎

   幻想郷から隔てられた世界、冥界にはそこで住まう幽霊を管理する西行寺幽々子(亡霊)が暮らしてお
  り彼女の元には長年に渡って庭師を続けている魂魄妖忌(半人半霊)が仕えている。彼は庭師以外にも剣
  士として一流で厳格な性格としても知られている。今回はそんな彼の意外な一面を発見する事ができた。
   彼は毎晩の様にフレンドリーになる為の訓練をしているのだ。その訓練の内容はと言うと、次期庭師の
  魂魄妖夢(半人半霊)を模したヌイグルミを相手に参考書を見ながら一人で会話の練習をするというもの
  だ。
   厳しいそうな顔つきと立場からかあまり人を寄り付け難い雰囲気を持っている事を気にしているのか、
  本人は真剣そのもので訓練に取り込んでいる。だがその姿は他の人から見たら実に滑稽で根本的にやり方
  が間違っている気がしなくもなく――                                                 』


 記事の内容はまさに昨晩の妖忌がやっていた訓練の事を書き記されていて、丁重にも妖夢ヌイグルミを引き攣った笑顔で撫で回す妖忌の写された写真も一緒についているというオマケ付き。
 書かれている文字の羅列を読み進めるにつれて肩をワナワナと震えて拳に血管が浮かぶ程に握り締めて皺一つ無かった記事の端をクシャクシャに握りつぶす。
 顔は激情でみるみる内に顔が耳まで赤くなっていき、それを射命丸は何も言わずに口元を歪めながら見つめている。
「ききき貴様! 何故このようなものをぉ!」
「そんな事は別のどうでも良いんですよ、大事なのはそれが今度の私の新聞に載るって事ですよ」
「あら、それを記事に出しちゃうのね。でも可愛い妖忌を見せるのも良さそうね~」
「っ! ゆ、幽々子様!?」
 背後からの声に驚いた妖忌が背後を振り向くといつの間にか幽々子が肩越しで記事を覗き込んでいた。
「いつの間に、いやそれより今の言葉はいったい――」
「簡単な事よ。妖忌は誰にも気付かれてないと思ってたみたいだけど、私はとっくの昔にそれに気付いてたって事よ。言っても良かったんだけどね、見てて面白いし可愛かったからそのままにしておいたのよ。妖夢は知らない様だけど」
「あ、ああああ、あ、あぁぁ……」
 幽々子から告げられた言葉に声を詰まらせ、リンゴの様に赤かった顔は瞬く間に海の様に青ざめていく。
「ご主人の幽々子さんがそう言うって事はこの記事は載せても問題無いって事ですね?」
「えぇ別に良いわよ~、可愛い妖忌を皆に見てもらうのも――」
「かぁぁぁぁぁぁ!!」
 主の言葉を遮るかの様に妖忌は甲高い叫びを上げ、素早く刀を抜いてその鋭利な切先を射命丸の首筋に突き付けた。
「最早貴様は生かしておくわけにいかん! ここで切り捨ててやる!」
「それは仕方ないですねぇ、忠告を無視してここに来た私は切り捨てられても文句は言えませんからね」
 首筋には死が突き付けられているにも関わらず射命丸は涼しい顔をして妖忌を見据える。
「でも私を斬ったら妖忌さんに不利になるんですよ?」
「それは一体どういうことだ」
「私の使い魔の鴉にこう命令してるんですよ、今日私が帰ってこなかったらその原稿のコピーと写真の原板を他の仲間に送って新聞に載せる様にって」
「な、なんだとぉぉ!?」
 妖忌は目一杯歯を食い縛り小刻みに震える切先を射命丸は見逃さなかった。
 目の奥が光り、益々口を笑みを深める。
「その記事を新聞に出したくないみたいですねぇ、なら出さなくて済む方法を知ってますよ」
「どうすれば良いと言うのだ」
「それは元は完成してないヤツの替わりとなる予備の記事ですから、本命の記事が完成して私がその新聞を出せばその記事は世に出ることは無いんですよ――言ってる意味、分かりますよね?」
「ぐうううう……」
 絞る出す様な唸り声を上げ、やがて諦めたのか震えていた切先は治まると射命丸の首筋から離して鞘に納めて腕を組み、
 青ざめていた顔色は血の気を取り戻しているが眉を潜ませて不機嫌な顔をしている。
「――分かった、取材に応じよう……」
「ふふーん、では宜しくお願いしますね」
 遂に折れた妖忌の姿を勝ち誇り、作りではない満面の笑みを浮ばせながら手帳とペンを取り出すのだった。

「西行寺家に仕える様になって何年くらいになりますか?」
「かれこれ300年以上庭師をしている」

「この広い白玉楼の庭をどうやって手入れしてるんですか?」
「常に鍛錬する意味をかねれ刀でおこなっている」

「弟子である魂魄妖夢さんをどう思ってますか?」
「まだまだ未熟だ」
「それだけですか、本当はもっと色々言える事があるんじゃないですか? 全部言ってください」
「これ以上は無い」
「ではこの取材は完成しませんね、仕方ないですから予備の記事を出す事に――」
「わ、分かった! 話す、話すから!」

「おねしょは何歳の時に治りました?」
「まて! それ取材と関係無いだろ!?」
「仕方ないですね、では予備の記事を――」
「くぅぅぅぅ」

「人から言えないくらい恥ずかしい経験を語ってください」
「だから取材と関係無いだろそれ! なんでそんな事言わなければ」
「予備の記事」
「ぐふぅ!」

「初恋の人の名前を教えてください」
「貴様ワザとだろ!? 遊んでるだろ!? 取材ではないだろコレ、なぁ!?」
「予備」
「ブルァァァァァァァァァァ!」


     ○ ○ ○


 夕刻、妖忌は道場の中央で一人正座している。
 目の前には取材の報酬として渡された予備の記事の原稿とそれに添えられる予定だった写真のネガを目の前に並べられていた。
「――こんな……こんな下らん紙切れ一枚に俺の刀は止められたというのか……!」
 やるせなさに妖忌は膝の上に置いていた掌を握り締める。
「ぬぉぉぉぉぉぉ!」
 そして溜めに溜まった感情が爆発した妖忌は正座を崩して片足を前に乗り出し、記事とネガを掴み上げるとそのまま頭上へほおり投げると腰の刀へと手を掛ける。
「未来永劫、ざぁぁぁぁぁぁん!」
 妖忌は抜刀と共に目にも止まらない速度で数え切れない斬撃を繰り出されて記事とネガは瞬く間に細切れにされ、再び床に落ちる時には原型を留めていない程に細切れにされていた。
 いつも以上に力みを入れた為か、斬り終えた後には肩で息をしつつ切り刻まれた紙切れを睨みつけるとその視界に一際大きく残ってしまった紙切れが目に入る。
 しかもそれは偶然にも妖忌がヌイグルミを撫でている写真の部分だった為に一度は落ち着きを取り戻そうとした感情が再び沸き上がってしまい顔が引き攣る。
「だぁぁぁぁぁぁ!」
 完全に感情に身を任せた妖忌は、両手で刀を持つと袈裟斬りで写真を床ごと叩っ斬る。
 叩っ斬った床板は砕け散り、開いた穴に紙切れ達は吸い込まれ完全に消えるがそれでも治まらない感情に持っていた刀を力任せに投げ捨て壁に突き刺さった。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 そして妖忌は冥界の中心で哀を叫んだ。
 その顔は涙を拭かない男泣きで濡れていたとか。




 そして散々暴れて気が済み我に返ると壊してしまった床を直す為に大工道具をうな垂れながら探し回ったとか。

     ○ ○ ○

LEVEL maximum
SCENE 1
悩める初代庭師を1枚撮影せよ
鍛錬「魂魄好感化法」

本人はいたって真面目ですけど何処かずれてます。
あんな事をしないで素直に気持ちを伝えればいいのに……
男というのはよく分かりませんね。


SCENE 2
プライベート中の手品師を9枚撮影せよ

     ○ ○ ○


そして妖忌は頓悟した。


4月24日:誤字脱字修正
5月 4日:一部文章変更
更待酉
コメント



1.名前なんて!削除
勝手に追加してみたり
SCENE 3
季節外の忘れ物を1枚撮影せよ
2.名無し妖怪削除
こりゃ頓悟もするわwwwww
「意味をを」「今回は始めて」「改良さていて」「見事斬れ方」辺り、誤字脱字だと思います
3.名無し妖怪削除
ツンデレ妖忌が素晴らしい。妙なところで努力している様に噴出してしまいました。
4.蝦蟇口咬平削除
トラウマ並の体験だね、こりゃ
ところでですが妖夢人形って手作り?後、けーねさん何かいてんの
5.更待酉削除
下から返信タイム

>名前なんて! さん
LEVELmaximum、つまり只でさえ拝む事も困難な撮影対象
季節外の忘れ物も相当な困難となるでしょう。

>名無し妖怪(23 03:46:53) さん
自信を持っていたモノがいとも簡単に防がれたら相当ショックだと思うんですよ。
でもやっぱりどこか間違ってます、妖夢の勘違いっぷりもきっと遺伝です。
それと遅れながら誤字脱字指摘ありがとうございました。

>名無し妖怪(28 20:35:57) さん
この妖忌はツンデレ…なのか?
…見返してみたら今風で言うとそうかもと思ってみたり。
妖忌の滑稽さが伝わったなら幸いです。

>蝦蟇口咬平 さん
妖夢ヌイグルミは妖忌が夜中にヒッソリと丹精込めて作り上げた自作品と言う裏設定
愛が篭ってます。
そしてけーねは先生をやってるから交際術の指導もバッチリなんですよ、きっと。