いつものようにルーミアが飛んでいた。
真っ黒くて丸くてふよふよしたものが跳んでいたらルーミアだと思え――というのは、文々新聞が公開されてからの常識となった。以前までは真昼間に黒い球体がすわ怪奇現象かと誰もが怯えたが、いまではただの自然現象、愛すべき光景になっている。
暗闇の中に妖怪がいることには違いないのだが、『本人も見えていない』という内容が決定的になった。奇妙な暗黒球体は、愛すべき間抜けへと変貌した。誰もがあれを見るたびに、『ああちょっと足りない子がいるんだなあ』と眼を細めて見れるようになったのだ。
勿論そんなことは当事者たるルーミアが知るはずもなく、今日も今日とてふわふわと飛んでいるのだった。
まる。
と終われればよかったのだろうが、その日はちぃっとばかり違った。
真夏の真昼間の真暑い日である。太陽が燦々と耀き照らし、西も東も太陽を押しのけようとしたが、南が太陽をつかんで手放さない。頂上にかかる太陽はほこらしげに幻想郷を眺めていた。おかげで降り注ぐ太陽光線の力は燦々さわやかに熱をばらまいている。
平たく言えば暑い。
山型に言っても暑い。どういおうと暑い。むしろ熱をもって熱い。うだるような暑さが幻想郷を支配する、そんな夏の日だった。
人間たちは打ち水冷やし桶風鈴西瓜と夏の風物詩をずらりと並べ立てた。もとより暑さにも寒さにも人間は慣れるものである。その温度差を『どうにかしよう』という心意気こそ人間らしさともいえよう。
困ったのは一部の妖怪と一部の妖精だった。強大な妖怪はいい。その能力を使って体温調節をするという変温動物も驚きの行為ができるし、そもそも少々の暑さ寒さでは答えなかったりする。普通の妖精は気候の変化に体のほうがついていく。
問題は一部の弱い妖怪であったり、気候に逆らえるほど強い妖精の方だ。
具体的に言えば。
「あーつーいー」
と虫干しにされている蟲ことリグルだったり。
「と……ける……」
日陰で舌を出してるチルノだったりする。
散々たる有様、というのはこういうことを言うのだろう。蒸すのだろうか、ズボンを脱ぎ捨てて枝からぶらさがるリグルの姿は、蟲というよりはナマケモノを思わせた。頭から生えているフキノトウもどきがべったりと頭にはりついていた。
一方のチルノといえば、その木の下で横になっている。氷でベッドを作っていたのだが、熱で溶けて今では水溜りに沈みかけている。へっへっへと舌を出しているのは、ついさっき通りかがった犬を見たからだ。ああして舌を出していれば涼しくなる、とでも思っているのかもしれない。
ちなみに犬はといえば、二人の姿を見ると同時に二足歩行で全力逃走した。やろうと思えば何でもできるらしい。今頃鼠と遊んでいるかもしれない。
「リグルー」
へばったまま、空を――ひいては真上にいるリグル――を見上げながらチルノが言う。その瞳は確かに上を見ているが、どこか虚ろで焦点があっていない。そのうち瞳までが溶けてしまいそうだった。
リグルもまた下を見ることなく、半眼であらぬ方角を見ながら、
「んー」
「夏ってさー」
チルノは問う。
「どうして暑いのー」
「夏だからー」
「そうなのかー」
「それはルーミアー」
「そーなのかー」
「……チルノー?」
「そーなのかー」
「そーなのかー」
「そーなのかー」
「そーなのかー」
真っ向もって不毛である。何がおかしいのか、二人の顔に「えへへへへへ」という笑みまで浮かび出している。末期病患者が浮かべるアルカイックスマイルに近い。通りかかった鳥が二人の笑顔を見て気絶し墜落した。焼き鳥屋に捕まらないことを祈ろう。
えへへうふふあははおほほと笑い続ける二人を見ながら、
「そーなのかって何なのかー?」
三人目の声がした。
「何なのかー」
「何なのかー」
したのだが、二人はまったく気付いていなかった。アハハハハハハと笑いながら「何なのかー」と繰り返す。さすがの異様に通りかかったルーミアが「う」と呻く。
そもそも暗闇を出している以上何も見えないのだ。偶然通りかかったそこから「そーのかー」の連発が聞こえ、自分が呼ばれているのかと思って近づけばこの笑いである。正直、そこらの幽霊よりも何倍も怖い。怖すぎてルーミアの瞳にちょっぴり涙が浮かんでくる。
「えっと――どうしたの?」
恐る恐る、という感じで、ルーミアは二人(のいると思しき辺り)に声をかける。
途端、ぴたりと笑いが止み。
「「暑いのよ!!」」
上と下から、まったくの同時に怒声が帰ってきた。
いきなり怒鳴られて「うー」とルーミアの眼端の涙が深まる。が、やっぱり闇に囲まれているせいで二人には見えない。たとえ闇がなくても、今のうろんな状態の二人は見えてもいなかっただろう。
そもそも、どうしてルーミアだけこんなに健全なのかといえば、その闇のおかげなのだ。熱までは防げないとはいえ、闇は光を通さない。それだけでも夏の暑さというのは大分違うのだ。むしろその中がどことなくひんやりしているのは、そこが「闇」ではなく「夜」だからなのかもしれない。
ルーミアとは、宵闇の妖怪なのだから。
そんなわけで、へばる二人とは対照的に、ルーミアは元気だった。元気だからこそ、二人のへばりまくる少女に向かって質問する。
「暑いから元気がないの?」
「そーよ……暑くて死にそうなの……最近の蟲は熱に弱いのよ……」
「太陽が強過ぎるのよ……あたいより強いってどういうことよ……」
辞世の句でも詠みかねない声の弱さにルーミアは首を傾げ、「そーなのかー」と口だけで答えた。
そのまま、沈黙。
ルーミアが何もいわないかぎりチルノもリグルも何もいわない。だらー、とへばるだけだ。その間にもじりじりじりじりと太陽の光がルーミア以外を照らしていく。
その熱を感じられないルーミアは、それでもチルノの発言からなんとなく意図をよみとり、
「……太陽が暑いの?」
「そうねー……ポストが赤いのも巫女が強いのも全部太陽のせいなのよ……」
「太陽がいなくなったらあたいが幻想郷最強ね……うふふふふふふふふ……」
二者二様の答えにルーミアは、
「そーなのかー!」
と強く頷いて。
「なら――太陽がなければいいのよね?」
そう言って。
ん? とリグルとチルノが、その言葉にたいする疑問に答える暇もなく。
空へと跳んでいった。
二人が止める間もなく、ルーミアはぐんぐんぐんと空と登っていき、山よりも高く昇り、雲よりも高く昇り、空よりも高く昇った。太陽の光で解けていた博麗大結界をすらをも越えて、高く高く、遠く遠くへ昇り――ルーミアは星になった。
数日後。
ルーミアの能力で太陽は隠れ、世界は暗黒に包まれ――そして世界は滅亡した。
完。
てかルーミアすげぇ!
槍遠くまで投げすぎだよ、アンタはッ!?
オチが唐突過ぎるwwwww
でも「なのかー」言わないるみゃにちょっと萌え。
>答えなかったり
堪えなかったり でしょうか?
>太陽の光で解けていた博麗大結界
ちょwwww結界やる気出して結界wwwww