湖向こうの、目に痛いほど鮮やかな紅の館にて。
その日パチュリー・ノーレッジは、いつものように書庫に篭もり、いつもと違うことをしていた。
埃臭いテーブルに置かれていたのは、書物ではなく帳面。傍らには錆びた金属のペンとインク壷があった。
「あと一人足りない」
先刻まで流れるように進んでいたペンは、まるで動かない。
頬杖をついてティーカップを傾ける。一滴たりとも流れてこない。覗くと既に空だった。
そういえば咲夜がクッキーを焼いたとか言っていたような。
気分転換。頷くとパチュリーは空のカップと帳面を持ち、浮いた。
茶話室ではレミリアが、最後の一枚に手をつけようとしていた。
パチュリーを一瞥すると、手をつけて齧りついた。一瞥するだけ優しい。
「すぐに来ないパチェが悪い」
「まだ生地が残っていますから、焼いてきますわ」
粉だけ残った皿を抱え、咲夜が飛んでいく。
パチュリーはレミリアの隣に座ると、帳面を広げて見せた。
「どう思う」
「珍しい。パチェの書き物なんて。本の虫が魚類に進化したみたい」
できれば鯵や鯖じゃなくて鮟鱇がいい。深海は落ち着く。と、そっちではなくて。文面を指差した。
「中身をどう思う」
見出しには『幻想戦隊 マスク・ザ・ファイヴ』とあった。
横にはゴゴレンジャー、五人覆面囃子、機動令嬢、怪傑レイム等の没案が並んでいた。
「何これ」
普段と変わらぬ淡々とした口調で、しかし幾分熱を込めてパチュリーは語った。
「戦隊物が今流行だから。流れに遅れないように」
戦隊物とは、2~5人程度で結成された戦隊が悪玉を退治する勧善懲悪ものであり、
古くは外の世界の将軍の巡行に遡り、わかりやすい設定の中に数々の個性と愛憎がせめぎ合い、衝突葛藤事件和解を経て
「もういい良くわかった」
これ以上は喘息を出しかねないと判断したのか、呪文めかしい戦隊物の説明の静止を願っただけか。
レミリアは目線を見出しの下へと滑らせた。
『マスク・ザ・レッド 博麗霊夢
やる気の無い戦隊リーダー。何か赤くて目立つからという理由でリーダー役を押し付けられた。
異変が起こると適当に解決しに行き、かんぴょう寿司でも食べて帰ってくる。
住まいの零細神社は戦隊の秘密基地。賽銭箱に隠された伝説のボタンを押すと一発で機動からくりに変形し敵を薙ぎ払う。
決め台詞は「どうでもいいマスク・ザ・レッド」。
マスク・ザ・ブラック 霧雨魔理沙
力技の戦隊員。異変が起こるやあちこちの物をぶち壊すため迷惑がられている。戦隊の戦闘力強化の為に加えられた。
特技は窃盗と模倣で、悪役の物を盗んだり善人の物を盗んだり紅魔館の魔法使いの本を盗んだり技を盗んだりする。
人の心は簡単に盗めない。
密かにリーダーの座を狙っているらしい。レッドの自称ライバル。
決め台詞は「すばらしいマスク・ザ・ブラック」。
マスク・ザ・イエロー アリス・マーガトロイド
カレー技の戦隊員。異変が起こってもカレーを食べている困ったさん。戦隊の芳香力強化の為に加えられた。
特技は人形操作で、アリス本体がカレーを食べている間に敵をやっつけてくれる。
一部では彼女は先代の幻想戦隊『マスク・ザ・レインボー』ではないかと言われているが、多分ガセか自作自演だろう。
決め台詞は「こうばしいマスク・ザ・イエロー」。
マスク・ザ・グリーン 魂魄妖夢
異変が起こるとわざわざ冥界からやってくる目立ちたがり気味な戦隊員。戦隊に緑が足りないから連れてこられた。
特技はお茶汲みと雑用で、せっせと働くのをいいことに他の隊員にこき使われている。
先代の幻想戦隊『マスク・ザ・チェリーブロッサム』の元で普段は居候兼家事手伝い。やっぱりこき使われている。
文句をあんまり言わない辺りマゾかもしれない。
決め台詞は「かいがいしいマスク・ザ・グリーン」。』
一通り読んで、レミリアは「私は?」と訊ねた。
「私が居ないじゃないの」
「レミィは戦隊がピンチの時に現れる6人目、輝かしい『マスク・ザ・スカーレット』」
聊か独善的な友人への配慮も忘れない。
「ちなみに先代はかんばしいレインボーとのろけたいチェリーブロッサム、うさんくさいパープル、
なまけたいムーンニート、いやらしいサンフラワー」
パチュリーは妖精メイドの放置筆記具を見つけると、拾って書き足した。
「マスク・ザ・ファイヴにはあと一人足りない。誰がいい」
「大人しく私を5人目にすればいいじゃない」
「レミィじゃ目立ちすぎて他のメンバー食べちゃう」
キッチンから甘い香りが漂ってくる。そろそろ焼き上がるだろうか。
パチュリーは紅茶を注いで飲んだ。こんなに喋ったのは久し振りだ。
レミリアは前髪を弄りながら、
「足りないのは青味ね。バランス取るなら青が必要よ」
紅い吸血鬼にしては珍しく青を推した。青。それもそうかとパチュリーが羽ペンを走らせる。
「青くてそれなりに戦える人材。氷の妖精じゃばかばかしい『マスク・ザ・ナイン』で終わりだろうし」
「難しい」
揃って頭を抱える。パチュリーは帳面の端に、思いつく限りの知人の名を並べた。
あの華人小娘は紅。新聞記者は黒や朱。薬師は赤紫。居ないものだ。
「さもなくば青に代わる、調和性のある色を探す。青紫とか」
「涙ぐましい『マスク・ザ・ウドンゲ』?」
異変解決以前に、仲間に尻尾を引っ張られ耳を捻じ曲げられる姿が浮かんだ。よろしくない。
五人揃えるとは存外手ごわい。もういっそ『マスク・ザ・フォー』で定着させてしまおうか。
パチュリーはカードゲームの役作りに似た困難さを感じていた。
「お二人揃って、何をお考えですか」
クッキーを満載した器を持って、咲夜が現れた。着ているのは、青味がかった服。見た途端、
「そうだ、咲夜、咲夜が居たじゃないの」
レミリアが手を打った。咲夜は何事かわからないのだろう、首を傾げている。
「結構麗しい『マスク・ザ・ブルー』、適任」
嬉々として此方を見るレミリア。それはそれでいいのかもしれないが、
「レミィ、それだとちょっと」
計画が違う。咲夜はもう使用済みで。反論する前にレミリアが動いていた。素早くかつ優雅に帳面を拾うと、
「合作した。咲夜が5人目」
ページを見せる。パチュリーは内心肩を落とした。とても不味い状況。帳面には先代の案も小さく書いてあって、そこには、
マスク・ザ・シルバー 十六夜咲夜
先代戦隊のお助けキャラクター。危機が迫ると時空の渦の中からやってきてナイフで敵を滅多刺しにしていく。
先代戦隊にはそれなりに強い面々が揃っているため、滅多に出番が無い。
目立てない己を残念がり、茶壷の中に引きこもる。少女趣味。
決め台詞は「ばばくさ
平穏な茶会は一変、異変と化した。
その日パチュリー・ノーレッジは、いつものように書庫に篭もり、いつもと違うことをしていた。
埃臭いテーブルに置かれていたのは、書物ではなく帳面。傍らには錆びた金属のペンとインク壷があった。
「あと一人足りない」
先刻まで流れるように進んでいたペンは、まるで動かない。
頬杖をついてティーカップを傾ける。一滴たりとも流れてこない。覗くと既に空だった。
そういえば咲夜がクッキーを焼いたとか言っていたような。
気分転換。頷くとパチュリーは空のカップと帳面を持ち、浮いた。
茶話室ではレミリアが、最後の一枚に手をつけようとしていた。
パチュリーを一瞥すると、手をつけて齧りついた。一瞥するだけ優しい。
「すぐに来ないパチェが悪い」
「まだ生地が残っていますから、焼いてきますわ」
粉だけ残った皿を抱え、咲夜が飛んでいく。
パチュリーはレミリアの隣に座ると、帳面を広げて見せた。
「どう思う」
「珍しい。パチェの書き物なんて。本の虫が魚類に進化したみたい」
できれば鯵や鯖じゃなくて鮟鱇がいい。深海は落ち着く。と、そっちではなくて。文面を指差した。
「中身をどう思う」
見出しには『幻想戦隊 マスク・ザ・ファイヴ』とあった。
横にはゴゴレンジャー、五人覆面囃子、機動令嬢、怪傑レイム等の没案が並んでいた。
「何これ」
普段と変わらぬ淡々とした口調で、しかし幾分熱を込めてパチュリーは語った。
「戦隊物が今流行だから。流れに遅れないように」
戦隊物とは、2~5人程度で結成された戦隊が悪玉を退治する勧善懲悪ものであり、
古くは外の世界の将軍の巡行に遡り、わかりやすい設定の中に数々の個性と愛憎がせめぎ合い、衝突葛藤事件和解を経て
「もういい良くわかった」
これ以上は喘息を出しかねないと判断したのか、呪文めかしい戦隊物の説明の静止を願っただけか。
レミリアは目線を見出しの下へと滑らせた。
『マスク・ザ・レッド 博麗霊夢
やる気の無い戦隊リーダー。何か赤くて目立つからという理由でリーダー役を押し付けられた。
異変が起こると適当に解決しに行き、かんぴょう寿司でも食べて帰ってくる。
住まいの零細神社は戦隊の秘密基地。賽銭箱に隠された伝説のボタンを押すと一発で機動からくりに変形し敵を薙ぎ払う。
決め台詞は「どうでもいいマスク・ザ・レッド」。
マスク・ザ・ブラック 霧雨魔理沙
力技の戦隊員。異変が起こるやあちこちの物をぶち壊すため迷惑がられている。戦隊の戦闘力強化の為に加えられた。
特技は窃盗と模倣で、悪役の物を盗んだり善人の物を盗んだり紅魔館の魔法使いの本を盗んだり技を盗んだりする。
人の心は簡単に盗めない。
密かにリーダーの座を狙っているらしい。レッドの自称ライバル。
決め台詞は「すばらしいマスク・ザ・ブラック」。
マスク・ザ・イエロー アリス・マーガトロイド
カレー技の戦隊員。異変が起こってもカレーを食べている困ったさん。戦隊の芳香力強化の為に加えられた。
特技は人形操作で、アリス本体がカレーを食べている間に敵をやっつけてくれる。
一部では彼女は先代の幻想戦隊『マスク・ザ・レインボー』ではないかと言われているが、多分ガセか自作自演だろう。
決め台詞は「こうばしいマスク・ザ・イエロー」。
マスク・ザ・グリーン 魂魄妖夢
異変が起こるとわざわざ冥界からやってくる目立ちたがり気味な戦隊員。戦隊に緑が足りないから連れてこられた。
特技はお茶汲みと雑用で、せっせと働くのをいいことに他の隊員にこき使われている。
先代の幻想戦隊『マスク・ザ・チェリーブロッサム』の元で普段は居候兼家事手伝い。やっぱりこき使われている。
文句をあんまり言わない辺りマゾかもしれない。
決め台詞は「かいがいしいマスク・ザ・グリーン」。』
一通り読んで、レミリアは「私は?」と訊ねた。
「私が居ないじゃないの」
「レミィは戦隊がピンチの時に現れる6人目、輝かしい『マスク・ザ・スカーレット』」
聊か独善的な友人への配慮も忘れない。
「ちなみに先代はかんばしいレインボーとのろけたいチェリーブロッサム、うさんくさいパープル、
なまけたいムーンニート、いやらしいサンフラワー」
パチュリーは妖精メイドの放置筆記具を見つけると、拾って書き足した。
「マスク・ザ・ファイヴにはあと一人足りない。誰がいい」
「大人しく私を5人目にすればいいじゃない」
「レミィじゃ目立ちすぎて他のメンバー食べちゃう」
キッチンから甘い香りが漂ってくる。そろそろ焼き上がるだろうか。
パチュリーは紅茶を注いで飲んだ。こんなに喋ったのは久し振りだ。
レミリアは前髪を弄りながら、
「足りないのは青味ね。バランス取るなら青が必要よ」
紅い吸血鬼にしては珍しく青を推した。青。それもそうかとパチュリーが羽ペンを走らせる。
「青くてそれなりに戦える人材。氷の妖精じゃばかばかしい『マスク・ザ・ナイン』で終わりだろうし」
「難しい」
揃って頭を抱える。パチュリーは帳面の端に、思いつく限りの知人の名を並べた。
あの華人小娘は紅。新聞記者は黒や朱。薬師は赤紫。居ないものだ。
「さもなくば青に代わる、調和性のある色を探す。青紫とか」
「涙ぐましい『マスク・ザ・ウドンゲ』?」
異変解決以前に、仲間に尻尾を引っ張られ耳を捻じ曲げられる姿が浮かんだ。よろしくない。
五人揃えるとは存外手ごわい。もういっそ『マスク・ザ・フォー』で定着させてしまおうか。
パチュリーはカードゲームの役作りに似た困難さを感じていた。
「お二人揃って、何をお考えですか」
クッキーを満載した器を持って、咲夜が現れた。着ているのは、青味がかった服。見た途端、
「そうだ、咲夜、咲夜が居たじゃないの」
レミリアが手を打った。咲夜は何事かわからないのだろう、首を傾げている。
「結構麗しい『マスク・ザ・ブルー』、適任」
嬉々として此方を見るレミリア。それはそれでいいのかもしれないが、
「レミィ、それだとちょっと」
計画が違う。咲夜はもう使用済みで。反論する前にレミリアが動いていた。素早くかつ優雅に帳面を拾うと、
「合作した。咲夜が5人目」
ページを見せる。パチュリーは内心肩を落とした。とても不味い状況。帳面には先代の案も小さく書いてあって、そこには、
マスク・ザ・シルバー 十六夜咲夜
先代戦隊のお助けキャラクター。危機が迫ると時空の渦の中からやってきてナイフで敵を滅多刺しにしていく。
先代戦隊にはそれなりに強い面々が揃っているため、滅多に出番が無い。
目立てない己を残念がり、茶壷の中に引きこもる。少女趣味。
決め台詞は「ばばくさ
平穏な茶会は一変、異変と化した。