「咲夜ー、今日のおやつはまだ?」
「レミリア様、まだ2時です。あと1時間お待ちください。おやつはちゃんと御用意してありますから」
「あら、そうなのね。じゃ楽しみにしているわ」
背中の羽根を嬉しそうにぴこぴこ揺らしながらレミリアはその場を立ち去った。
レミリアの姿が見えなくなったのを確認すると、咲夜は即座にUターン。厨房へ向かう。
咲夜らしからぬ失敗だった。レミリア様のおやつのことを完全に失念していたのだ。
3時まであと30分。幾ら時間を止められるとはいえ、この時間はかなりギリギリである。
厨房へ入るとすぐに冷蔵庫の中を確認する。なにか作り置きが残っていれば誤魔化しは効く。
だが、咲夜の期待を裏切って冷蔵庫の中には夕食用の食材しか入っていなかった。
ヤバイ。
必死に思考回路をショート寸前まで回転させて、レシピを探る。
レミリアは普段大人ぶっているものの、味覚はかなりお子様である。おそらく何か甘い物でなければ満足しないだろう。
調味料の棚を除く。大丈夫、砂糖はある。あとは何を作るかだ。
時間を止めることも忘れ、厨房を漁る。
何か、何か使えるものはないか。
そうして10分が経過して、やっと時を止めることを思い出す。
時を止めれば幾分か心も落ち着いた。改めて状況を整理する。
厨房にお菓子に使えそうなものはない。
砂糖などの調味料はある。だが、まさか肉に砂糖を振るわけにもいかない。
時の止まった台所をうろつく咲夜にふとあるものが目に入った。
それはゴミ箱に捨てられた肉まんの箱。おそらく美鈴のものであろう。料理は手作りが基本の紅魔館において、ああいった店屋物を食べるのは美鈴しかいない。
「そうだ、これだわ!」
お菓子がないなら買ってくればいいじゃない。
里にいけばそれなりに食べられる菓子の一つや二つ売っている。
和菓子なのが難点だが、そこはそれ。今日は趣向を変えてみましたとか幾らでも言い訳はできる。
そうと決まれば咲夜の行動は素早い。
時を止めたまま、財布を引っつかむと里へ向かうのだった。
おやつの時間まで残り20分。
時止めを解除して見物や味見までしている時間はない。
時間をとめたまま咲夜は里を走り回る。
だが、なかなかいいものが見つからない。一番多く見つかるのが駄菓子の類だ。里の子供は喜ぶだろうがとてもとてもレミリアに食べさせられるようなものではない。
高級すぎる和菓子もスルーした。和菓子は苦い緑茶とあわさってこその美味しさがある。
苦い緑茶を飲むのを嫌がるレミリアには到底理解できないだろう。
もうちょっとわかりやすい味のものはないものか。
時を止めて探すのも限界かもしれない。ここは恥を忍んで誰かに聞くしかないだろう。
そうなると訪ねる場所はひとつしかなかった。
レミリアのおやつタイムまであと15分。
「とにかく時間がないの。レミリア様の口に合うような高級そうだけどわかり易い、インパクトのある甘いお菓子はない?」
「はぁ、里の美味しいお菓子ですか……」
自分は煎餅を頬張りながら、稗田阿求は考える。
いきなり押しかけてきた咲夜を嫌な顔もせず、迎え入れた阿求だったが、さすがにこの用件には面食らうしかなかった。
とにかく、自分の記憶を探る。一度見たものは決して忘れない阿求ではあるが、その分思い出すのに時間がかかる。
里の人からの献上品やこっそりつまみ食いしたもの、さまざまなお菓子が頭の中を駆け巡る。
ポクポクポクポク――――ポーン。
「あ、あれなんてどうでしょう。里じゃあまり食べられない珍しいお菓子ですよ」
「もうこうなったら何でもいいわ。それはどこにいけば手に入るの!?」
半ば血走った目で迫る咲夜に阿求はたじろいだ。
「えっと、市販されてないんですよね。工法を知っているのが慧音さんだけなので慧音さんに聞けば……」
そこまで言った段階で、すでに咲夜の姿は消えていた。
「相変わらず忙しない人ですね。時間を止められる人が一番忙しいというのはなんという皮肉ですか……」
いつでも編集できるように机の上に置いてある幻想郷縁起。その咲夜の項目に「余裕がない」と書き込むと、満足げにお茶をすする阿求だった。
「咲夜、おやつはできているかしら?」
「もちろんです、レミリア様。今日は里から珍しいものを手に入れました」
紅魔館の食堂。やけに大きい机に陣取るレミリアの前には暖かい紅茶。そして皿の上に乗っている丸く茶色い物体。
表面にゴマが振られたその物体は白い皿の上にあって異様な存在感を醸し出していた。
「咲夜、これ、何?」
どうも見た目はパンのようだが、手に持てば思ったよりも重く、中に何か詰まっているようだ。
「アンパン、というようです。パンの中に餡子をつめたものです」
「パンに餡子? あまり美味しくなさそうね……」
「いいえ、それが餡の甘さとパンが合っていまして……。百聞は一見に如かず。何はともあれ食べてみてください」
慧音から教えてもらったお菓子。それがアンパンだった。
なんでも大分前に結界の外へ出かけた際に木村屋というところで見つけたもので、店の主人をなんとか説き伏せて作り方教えてもらったとかなんとか。
「まぁそういう事情なら教えても構わないだろう。紅魔館にはパンの材料もあることだし、さぞ美味しいものが作れるはずだ」
見返りとしてパンの材料とできあがった物を貰うという条件ではあったが、咲夜はそれを快諾。
時を止めて必死で作り、なんとか完成にこぎつけたというわけだ。
肝心の味のほうはというと、
「……もぐもぐ。あら、もぐもぐもぐ。結構美味しいじゃない咲夜。餡子の甘さを砂糖少な目の紅茶が適度に和らげて……。いい物を見つけてきたわね。誉めてあげるわ」
「ありがとうございます、レミリア様」
レミリアはアンパンをかなり気に入ったようだ。その証拠に背中の羽根がひっきりなしに動いている。レミリア自身も表向きは丁寧ではあるが、かなり夢中で食べている。
そんなレミリアをみていると苦労した甲斐があったというものだ。
レミリアの後方に控えながら、咲夜は幸せを噛み締めるのだった。
その後、アンパンは紅魔館特産として里に売りに出され、またたくまにブームとなって、紅魔館の財政を潤すことになるのだが、それはまた別のお話。
読者にドジッ娘っぷりを見せつけながらも主人には失態を晒さないとは……咲夜、恐ろしい子……!
>まだ2時です。あと一時間
アラビア数字か漢数字かに統一した方が良いと思います。
そこにシビれるあこがれるぅ!